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第54話 遭難

 目蓋を開き、初めに見えた光景は、生い茂った木々の合間から微かに覗く赤い空。


「……生きてる」


 その事実に、宗次は喜びよりも驚きの呟きを漏らす。

 数秒の間、そのまま呆然と空を見上げた後、彼は勢いよく飛び起きた。


「平坂さんっ!?」


 共に転げ落ちた陽向の姿を探し、直ぐ横に目を瞑って倒れていた彼女を見つける。


「……っ!」


 全身から鈍痛が響き、痛みに顔をしかめながら、這うようにして陽向に近づく。

 口の前と首に手を当てるが、息も脈も確かにある。

 丹念に全身を見回してみるが、出血は見られず、たんに気を失っているだけらしい。


「良かった……」


 宗次は安堵の息を漏らすと、ようやく落ち着いて周囲を見回した。

 両側が高い岩壁になっており、崖というより谷の底といった方が正確であろうか。

 幅は十mもなく狭いが、高さは四十m近くもあって、とても登れそうにない。


「よく死ななかったな」


 生身であれば普通は死んでいる、全て幻子装甲のおかげであった。

 主に光線を放てくるCEとの戦いでは実感しにくいが、幻子装甲は拳銃弾なら何百発と耐えられ、対戦車用の無反動砲でもなければ破れないという、異常な強度を誇っている。

 実際、大木を縦に両断してみせた両刃剣型の攻撃さえ、一回は余裕で防げていた。

 流石に全ての衝撃を吸収するのは不可能だったらしく、宗次の全身には青痣が出来ていたが、少なくとも裂傷や骨折は見られなかった。


「助かった」


 宗次は右腕の幻想変換器に礼を告げつつ、改めて疑問を抱く。


「何故、生きている?」


 幻子装甲のおかげで、谷を転げ落ちても死ななかったのは分かる。

 だがその後、背後に迫っていたCEに、殺されなかった理由が分からない。

 宙に浮いて進むあの結晶体達ならば、これほど深い谷の底でも、平気で降りてこられたはずなのに。


「見逃すはずもないが……」


 心があるとも思えない結晶体が、慈悲をかけるはずもない。

 タイミングよく救援が到着してCEを撃退したのならば、自分達が救助されていないのがおかしい。

 ならば、考えられる答えは一つ。


「俺達を見つけられなかった?」


 目標を見失って別の所に移動した、そう考えるのが妥当であろう。

 だが、いきなり谷の底に落ちたからといって、気付かないなんて事があるだろうか。


「数百m程度、訳もないはずだ」


 CEは人が大勢いる方向に進む習性がある。

 つまり、遥か先にいる多数の人間を、感知する機能があるという事だ。

 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。


「CEは、どうやって俺達を捉えている?」


 あの硬い結晶の体に、鼻や耳のような器官があるとは思えない。

 中心部で赤く輝くコアは、まるで目のように見えるが、生物のそれと同じように、光を受容する感覚器官があるかと言われれば、やはり疑問であろう。

 それでも、CEは間違いなく人間を狙い、その精神を奪い取って意識不明に陥れてきた。


「まさか、意識か?」


 確信めいた直感が、宗次の脳裏に閃く。

 人の精神、意識なんて物は神経細胞の化学反応にすぎない、という冷めた考えは、人の意思を伝達する幻子という新たな粒子の発見により、ほぼ否定された。

 精神は確かに存在する。少なくとも、幻想兵器という膨大なエネルギーを生み出す程度には。

 CEはそれを感知して、人間を襲っているのではないか。

 だから、気絶して完全に意識を失っていた宗次達を、そこらの石と判別がつかず、見失ったのではないか。


「……分からんな」


 CEは眠っている人間を襲うかどうか、そんな実験データでもあればハッキリとするのだが、流石にそこまで外道な研究をしてはいないだろう。

 少なくとも、まだ余裕のある日本政府は。


「しかし、意識を奪うか……」


 改めて疑問に思う、CEはなぜ人の意識を奪っているのか。

 人類を駆逐して地球を征服するというのなら、今日現れた両刃剣型のような個体を、最初から繰り出すべきである。

 そもそも、世界中にピラーが出現した六年前のあの日以降、CEは大軍で襲ってくる事はなく、散発的に小部隊を繰り出しては全て撃退されてきた。

 複雑な知能が無いとしても、あまりにもお粗末な行動である。

 そこから察するに、CEは人間を滅ぼすために襲っているのではなく、意識を奪う事こそを目的としているのだろう。


「精神エネルギーを食うとでもいうのか?」


 まるでSF映画の怪物だ、と思ってから、CEは実際に怪物だと気付いて宗次は苦笑した。


「さしずめ、アリの化け物だな」


 ピラーを女王と考えれば、光線で精神を集める六角中や正二十面体は、餌を運ぶ働きアリ。新たに現れた両刃剣型は、外敵を倒す兵隊アリ。

 ピラーという生命を維持するために、エネルギーを運ぶ赤血球と、病原体と戦う白血球と言い換えてもよいだろう。


「……待て」


 己の連想に、宗次は冷や汗を浮かべた。

 意識を奪うのではなく、肉を切り裂き物理的に人を殺すという、凶悪な両刃剣型。

 それが白血球のような免疫機構として生み出されたのならば、倒すべき病原体が居るはずだ。


「俺達か?」


 いや違う。特高とエース隊員が生み出されたのは二年前、最初の幻想兵器使い・天道寺刹那に至っては五年半も前に登場していた。

 エース隊員への免疫機構ならば、両刃剣型はもっと早く生まれてしかるべきだろう。

 ならば、何を倒すために生み出されたのか?

 考えるまでもない、一人居るではないか。

 CEの本体、ピラーが生き延びるためには、急激な進化を促してでも、今のうちに倒さねばならない危険な存在が――


「ん……宗次君……?」


 横から陽向のか細い声が響いてきて、宗次は慌てて思考の海から舞い戻る。


「よかった、気が付いたか」


「あれ、私……宗次君に抱きしめられ、うわわっ!」


 陽向は思い出して真っ赤になりながら、勢いよく起き上がる。

 だが、直ぐ痛みに顔を歪めて座り込む。


「痛っ……」

「無理をしない方がいい、外傷はないようだが」

「えっ、まさか宗次君、私の体を調べたのっ!?」

「ざっと見ただけだ、触診はしていないから、自分で確かめてくれ」

「あっ、うん、そうだよね……」


 安心したような残念なような、複雑な顔をする陽向に、宗次は黙って背を向ける。


「うん、大丈夫。少し手足が痛むけど、捻ったりはしていないよ」

「そうか、良かった」


 自分の体を調べ終えた陽向に、宗次は振り返って笑みを浮かべる。

 しかし、彼女は暗い顔で俯いた。


「ごめんね、私のドジに宗次君まで巻き込んで……」

「気にしないでくれ。元はと言えば、俺の馬鹿に君を巻き込んだのだから」


 だから、謝り合ったりするのはやめて、今はこの状況を何とかしよう。

 そう告げると、陽向は自分の頬を叩いて素早く気持ちを切り替え、改めて周囲を見回した。


「それにしても、凄い高さから落ちたね」

「あぁ、登るのは不可能だろう」


 ピッケルとハーケンも買っておくべきだったかと、宗次は軽く後悔する。


「そうだ、助けを呼べばっ!」

「忘れていた、通信機で――」


 宗次は言われて耳に手を当てるが、ヘッドセットは転げ落ちた時に外れてしまったらしく、周囲を探っても見当たらなかった。


「平坂さんのは?」

「……駄目、動かない」


 故障したのか電池が切れたのか、いくらスイッチを押しても、陽向のヘッドセットは無言であった。


「救助が来れば良いが」


 上を見上げるが、谷の両脇から生えた木々によって、空は殆ど見えない。

 つまり、ヘリで上空から探索しても、谷底にいる宗次達を発見するのは困難であった。


「こちらの位置は分かっている筈だが」


 転げ落ちる直前まで、ヘッドセットは彼らの位置やカメラの映像を、指揮車の京子達に送っていたから、衛星写真で確認できずとも、おおよその場所は把握しているだろう。

 しかし、落下から数時間は経っているというのに、救助が来た様子はない。


「まさか、私達見捨てられちゃった!?」

「いや、それはないだろう」


 通信の反応がなく、状況から死んだと判断されても、遺体の回収には来るはずだ。

 なのに、ここまで来ていないという事は、何らかの事情で来られなかったと考えるべきである。


「CEの大軍が押し寄せて、退くしかなかったとか」


 気絶した宗次達を見失った、三十体あまりの両刃剣型は、彼らを救助するため、ここより少し北に降下してきた第〇分隊の方に向かう。

 〇分隊はそれを撃破するが、消耗が激しくこれ以上は戦えない。

 そこに、さらなるCEの群れが確認され、口惜しいが退くしかなかったと、おそらくはそんな所であろう。


「けど、それって結局、私達が見捨てられたって事じゃない?」

「……そうだな」


 少し考え、素直に頷いた宗次を見て、陽向は呆れて溜息を吐いた。


「またCEが襲って来るかもしれないのに、本当に冷静なんだから……」

「そんな事はないと思うが」


 死を恐れぬ狂戦士扱いは心外だと思ったが、身に覚えがあったので反論は控えておいた。


「でも、頼りにしてるからね」


 心細くて手を握ってくる陽向に、宗次は強く頷き返す。


「あぁ、最善を尽くす」

「絶対に君を守る、とは言わないんだね?」

「できる保証がないからな」

「うん、知ってた」


 相変わらずロマンがないと、前と同じやり取りを繰り返し、二人は笑い合った。


「とりあえず、荷物の確認をしよう」


 背中のバックパックをおろして開くが、せっかく買ったライトは転落の衝撃で壊れていた。

 しかし、支給されたコンパスと地図、それにナイフと救急セット、ライターや固形燃料は無事であった。

 食料は昼の分で食べ尽くしてしまったが、水筒の中身はまだ十分残っている。


「時刻は十七時か」


 腕時計を確認して、随分と長い間、気を失っていたのだと改めて知った。

 再び空を見上げるが、今はまだ十分に明るいものの、あと一時間と経たず日が落ちて暗くなってくるだろう。


「危険だな」


 CEとの夜間戦闘はもちろん、夜の山を歩くなど自殺行為でしかない。

 しかも、ここは登る場所も見当たらない谷の底、下手に動き回る事もできなかった。

 それらの現状を分析した上で、最善の方法は一つである。


「寝ようか」

「……えっ?」

「今日は、ここで夜を明かす」

「えぇぇぇ―――っ!?」


 思わず絶叫する陽向を、宗次は不思議そうに眺めながら早くも横になる。


「体の痛みも取れていないし、明日の朝まで寝たほうがいい」


 CEに襲われる危険性はあったが、それは動き回っても同じ事である。

 ならば、救助が来る可能性もあるし、下手に動かず夜を明かした方がいいという、宗次の判断は確かに正しい。

 ただ、陽向が激しく動揺していたのは、そういう意味ではないのだ。


「いや、その、急にそんな……」

「平坂さん?」


 陽向は真っ赤になって慌てふためくが、暫し深呼吸を繰り返すと、三つ指をついて深々と頭を下げた。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」

「あ、あぁ……」


 ただ横になって寝るだけなのに、どうしてそこまで気合を入れるのか。

 ロマンを解せぬ槍使いは戸惑って首を傾げつつ、陽向が寝やすいよう地面の小石を手で払った。

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