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第60話 騎馬

 シャロが転校してきた次の日、二時間目は英語授業だったが、大馬は少し早めに切り上げて、ある重大な問題を口にした。


「次の時間はまた三年A組に協力して貰い、分隊での戦闘訓練を行う。だがその前に、クロムウェルの所属する分隊を決めようと――」

「「「はいはいはいっ!」」」


 言い終わる前から一斉に手を挙げて叫ぶ男子達に、大馬は頭を抱える。


「うちのクラスは丁度十二名ずつの三個分隊だったからな、どこに入っても構わんのだが……」

「Sir! それなら、宗次殿の隊がよいでありますっ!」


 話題の本人ことシャロは、そう言って席を立ち、宗次の元まで走り寄る。


「宗次殿、いえ宗次隊長殿のお傍で、忍術を学びたいでありますよ!」


 むふーっと鼻息を荒くするシャロに、宗次は困ったような表情を浮かべる。


「クロムウェルさん、一つ言っておきたいのだが」

「何でありますか?」

「俺は分隊長じゃないんだが」

「「「えっ!?」」」


 その言葉に、シャロだけでなく皆が驚きの声を上げた。


「宗次君が隊長じゃなかったの?」

「ワテはってきり、兄弟が隊長やと……」

「ち、違うんですか……?」


 三二分隊の面々が困惑しながら見てくるのに、宗次は苦笑を返しながら一人の男を指さす。


「分隊長は俺じゃない、優太だ」

「みんな、酷すぎる……」


 すっかり存在を忘れられていた、優等生のロリコンこと弓月優太が、さめざめと涙を流していた。


「そういえば、隊長になりたいとか言ってましたね~」

「でも正直、宗次さんに比べると頼りないですよね」

「同感やけど、それ言うたらあかんて」

「俺だって、先生からのプリントを配ったり、寮の玄関掃除をしたり頑張っているのに……」


 仲間達から容赦ない追い打ちをかけられる優太が不憫で、宗次は慌てて話題を逸らす。


「そもそも、クロムウェルさんを分隊に組み込むのは難しいと思うのだが」

「えっ、私だけ仲間外れでありますか……」


 しょんぼりと悲しそうに項垂れるシャロを見て、宗次は困った顔で説明する。


「クロムウェルさんの幻想兵器、グルファクシスが強すぎるんだ」


 単に破壊力が高いだけでなく、騎馬の持つ高い機動性が問題であった。

 CEとの基本戦術は、射撃隊で可能な限り削ってから、盾隊を先頭に突撃、最初の光線攻撃を盾隊が引き受けた後、次の攻撃が飛んでくる前に、白兵隊が切り込んで乱戦に持ち込むという方法である。

 正二十面体型、そして両刃剣型の登場により、複雑な戦術が求められてくるだろうが、基本的な戦法は変わらない。

 全員で揃って突撃する。それが馬に乗ったシャロと徒歩の皆では合わないのだ。


「下手に突出すれば、CEの攻撃が集中してしまう」


 何十発もの光線を一度に受ければ、一瞬で幻子装甲を貫かれ、意識不明の昏睡状態となってしまうだろう。


「そもそも、歩兵の中に騎兵を混じらせるのは無理がある」


 騎馬はその突進力によって、敵を踏み潰し蹴散らす強力な兵種であるが、反面小回りが利かず、足を止めた所を側面から攻撃されれば、容易く打ち取られてしまう。

 対して歩兵は機動力こそ劣るものの小回りが利き、足を止めての斬り合いこそが真骨頂である。

 同じ兵隊といっても戦い方がまるで違い、分けて運用すれば効果的であるが、間違っても混ぜて戦わせるものではない。


「だから、分隊に組み込むのは良くないと思うのだが」


 そう言いつつ、宗次は担任の顔を窺う。

 大馬も最初からそれを分かっていたようで、複雑な表情を浮かべていた。


「確かに、クロムウェルと諸君らでは戦い方が違いすぎて、同じ分隊として行動するのは難しいだろう。だが、彼女もエース隊の一員である以上、CEが出現すれば戦う義務がある」

「……よろしいのですか?」


 言い切る大馬に、宗次は含みを持った問いを投げる。

 シャロはイギリスからの転校生、賓客と言ってもよい。

 それを前線に出して戦死させたりすれば、国家間の関係に亀裂が入るのではないか。

 政治に疎い宗次でも、それくらいは察せられる。

 そんな彼の心配を汲み取った上で、大馬は大きく頷いた。


「構わない、特高ここに居る以上、クロムウェルも諸君らと同じエース隊員だ」

「そうです、仲間外れは嫌であります!」

「了解しました」


 担任と本人がそう言うならば、宗次に否応は無い。

 そして、問題は振り出しに戻る。


「クロムウェルの所属分隊だが、本人の意思を尊重して三二分隊とする」

「やったでぇーっ!」

「「「くそがーっ!」」」


 映助達三二分隊の男子が歓声を上げ、男子だらけのむさ苦しい三〇分隊を筆頭に、他の男子達が妬みの怨嗟をまき散らす。

 そんな騒がしい生徒達を余所に、大馬は宗次にアイコンタクトを寄こしてくる。


(お前に懐いている事だし、面倒をみてやってくれ)

(先生、俺に丸投げしないで下さい)

「やった、宗次殿と一緒でありますっ!」


 槍使いの苦悩を余所に、当のシャロは大喜びで彼の腕にしがみつく。

 当然、それを見たヘタレ系剣道女子は、またも頭も抱えていたが。





 三時間目、ジャージに着替えてグラウンドに集合した一年D組の面々だが、それを出迎えた三年A組一同は、巨大な黒馬に乗ったシャロを見て、驚きに目を剥いていた。


「噂では聞いていたけれど、本当に馬の幻想兵器とはね」

「綺麗な黄金のたてがみですわね。武器としても強そうですわ」


 イケメンの先輩・先山麗華や、黒髪ドリルの生徒会長・神近愛璃も、物珍しそうにグルファクシスを眺めている。

 そんな三年生達の視線を余所に、三二分隊の面々はシャロをどう扱うかで頭を悩ませていた。


「やっぱり、皆を追い抜かないよう足を合わせながら、突撃するのが良いのでは?」

「でも、それだとシャロちゃんの持ち味が発揮できないと思うですよ~」

「小走りで近付いて馬キック? 弱くはないと思うけど……」


 皆であれこれ意見を出し合うなか、映助が急に大声を上げる。


「せや、誰かがシャロちゃんと一緒に、馬に乗って戦えばええんと違うかっ!」

「一緒に?」

「おぉ、それは面白そうでありますっ!」


 首を傾げる宗次を余所に、馬上のシャロは手を叩いて喜ぶ。


「では早速、ワテが試しに――」

「下心が見え見えのスケベは黙ってましょうね~」


 二人乗りをいい事に、シャロのどこを触る気だと、鞍に手をかけた映助の首に、心々杏の短剣が当てられる。


「馬に乗って戦うなら、やっぱ馬上槍ランスじゃねえの?」

「でも、俺達の中にランスを持っている奴なんていないよ」


 金太郎のマサカリを担いだ剛史の意見に、豊生が自らの剣・フルンティングを見せながら反論する。

 三二分隊の幻想兵器はバラエティーに富んでおり、槍、刀、棍棒、短剣、斧、長剣、レイピア、薙刀、両手剣、スリング、弓、盾、そして馬と一つも同じ種類がない。

 この中で馬上で使うのに適しているのは、リーチが長い槍、薙刀、両手剣であるが――


「わ、私は嫌だよ、絶対に落馬しそうだもん!」

「私もちょっと怖いかな」


 巴御前の薙刀を手にした前田真由里が慌てて首を振り、両手剣オートクレールを手にした長谷川春香も控えめに辞退する。

 そうなると、結局残るのは槍使い一人であった。


「俺が乗るのか?」


 皆の視線を浴びた宗次は、珍しく嫌そうな表情を浮かべた。

 彼とて馬に乗った経験はないのだ、慣れぬ方法で戦うのは不安が残る。


「いっそ、クロムウェルさんが誰かから武器を借りたらどうだ?」


 馬に乗るが嫌だからでもないが、宗次はふと思いつき、自らの蜻蛉切をシャロに差し出した。

 幻想兵器は生み出した本人が持たないと特殊能力を発揮できないが、普通の武器として振り回す分には、他の者でも問題なく使えた。

 実際、宗次と麗華が決闘をした時、彼女の聖槍ロンゴミアントを奪い、逆に突き返した事がある。

 しかし、差し出された蜻蛉切の柄を見て、シャロは残念そうに首を横に振った。


「私、乗馬は子供の頃からやっていましたが、馬上槍試合ジョストの経験はないから無理であります」

「そうか」


 言われて、宗次は素直に蜻蛉切を引っ込めた。


(上手くできるか不安だが、試してはおくべきか)


 馬に乗って戦うというより、馬に乗せて兵員を高速で輸送するという手は、今後の戦闘で役に立つかもしれない。

 例えば長距離狙撃をしてくる正二十面体型を相手にした時、装甲車では一度降りる手間があるが、馬ならば走り抜けながらそのまま幻想兵器で攻撃できる。


(生徒会長を乗せれば、爆撃機のような一撃離脱戦法も可能か)


 それに、攻撃をくらって危険な状態の味方を回収し、後方に下がらせるのにも使えるだろう。


(徒歩の俺達と合わせるのが難しいというだけで、騎馬自体は強力だからな)


 あれこれと考え込んだ上で、宗次は改めてシャロを見上げた。


「では、乗せって貰って構わないか?」

「もちろんであります!」


 シャロは大喜びで手を差し出し、宗次はその手に引っ張られてグルファクシスの背に飛び乗った。

 手綱を握っているのはシャロで、しかも跨っているのは美しい白馬ではなく、巨大な化け物のごとき黒馬だが、その背後に槍を持った宗次が座っている光景は、まるでおとぎ話に出てくるお姫様と王子様のようであった。


「い、いつかメリーゴーランドに乗れば、私だって……っ!(ギリッ)」

「陽向ちゃん、そんな鬼女みたいな顔してたら、宗次ちゃんに逃げられますよ~」


 馬上で密着する宗次達の姿に、陽向が悔しさのあまり歯軋りする。

 そして、同じ光景を見て青筋を浮かべていた人物がもう一人いた。


「皆、まずはあの馬を落とすよ。一分一秒でも早くね」

「麗華、乙女がしてはいけない顔になってますわよ」


 下級生の練習相手という名目も忘れ、嫉妬を剥き出しにする麗華を見て、生徒会長が深い溜息を吐く。

 そんな修羅場を察知したわけでもないが、大馬が訓練の開始を告げる。


「準備はいいな、始め!」


 CE役となった三年生の盾隊に向けて、まずは射撃を行い、続いて五十m程度まで引き寄せてから、盾隊を先頭に突撃するという、いつも通りの流れである。

 とはいえ、これが初めての集団戦闘訓練となるシャロは、少し緊張した様子であった。


「えーと、神奈殿を追い抜かぬよう走るでありますな?」

「あぁ、最初の射撃が終わったら、後は任せる」


 確認してくる彼女の細い肩を、宗次は励ますように叩く。


「七〇、六〇、五五……全員、突撃!」


 大馬の合図に合わせて、D組が一斉に走り出す。

 シャロも少し遅れて、グルファクシスを軽く走らせる。

 そして三十mラインに到達した瞬間、三年A組の射撃隊が光線代わりに矢を放ってきた。


「先山の私情は別として、いくぞ!」


 弓使いの一人が先輩からの洗礼とばかりに、盾役の後ろに居たシャロを敢えて狙う。

 放たれた矢は黒馬の額に命中するが、訓練中は幻想兵器の威力を抑えている事もあってか、かすり傷を付けただけで、あっさりと弾かれてしまう。

 そして、本物ではない幻想の馬は、その程度で止まらない。


「行くでありますよっ!」


 最初の攻撃が終わり、ようやく本気で走れると、シャロは馬の横腹を軽く蹴った。

 途端、グルファクシスは太い四本の足で大地を蹴り上げ、一瞬でトップスピードまで加速する。


「くっ……」


 宗次は振り落とされそうになり、女の子相手に悪いかと迷いつつも、左手でシャロの腰を掴んで体勢を立て直す。

 その間に、神話の名馬は三十mなど一瞬で走り切ってしまう。


「マジかよっ!?」


 迫る巨体の迫力に、盾役の三年生は悲鳴じみた声を上げつつ、しっかりと盾を構えた。

 そこに、時速五十㎞以上で疾走する約二トンの馬という、凄まじいエネルギーの乗った槍が突き刺さる。


「「ぐぅ……っ!」」


 衝突の瞬間、痛みを堪える声が、宗次と三年生の両方から上がった。

 盾役の三年生は車に撥ねられように吹き飛ばされ、宗次の右手から蜻蛉切が吹き飛ぶ。

 堪えようとすれば肩が外れると判断し、あえて槍を捨てたのだが、それでも鋭い痺れが手に走った。


「大丈夫でありますかっ!?」

「ストップ、止まれ!」


 シャロが慌てて馬を止めるのと同時に、大馬も練習中断の声を上げる。


「宗次殿、怪我はっ!?」

「俺は大丈夫だが、三年生の方が……」

「はっ、そうでありました!」


 宗次の無事を知ると、シャロは慌てて馬を降り、倒れた盾役の三年生に駆け寄る。


「お怪我はないでありますか?」

「痛てて……これくらいなら大丈夫だが、今度はもう少し手加減してくれよ」


 イギリス人の金髪美少女に手を握られ、三年生はまんざらでもなさそうに頬を染めて立ち上がる。


「はい、ついやりすぎてしまい、申し訳ないであります……」

「ふむ、これは困った暴れ子猫ちゃんだね」


 麗華も嫉妬を引っ込めて、冷静な現場指揮官の顔で考え込む。


「確かに強力だが、皆の足並みを崩してしまうし、突出しすぎて危険だね。酷な話だが、居ないほうが良いかもしれないね」

「うぅ、やはり仲間外れでありますか……?」


 悲しそうに俯くシャロの横に、宗次が歩み寄って来て進言する。


「それなんですが、クロムウェルさんには生徒会長とか、A組の強い人と組んで貰って、遊撃部隊的に使うのが良いと思います」

「私ですの?」


 名指しされた愛璃は驚きつつも、少し考えてから頷いた。


「そうですわね、私なら乗馬を嗜んだ経験もありますし、レーヴァテインを使って疲労した後、運んで貰えるのは助かりますわ」

「一撃離脱戦法か、また変わったCEが現れた時の切り札にはなりそうだね」


 流石に最優秀の三年A組だけあり、麗華達は宗次の意図を素早く理解してくれる。

 ただ、それを聞いたシャロ本人はまた顔を曇らせた。


「私、宗次殿と一緒に戦えないでありますか……?」


 寂しそうな顔をする彼女に、宗次は優しく笑い返す。


「いや、三二分隊の仲間になったんだ、普段は俺達と一緒に居よう。だが、何かあった時の切り札として、三年生との連携も練習しておいた方がいい」

「切り札……それは燃えるでありますなっ!」


 まるでロボットアニメのような展開だと、シャロは途端に顔を輝かせ、生徒会長の手を引いた。


「では早速、秘密特訓を開始するでありますよ、チョココロネ殿!」

「こ、コロネ呼ばわりは流石に失礼ですわよ!」

「ドリルの方が良かったでありますか?」

「もっと駄目ですわっ!」

「むぅ~、ではお姉様とお呼びするであります」

「お姉様……ま、まぁ、悪くはありませんわね」


 先輩相手でも物怖じしないシャロに、愛璃もすっかり呑まれてグルファクシスの背に乗った。

 そんな二人を見て、微笑を浮かべる宗次に、麗華が少し不機嫌そうな顔で近付いてくる。


「君、意外と女性の扱いが上手いのだね」

「そうですか?」


 シャロは素直で子供っぽいので、故郷の遊び相手だった年下の子と、同じ感覚で接しているだけなのだが。

 不思議そうに首を傾げる宗次の前で、麗華は難しい顔で考え込む。


「これはボクも、もう少し攻めないと駄目かな」

「はい?」


 よく聞き取れず、また首を傾げた宗次は、少し先の未来で後悔する事になる。

 千影沢音姫の忠告をもっと深刻に受け止め、シャロの動きに気を配っていれば、三年生に近付けないようにしていれば、あの悲劇を防げたのではないかと。

 だが、シャロの幻想変換器に仕込まれた盗聴装置に気付く術がなく、また仮に気付いたところで、別の手段で情報を集め、同じような事件を起こされたのだろうと、自分では防ぐ事が出来なかったのだろうと知りながらも。

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