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第64話 認識

 何百体ものCEが力を合わせ、強力な狙撃を放ってくるという緊急事態を、機転を利かせて一人の犠牲者を出さずに打開した生徒達の姿に、指揮所で見守っていた教師達は安堵の溜息を漏らしていた。


「本当に良くやってくれた」


 これで戦死者が出ていれば、遊びに出てこの場に居なかった聖剣使いに再び敵意が集まり、面倒な事になっていただろう。

 そう思い、心底胸を撫で下ろす綾子の手元で、通信機が着信音を鳴り響かせた。


「……勝利の余韻を邪魔するのが、巷では流行っているのか?」


 陸上幕僚長・岩塚哲也から二度も嫌な連絡が届いた事を思い出し、綾子は眉をひそめながらも通信機を取る。

 通信相手は千影沢音姫。ただ、予想と反して凶報ではなかったが、予想外の話であった。


『色鐘三佐、天道寺英人が今から特高に帰還すると言い出しました』

「……はぁ?」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 転校生の外国人美少女三人と東京デートという、ふざけた理由で遠出をして、そのせいでCEとの戦闘に参加出来なかったくせに、戦いが終わった途端に帰ってくるというのだ。


「戦闘が終わった事を告げたのか?」


 思わずそう告げると、音姫は少し驚いた声を返してくる。


『もう終わっていましたか、被害はありませんでしたか?』

「すまん、知るわけがなかったな」


 転校生の三人娘や雑誌記者から天道寺英人を守るため、音姫や他のA組女子はずっと彼に張り付いており、戦況を細かく知る余裕など無かったのだ。


「こちらは被害なく無事に終わった。かなり危なかったのだが、一年と三年が機転を利かせてくれたお陰でな」

『一年……ふ~ん』


 誰か思い当たったのだろう、音姫は一瞬素になって楽しそうに鼻を鳴らす。

 だが、直ぐ元に戻って経緯の説明を始める。


『とにかく、天道寺英人は急に帰ると言い出し、あの三人や私達の言葉にも耳を貸さず、新幹線に乗るため駅に向かっている所です』


 それを追いかけつつ、指示を仰ぐため報告してきたのが今である。


「どういう事だ……?」


 疑問を口にしながらも、綾子の脳裏には一つの考えが浮かぶ。

 今回、CEは多勢の力を一つに収束し、強力な遠距離攻撃を行ってきた。

 例えヘルメスのサンダルで空を飛んでいようと関係なく、撃ち落とせたであろう超狙撃を。

 つまり、天道寺英人は自分を殺せる相手を避けたのである。


「偶然では、ない……」


 これを単なる幸運と考えるのは、楽観が過ぎるだろう。

 英雄は邪悪を滅ぼし人々を救う存在、つまり常勝不敗でなくてはならない。

 そして、常に勝ち続ける方法とは、生涯無敗の大剣豪・宮本武蔵が実行した秘訣にある。

 つまり『自分より弱い者としか戦わない』である。


 これが楽しむ事を目的としたゲームであれば、卑怯卑劣と言われるのも仕方ないが、負ければ即死に繋がる実戦においては、そんな甘ったるい事など言ってはいられない。

 勝てるから戦う、負けるなら逃げる、それが生き残るための鉄則なのだ。

 これは個人の決闘に限らず、国同士での戦争や商売でも同じ事が言える。

 そして、天道寺英人は己を倒しうる敵との戦いを避けた。


「本人の能力ではあるまい」


 護身術を極めた達人ともなれば、敵と出会う前にそれを避けるという、超能力じみた行為も可能かもしれないが、天道寺英人にそんな技量はない。

 だが、彼は『英雄』という偶像となったのだ。


「長野ピラーに敗れた経験から、無意識の内に造られた能力というところか」


 英雄は、主役は絶対に負けない、負けて欲しくない。

 大勢の人々が無意識の内に思い込んでいる願望が、天道寺英人の思考さえも操って、東京に逃がしたのだろう。

 そして脅威が消え去った今、特高に戻る事を選んだ。

 CEの群れを、小型ピラーさえ破壊して見せた、英雄という名の強力な兵器。

 そんなモノが身近に居て欲しくないという、人々の無意識に背中を押される形で。


「大人しく特高に戻るなら、それに越したことはない。警戒だけは引き続き怠らぬように」

『了解しました』


 それだけ告げると通信を切り、綾子は深く椅子に腰を下ろした。


(英雄として順調に成長している証拠、そう思えば喜ばしい限りだ)


『機械仕掛けの英雄』が得た新たな能力、己自身や世界さえも都合よく動かす無意識、『台本のある人生ライフ・ウィズ・スクリプト』とでも呼ぶべき力。

 それがある限り、人々が英雄を望む限り、天道寺英人は暗殺者や不慮の事故によって死ぬ事はなくなる。

 運命さえ操る、まさに神の如き存在に聖剣使いは足をかけた。


 ピラーと人類の戦争という、この舞台に決着が着くまで、天道寺英人という英雄しゅやくが敗北する事は二度とないだろう。

 だが、現実は歌劇ではない。幕が下りても世界は回り続ける。

 その時、役目を終えた少年がどうなるのか、敵を失った英雄へいきがどうなるか、綾子は答えを知っていながら、決して口にはしなかった。





 激戦で疲れ切った次の日に、デートのやり直しをしようとは流石に麗華も言えず、特に何事もなく日曜日が終わって迎えた月曜日。

 一時間目から訓練という事で、ジャージに着替えグラウンドに向かう宗次を、担任の大馬が呼び止めた。


「空知、保科先生がお前を呼んでいたぞ。訓練はいいから地下に向かってくれ」

「京子先生が?」


 一瞬、首を捻った宗次だが、直ぐに何の用事か思い至って頷いた。


「何や、兄弟だけ京子先生とハチミツ授業なんて許さへんでっ!」

「お前は大人しく、グラウンドを百周していろ」


 また大馬に首を絞められる映助の事は気にせず、宗次は入学式以来となる校舎の地下に向かった。

 コンクリート壁の威圧感がある廊下に並ぶ、金属製の厚い扉。

 地上の学校部分とはまるで違う、研究所らしい通路の一角で、京子がタブレットPCを手に彼を待っていた。


「ごめんなさいね、授業があるのに呼び出して」


 そう謝りながら、京子は背後の扉を開いて中に誘う。


「いえ、構いません」


 促されるまま入った部屋は、生まれて初めて幻想兵器を手にした、あの時と同じ部屋。

 何か事故があっても問題ないよう、分厚いコンクリート壁で囲まれているが、壁の一面だけが強化ガラスになっており、無数の装置が並ぶ研究室から窺えるようになっている。

 ただ、今は授業中だからか、隣の部屋には誰も居ない。

 そんな風に見回していた宗次に、京子が金属製のアタッシュケースを差し出してくる。


「これが、前に話していた?」

「えぇ、ベルト状の幻想変換器」


 京子は頷き、開けるように視線で促してくる。

 宗次は素直にアタッシュケースを受け取り、ゆっくりと蓋を開けた。


「これが……」


 中から現れたのは、機械的なパーツが付いた太いベルト。

 子供用の変身ヒーロー玩具を、幾分スマートにしたような感じの代物であった。


「着けても構いませんか」

「えぇ、大丈夫よ」


 京子の許可を得て、宗次はベルトを腰に装着した。

 玩具の変身ベルトと違い、前面には普通の止め金具しかないので、屈んだりしても動きの邪魔にはならない。

 その代わり、腰の左右には黒色の箱とスイッチがついていた。


「基本的には腕輪のパーツを腰に移しただけで、使い方は全く同じよ」

「なるほど」


 宗次は頷きながら、腰のスイッチを左手で三度押してみた。

 今まで両手が塞がっていた幻想兵器を消す動作が、これなら片手で済ませられる。

 何より、右腕に偏っていた重心が、左右均等にバランスよくなった。

 それだけでも宗次は満足であったが、ベルト型の真価は他にある。


「確か、追加機能があるとか?」

「えぇ、そのテストに付き合って欲しくて呼んだのよ」


 そう告げる京子の顔には苦い笑み浮かぶ。

 追加機能とやらがあくまでテスト段階、完成していないという事だろう。


「分かりました。それで、どんな機能なんですか」

二重武装ダブルアーム、二つの幻想兵器を生み出せるようにするのよ」

「幻想兵器を二つ……」


 宗次は驚いて目を見開くが、直ぐに首を捻った。


「それは、天道寺英人と同じ事ができるようになると?」

「う~ん、あれとはちょっと違うんだけどね……」


 京子は言葉を濁しつつも否定する。


 天道寺英人の場合、『聖剣エクスカリバー』と『ヘルメスのサンダル』の二つは、『機械仕掛けの英雄』という一つの幻想兵器から生み出された、副次的な物にすぎない。

 だが、ベルト型の変換器は正真正銘の幻想兵器を、二つ同時に生み出すのである。


「そのベルトにはね、腕輪型に組み込まれている装置が、左右に一つずつ搭載されているの。それを使い分けて二つの幻想兵器を生み出す仕組みなのよ」

「なるほど」

「本当は二つの変換器を同調させて、より強力な幻想兵器を生み出せるようにする予定だったのだけれど、そちらは上手くいかなくてね」


 京子の説明を聞きながら、宗次は考え込む。

 使える幻想兵器が増えれば、得られるメリットは大きい。

 片方の武器を落としたり弾き飛ばされても、もう片方を呼び出せば隙を消せる。

 何より、幻想兵器が持つ固有の特殊能力、それが一つ増えるのが大きい。

 特殊能力が皆無の蜻蛉切を使っているせいで、宗次にはいまいち実感が湧かないが。

 仮に能力が弱くても、例えば片手剣と盾の両立が可能となれば、大きな戦力増強に繋がるだろう。

 しかし、そんなメリットだらけのベルト型が、宗次が言い出すまで埃を被っていた。つまり――


「どんなデメリットが?」

「流石、鋭いわね」

「世の中に美味い話はないと、婆ちゃんに言い聞かされてますから」

「しっかりとしたお祖母さまね」


 京子は微笑しつつ、二重武装化の弱点を明かす。


「自分一人の防衛本能によって形成される幻子装甲と違って、幻想兵器は人々の思念、幻想を集めて武器にしていると教えたわよね」

「はい」

「だから、自分の精神力、幻子干渉能力はあまり使わずに生み出せるのよ。けれど、それは武器の威力に反してローコストという意味で、消費がゼロという訳ではないの。特に固有能力を発動させたりすればね」

「つまり、二つ武器を出すと、それだけ負担が増えると?」

「そういう事ね」


 生徒会長のレーヴァテインなど、一度放てば目眩で膝をつくほど消耗する。

 だから、二本に増やしたからといって、火力が単純に二倍となる訳でもない。


「君のように能力を使わず戦うなら、影響は少ないと思うけれど、それでも幻子装甲が僅かに薄くなると思うわ」


 六角柱型CEの光線に換算して、一発程度の差だろうか。

 たかが一発と言えど、命の守りである幻子装甲を脆弱にしてまで、二つ目の武器を用意する必要があるかどうか、判断に迷う所であろう。


「それと、もう一つ問題があってね」

「何でしょうか」

「う~ん、実際に見て貰った方が早いかしら」


 京子はそう言いながら、宗次から十歩ほど距離を取った。


「まずは普通に幻想兵器を呼び出してくれるかしら。キーワードは今までと同じに設定してあるわ」

「はい、武装化」


 言い慣れた合言葉を口にすると、ベルトから七色の光が迸り、それが右手の中で一本の槍、天下三名槍の一つ蜻蛉切と化す。


「続いて二つ目、キーワードは『二重化(ダブル)』よ」

「はい、二重化」


 言われた通りの単語を口にすると、再びベルトから光が迸り、それが左手の中で形を成す。

 右手に持った物と一㎜の差もない、二本目の蜻蛉切に。


「ひょっとして」

「そう、同じ幻想兵器しか生み出せないのよ……」


 やっぱり失敗かと、京子は頭を抱えた。

 全く同じ武器でも、短剣や片手剣ならば二刀流が可能で、使い道もあるだろう。

 しかし、宗次の蜻蛉切は両手持ちの槍、二本あっても邪魔なだけである。


「別の幻想兵器が呼び出せないか、調整しているんだけどね……」


 そもそも、「両手持ちの大剣だと接近戦では戦い辛いから、軽くて短い剣も用意できないかな?」という、ある少女の要望から、二重武装機能の研究が始まったのであった。

 どこが悪いのかと頭を悩ませる京子に、宗次は改めて疑問をぶつける。


「幻想兵器は、どういった基準で選ばれるのですか?」


 幻子の仕組み等に関しては前に教えて貰ったが、その辺りは授業でも教えられた事がない。

 そんな彼の質問に、京子はまた難しい表情を浮かべる。


「自分と、そして周りからの認識によって決まると、先生は言っていたわ」

「認識ですか」

「あっ……」


 言ってから、しまったと京子は口を押えるが遅かった。


「京子先生?」

「……はぁ、君にならいいか」


 宗次に訝し気な目を向けられ、美人保険医は暫し考え込んでから、他言無用だと念を押した上で語り出した。


「幻想兵器や幻子装甲を生み出す元である幻子、それは人の精神に影響を受けてエネルギーを生み出す、そう教えたわよね」

「はい。ですが違うと?」


 表情から先を読んだ鋭い宗次に、京子はまた苦笑しつつ頷いた。


「より正確に言うとね、幻子はエネルギーを運ぶ仲介役でしかないの。エネルギーの元は人の認識。私達が幻子干渉能力なんて仰々しい名前をつけて、貴方達や世間を誤魔化しているけれど、本当は『認識力(テオリア)』と呼ぶべき力なのよ」

「認識力ですか」


 それは見聞きした物を理解するという、脳の判断力を差しているのではない。

 人が認識する事によつて、物理的なエネルギーが発生するという言っているのだ。


「そう、人の認識には力があり、認識によってこの世界は構成されている……何を馬鹿な事を言っているんだ、と思うでしょ? 実際にこの説を提出した時、先生は学会から袋叩きにあったそうよ」

「はぁ」

「けれど、その後にCEが出現して、幻想兵器が実用化されて、認識には力があると証明されてしまったのだけどね」


 頭の固いお偉いさん達が盛大に狼狽えた、当時の光景を思い出して、京子は口を手で押さえながら笑った。


「人の認識が世界を造る。まるでおとぎ話のようだけれど、案外納得のいく話でもあるのよ。例えば、人類が今も絶滅せずに生きている事とかね」


 疫病、気候の変動、巨大地震、隕石の落下、そして核戦争。

 人類が滅びるような危機は、いくらでも起こる可能性はあった。

 だが、どれも結局は現実とならなかった。

 それは偶然によるものではなく、人々の願いが起こした必然だったのではないか。


「巨大隕石なんて落ちてこない、核戦争なんて起きるはずがない、そんな無意識の願望、思い込みが見えない力となって、世界を変えてきたのではないかとね」


 それはまるで、神の見えざる手。

 人々の『かくあれかし(アーメン)』という祈りが、巨大なエネルギーとなって世界を生み出してきた。


「その割には、世界が平和になっていないと思いますが?」

「別に矛盾は無いわよ。平和を望む人と同じだけ、戦争を望む人が居るというだけでしょ」

「なるほど」


 青臭い事を言ったと反省する宗次を、京子は眩しそうに眺めながら語り続ける。


「相反する意思がある程度存在すれば、認識力は相殺し合って現実に影響を及ぼさない。逆に言うと、少数派と圧倒的な差があれば、認識の力は世界を変えられる」


 それこそ、世界中の人間が心の奥底で『当然』と思い込んでいる事は、現実と化す。


「例えば魔法や超能力、宇宙人や異世界人なんて『非科学的なモノ』が存在しないのも、人々がそう世界を認識していたからだ、と言っていたわ」


 幻子や認識力なんて非科学的な物は存在しない、という認識こそが力となって、それ自体を封じ込めてきた。

 魔法を魔法で封じるような皮肉によって、二十一世紀の世界は『科学的』という『当然』によって支配されていた。


「では、科学が発達する前、認識されていた魔法は有ったと?」

「無い、というのが先生の持論だったし、私もそう思うわ」


 かつて、聖剣エクスカリバーなんて実在しなかったと断言した時と同じように、京子は宗次の疑問に否定を返す。


「何故なら、人類の認識が確固たる力を手にしたのは、ここ二百年程度だからよ」

「二百年……人口ですか」

「ふふっ、優秀な生徒を持つと、先生は楽できて助かるわ」


 宗次の答えに、京子は教師ぶりながら頷いた。

 現在の人類・ホモサピエンスが誕生したのは十数万年前と言われているが、二千年前の西暦元年でも世界総人口は三億に満たなかったと言われている。

 それが、産業革命が始まった十八世紀の後半から急激に増え、CEが出現する直前の二〇二五年には八十億を超えていた。

 単純計算でも人口、つまり人の認識力は二千年前より二十五倍以上も増えた事になる。

 だが、そこにさらなる要素が加算される。


「新聞、ラジオ、テレビ、そしてネットの誕生によって、人が認識する世界じょうほうも爆発的に広がったわ」


 たった二百年前、日本はまだ江戸時代であり、ネットもラジオも電話もなく、全国紙の新聞すら存在せず、人々の情報は噂話と瓦版くらいであった。

 その頃の人類にとって、世界とは自分の見る範囲、村や町内という狭い地域でしかなかった。

 だが今はどうか、地球の裏側で起きた事さえ一秒のタイムラグもなく知れ渡り、何億光年という途方もない遠くの星さえ見る事ができる。

 人の認識はその数も質も、この二百年で異常なほどに高まり、だからこそ「核戦争なんて起きない」「魔法なんて存在しない」という人々の認識を、現実と化すほどの巨大なエネルギーとなった。


「科学の力で人口が増え、膨大な情報が広まる事で、世界を造る認識力は高まった。けれど、そのせいで『非科学的なモノは存在しない』と認識力が自身を封じる事になったのは皮肉よね」


 オカルトなんて非常識を、オカルトその物が蓋をしていた世界。

 だが、二〇三一年現在、世界には幻想兵器という、六年前までは非科学的だった物が確かに存在している。

 その原因を作ったのも、まるでオカルトのような存在。つまり――


「CEが、この世界を変えた?」

「それしかないでしょうね」


 驚愕する宗次に、京子は重々しく頷いた。

 二〇二五年、突如世界中に現れた巨大結晶柱・ピラーと、そこから生み出された謎の結晶体・CrystalEnemyクリスタル・エネミー

 その襲撃を受けて、全人類が痛みと共に思い知り、認識を改めたのだ。

 この世には人の思いもよらない事が、科学なんてモノでは計り知れない事が起きうるのだと。

 かくして、科学全盛の時代は終わりを告げ、人は幻想の世界へと足を踏み入れた。


「CEが出現した事で世界が変わり、そのために幻想兵器を生み出す事が可能になり、CEを倒す力となった。これもまた盛大な皮肉よね」

「…………」


 苦笑する京子に、宗次は何を言えず俯いた。

 話が壮大すぎるとか、嘘くさくて信じられないとか、そんな理由ではない。

 ある一つの懸念が頭を過ぎったからである。


(二〇二五年以前、人が『無い』と思い込んでいた力により、オカルト的なモノは存在を許されなかった)


 それが事実だとすれば、人類の与り知らぬ所で、人類の生み出した認識のエネルギーは、非科学的なモノを駆逐していたのではないか。

 例えば、地中で静かに眠っていた、結晶生命体なんて有り得ないモノを――


(……駄目だ、考えるな)


 宗次は頭を振り、己の思考を無理やり中断させた。

 これは何の根拠もない、彼の憶測や妄想にすぎない。

 ただ、もしも本当だとすれば、CEは突如現れて罪なき人々を殺戮して回った、悪魔のような存在ではなかった事になる。

 人類に滅ぼされそうになったから、ただ生きるため必死に抗った一個の生命体。


「……槍が鈍るな」

「空知君、どうかしたの?」

「いえ、何でもありません」


 思わず口に出してしまってから、宗次は首を振って誤魔化した。

 京子はそれを少し訝しみつつ、話を元に戻す。


「とにかく、人の認識には力があるのよ。本人、そして他人が『私は、彼はこういう人物だ』という認識から、本人に合う最適の物が幻想兵器として選ばれるのよ」


 幻想変換器はそのようにプログラムされているため、槍術を学んだ宗次には蜻蛉切、剣道少女の陽向には村雨といった具合に、本人の体格や技術、性格まで考慮した上で最適な武具が生み出される。


「ただ、そのプログラムを組んだ人が天才、いえ異才と言った方が正しいわね。とにかく異常すぎる凄い人だったから、独特すぎて上手く弄れないのよ」


 最適から少しズレても構わないから、別の幻想兵器も使えるようにする二重武装計画は、そのせいで難航していたのだった。


(てっきり、京子先生が造ったのかと思っていたが)


 話を聞く限り、彼女が先生と呼ぶその天才的な科学者が、幻想変換器の制作者なのだろう。


「だが、認識か……」


 宗次は考え込みながら、出したままになっていた、二本の蜻蛉切から手を放す。

 そして、ベルトのスイッチを押して一度消すと、目を閉じて静かに集中を開始した。


(俺に一番合う槍は蜻蛉切だ。だが、今は忘れろ)


 呼吸と共に己の『我』を消して、一度『(から)』にする。

 その上で、一つのイメージを鮮明に抱きながら、幻想の兵器を呼び出す。


二重化ダブル


 ベルトから放たれた光が、目を閉じた彼の両手の中で形を成していく。

 その姿は蜻蛉切ではない。あまりにも長く巨大な穂先は、もはや槍より斬馬刀と言ったほうが近い。

 遡ること七百年前、室町時代に鍛え上げられた天下三名槍の一つ、御手杵おてぎね


「嘘でしょ……」


 愕然とする京子の声に釣られるように、宗次はゆっくりと目蓋を開ける。

 だが、それで集中が切れたのだろう、御手杵の姿を目にできたのは一瞬で、巨大な槍は風に吹かれた砂のように、幻子の光となって消えてしまった。


「やはり無理か」


 特に落胆もせず、淡々と呟く宗次の両肩を、京子が目を見開きながら掴んでくる。


「空知君、今のどうやったのっ!?」

「単純に、御手杵が自分に相応しいと強く思いながら、呼んでみただけですが」

「そんな簡単に……」


 無意識の認識すら読み取って、生み出される幻想兵器を変えた。

 それはつまり、意識して無意識を変えるという、強力な自己催眠まがいの集中力を発揮したという事である。


「修行僧でもあるまいし……」

「座禅はよく組んでいましたが」

「……そうね、君は普通じゃなかったわね」


 何事にも動じない心と作る、精神鍛錬も武術の基本である。

 なにより、京子は知らない事だが、空壱流槍術の奥義は己の意識を『(から)』に近づける事にあるので、意識のコントロールはお手の物であった。


「だが、実戦では使えませんね」


 極度の精神集中が必要で、少しでも気を抜けば消えてしまう。

 これでは実用に足りないと、二重武装を早々に諦める宗次を余所に、京子は瞳に研究者特有の炎を宿していた。


「空知君、詳しいデータを取るから、今のもう一度同じ事をしてくれる!」

「あっ、はい、構いませんが……」


 勢いに押されて頷くと、京子は急いで隣の研究室へと走って行った。


「脳波と幻子の計測器を……手が足りない、木村先生、ちょっとこっちに来て下さい!」


 機材をあれこれ掻き回したり、電話で助太刀を頼んだりと、急に忙しく動き出した京子に、宗次は呆気に取られながら呟く。


「ベルトだけでいいんだが……」


 二重武装は別に不要だと、とても言い出せる雰囲気ではなく、宗次は軽く溜息を吐きながら、次は日本号でも試してみるかと、集中力を研ぎ澄ましていくのだった。

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