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第56話 造花と野花

 天道寺英人の聖剣によって、谷底のピラーが破壊される映像を眺め、指揮所で綾子は胸を撫で下ろしていた。


「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが」


 二人の生徒が消息を断った時は、最悪の事態を想定し、戦力と士気の低下、退校者の続出を懸念して頭を抱えたが、災い転じて福となし、こうしてピラーを破壊できたのだから世の中は分からない。


「やりましたね、先輩」

「色鐘三佐と呼べ。あと、化粧を直してこい」


 喜び笑顔を浮かべる京子の顔に、深いクマが出来ている事を指摘し、綾子は溜息を吐く。


「お前もいい歳なんだから、小娘達のように騒ぐのはこれきりにしろ」


 宗次が消息を絶った時、見ている方が心配になるほど取り乱し、声高に救助を叫んだ事を蒸し返され、京子は恥じらって赤くなりつつ言い返した。


「生憎、三十路を超えた色鐘三佐と違って、私はまだ二十代ですから」

「ほざけ」


 嫌そうに顔を歪める綾子に、京子は笑いながら席を立って洗面所に向かった。

 それを見送り、椅子に腰を下ろして一息ついた所で、また不穏な報告が届く。


「色鐘三佐、岩塚幕僚長からお電話が」

「……まさか、狙ってはいまいな?」


 また良い事の直後にかかってきた、おそらくは凶報の電話に、綾子は盛大な頭痛を覚えつつ、手元の受話器を取った。


「お待たせ致しました、岩塚幕僚長」

『こちらこそ、また大変な時にすまないな、色鐘三佐』


 陸上幕僚長・岩塚哲也は手短に謝罪すると、早速本題に入った。


『転校の日取りが決まったよ、五月二十九日・木曜日だ』


 米露中から送り込まれてくる、新たなエース隊員という名の工作員が来る日取りだ。


「切りよく、六月の頭にでもして欲しかったですね」

『私もそう言ったのだがね、あちらさんは一日も待てないらしい』

「焦る乞食は貰いが少ないと、あちらの諺には無いのでしょうか?」

『最後の一杯は重要とか、そんな言葉はあった気がするな』


 岩塚とそんな軽口を叩けるくらい、今の綾子には余裕があった。

 懸念材料であった黒檜山のピラーを破壊した事で、今後は背後を気にする事なく、眼前のCEに集中できるからだ。

 もちろん、また新たなピラーが出現する危険性はあるため、警戒を怠る気はなかったが。


『さて、ここからが悪い知らせだ』

「出来れば聞きたくありませんね」


 嫌そうに溜息を吐く綾子に、岩塚は重々しく告げた。


『米露中に加えて、英国もエース隊員を一人捻じ込んできた』

「イギリスが?」


 また寝耳に水だと驚きつつ、京子は首を捻る。

 イギリスは本島の北側に中規模のピラーが出現し、主にスコットランドが多大な被害を被ったが、首都ロンドンを始めとしたイングランド側に被害が出なかったため、先進国の中では日本と同じくらい、CEによる傷が浅く済んでいた。


 もっとも、隣のアイルランドに出現したピラーが、よりにもよって北アイルランドとの国境線であったため、二〇二五年には沈静化しつつあった紛争問題にまた火がつき、泥沼状態と化していたが。

 とはいえ、各地に出現したピラーの対応に加え、アフリカや中東から難民が押し寄せて地獄絵図となっている、他のEU加盟国に比べれば、遥かに平和を享受していた。


「三ヵ国と同じように、こちらの足を引っ張る意図にしても、何故このタイミングで……」


 米露中から送られてくる三人の転校生は、日本の幻想変換器技術を盗む事よりも、英雄・天道寺英人を誑し込んで、自国に引き込む事が目的である。

 彼がこのまま長野ピラーを破壊し、日本をCEから解放した後、真っ先に己の国を救わせるために。

 または、日本だけ救われるなど許さないと、英雄を抹殺するのが目的か。


 ともあれ、三ヵ国はそれぞれの思惑があって、天道寺英人の元に手先を送り込んできた。

 それと同時に、邪魔する競争相手を減らそうと、他国に圧力をかけているはずである。

 実際、他の小国から特高へ生徒を送りたいという話は、まったく来ていない。

 そこにイギリスが割り込んできたのだ。当然、三ヵ国が良い顔をするはずがない。


「日本以上に睨まれているだろうに……」


 アメリカに追い越される形で凋落したとはいえ、元は世界の半分を植民地化した超大国。

 再び覇権を狙う気かと、米露中からの警戒も厳しい。

 なのに、ピラーを破壊できる切り札に唾をつけようとすれば、三ヵ国がいったいどんな嫌がらせをするか。

 考えるだけで嫌気がさす綾子に、岩塚は困惑気味に否定を口にする。


『いや、米露中は英国の行動を黙認するようなのだ。何故なら――』

「……えっ?」


 また予想外の事を言われ、綾子は声を失った。


「いったい、何を考えている……」


 露骨すぎる三ヵ国とは真逆の要求が、むしろ不気味で寒気を覚える。

 綾子に分かったのは、これが既に決定事項であり、唯々諾々と呑むしかないという事だけであった。





 黒檜山からの帰還を果たし、体の痛みもほぼ消えた木曜日の朝、もう直ぐHRが始まろうという一年D組の教室に、映助の大声が鳴り響いた。


「何やあれっ!?」

「どうした?」


 不審がる宗次の前で、映助は窓の外を震える指でさしながら再び叫ぶ。


「外人の美少女が三人も居るっ!」

「「「何だとっ!?」」」


 瞬間、興味無さそうにしていたD組の男子達が、揃って窓際に殺到した。


「うおっ、マジもんのパッキンだっ! しかも超巨乳だとっ!?」

「あの銀髪の子、美しい……まさに雪の妖精だ」

「隣の黒髪ツインテールな、アジアン美人もなかなか」


 こちらにゆっくりと歩いてくる美少女三人の姿に、男子達は揃って心を奪われ、甘いため息を吐いた。


「本当、うちの男子は馬鹿ばっかね」

「健全な反応だと思うですけどね~」

「で、でもちょっと気になります……」


 女子達はその姿に呆れつつも、見知らぬ外人が何故ここに居るのか不思議がっていた。


「兄弟、ぼさっとしとらんで自分も拝んどきっ!」

「あぁ」


 映助に促されて、宗次も窓の外を窺う。

 右から西洋系の顔立ちをした金髪の白人、全体的に色素が薄いロシア系らしい子、中国系らしき黒髪の少女と、タイプは三者三様ながら、確かに類まれな顔立ちをしていた。

 ただ、その歩き方や姿勢から、妙な既視感を覚える。


(姿勢が綺麗すぎる、何らかの訓練を受けているのか?)


 礼儀作法や武術とはまた違う、どうすれば相手を虜にできるのか、指の先まで計算した動きを身に着けた、女優やモデルのような動きとでも言えばよいか。


(A組の女子に近いか)


 英雄の少年を溺愛する馬鹿な小娘――を演じている、千影沢音姫を筆頭とした一年A組女子。

 彼女達に近い臭いを敏感に感じ取った宗次は、はしゃぐ映助達とは真逆の、険しい表情を向ける。

 それに気づく事もなく、三人の外国人美少女は特高の中に入っていった。


「ワテ、ちょっと玄関掃除してくるわっ!」


 早速お近づきになろうと、映助は教室から飛び出そうとするが――


「感心だな、では放課後頼むぞ」


 丁度入って来た担任の大馬に、行く手を阻まれるのであった。


「先生、退いてや! あの子達に告白できへんっ!」

「豚に真珠という諺を知っているか?」

「ごは……っ!」


 容赦ない憐みの視線を送られ、映助はあっさりと返り討ちにされて床に転がった。

 そんなアホをまたいで通り、教壇に立った大馬に、男子達から一斉に質問が飛ぶ。


「先生、あの子達は何なんですかっ!」

「やっぱり転校生ですか? クラスはいったいどこにっ!?」


 パンッと手を叩き、騒ぐ男子達を静めてから、大馬はゆっくりと語り出す。


「諸君が察している通り、あの三人は外国から迎え入れた新たなエース隊員だ。そして転入先のクラスだが……」

「ごくりっ……」

「一年A組だ」

「「「くそがぁぁぁ―――っ!」」」


 男子達の怨嗟に満ちた雄叫びが、教室の外まで鳴り響いた。


「くそっ! 何でまたあのハーレム野郎の所なんだよ!」

「もう三十人以上も美少女いるだろっ!? 一人くらいこっちに寄こせ!」

「爆ぜろ! もげろ! 絶えろ!」


 あらん限りの罵詈雑言を撒き散らす男子達を、大馬は珍しく叱らなかった。

 ただ一言、小さく告げただけである。


「それと、我が一年D組も一人、転校生を迎える事となった」


 ピタリッ、という擬音が聞こえそうなほど、男子達は一斉に静まり返って席に着く。

 それに呆れ果てながら、大馬は廊下に向かって声をかけた。


「いいぞ、入ってくれ」

「Yes sir!」


 元気の良い返事と共に扉が開けられ、一人の人物が教室に入って来た。

 後ろでまとめた輝くブロンドの髪と、蒼穹を思わせる透き通った青い瞳。

 それに見入り、声を失うD組の面々に、鼻筋の整った顔に満面の笑みを浮かべ、敬礼しながらその人物は名乗った。


「シャーロト・クロムェルであります、シャロとお呼びくださいっ!」


 A組に向かった三人と違い、洗練されきった完璧な美はない。

 だが、野に咲く黄色いバラを思わせる、間違いなく美少女と呼べるイギリス人の転校生。

 彼女の笑顔を受け、男子達は一瞬前の怨嗟も忘れて、勝利の雄叫びを上げた。


「「「おっしゃぁぁぁ―――っ!」」」

「な、何でありますかっ!?」

「気にするな、アホがうつる」


 呆れ果てる大馬の横で、シャロは戸惑って男子達を見回す。

 その姿は実に自然で、怪しい所は無いもない。しかし――


(何故、D組に外国から転校生が?)


 宗次が訝しみながら窺っていると、シャロと視線が偶然ぶつかる。

 すると、彼女は皆に向けたのと同じ、素直な輝く笑みを送ってきた。


(分からんな……)


 内心疑問を抱きつつ、転校生を冷たくあしらうのは悪いと思い、宗次は微笑を返す。

 それを横から見ていた剣道少女が、早くもヘタレて机に突っ伏していたが、考え込むのに忙しい槍使いは、残念ながらそれに気付かなかった。

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