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第58話 ハーメルンの笛

 大馬から送られてきたシャーロット・クロムェルの戦闘映像を眺め、綾子は眉間に深いシワを寄せていた。


「馬の幻想兵器だと、どういう事だ?」


 人々の幻想、想像、世界はこうだという思い込み、それら精神エネルギーを集めて生み出される幻想兵器。

 それは伝説の剣や槍に限らず、『英雄』という漠然とした概念さえ現実と化す。

 ならば、本当の生物を創造するという、神の御業は不可能だとしても、神話の名馬を形だけ真似るくらいならば、決して不可能ではない。


 だから、巨大な黒馬グルファクシスが生み出された事、それ自体は問題ではない。

 複雑で強力な幻想兵器を、イギリスからの転校生が生み出した事こそが、見逃せない問題であった。


「クロムウェルの幻子干渉能力は、さして高くなかったはずだな?」


 綾子に問われ、京子は手元のパソコンにデータを呼び出しながら頷いた。


「はい、D組ほど低くはありませんが、A組には及ばない、B組程度でしょうか」


 シャロを含めた転校生四名が日本に到着した時点で、特高に迎え入れる前、東京で検査して貰ったデータを呼び出す。

 幻子干渉能力はその時の精神状態により、上下の波が激しいのだが、それを踏まえてもシャロの能力は、生徒会長・神近愛璃を筆頭としたA組には及ばなかった。


 だが、彼女が呼び出した名馬グルファクシスは、炎剣レーヴァティンにも劣らない性能を発揮して見せた。

 瞬間火力でこそ劣るものの、巨体による高速突撃を何度も繰り返せるならば、トータルのエネルギーで比較すると、レーヴァテインさえ超えるかもしれない。


「クロムウェルは決して強くはない、だが幻想兵器は分不相応に強く精密だ」


 ならば、その力を引き出している原因は一つしかない。

 彼女の左腕にはめられた黄金の腕輪、イギリス製の特注幻想変換器。


「我々だけではない、三ヵ国すら開発できていない高性能な変換器を、イギリスが造り出したというのか……」


 それしか答えはないと知りつつも、綾子は信じられぬと言葉を濁す。

 米露中から来日した三人は、自前の幻想変換器を持ち込んでいなかった。

 本当は自国での開発に成功していたが、手の内を隠していたという可能性が高いので、簡単に決めつけるのは危険だが、三ヵ国の変換器開発は少なくとも日本を超えてはいないだろう。

 だというのに、急に姿を見せたイギリスが、日本を超える技術を持っていたというのは、俄かに信じられぬ話であった。


「ですが、そうとしか考えられませんよ」

「分かっている。私一人が信じぬくらいで世界が変わらない事くらい、とっくに理解しているさ」


 京子に頷き返して、綾子は都合の良い妄想を振り払う。


「我々が幻想変換器を手に入れたのとて、あの天才が居てくれたおかげだ。イギリスにも似た天才が現れたとしても、何ら不思議はない」

「……そうですね」


 同意する京子の声は僅かに遅れた。

 剣の聖女と呼ばれたあの少女と共に、彼も今ここに居てくれたのなら、日本はとっくの昔にピラーを打倒して戦争から解放されていたのに。

 そんな深い後悔が、どうしても浮かんでしまうからだ。

 例え幻想の力であろうと、時計の針は戻らないと分かっているのだが。


「あの変換器、どうにかして調べられないか?」


 綾子の質問で物思いから抜け出し、京子は首を横に振った。


「難しいと思いますよ、あっちもそれを想定してブラックボックス化しているでしょう」

「当然か、我々もしている事だしな」


 無理に分解しようとしたり、X線を当てて中を調べようとすれば、内部の重要箇所が壊れる程度の仕掛けは施してある。

 それと同様の仕掛けがあるなら、シャロの変換器を調べるのは困難であろう。

 何より、国家機密の塊である腕輪を、彼女から奪う機会がなかった。


「見た限り、乗馬か何かで体を鍛えてはいるようだが、工作員としての訓練を積んだ様子はない。就寝中に盗むのは難しくないだろうが、D組の寮というのがな……」


 一年A組の九番棟で暮す事となった米露中の三人娘は、A組女子によって容易く監視できる。

 だが、一年D組の十二番棟で暮す事になる、シャロの部屋に忍び込むのはリスクが高かった。

 何も知らないD組の生徒達に、間違って侵入の現場を見られれば、そこから特高の暗部に勘付かれてしまい、エース隊が内部崩壊する危険性があるからだ。

 特殊訓練を受けたA組の女子、特に過去の経験からか、気配遮断と隠密行動に優れた千影沢音姫ならば、誰にも見つからず忍び込める可能性は高いのだが――


「お前のお気に入りが勘付きそうだ、と思うのは私の被害妄想か?」

「…………」


 お気に入りという部分も含めて、京子は黙秘して答えない。

 ただ、あの槍使いなら気付きそうという指摘には、深く同意であった。

 彼は正二十面体型、両刃剣型と尽く新種のCEと初戦闘を果たしている。

 偶然と言えばそれまでだが、運命的な何かを持っているのではないかと、京子には思えてならなかった。

 顔や性格は全く似ていないのに、天道寺刹那と同じ事を口にするから、余計にそう感じてしまう。


「運命なんて信じる年頃じゃないのに……」

「どうした、小ジワでも増えたか?」

「増えてませんっ!」


 綾子に怒鳴り返しつつ、京子は自分の胸に宿った少女趣味を慌てて追い出す。


「どちらにせよ、解析は不可能に近いでしょうし、露見すればイギリスから何を言われるか分かりません。政府が許可を出さないでしょう」

「確かにな」


 その意見に同意し、綾子は多少心残りながら、シャロへの手出しを断念する。

 海を一つ挟んだだけの米露中と違い、英国は日本とかけ離れており、地理的に直接の敵になる事はまずない、ある意味で安全な国である。

 そんなイギリスをわざわざ怒らせ、敵を増やす危険を犯す必要はない。


「しかし、D組に転入と聞いた時は、余計なちょっかいを出されずマシかと思ったが、逆に面倒な事になったな」


 A組に転入した三人は、授業中でも寮生活でも、今後の戦闘でもずっと天道寺英人の傍に居るため、変な真似をしないか常に監視が必要だが、A組女子が傍に居ても不審ではないので、監視自体は容易であった。

 しかし、シャロはA組とは犬猿の仲であるD組である。

 綾子達の部下であり、事情を知るA組女子を監視につけられないため、何か怪しい行動をしても把握する術がない。


「これが狙いで、あえてD組を選んだのだろうな」


 流石は二枚舌の陰険国家だなと、綾子は溜息を吐く。


「ついでに、我が後輩のご機嫌まで損ねてくれたしな」

「……何の事ですか」


 またからかわれ、京子は口を尖らせ顔を背けた。

 大馬が送ってきた動画には、イギリス人美少女が槍使いの少年に抱きつく姿も、しっかりと撮られていたのである。


「さて、お遊びはこのくらいにしておこう」


 シャロの件は一旦保留し、綾子は本命の計画に話を移す。


「黒檜山での戦闘で、エクスカリバーの威力はまた上がっていたな?」

「はい、また前回から二倍、一ヶ月前から見ると四倍以上です」


 槍使い達が発見した谷底のピラー、それを薙ぎ払った聖剣の光は、黒檜山の大地を抉り飛ばし、新たな谷を生むほどの破壊力を見せていた。

 それも全て、『天道寺英人はCEを倒し、日本を救う英雄だ』という認識が、ネットを通して人々に広まったおかげである。


「そろそろ、計画を次の段階に進めるぞ」


 二〇三一年現在、ネットを全く利用していない人間など、七十歳以上の高齢層くらいであったが、ネット上の噂話を収集する暇があるのは、やはり若い世代の層に限られている。

 二十代以下にはネットを通して、天道寺英人の存在が十分に広がりきった今、狙うべきはそれ以上の中高年世代。

 そして、大人達に情報を信じ込ませるために最も有効なのは、今も昔も変わらない。

 テレビ、新聞、雑誌というマスメディアの力である。


「あいつらに頼るなど、業腹の極みだがな」


 自衛隊員の多くがそうであるように、マスコミが嫌いな綾子は心底不快だと眉を曲げる。

 既に八十年以上も前となる大戦のおり、マスメディアはペンの力で国民の戦争熱を煽っておきながら、敗戦するや掌を返し、今度は自らの責任を隠すために、政府と軍部を強烈に批判しはじめた。


 もちろん、戦時中から戦線の拡大を危ぶみ、廃刊の危険を背負っても政府や軍部に異議を唱えた新聞社もあったし、マスメディアの存在を抜いても、同じ国の軍隊であるくせに陸と海の内部で争い、勝てぬ戦いに手を出した軍部の罪が消えるわけではない。

 ただ、敗戦から一世紀近くも経ち、CEという全人類共通の敵が現れてもなお、日本を下げる発言を繰り返し、他国の工作員まがいの真似を続けている、マスコミが残っているのも事実であった。


 ネットという新たな情報共有の場が生まれた事で、旧来メディアの偏向報道、模造が明らかとなり、その力は全盛期より遥かに落ちたが、それでも「テレビや新聞が言っているのだから本当だ」と情報の真偽を判断せず、鵜呑みにしてしまう層は多い。

 そして、そんな層も取り込み英雄の力とせねば、長野ピラーの破壊は達成できないのだ。


「自分達の命もかかっているというのに、軍拡だ憲法違反だと騒ぐのなら、その根性だけは褒めてやるがな」

「先輩、話がずれてますよ」


 つい恨み事を吐く綾子を、京子は軽く注意する。


「それに、子供達を欺き踏み台にしている私達に、彼らを責める権利なんてありませんよ」

「……そうだな」


 自らの罪を改めて痛感し、綾子は重く頷いた。

 それが長野ピラーを破壊して日本を救う、ただ一つの方法だとしても、『英雄』という虚像を生み出すために人々を情報で操り、エース隊員を引き立て役の哀れなピエロにしている彼女達は、マスコミ以上に裁かれるべき悪なのだから。


「罰は全てが終わってから受ける。そのためにも、今はマスコミでも何でも利用してやるさ」


 綾子は決意も新たに、情報担当の職員に指示を下す。


「情報規制の一部を解く。テレビ、新聞はまだ早いが、週刊誌の類には天道寺英人に関する記事の掲載を許可すると、関係各所に通達しろ」

「はい」


 既に一部のマイナー週刊誌が政府からの圧力を無視し、前橋市に現れたピラーとそれを破壊したエース隊員の事を書いていたが、情報元がネットで拾った物だけと信憑性に欠け、話題にはなっていなかった。

 しかし、これからは大手の大衆紙もこぞって、天道寺英人の記事を上げる事になる。


「出版社に顔写真をいくつか流してやれ。顔だけは姉に似て美形だからな、女性層には大うけだろうよ」

「ファンクラブとか出来るでしょうね」


 実体を知っている京子達にしてみれば、苦笑しか浮かばない話であるが。

 だがそれで良いのだ。英雄という『偶像アイドル』を生み出す事こそが、この計画の要なのだから。

 そして、偶像として持ち上げるために、天道寺英人以上の素材は存在しない。


「過去が秘密のベールで包まれた美少年か……アイドルとして見れば最高だろうよ」


 六年前、天道寺英人の生まれ育った街は、長野ピラーから出現したCEに飲み込まれて消えた。

 親類縁者も長野県に集中していたらしく、天道寺姉弟を知る者、生きてきた痕跡の全てが消滅してしまっている。

 両親に庇われて奇跡的に生き残り、自衛隊の手で救助された後、姉は最初の幻想兵器使いとなり、弟は秘密保護の目的もあって、政府の施設に引き取られていた。


 そして、姉が戦死した後、ある人物の提案によって、弟は『英雄』に成るためだけに教育を施される事となった。

 学校にも通わせず、義理の両親役となった者達から、お前は凄い子だ、お姉さんのように英雄になれると、耳障りの良い言葉だけを与えられて。

 まるで、フォアグラ用のガチョウを育てるように、自意識だけを肥え太らせて。


 だから、マスコミがいくら漁ろうとも、天道寺英人の過去を、英雄性を貶める傷は見つからない。

 仮に機密が漏洩したところで、非難されるのは政府や綾子達であり、天道寺英人は悲劇の英雄として同情を受け、さらなる脚光を浴びるだろう。

 そして、長野ピラーを破壊するほどの力を手に入れる。

 どう転ぼうとも、日本を救う『機械仕掛けの英雄』は誕生するのだ。


「さて、賽は振られたぞ」


 全部六の目のイカサマダイスだがな、と綾子は自嘲しながら、指揮所のディスプレイに映る長野ピラーを睨んだ。

 この日より、日本の大衆は聖剣使いの英雄という存在を、本格的に認識し始める。

 だが、特高という一種の閉鎖空間で過ごす、エース隊員達がそれに気付くのは、もう少し後の事になるのであった。

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