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第66話 混沌

 怒りの大魔神と化した陽向をなだめるのに時間をくい、次の授業に遅刻して大馬に怒られた次の日、登校してまず学生食堂に向かった宗次は、そこに漂う空気に違和感を覚えて足を止めた。


「どないしたんや?」

「いや、何かあったかと思ってな」


 仲間内でお喋りをしながら食事をしている騒がしい光景は、ふだん通りであったが、今日は食堂に集まった生徒の誰もが、ある一点をチラチラと窺っていたのだ。

 一番奥の豪華なテーブルに着き、外国人を含む美少女達に囲まれた一人の少年を。


「また何かやらかしたんやろ」

「何だ、知らねえのか?」


 映助が興味無さそうに味噌汁を飲んでいると、骨川豊生と共に遅れてやってきた高橋剛史が、スマホを見せながら説明する。


「あの野郎がいろんな雑誌に載ったんだとよ」

「何やてっ!?」


 剛史が見せたのはニュースまとめサイト。

 昨日発売された週刊誌の内、漫画雑誌を除いた全ての雑誌が、表紙に天道寺英人の写真を載せて、彼が小型ピラーを破壊して前橋市を救った救世主だと喧伝していたという記事。


「何やこれ……刹那ちゃんの写真も載ってるやん、買わなっ!」

「落ち着け」


 いきなり立ち上がり、コンビニまでダッシュしようとした映助を、宗次は慌てて止める。


「まるでアイドル扱いね、こんなの売れるの?」

「それが結構売れているみたいだよ」


 訝しむ陽向に、豊生がスマホで通販サイトをいくつか見せるが、どこも品切れや残り僅かとなっていた。


「顔だけはいいからな、馬鹿な女がコロッと騙されてんだろ」

「あ~、それ差別発言ですよ~っ!」


 嫌そうに吐き捨てた剛史に、心々杏が怒って頬を膨らませるが、その論調を否定はしない。


「実体を知らなければ、見惚れてしまう美男子ですもんね」

「い、一樹君の方が需要は有りますよ……っ!」

「それ、腐った薄い本の要員としてって意味ですよね?」


 鼻息を荒くする神奈に、凄く嫌そうな顔をする一樹の言う通り、性格や現状を知らなければ天道寺英人を嫌う理由は何一つない。

 最初の幻想兵器使いであり、剣の聖女とまで呼ばれた少女・天道寺刹那の弟であり、亡くなった姉の後を継いでエース隊員となり、CEに蹂躙された前橋市を聖剣エスクカリバーの光で解放した。

 何万人もの命を救ったその功績は、確かに若き英雄と呼ばれるに相応しいものであろう。

 ただ、四十人近くもの美少女に囲まれて、王様のように踏ん反り返っている様が、男子でなくとも不愉快だという一点を除けば。


「こんなまとめサイト、スケコマシの悪口書きまくって炎上させたれっ!」

「おい止めろ、自分のでやれっ!」


 コメントに誹謗中傷を書き込もうとした映助から、剛史は慌ててスマホを取り返す。


「というか、大声出すなって。またあのヒステリー女に絡まれたら堪んねえよ」

「せ、せやな」


 何やら嫉妬して騒いでいる千影沢音姫を指され、映助も大人しく頷いた。


「しかし、あのスケコマシはどうでもええけど、刹那ちゃんの写真は欲しいな……」

「まだ言うか」

「せやけど、この表紙に使われとるのとか、ネットじゃ出回ってなかった物なんやで? ひょっとしたら、刹那ちゃんの水着グラビアとかあるかもしれんやんっ!」

「――っ!?(ガタッ)」

「愛璃、落ち着きたまえ」


 少し離れた席で、どこかの大ファンが荒ぶっていたようだが、おそらく気のせいだろう。

 映助は自分のスマホを取り出して、刹那のベストショットを見せながら力説する。


「兄弟かて、刹那ちゃんの水着姿とか見たいやろっ!?」

「ふむ……」


 宗次は顎に手を当てて考え込むが、別に親友と同じピンク色な脳味噌で、黒髪ロング美少女の眩しい裸体を想像していた訳ではない。

 彼の脳裏にあったのは、麗華と喫茶店で交わしたある雑談。


(刹那さんの戦闘記録があると言っていたな)


 現三年A組がまだ一年生の頃に見せて貰ったという映像。

 初の幻想兵器使いがどんな戦闘をしていたのか、それは強く興味を引かれる話であった。


「確かに、見てみたいな」

「「――っ!?(ガタッ)」」

「陽向ちゃん、落ち着いて」

「麗華、貴方こそ落ち着きなさい」


 宗次の不用心な発言で、二人の恋する少女が荒ぶっていたのは、残念ながら気のせいではない。

「ふぁ~、みなさんおはようでありますっ!」

 アニメを徹夜で鑑賞して寝坊したシャロが、元気な挨拶と共に登場した事で空気が変わり、また昨日のような大騒ぎには発展しなかったが。





 事態がまた大きく動いたのは、次の日の四時間目。

 この授業が終われば昼飯だと、皆が空腹を我慢しながら英語の授業を受けていた時である。


 ウゥーッ、ウゥーッ!


 突如、CE出現のサイレンが鳴り響き、特高の生徒達は授業を中断し、即座に校庭へ出て装甲車に乗り込んでいった。

 しかし、宗次達一年D組は教室から動かず、出撃していく皆を見守っていた。

 また小型ピラーが街中に出現した時の用心として、今回は一年C組とD組、二年C組が留守番を命じられていたからだ。


「いやー、久しぶりに楽できるわ」

「落ち着かんな……」


 喜ぶ映助とは裏腹に、宗次は決まり悪そうに座り直す。

 入学したての時ならまだしも、麗華や他の上級生達とも顔見知りとなった今、彼らに危険な戦いを任せて、自分だけ安全な場所に居るというのは、一人で大軍に突撃するより心配であった。


「気を抜きすぎるのも問題だが、気に病みすぎても疲れるだけだぞ」


 大馬はそう軽くアドバイスをしつつ、授業を再開する。


「皆、無事だといいが……」

「どうせスケコマシがあっさり片付けるやろ」


 まだ気にする宗次を励ますように、映助は軽く告げる。

 ただ、それは担任の大馬を含め、皆が心の中で思っていた事であろう。

 気に入らないハーレム野郎ではあっても、天道寺英人はその聖剣でCEの群れを容易く蹴散らすと、英雄は負けるはずがないと認識しているのだ。


(無敵の英雄だと認識している、か……)


 京子の口から『認識力(テオリア)』の存在を知らされた今、それは身の毛がよだつ寒気を感じさせる言葉であった。

 ただ、宗次が真相に辿り着くよりも早く、世界はさらにその認識を強める事となる。





 六年前からCEとの主戦場となり、荒れ尽くした長野県御代田町に、今日も装甲車から降り立ったエース隊員がズラリと隊列を敷く。

 ただ、いつもと少しだけ違った所がある。

 中央に陣取る三年A組の背後に、真打とばかりに控えている一クラス。

 黄金に輝く聖剣を手にした若き英雄・天道寺英人と、その取り巻きである一年A組の女子である。


 もう直ぐCEが視界に現れるというのに、呑気に美少女達とイチャついている少年に、周囲から呆れや蔑みの視線が向けられているが、本人は全く気にした様子もない。

 そんな光景を、遠くの林に身を隠しんながら窺う二つの視線があった。


「かーっ、羨ましいっすね、英雄色を好むってやつっすか?」

「あの子らの写真も使えたら、部数倍増も間違いなしなんだけどな」


 口惜しいと舌を鳴らしながら、雑誌記者・金木義男はカメラマンの肩を叩く。


「英雄君以外を雑誌に載せたら肖像権侵害で訴えられるって、上からきつく言われているからね、仕方がないさ」

「……つまり、英雄君ならいくら撮って良いって事っすね」


 ニヤリッという擬音が聞こえそうなくらい、カメラマンは悪い笑みを浮かべた。

 彼らは話題の英雄・天道寺英人が実際に戦う姿を隠し撮りするため、三日前からここに張り込んでいたのだ。

 当然、政府や防衛省の許可は取っておらず、バレたらどうなるか分からない――と彼らは考えているが、実際には衛星からの監視映像によってとっくに露見していた。


 最初の幻想兵器使いが誕生した頃から、政府の圧力も無視してスクープを撮ろうという、命知らずな記者や素人が後を絶たなかったので、特高の情報担当が常に目を光らせているのだ。

 しかし、英雄の名を広める良い材料になると判断され、今回は見逃されている。


「ネットで拾った怪しい画像じゃない、本物の戦闘風景を撮れれば大スクープだぞ!」


 今年のピューリッツァー賞は自分達で間違いないと、金木は興奮して唾を飛ばす。


「そして雑誌はバカ売れ、金木さんはデスクに昇進っすか?」


 うらやましいっすね、とカメラマンは金木の腹を肘でつつく。

 人が見れば捕らぬ狸の皮算用だと呆れそうな光景であったが、実際に天道寺英人の戦闘を写真に収められれば、決して叶わぬ夢ではなかった。

 CEとの戦争が六年も続き、不足していく物資、高くなる一方の税金、悪化していく経済と、日本が徐々に疲弊していくのに合わせ、マスメディアもどんどん力を失っていた。

 いくら大物タレントを起用してバラエティ番組を作っても、スポーツ選手が大活躍しても、どこか白けた空気が漂ってしまい、視聴率が激減しているからだ。


 スタジオで爆笑している今も、CEが大量に押し寄せて誰かが殺されている。

 ホームランを打って喝采を上げても、世界中で戦争が続き、二〇二五年以来オリンピックが一度も開催されない現実は変わらない。

 そんな視聴者の冷めた感情に加え、景気が悪化すればスポンサーの企業も広告費用を削減し、番組制作費が不足する。

 今やテレビは戦前を懐かしむ古いドラマの再放送か、ニュースくらいしか見る物が無くなっていた。


 金木の務める出版業界とてそれは同じ、六年の間にいくつもの会社が潰れていった。

 特に漫画雑誌は酷い有様であった。戦闘描写はCE被害者のトラウマをぶり返すと、自称良識者が攻撃したせいで規制自粛の嵐。

 夏と冬の大型イベントも、戦時中に不謹慎だと自称愛国者の強い抗議を受けて、去年の夏まで五年も開催中止の憂き目にあっていた。


 自称良識者も自称愛国者も、本気で漫画やアニメが悪影響だと考えているわけではない。

 ただ、叩きやすい的を探しているだけなのだ。

 いつ自衛隊が敗北し、CEが自分達の元まで押し寄せてくるかという、逃れられない恐怖から目を逸らすため、弱い者を攻撃して自分が強いと、殺される筈がないと儚い優越感に酔うために。


 そして、テレビや雑誌が衰退した分、溢れた才能がネットに集まり、若い世代のネット依存度を加速させ、さらにマスメディアの衰退が進むという負のスパイラルが起きている。

 とはいえ、高齢層を中心にまだまだマスメディアの力は強い。

 そして、誰もがいつ終わるとも知れない戦争に疲れ、救いの光を求めている。

 そこに現れた希望の光・天道寺英人の情報は、爆発的に売れ広がった。

 今、誰もが餓え望んでいる光景――CEを蹴散らし日本を救う、英雄の華々しい姿を写真に収めれば、金も名誉も全てが手に入る。


「敵は居ないよな?」

「大丈夫っすよ」


 カメラマンは望遠レンズで辺りの茂みを窺うが、ライバルとなる同業者の姿は見当たらない。

 今なら間違いなく、彼らだけが大スクープを独占できる。


「来たっすよ!」


 西の地平線から現れた結晶体の群れに、カメラマンが興奮の声を上げる。


「よし、絶対に撮り逃すなよ」


 そう言いつつ、金木も小型のビデオカメラを手に取る。

 写真だけだと合成と疑われるかもしれないが、動画も有れば証拠の信頼性が上がる。


(何より、金になるしね)


 テレビ局に何百万で売りつけるか。いや、動画サイトにアップした方が儲かるか。

 そうして、また皮算用を始めた金木達の見守る中、英雄が翼の生えたサンダルで宙に飛び上がった。


「おぉ、本当に飛んだっす!」


 エース隊員達にとってはもはや見慣れた、だが一般人からすれば現実とは思えない幻想的な光景に、カメラマンは興奮して連続でシャッターを切る。

 そして、CE達の遥か上空で制止した若き英雄は、聖剣から巨大な光の刃を生み出し、それを地面に振り下ろした。

 津波の如き光の放流が、轟音と共に大地を抉り、結晶体の群れを一瞬で消滅させる。


「凄い、凄いぞっ!」


 金木も興奮のあまり叫びながら、ビデオカメラでその一部始終を撮影した。

 一年後、動画サイトで視聴回数が百億回を超える事になるその映像によって、日本中の、そして世界中の人々が聖剣使いの英雄という、生ける伝説を知る事となる。

 回り始めた運命の歯車は、もはや誰にも止められず、終幕に向けて坂を転がり落ちてくのであった。

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