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第61話 拡散

 土曜日、授業こそ休みだが、朝昼晩の食事は学生食堂で出るため、生徒達はそれぞれジャージや私服に着替えて、校舎の中に入っていく。

 シャロの歓迎会だと言って、徹夜でアニメ鑑賞会を行っていた一年D組の半数以上が、今も布団の中で眠っているなか、宗次は六時前には起きて、まだ人のまばらな学生食堂で鮭定食を頬張っていた。

 そんな彼の横に、実に自然な動作でイケメンの先輩が座ってくる。


「おはよう、今日も早いね」

「おはようございます」


 宗次は礼儀正しく口の中のご飯を呑み込んでから、現れた麗華に挨拶を返した。

 それに笑顔を浮かべながら、彼女はさり気なく辺りに目を配る。

 現在、宗次の回りにD組の仲間は一人も居ない、絶好の大チャンスである。


(だからこそ、早起きしたのだけどね)


 平日は皆と一緒に朝食をとりに来る宗次だが、土日は主に映助が夜更かしして寝坊するため、一人で早く来ているのはリサーチ済みである。

 計画通り、と悪い笑みを浮かべてから、麗華は何気ない様子で切り出した。


「ところで、今日は暇かな?」

「はい、特に用事はありませんが」


 普段通り槍術の訓練をするだけだと告げると、麗華はパッと花開くように顔を輝かせる。


「なら良かった。今日一日、ボクと付き合ってくれないかな?」

「付き合う、ですか?」

「あぁ、落ち込んでいた時に励ましてくれたお礼が、まだだったからね。街に出てランチでも奢らせてくれないかな」


 正二十面体型のCEが現れ、二年A組の草壁洋太が犠牲となった時の事である。


「それに、新しい剣の形をしたCEも出ただろう? あれがまた現れた時の対策も話しておきたいと思ってね」


 少々狡い手だが、こう言えば真面目な槍使いが拒まないだろう。

 そんな麗華の読み通り、宗次は特に悩む事もなく頷いた。


「分かりました、お願いします」

「ありがとう。では二時間後に迎えに行くから、寮で待っていてくれるかな」

「はい」

「あと、この事は他の子には内緒で頼むよ」


 邪魔されちゃうからね、と麗華はウインクすると、出かける用意をするために、急いで鮭定食を完食した。

 そしてきっちり二時間後、十二番棟の寮に現れた麗華の姿を見て、ようやく起き出してきた徹夜組は驚愕の叫びを上げてしまった。


「な、何よその恰好っ!?」

「す、素敵です……っ!」


 黒いスリムなパンツにレザーのジャケットという、まるで外国人俳優のようなイケメン先輩の姿に、陽向は嫌そうに顔を歪めたが、神奈は黄色い歓声を上げて、スマホで写メを撮りまくった。

 そこへ、普通のジーンズとシャツという、ラフな格好の宗次が現れる。


「すみません、待たせましたか」

「いや、今来た所だよ」

「何や、そのデートの待ち合わせみたいな会話」

「ま、まさかっ!?」


 驚愕する陽向に向けて、麗華は勝ち誇るように微笑しながら、宗次の腕に自ら腕を絡ませた。


「では、行こうか」

「外出でありますか、行ってらっしゃいであります」

「えっ、ちょっ、えええぇぇぇ―――っ!?」


 デートとは思わなかったのか、軽く送り出すシャロと違い、陽向は混乱と後悔の悲鳴を上げるのだった。

 そうして、麗華に引っ張られる形で校門を出て、バス停の前に立った宗次は、ふと辺りを見回す。


「今日は居ないな」

「何がだい?」

「特高反対のデモです」


 前に陽向達と出かけようとした時、デモ隊が来ていて寮長の白浜寅美に止められた事を語る。

 すると、麗華は珍しく嫌そうに顔を歪めた。


「あれか、今は転校生達が居るから、自粛するように上から言われたんじゃないかな」

「転校生が?」


 シャロ達とデモ隊にいったい何の関係が有るのだと、首を捻る宗次に対し、麗華は難しい表情を浮かべる。


「これはあくまでネット上から得た情報を元に、ボクが推理した事でしかなく、事実だという保証は全くないよ」


 そう念を押した上で、声を潜めて告げる。


「特高反対のデモ隊は、外国からお金を貰った団体がやっているようなんだ」

「外国が……」


 そこまで言われれば、宗次にも察する事が出来た。

 幻想兵器というCEに対抗可能な武器、それを世界でどこよりも早く開発し、唯一保有していた日本への嫌がらせ。


「もちろん、子供を戦わせるなんて反対だと、本当に親切心で行動している人もゼロではないと思うよ。けれど、戦争が六年も続いて困窮しているなか、わざわざデモなんてしている暇があるかと言うとね……」


 麗華は暗い表情で口を濁す。

 田舎の村で半分自給自足で暮してきた宗次には、CEとの戦争による被害がなかなか実感し難いだろう。

 しかし、麗華を含む一般的な特高の生徒達は、多かれ少なかれ戦争の余波をその身で体験していた。


「ボクの故郷は神奈川でね、直接CEに攻め込まれた事はないけれど、山梨県から沢山の人が避難してきて、今も結構な問題になっているんだよ」


 六年前、長野ピラーから溢れ出た大量のCEは、山梨県甲府市の方面にも殺到した。

 幸い、富士駐屯地や首都近郊の部隊が多数駆けつけ、甲府市に入る前に撃退できたが、その後も度重なる襲撃が続き、武器弾薬が持たないという理由から、政府は甲府市からの撤退を決定。


 CEの群れが東側の群馬方面か、西南側の名古屋方面にしか行かないよう、山梨県に住んでいた人々を、全て他県へと避難させた。

 同様の理由により、長野の北側にあたる富山県、新潟県の南部からも人々を強制避難させていた。


 そうして、家も仕事も失って避難民となった人々の内、若い世代は新しい土地にも仕事にも直ぐ順応したが、年配の方々は仕事が見つからず、政府からの支援金で細々と暮していた。

 だが、それに元からの住民達が「我々だって苦しいのに、どうして血税で働かない奴らを養うんだ」と反発しており、六年経った今なお、住民と避難民との確執が問題となっている。


「だから、国会議事堂の前でデモなら分かるけれども、CEに襲われるかもしれない最前線の前橋市に、しかも皆を守るために戦っているボクらに、わざわざ文句を言いに来る暇なんて無いと思うのだけれどもね」


 それでも特高反対のデモをするとしたら、やるだけの価値があるという事になる。

 そして、貧した人が動く理由と言えば金しかない。

 では、金を出してまでデモを起こし、特高の、ひいては日本の足を引っ張って得をする者が居るとすれば、やはり諸外国しかいないだろう。


「CEという共通の敵が居るのに、人間同士で争うなんて馬鹿な真似をする筈がないと、信じたいのだけれどもね……」


 だが事実として、警察に逮捕されても繰り返されてきた特高反対デモが、ここ二週間ほど――麗華達は知る由もないが、米露中から転校生を迎え入れる事が決まってからは、全く行われていなかった。


「…………」


 政治のドス黒い闇を垣間見て、宗次は無言のまま冷や汗を浮かべる。

 そんな彼らの前に、丁度良くバスが走ってきた。


「さあ、乗ろうか」

「はい」


 こんな良い日に暗い話題は似合わないと、笑って空気を変えた麗華に、宗次も笑顔で頷き返した。


「お昼まではまだ時間があるし、まずはボウリングにでも付き合ってくれるかな」

「ボウリングですか? やった事がないのですが」

「ボクが教えてあげるよ。この辺では他に遊ぶ所もないからね、クラスの皆とよく一緒に行っているから、結構上手いんだよ」


 得意気に胸を張る麗華に、「CEの対策を話し合うのでは?」と言うほど、宗次も野暮ではない。

 いつも世話になっている彼女の気が晴れるよう、喜んで遊びに付き合うのだった。





 結局、五ゲームも白熱の試合を行った後、二人はカフェで一息ついていた。


「やれやれ、君がボウリングまで上手いとは思わなかったよ」


 最初の二ゲームは制したが、残る三ゲームを取られてしまった麗華が、少し不満そうに頬を膨らませつつ、アイスカフェラテをストローで飲む。


「同じ軌道で投げるだけですから、一度覚えればそこまで難しくはなかったです」


 宗次は淡々と事実を告げつつ、アイスコーヒーに口をつけた。

 武術とは肉体の反射を消し、自分の思うままにコントロールする術である。

 故に、幼少から空壱流槍術で鍛えてきた宗次は、まるで機械のように腕から指先までを微調整して、ストライクコースを繰り返す事ができたのだった。


「普通はそれが出来ないから、皆苦労するのだけどね」


 愛璃が聞いたら憤慨しそうだな、と麗華が苦笑したのを見て、宗次は首を傾げる。


「生徒会長がですか?」

「そうだよ、彼女はああ見えて不器用だからね、体全体を使うスポーツならともかく、指先の繊細さが問われるような、例えば卓球やダーツなんかは全く駄目なんだ」

「意外ですね、何でも優雅にこなしそうでしたが」

「そう見えるよね? けれど、正体はもっと可愛らしい子なんだよ」


 麗華はまた笑いながら、本人が聞いたら激怒しそうな事をバラす。


「例えば、愛璃達の分隊が何番か覚えているかな」

「第〇分隊ですね」

「それだよ、一番からではなくゼロからなんて、変だと思わなかったかい?」

「言われてみれば、確かに」


 分隊の番号は三年A組が〇、一、二、B組が三、四、五と順番に割り振られ、独立部隊の一年A組だけが例外としてα、β、γとアルファベットを使っており、一年D組の三〇、三一、三二分隊で終わりとなっている。

 本来であれば自衛隊と同じように、一番から分隊番号を振るはずであったのだが、そこに待ったをかけたのが、当時最強のエース隊員であった神近愛璃である。


「担任に〇番からが良いと言ったんだけどね、その理由が傑作なんだよ」

「というと?」

「なんと『その方が格好良いですわ』って言ったのさ」

「……えっ?」


 思い出して腹を抱えて笑う麗華の前で、宗次は呆気に取られて言葉を失った。

 気品溢れるお嬢様風の外見と、大人っぽい色気で、下級生男子達から絶大な支持を得ている、生徒会長とは思えぬ発言である。


「愛璃は本当に良い所のお嬢様で、立ち振る舞いが美しいから誤解されがちだけどね、中身は夢見る少女というか中二病というか、結構可愛いところがあるんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、例えば天道寺刹那さんの大ファンでね、押入れの奥に自作の大型ポスターを張っていたりとか」

「それは凄いですね」

「あと、授業で刹那さんの戦闘記録を見せて貰った時なんて、感動して泣き出して――」


 本人が聞いたら羞恥のあまり悶絶しそうな事を、麗華は喜々として語る。

 そんな彼女の姿こそが微笑ましくて、宗次も笑みを浮かべた。

 だが、二人の優しい時間は、横からの無粋な声で邪魔されてしまう。


「君達、特高の子だよね」


 にこやかな、だが胡散臭い笑みと共に現れたのは、二十代後半くらいのスーツを来た男性。


「どなたですか?」

「あぁ、ごめんごめん、僕はこういう者さ」


 男はそう言って、胸元から出した名刺を麗華に手渡す。

 そこには『週刊クリエイト・記者・金木義男』と書かれていた。


「雑誌の記者さんが、ボク達に何のご用でしょう」


 デートの邪魔をされて内心不快に思いながらも、麗華はそれを表に出さず、努めて礼儀正しく聞き返す。

 それを友好的と誤解したのか、記者の男は調子よく彼らの隣に座りながら、その目的を告げた。


「是非、天道寺英人君の話を聞かせてくれいないかな!」

「天道寺英人の?」


 その名前には、黙っていた宗次も思わず反応してしまう。


「あぁ、今ネットじゃ話題沸騰の若き勇者、聖剣エクスカリバーでピラーを破壊し、この前橋市を救った英雄の事だよっ!」


 男は我が事のように誇りながら、手帳とペンを出して迫ってくる。


「特高に行っても入れてくれなくてさ、困ってたんだよ。彼の好きな物とか、付き合っている彼女はいるのかとか、何でもいいから教えてくれない?」

「……どうします」


 馴れ馴れしい男の態度に辟易しつつ、宗次は反応に困って麗華を窺う。

 すると、彼女は任せてくれと頷きながら、彼の肩に手を回した。


「悪いけど、今デート中なんだ、邪魔をしないでくれないかな」


 特高の女子達なら鼻血を吹いて倒れそうな、輝くイケメン・スマイル。

 しかし、残念ながら野暮な記者には通じなかった。


「そう言わずにさ、君らだって男同士でデートをしているなんて、言いふらされたくないでしょ?」

「あっ……」


 自ら絞首台に身を乗り出した、目が節穴すぎる雑誌記者の失言に、聞いていた宗次の方が真っ青になってしまう。

 恐る恐る隣を窺うと、麗華はこれまで一度も見せた事がない、全ての感情が消え失せた能面を浮かべていた。


「……宗次君、ボクは今日初めて、本当の殺意というものを知ったよ」

「麗華先輩、落ち着いてください!」

「えっ、まさか女の子っ!?」


 ようやく失言を悟った記者が、慌てて弁解を口にするよりも早く、宗次と麗華、二人のスマホが同時に音を鳴り響かせた。

 電話やメールの着信音とは全く違う、低く不気味で鳴り止まないアラーム音。


「先輩」

「急ごう!」

「えっ、ちょっと、どうしたのっ!?」


 呼び止める男を無視して、二人は飲み物代として二千円を置くと、おつりも受け取らす店から飛び出して、タクシーを捕まえるため駅前へと走った。

 今もスマホから鳴り続けているアラーム音は、彼らエース隊員の倒すべき敵、CEがこちらに向かって進撃してきた証なのだから。

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