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第52話 探索

 月曜日の夜から降り続けた雨は、天気予報を裏切り木曜日の早朝まで続いた。

 雨が明けた金曜日の早朝、長野ピラーから出現したCEの群れは、西の名古屋方面に進軍し、自衛隊の砲撃によって撃破された。

 これを受け、土曜日に黒檜山の探索を行う事が決定された。

 そして当日、一年A組を除く十一クラス、約四百名のエース隊員達は、黒檜山の手前にある大沼に集合していた。


「ではこれより、黒檜山の山中に潜んでいる、小型ピラーの探索を開始する」


 綾子の宣言と同時に、ヘッドセットのディスプレイに周辺の地図とルートが表示された。


「諸君らは分隊ごとに分担されたルートを、ピラーと思しき異物がないか探りつつ、約三㎞先の花見ヶ原キャンプ場まで進んで貰う」


 たった三㎞とはいえ、道なき山の斜面を歩くのだ、今は午前七時だが、探索が終わるのは午後一時過ぎになるだろう。

 日が落ちた山中は一気に危険度が上がるため、時間にはかなりの余裕を持たせてあるが、それでも気は抜けない。


「CEと遭遇した場合は、撃破よりも逃走を優先して構わん。ただし、逃げるさいは分隊で固まって動き、バラバラに分かれて遭難しないよう、そこだけは注意せよ」


 綾子の後ろには、相馬原駐屯地から出向いてくれた二機の救助ヘリコプター・UH-60Jが、万一に備えてスタンバイしていた。


「では、探索開始っ!」


 パンッと手を叩いた綾子に急かされるように、三十三個の分隊はそれぞれのルートに向かって歩き出した。

 宗次達三二分隊の担当は、黒檜山の南側、駒ヶ丘に近いルートである。


「はぁ~、かったるくて嫌んなるわ」

「まだ五分も歩いてませんよ」


 早くも愚痴を漏らした映助に、軽く注意する一樹の顔は楽しそうである。


「登山、好きなのか?」

「はい、山の男って感じで、格好良いじゃないですか」

「や、山の男と……っ!」

「はいはい、落ち着きましょうね~」


 キラキラと顔を輝かせる一樹を見て、妄想を炸裂させる神奈に、心々杏が慣れた手つきでティッシュを渡す。

 その横を歩く陽向はというと、一樹をも上回る眩い笑顔を浮かべ、山道をスキップしながら軽快に歩いていた。


「ふふ~ん♪」


 ご機嫌に鼻歌まで歌いながら、軍手を外して爪を眺めたかと思うと、ニヘラッとだらしない笑みを浮かべ、汚れないようまた軍手をはめる、という行動を何度も繰り返している。

 そのちょっと気持ち悪い陽向の姿に、分隊の面々は声を掛けられずにいた。


「ねえ宗次ちゃん、責任取ってあれ何とかしてくださいよ~」

「いや、俺に言われても……」


 心々杏に背中を突かれても、宗次は困惑するしかない。

 彼がプレゼントしたマニュキュアのせいなのは明白だが、あそこまで喜ぶとは流石に予想外だったのだ。


「毎日毎日、見せびらかしてきて、流石にウンザリなんですよ~。そのくせ、『ちょっと貸して』って手を出したら、いきなり頭に手刀を叩きこむんですよ~?」

「そ、それは心々杏ちゃんが悪いんじゃ……」


 鼻血を拭きつつ嗜める神奈も、さんざん自慢を聞かされたのか、少し疲れた顔である。

 とはいえ、宗次に出来る事はない。


「一度プレゼントした物だ、返してなんて」

「言ったら川に身投げするので、本気で止めて下さい」


 心々杏が思わず早口になるほど、深刻な事案であるらしい。


「しかし、マニュキュアなんて洒落たプレゼントを贈る甲斐性が、朴念仁の宗次ちゃんにあるとは思わなかったですよ~」

「あ、あぁ……」


 宗次が曖昧に頷くと、心々杏は全てを察したのか、背伸びして彼を肩を掴むと、分隊から少し離れて耳打ちした。


「誰の口添えか知らんが、頼むから黙っててくれよ。あいつは落ち込むとマジで面倒くさいんだからよ」

「分かった」


 昔のヤンキー口調に戻るほど、本気で頼み込まれずとも、宗次とて黙っているつもりであった。

 なにせ、口添えという名の嫌がらせをしてきたのは、あの千影沢音姫である。

 彼女を心底嫌っている陽向が、その事実を知ったらどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。


(まさか、これも嫌がらせの一環じゃないだろうな?)


 あの性悪少女ならやりかねないと思うのは、被害妄想が逞しすぎるだろうか。

 そんな風に無駄口を叩いたりしつつも、三二分隊の面々は注意深く周囲を窺いながら二時間半ほど進み、行程の半分を消化した。


「何もねえな」

「その方が楽でいいけどね」

「こら君達、もっと気を引き締めないかっ!」


 退屈そうに辺りを見回す剛史と豊生を、真面目な優太が叱っているが、その効果はほとんどない。

 視界に映るのは延々と続く森ばかりで、ピラーはもちろんCEの結晶体も、欠片一つすら見当たらなかった。


「こっち側には無いと違うか?」

「かもな」


 三年生達が向かった、北側のルートが当たりだったのかもしれない。


「京子先生、何か見つかりましたか?」

『いえ、今の所それらしき報告はないわ』


 通信で京子に聞いてみるが、他の分隊もまだ空振りらしい。


『ところで、ベルト型の事だけど、少し待って貰えるかしら。途中で止まっていた追加機能を、改めて開発し直そうと思っているの』

「分かりました、ありがとうございます」


 周りの同僚に聞こえないよう、小声で囁いてきた京子に、宗次は笑顔になって礼を告げる。


「はっ、何か嫌な予感がっ!?」

「陽向ちゃん、お帰りですよ~」


 保険医のフラグを敏感に感じ取り、浮かれていた陽向がようやく正気に戻った所で、宗次は通信を切って皆の顔を見回す。

 普段の訓練で鍛えられているとはいえ、慣れぬ山中の踏破で息が上がってきていた。


「少し早いが、昼飯にしようか」

「賛成~っ! もうお腹がペコちゃんですよ~」


 丁度良く木々が開けた場所があったので、宗次が休憩を申し出ると、皆揃って同意した。


「さてさて、今日の飯は何やろな」


 映助は背中のバックパックを下ろし、食料として渡された袋を喜々として開ける。

 中から出てきたのは――乾パンとオレンジスプレッド、以上二点であった。


「何でやねんっ!」


 怒りのあまりバックパックを地面に投げつけるが、食料はしっかりと手に握ったままである。

 流石は食べ物を大事にする、農家生まれの愛媛県民であった。


「自衛隊のレーション言うたら、とり飯とたくあん漬やろがっ!」

「これも十分美味いと思うが」


 文句を言う映助の横で、宗次は気にせずチューブ状のオレンジスプレッドをかけて、少し固めの乾パンをかじった。

 CEとの戦争開始から六年、武器弾薬、鉄鋼材の不足は嘆かれているが、食料は今のところ問題なく供給され、餓死者が出るような事態は避けられていた。

 もちろん、いくつかの輸入食品は棚から消えたし、食料自給率を上げるため、農地拡大の政策を行うなど、食品会社や政府は今も対策に追われていたが。


「缶詰だと重いからでしょ」

「でも、この機会に食べてみたかったですね~」


 学生食堂のメニューにもそろそ飽きてきたと、愚痴を零したりしつつも、皆は乾パンで腹を満たしていく。

 そうして食べ終えた途端、映助が急に真剣な表情で目を見開いた。


「むっ!? ……誰か、ティシュ持っとらん?」

「汚いわね」

「映助ちゃん最低です~」

「生理現象なんやから仕方ないやろっ!」


 女子六人から非難の眼差しを受け、涙目で叫び返す映助に、宗次はこんな事もあろうかと用意しておいた、芯を抜いて縮めたトイレットペーパーを手渡す。


「兄弟、恩に着るでっ!」

「ちゃんと手は洗ってくださいよ」


 一樹の注意を背に、映助は木々の影に入っていく。

 そして十秒と経たず、悲鳴が上がった。


「おわっ!?」

「どうしたっ!」


 蛇でも出たのかと、宗次は急いで映助の元に駆け寄った。

 しかし、出たのは蛇なんて可愛い物ではない。


「あ、あれ……」


 映助が驚愕に目を見開きながら、森の先を指さす。

 宗次は急いでそちらを窺うが、異常を見つけるのに数秒を有した。

 木々の群れに隠れながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる赤い球体。


 CEのコア、それは間違いない。

 だが、本体を覆う六角柱や正二十面体の結晶が無い。

 いや、遠目では分かり難かっただけで、良く目を凝らせば、光を反射する結晶の煌きが見て取れた。

 コアを中心として、上下に向かって線を引いたように伸びる、薄い板のような光。


「何だ、あれは?」


 正面からではなく、真横から見ていたなら、よりハッキリとその形状を理解できた事だろう。

 まるで幅の広い剣を、二本繋げたようなその姿。

 両刃剣型タイプ・ツイン・ブレード――後にその名で呼ばれる事になる、狂える剣のCEが、槍使い達に向けて結晶の刃を光らせていた。

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