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第65話 繋いだ手

 二重武装の研究に一時間ほど付き合い、結局ベルト型・幻想変換器はお預けとなってから、宗次は研究室を出て校庭に戻った。

 一年D組の皆はランニングを終えて一度休憩した後、二人組になって練習試合をしている所であった。


「先生、遅れてすみません」

「戻ったか、まずは体を温めてこい」


 担任の大馬に声をかけてから、宗次はランニングを開始する。

 ただ、二周も走らぬ内に、響いてきた声に驚いて足を止めた。


「わわっ、ちょっとタンマです~っ!」

 ブゥーッ!


 心々杏の悲鳴と共に、変換器の甲高いアラーム音が鳴り響く。


「痛たた~、ちょっとやり過ぎですよ~」


 吹き飛ばされて尻餅をつきながら、彼女は頬を膨らませて非難の視線を向ける。

 その先に立っていたのは、妖刀・村雨が消えても構えを解かず、鬼気迫る空気を放ち続ける剣道少女・平坂陽向。


「はぁ、はぁ……」


 鋭く険しい眼差しを心々杏の方に向けながらも、その瞳はもっと遠くの何かを追うように、どこか虚ろで脆さを感じさせる。

 そんな陽向らしからぬ姿に困惑しつつ、宗次は倒れた心々杏に駆け寄った。


「大丈夫か?」

「遅いですよ宗次ちゃん~っ!」


 ようやく助けが来たとすがり付きながら、心々杏は素早く耳打ちする。


(陽向ちゃん、二日前からちょっと様子がおかしいんですよ~)


 そう告げながら、グラウンドの端を指さす。

 そこには、陽向に倒されたと思しき映助や剛史達が、疲れ切った顔で座り込んでいた。


(本当にどうしたんだ?)


 普段は宗次と一緒に皆の先生役となり、厳しくも親切に剣術を教えている彼女らしくない。

 訝しんで首を傾げていると、当の陽向が刺々しい空気を背負ったまま歩み寄ってくる。


「宗次君、私と勝負して」

「……分かった」


 思いつめたような鋭い視線を受け止め、宗次は静かに頷き返した。


「大馬先生」

「分かった、今設定する」


 大馬も陽向の様子がおかしい事には気づいていたようで、直ぐに宗次の要求を呑んで手元のタブレットPCを操作した。


「いいぞ」

「はい、武装化」


 使い慣れた腕輪型の変換器から光が迸り、蜻蛉切を生み出す。

 宗次がそれを掴んだ瞬間、構えるのも待たずに陽向は飛び掛かってきた。


「おおおぉぉぉ―――っ!」


 まるで示現流の如く、雄叫びを上げながら天高く構えた村雨を、地獄の底まで届けと振り下ろす。

 速く重いがあまりに雑なその剣を、宗次は敢えて蜻蛉切の柄で受け止めた。


「くぅ……っ!」


 鍔迫り合いとなり、息が掛かる程の距離で二人の目が合う。

 陽向の瞳から流れ込んでくるのは、焦り、そして燃えさかる怒り。

 だが、それは周囲、まして宗次に向けたものではない。

 弱い己自身に向けた、口惜しさからくる自己嫌悪。


(あぁ、やはりか……)


 鍔迫り合いを続けながら、宗次は懐かしくも恥ずかしい気持ちになって、つい苦笑を浮かべてしまう。

 それを侮りと受け取ったのか、刀を押してくる陽向の力が増した。

 瞬間、宗次は押し返していた腕の力を抜き、素早く後ろに退いた。


「あっ……」


 勢い余って前のめりとなり、バランスを崩した陽向の右手首を、蜻蛉切の石突で叩く。

 引き小手――二人が初めて戦った時、陽向が見せた剣技であり、彼女の最も得意な必勝パターン。

 宗次はあえてその技をやり返したのだ。

 当然、くらった陽向もそれを理解する。


「このっ!」


 ムキになって繰り出された横薙ぎを、再び槍の柄で受け止めてから、今度は腹を蹴って吹き飛ばす。


「……っ、まだ!」


 陽向は直ぐに体勢を立て直し、猪の如く突っ込んでくる。

 彼女とて、本当は分かっているのだ。

 冷静に戦った最初の時でさえ、軽くあしらわれた自分が、頭に血が上った状態で宗次に勝てる訳がないと。

 事実、攻撃は全て防がれて、槍の穂先すら使われず、石突で反撃を受けている。

 だが、それが頭で分かっても、心が止まってくれないのだ。


「おおおぉぉぉ―――っ!」


 もう何度目かも分からない渾身の撃ち落としを、宗次は槍の柄で滑らせるように受け流す。

 勢い止まらず地面に刃先がめり込み、硬直した陽向の肩を石突で打つ。

 鋭い穂先の方でなくとも、何十度も打てばダメージが溜まる。

 ブゥーッと試合終了の音が鳴り響き、二人の幻想兵器が同時に消えた。

 それでも、陽向は震える膝に手を当てて立ち上がり、戦意に燃えた瞳を向けてくる。


「まだ……まだやれるから……っ!」

「平坂、そこまでに――」

「先生」


 流石にもう止めようとした大馬を、宗次が静かに遮る。


「直ぐ戻って来ます」


 そう言うと、陽向達に背を向けて寮の方へ走っていく。

 そして二分と経たず、いつも練習で使っている木の槍と、竹刀を持って帰ってきた。


「えっ、それは……」

「寮長に借りてきた」


 そう答えながら、戸惑う陽向に向かって竹刀を放り、自らも木の槍を構えて大馬を窺う。


「幻想兵器でなければ、構いませんよね」


 エース隊員の身を守る幻子装甲は、拳銃弾なら何百発と防げるほどの強固さを誇る。

 アラームが鳴って半減した状態でも、竹刀や木の棒程度ならまだ何百回と受け止められた。


「お前って奴は……次のアラームが鳴ったら、殴っても止めるからな」

「ありがとうございます」


 彼の意図を悟ったのだろう、溜息を吐きながらも許可してくれた担任に、宗次は笑顔で礼を告げた。

 そして、暫し休んで息が整ってきた陽向を手招きする。


「来い、倒れるまで付き合う」

「……上等よっ!」


 笑顔で挑発してきた宗次に、陽向も白い歯を見せて笑った。

 いつもの彼女に戻ってきたその表情を見て、離れて窺っていた心々杏達も胸を撫で下ろす。


「大丈夫そうですね~」

「よ、よかった……」

「ほら、お前達も何時までもサボってないで走って来い」


 大馬も安堵した様子で、休んでいた生徒達の尻を叩く。

 その間も、宗次と陽向は槍と刀を打ち合い続けた。

 そして一時間近く経ち、二時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴るのと同時に、陽向の幻想変換器からもアラームが鳴り、彼女は糸が切れた操り人形のにように倒れ込んだ。


「ぜぇ、ぜぇ……」


 一時間近くも真剣勝負を行い続けたのだ、体力も気力も限界で、もう指一本動かせる力も残っていない。


「……ふぅ」


 宗次の方も流石に汗だくとなっていたが、まだ手足に力は残っている。


「次は三年生達がグラウンドを使う、あまり長居はするなよ」


 大馬はそう言いつつ、視線で校舎の一階を差す。


「はい、ありがとうございます」


 宗次は担任の意図を察して礼を告げながら、倒れ込んだ陽向に歩み寄り、その体を両手で抱き上げた。


「そ、宗次君っ!?」


 いきなりのお姫様抱っこに、陽向は顔を真っ赤にしながら驚きの声を上げる。

 それを見て、宗次は心の底から安堵の溜息を洩らした。


「よかった、いつもの陽向さんだ」

「あっ……」


 陽向はようやく冷静さを取り戻し、自分がどれだけ頭に血が上り、彼らに心配させていたか気付く。


「……ごめんなさい」

「いや、構わない」


 宗次はそう言って首を振りながら、陽向を抱えて校舎に戻り、保健室へと向かった。

 京子は先程取った二重武装のデータ解析をまだ行っているのだろう、中には誰も居らず、空いていたベッドの一つに陽向の体を下ろす。


「本当に、ごめんね……」


 横たわったまま再び謝る陽向に、宗次もまた笑って首を振ってみせた。


「俺も、似た経験があるから」


 祖父と何百回、何千回と槍を交わしたのに、一度も勝つどころか体に触れる事さえできず、自分が惨めで情けなくて、怒りのままに槍をぶつけた。

 その度に、祖父は怒りもせず、彼が倒れるまで何度も試合に付き合ってくれた。


「誰もが通る辛い道だ、そして通らなければ頂きには辿り着けない、そう言っていた」


 だから宗次も、まずは何も言わず陽向の剣を、溢れる激情をただ受け止めたのだ。

 そうして、少しは気が紛れてから言葉で訊ねる。


「何があったんだ?」


 いつも明るく元気に笑って、D組女子の支えとなっている彼女が、何の理由もなしに荒れるとは思えない。

 静かに問う宗次に、陽向は恥じらって頬を染めながら、小さな声で呟いた。


「私だけ、宗次君の役に立ててないから」

「えっ……?」


 驚いて目を見開く宗次の前で、陽向はダムが決壊したように、溜まっていた感情を吐き出す。


「麗華先輩も、シャロも、宗次君の力になっているのに、私だけいつも足を引っ張ってばかりで……」

「…………」

「力になりたいの、強くなりたいの、なのに、私はまた空回りして迷惑をかけて……」


 悔しさのあまり涙まで浮かんできてしまう。

 泣き顔を見られたくなくて、両腕で顔を隠す陽向に、宗次は咄嗟にかける言葉が見つからなかった。

 そんな事はない、力になっていると、ありきたりな慰めを口にしても、むしろ陽向を傷つけるだけだろう。

 どんなに言い繕おうと、陽向の力量は宗次に及ばず、幻想兵器の威力という点で、麗華やシャロに及ばないのも事実なのだから。

 では何を告げれば良いのか。不器用な槍使いに思いついたのは結局、本心を伝える事しかなかった。


「陽向さん、ありがとう」

「えっ……?」

「入学したあの日、お礼を言ってくれて、嬉しかった」


 天道寺英人の聖剣に皆が巻き込まれないよう、体を張って止めた事に、ありがとうと言ってくれて、誰かを守れたと認めてくれた。


「馬鹿をやった時、助けに来てくれて、胸を張れと励ましてくれたのが嬉しかった」


 戦いたいから戦った。それでも避難する人々を救ったのは事実だと、立派な事だと背を叩いてくれた。


「黒檜山の時も、俺の無茶な作戦に文句も言わず、付き合ってくれて嬉しかった」


 信用してくれた事もそうだが、宗次一人で囮役をしていたら、深い谷に逃げ道を塞がれ、両刃剣型にこの身を切り刻まれていたかもしれない。

 怪我の功名でしかなくとも、彼女に命を救われたのは事実なのだ。


「だから、その……」


 何と言うべきか迷い、唐変木な槍使いにしては珍しく、照れた様子で言葉を紡ぐ。


「君には、泣かないで、笑っていて欲しい」


 文脈が繋がっていない気もしたが、それは間違いなく彼の本心。


「剣の稽古に付き合うくらいしか、俺には出来ないけれど」


 強くなるには、前に進むには自分の足で歩むしかない。

 けれど、転んだ時に立ち上がる手伝いくらいは出来ると、陽向の手を握りしめた。


「宗次君……」

「すまない、上手く言えない」

「そんな事ないよ」


 下手な慰めなんかよりも、ずっと嬉しい言葉を貰えて、陽向は目尻を拭って微笑んだ。

 彼の力には成れなくても、心の支えになれていたのなら、少女として、女として、こんなに嬉しい事はない。


「あのね、宗次君、私――」


 今日こそヘタレの汚名を返上しようと、陽向が勇気を振り絞ったその時――


 バンッ!

「いやー、ボクとした事が手首を捻挫してしまったよ」


 勢いよく保健室の扉を開き、白々しい声と共に現れたのは、訓練のためジャージに着替えたイケメンのお邪魔虫、先山麗華。

 その後ろには、深い溜息を吐く生徒会長だけでなく、頬を膨らませたシャロを筆頭に、第三二分隊の面々が揃って扉に張り付いていた。


「麗華、恋の勝負に反則はないと申しますが、最低に格好悪いですわよ……」

「陽向殿だけズルいであります! 私も宗次殿と秘密稽古をしたいであります!」

「秘密稽古……エロい響きやな」

「映助さん、少し黙っていて下さい」

「陽向ちゃん、私は邪魔するつもりなかったんですよ~? 本当ですよ~?」

「は、ハレンチです……」

「陽向お姉様、愛しています」


 ギャアギャアと騒ぎ出す一同を前に、宗次は驚き固まってしまう。

 そんな彼を余所に、陽向はベッドからゆっくりと下りると、ヘタレ系剣道少女から怒れる大魔神へと変貌を遂げるのであった。


「あんたら全員、叩き斬ってやるぅぅぅ―――っ!」


 話を聞かれていた羞恥と、邪魔をされた憤怒を爆発させ、手元にあった枕を掴んで躍りかかる。


「うわっ! 子猫ちゃん、顔はやめてくれたまえ!」

「うっさい! 人が、どんだけ、勇気を、振り絞ったとっ!」

「今の内に戦略的撤退ですよ~!」

「逃がすかぁぁぁ―――っ!」


 宗次と戦っていた時の何倍も俊敏な動作で、お邪魔虫達の頭を枕で殴り飛ばしていく陽向。

 その鬼神の如き姿に、皆が必死に逃げ惑うなか、宗次だけは腹を抱えて楽しそうに笑い続けていた。





 少年少女達がささやかな青春を謳歌している間にも、世界は回り続ける。

 そして、この日の朝こそ、英雄が歴史の表舞台に立った瞬間であった。

 学校や会社に向かうため家を出た人々は、駅の売店やコンビニに立ち寄って首を傾げた。

 見た事もない美形の少年と、彼によく似た美少女の写真が大きく表紙を飾った雑誌が、いくつも並べられていたからだ。


 若い世代は少女の方に見覚えがあり、驚いて雑誌を手に取って開く。

 大人であっても何事か気になり、または普段購読している雑誌が特集を組んでいる事に、首を傾げながらも興味を引かれて目を通す。

 仮に雑誌を手に取らずとも、電車の中吊り広告やポスターで、嫌でもそれを目にするだろう。

 そうして、世界は知るのだ。姉を失った悲しみを乗り越え、CEに立ち向かう悲劇の英雄・天道寺英人という造られた偶像を。

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