第63話 勝者の栄光、敗者の悲哀
青木堅吾、三年A組の第一分隊、盾役を務める実直な男である。
その幻想兵器は『イージスの盾』、ギリシャ神話の女神・アテナの持つ盾であり、英雄ペルセウスがその盾を使い、怪物メドゥーサを倒した逸話で有名である。
メドゥーサの退治後、その首は盾の中央にはめ込まれ、相手を石化する魔力が宿り、ギリシャ神話最強の盾と化した。
青木の生み出したイージスの盾も、伝承に相応しい防御能力を誇り、今までに何百というCEの光線を受けてきたが、傷一つ付くことなく仲間を守り抜いてきた。
その盾が、ギリシャ神話最硬を誇る幻想が、超高密度に収束された長距離狙撃の赤い光線によって撃ち抜かれ、幻子の光となって消えた。
「嘘だろ……」
唖然とする青木の右手から、限界を知らせるアラーム音が鳴り響く。
もし彼でなければ、盾で防いでいなければ、精神を奪われて廃人と化すどころか、腹を物理的に突き破られて、背後の仲間達まで撃ち抜かれていた事だろう。
ありえない距離からの、ありえない威力の狙撃。
それに皆が呆然と固まるなか、宗次はあらん限りの大声で叫んだ。
「逃げろ、装甲車の影に隠れるんだ!」
「……はっ、盾隊に隠れて後退だ、急げ!」
彼の声で正気を取り戻した麗華が、慌てて指示を飛ばす。
「な、何やあれっ!?」
「冗談じゃないわよっ!?」
走り出した宗次の後を追い、混乱していた三二分隊の皆も、慌てて装甲車の陰に身を隠す。
当然、CEはそれを黙って見逃していた訳ではない。
ただ、長距離光線を放った先頭の巨大コア型、それと隣接していた三体のCEが、後方から集められた光線の負荷に耐えきれなかったのか、一体が破裂して砕け散り、残る二体もコアにヒビが入っていた。
破損したその二体が横に外れ、穴を埋めるため背後のCEが前に出てくる。
そうやって隊列を組み直していたため、次弾の発射には十秒以上かかり、エース隊員の多くが装甲車の陰に隠れられていた。
しかし、皆を逃がすため最後まで前列に残っていた、三年A組〇分隊の盾役に向けて、再び超威力の光線が突き刺さる。
「ぐおっ……!」
彼の盾も一撃で突き破られ、幻子装甲も一瞬で危険域に突入してしまう。
幻子干渉能力が底をつき、激しい虚脱感に襲われ倒れ込む彼を、駆け寄った仲間が引きずって、どうにか装甲車の陰に隠す。
これで全ての生徒がどうにか遮蔽物に隠れられたが、息を吐く暇は与えられなかった。
再び隊列を組み換え、三度放たれた光線が、装甲車の横腹をあっさりと貫いたのだ。
「ひぃ……っ!」
「これ駄目やんか、どうすんねんっ!?」
パニック寸前の映助に肩を掴まれ、宗次は厳しい顔で考え込む。
(幸い発射間隔は長い、全員で突撃すれば十発も撃たれる前に接近できる)
そして白兵戦に持ち込み巨大コアを倒せば、脅威となっている超威力の狙撃は撃てなくなり、後は烏合の衆が残るのみ。
だが、それまでにいったい何十人が犠牲になるのか。
(相手の自滅も望めない)
発射ごとに一体から三体のCEが自壊しており、相手も無限に撃てるわけではない。
だが、盾にしている約三十台の装甲車がハチの巣になり、自分達が撃ち殺される方が遥かに早いだろう。
宗次が冷静に思考を重ねている間にも、四発目の赤い光線が隣の一年C組の装甲車を貫いた。
(……時間がない、やるしかないか)
宗次は素早く覚悟を決めると、グルファクシスを消して地面に伏せていた、シャロの手を掴む。
「クロムウェルさん、俺に命を預けてくれるか」
「えっ……」
シャロは一瞬、驚いて固まったが、直ぐに満面の笑顔で頷いた。
「もちろんでありますっ!」
「よし、行こう」
宗次はシャロの手を引いて立ち上がると、隊列の中央、三年生達の居る方に向かって駆け出した。
「宗次君っ!」
「ちょっと、危ないですよ~!」
後を追おうとした陽向を、心々杏が慌てて掴み止める。
だから彼女は地面に伏せ、宗次の背中を見送る事しか出来なかった。
五発目の光線を途中の装甲車に隠れてやり過ごしながら、宗次は三年A組の元に辿り着く。
「麗華先輩っ!」
「宗次君っ!? それに彼女は……分かった」
連れて来られたシャロの姿を見て、麗華も一瞬で彼の作戦を察しって覚悟を決めた。
「皆と、そして君を守るためだ。この命を賭けようじゃないか」
「すみません……」
「なに、お礼なら終わった後でたっぷりとして貰うよ」
怖気を吹き飛ばすため、麗華は敢えて茶目っ気たっぷりにウインクして、謝る宗次の背を叩いた。
「愛璃」
「えぇ、分かっていますわ」
隣の装甲車に隠れていた生徒会長も、何をするのか理解して頷き返した。
強力すぎて使い辛い、シャロの幻想兵器グルファクシス。
それを活用する案の一つを、今こそ使う時が来たのだ。
六発目の光線が二年生達の装甲車に穴を開けたのと同時に、宗次達は一斉に動き出す。
「Come on Gullfaxi!」
シャロが幻想の名馬を呼び出し、鞍に跨るのと同時に、麗華が第二分隊の盾役・堀田陸夫に向かって叫ぶ。
「陸夫っ!」
「ちゃんと返せよ!」
二年も共に戦ってきた仲である、陸夫は視線だけで要件を察し、自らの幻想兵器・アイアスの盾を麗華に投げ渡す。
それをキャッチしてから、麗華はシャロの前に乗る形で、グルファクシスに跨った。
その間に、穴は開いたがまだ走れる装甲車に、宗次や愛璃達が飛び乗る。
正二十面体戦以降、映助だけでは手が足りないだろうと、運転の練習をしていた三年生の一人が、運転席に乗り込むのも忘れない。
「行くでありますよ」
「頼むよ、子猫ちゃん」
麗華が居て前方が見づらくとも、シャロは巧みにグルファクシスを操り、敵に向かって疾走した。
同時に、隊列を組み終えたCE達から、身を晒した彼女達に向かって、七発目の光線が放たれる。
「咲き誇れ、王の聖槍!」
麗華は己の幻想兵器、アーサー王の槍が持つ守護の力を開放しながら、借り受けた盾を目前に構えた。
放たれた超威力の光線は、器用に頭を下げたグルファクシスの上を通り、アイアスの盾に突き刺さり、そして貫通する。
「流石に防ぎ切れなかったね……」
左手の中で消えていく盾の持ち主に、心の中で謝りながら、麗華は右手に残るロンゴミアントを強く握りしめた。
幻想兵器は他人でも持つ事が可能だが、本人でなければ真の能力は使いこなせない。
投擲武器に対して高い防御力を発揮する、アイアスの能力を解放できれば、もう一撃くらいは防げたのだろうが、高望みしても仕方がない。
麗華は後ろを振り返り、宗次達の乗った装甲車が後をついて来ているのを確かめると、前を向き直り、まだ四百mも離れたCE達を睨んだ。
「来たまえ、彼には指一本触れさせないよ」
その覚悟に応えるように、八発目の光線が麗華の体に突き刺さる。
「ぐぅ……っ!」
全身に走る衝撃と熱に、麗華は歯を噛みしめて必死に耐える。
五分間の時間制限こそあるが、その間は完全無敵を誇った聖槍の加護。
それが初めて危険信号を灯すのを、彼女は肌で感じ取っていた。
「大丈夫でありますかっ!?」
「気にせず走り続けてくれたまえ!」
背後から心配の叫び声を上げるシャロに、麗華は大声で言い返す。
ここで退けば全てが台無しになる。
だから歯を食いしばり、残り二百五十mを切った麗華達に向けて、九発目の光線が飛んだ。
「がはっ……!」
距離が縮まれば空気による減衰が無くなり、威力が増すのはCEの光線も同じだったのだろう。
麗華の全身に先程を上回る衝撃が響き、身を守っていた聖なる光が消え失せた。
「あと、少しだというのに……」
「くっ!」
意識朦朧となりながら、必死に槍を構えようとする麗華を、シャロは後ろから抱えるようにして黒馬を走らせ続ける。
「宗次殿!」
『分かった』
通信機越しの叫びを聞いて、宗次は運転している三年生に頼み、装甲車をシャロ達の真後ろから少し横にずらす。
そうして、最後の百mを切った所で、扇状に広がったCE達の後列から光が上がり、守りを失った麗華達の命を奪おうと、十発目の光線を見舞おうとした。
しかし、攻撃が放たれる寸前、シャロはあぶみから足を外して、麗華の体を抱きしめながら後ろに飛んだ。
「ごめんであります」
謝りながら地面に落ちる主人を守るため、乗り手を失っても駆け続けたグルファクシスに、最短で最強威力の光線が突き刺さる。
赤い光は黒馬の巨体を頭から尻まで一直線に貫通し、幻子の塵へと変えてしまう。
だが、勝負に勝ったのはエース隊であった。
地面に転がったシャロ達を、宗次達の乗った装甲車が追い抜いていく。
そして、ついに目と鼻の先まで距離を詰め、十一発目の準備を始めたCE達の前で旋回しながら停止し、後部扉から最強戦力を解き放った。
「塵と化しなさい、レーヴァテインッ!」
生徒会長・神近愛璃の放った、世界を焼き尽くす黄昏の炎が、結晶体の群れを包み込む。
光線を収束するため密集していた事が仇となり、要である巨大コアを中心に、三十体以上ものCEが一瞬で蒸発した。
それだけではない、同乗していた三年A組の中でも選りすぐりの幻想兵器使い達が、ゲイボルグやミョルニルという伝説の中の伝説を、次々とCEの群れに叩きこむ。
その効果は凄まじく、一瞬で百体以上、全体の五分の一が砕け散って地面に散らばった。
収束光線を放った負荷で、何十体か自壊していた事もあり、残るCEは三百五十体程度。
幻想兵器の力を使い果たし、息を荒げる生徒会長達に代わってそれを抑えるのが、何の特殊な能力も持たない、だが何よりも鋭い蜻蛉切を、誰よりも巧みに操る槍使い、宗次の役目であった。
「あと一分程度、付き合ってもらうぞ」
宗次の背後からは、大勢のエース隊員が徒歩や装甲車で走って来ている。
彼らが到着するまで、麗華やシャロ、生徒会長達に手を出させぬよう、残った六角柱の雑兵を相手に、ただ突いて、避けて、機械の如く正確に敵を葬り続けるのみ。
氷よりも冷静に、炎よりも闘志を燃やしながら、単騎で突っ込んでくる槍使いを恐れるように、要を失ったCE達は密着状態からバラけていった。
そして二分後、超威力の狙撃を失った六角柱型を相手に、エース隊が今更負けるはずもなく、CEは全てコアを砕かれ大地に散らばった。
「よっしゃ、今日も勝ったでぇーっ!」
最初の絶望感などもう忘れたという顔で、映助が真っ先に勝鬨を上げ、他の生徒達も笑顔でそれに続いた。
宗次は調子の良い親友に苦笑しつつ、装甲車にもたれて休んでいた麗華とシャロの元に歩み寄る。
「先輩、無理をさせて本当にすみませんでした」
「だから、謝らなくていいよ。言った通りお礼を貰うからね」
深く頭を下げる宗次に、麗華はまだ目眩を堪えながら、無理に微笑んで告げた。
「まずは『先輩』じゃなくて『麗華』と呼んでほしいな」
「そんな事でいいんですか?」
「そんな事がいいんだよ」
繰り返し告げると、宗次は少し照れるように間を置いてから、微笑んで告げた。
「麗華、今日はありがとう」
「……うん、どうしたしまして」
頑張った甲斐があったと、麗華は間違っても男には見えない、柔らかな笑みを浮かべた。
それを隣で見ていたシャロは、慌てて手を挙げる。
「では私も、シャロと呼んで欲しいでありますっ!」
「あぁ、シャロも無理を聞いてくれてありがとう」
「えへへ、嬉しいであります……」
頬を真っ赤に染めて、尻尾があったらブンブンと振り回しそうな勢いで喜ぶシャロ。
当然、それを見た麗華は面白くない。
「ごほんっ……宗次君、次のお願いだけど、体に力が入らなくてね、抱きかかえて運んでくれないかな?」
「分かりました」
「あっ、狡いでありますよっ!」
言われた通り麗華をお姫様抱っこする宗次の姿に、シャロがまた騒ぎ出す。
そんな微笑ましい光景を、遠くから悲しそうに見詰める視線があった。
「宗次君……」
陽向の顔に浮かぶのは、嫉妬の怒りや恨みという、黒い感情ではない。
真冬の曇った空のような、重く寒々しい悲しみと悔しさ。
「何で、私は……」
宗次の力になれない、足を引っ張ってばかりで、彼を助けて上げられない。
己の無力が悔しく悲しくて、陽向は麗華やシャロ達の間に割って入れず、ただ遠くから見詰める事しかできなかった。