第50話 準備
軽井沢での戦闘に勝利し、天道寺英人の手により御代田町のピラーも破壊された土曜日から、休みも明けて月曜日。
教室に集まった一年D組の面々に向けて、担任の大馬は新たな作戦を告げた。
「数日後、諸君は黒檜山に入り、そこに潜んでいると思われる、小型ピラーの探索にあたって貰う」
「はぁ? そんなんあるんか?」
初耳だと驚く映助に、大馬は呆れたりせず丁寧に説明する。
「諸君らの初陣となったCEの群れが、黒檜山方面から現れた事は覚えているな。長野ピラーから出現したCEの群れが、衛星の監視網にも引っかからず、東側に回り込むなど不可能だ。よって、黒檜山のどこかにピラーが有ると判断したのだ」
「せやけど、あんなデカ物、直ぐ見つかるんと違う?」
今まで出現した二つの小型ピラーは、どちらも全長十五m以上はある巨大な物体。
背の高い木が生えた森の中でも、そう簡単に隠れるような物ではない。
「その疑問はもっともだが、衛星写真をいくら精査しても、ピラーの姿は地上には見つからなかった」
「なら、そもそも無いんやろ」
「映助、先生の話を良く聞け」
投げ槍に答える親友を、宗次は後ろから注意する。
「地上には見つからなかった。つまり、地下に埋まっているという事だろう」
「何やてっ!?」
映助は驚くが、他の生徒達は同じ事を考えていたらしく、しきりに頷いていた。
「そうよね、ピラーって地面からいきなり生えてきたし、なら地中に埋まっていても不思議はないわよね」
「だいたい、あれってどういう仕組みで生えてきてるんですかね~」
「い、いきなり生える、ぐふふっ……」
また腐った妄想を浮かべる神奈は別として、陽向達は根本的な疑問を口にする。
しかし、大馬はもちろん、この世界の誰もその質問には答えられなかった。
「ピラーが出現する仕組みは、謎だらけで全く分かっていない。小型ピラーの破壊された跡を詳しく調査したが、めぼしい物は何も見つからなかったしな」
現状、長野ピラーが木のように根を伸ばし、そこから地上に現れたのが小型ピラーだ、という説が最も有力である。
しかし、小型ピラーのあった場所をいくら調査しても、地下トンネルのような物は見つからず、超音波による地盤調査でも、不審な物は発見されなかった。
「ともあれ、黒檜山にピラーが埋まっている可能性は高い。そしてCEが出現してきた以上、地上部分にも露出している箇所はあるはずだ」
森に隠れて上空の衛星からでは見付からなかったそれを、エース隊員によるローラー作戦で調べるのが今回の目的となる。
「幸い、四月二十九日に黒檜山から進軍してきたCEの動きを、衛星がいくらか捉えており、そこから逆算して範囲を絞り込めたので、何事もなければ一日から二日で終了する予定だ」
「何事もなければ、か……」
つまり、ピラーを守るためにCEの群れが出現しなければ、という事だが、間違いなくその何事は起きるであろう。
一年D組の初陣となったあの日から、既に二十日が経過しているが、警戒し続けていたこちらを焦らすかのように、黒檜山方面からの襲撃は一度もなかった。
それを見て、敵が逃げ出したと楽観視する馬鹿はいない。
敵が戦力を溜め込んでいる、そう考えるのが当然であろう。
「それ、めっちゃ危険って事やんっ!?」
「だから、山岳部隊ではなく諸君らに行って貰うしかないのだ」
戦闘車両が入り込めない森の中に、幻子装甲を持たない通常の自衛隊員が徒歩で入れば、CEの光線攻撃による良い的でしかない。
しかも、小銃弾ではCEにまるで歯が立たないため、最低でも84mm無反動砲(B)・カールグスタフM3を使用する事になるが、下手をすれば山火事が起き、黒檜山が禿山と化すだろう。
「いっそ、山を焼いた方が早いんと違う?」
「色鐘先生が提言したが、政府の許可が下りなかったそうだ」
「綾子先生、過激やな……」
大事なエース隊員を無駄な危険にさらすくらいなら、山の一つや二つ焼いてしまえという提案は、天然資源を破壊する悪しき行為であり、国民の不安を煽るという理由から、当然のように却下されていた。
ただし、綾子はその方法を完全に諦めたわけでもない。
「仮にCEと遭遇しても、敵の数が多く危険と判断した場合は、無理に戦わず退却して構わない。山中での戦闘は不利だからな」
鬱蒼とした木々で射線を遮られ、飛び道具を上手く使えないのはCEもエース隊員も同じだが、空中を浮遊しているあちらと違って、草木が生い茂った山の地面を歩くこちらは、移動速度が極端に鈍ってしまう。
普段の平地戦であれば、余裕を持って到達できる三十mの攻撃ラインも、山中では五秒以内に駆け抜けるのは不可能であろう。
「だから一度退いて、有利な平地でCEを撃退する。その上でもう一度、ピラーがあると予想される範囲の焼却を提言する事になる」
黒檜山に再びCEが出現しました、やはりピラーが存在します、エース隊員を探索に向かわせましたが、山中での戦闘は困難であり、このままではピラーの発見どころではありません。自然を破壊するのは誠に心苦しいですが、国民の安全を守るために、黒檜山に火を放つ事をお許し下さい。
というように、頑固な政府を説得するのが、綾子の狙いであった。
「ピラーの正確な位置さえ判明すれば、あとは一年A組に任せればいい」
「はいはい、大物は遅刻スケコマシに譲ったるわ」
また自分達は天道寺英人の引き立て役かと、映助はもう怒るのも疲れると適当に流す。
他の皆も同じような顔で呆れるだけで、目立ってやる気が落ちないのは良いが、果たしてこれは健全な状態なのだろうかと、宗次は少し首を傾げるのであった。
「先生、その山岳ピクニックはいつやるんですか~」
「悪いが明確な日時は決まっていない、天候やCEの襲撃に合わせる形になるからな」
心々杏の質問にそう答え、大馬は窓の外に目をやった。
空はどんよりとした黒い雲で覆われており、朝だというのに薄暗い。
「今日の夜から明後日まで降り続くそうだ。雨の降る山中を歩くのは流石に嫌だろう?」
「そうですね」
田舎暮らしで山の恐ろしさを良く知る宗次は、深く頷き返す。
雨が降ると、ただでさえ滑りやすい山道がより危険になるし、下手をすれば土砂崩れや鉄砲水が起きかねない。
そして何より、雨は体温を急激に奪うため、夏が近づいてきた五月下旬といえど、油断すれば凍死の危険性がある。
強固な幻子装甲で守られたエース隊員とて、寒さ暑さに耐えうる力はないのだ。
「雨が明ける木曜日は、まだ地面がぬかるんで危険だろう。できれば金曜日に探索を行いたい所だが、おそらくその前後にCEの襲撃があると予想される」
CEは四日から七日程度の間隔で襲撃を繰り替えすため、今週の木曜から土曜あたりが危険と思われた。
逆に言うと、襲撃後の一日から三日は安全であり、その日を狙って黒檜山の探索を行う事になる。
「待って、それまた休日出動する事にならんっ!?」
「流石に振替休日をやるから安心しろ」
労働法違反やと叫ぶ映助に、大馬は苦笑して告げる。
これが正規の自衛隊員であれば、寝言をぬかすなと殴りつけている所だが、生徒達は特殊なエース隊員。
感情をエネルギーとする幻想兵器の使い手であるため、あまり無理をさせて精神を擦り減らす真似はさせられなかった。
「他に何か質問はあるか」
「装備は?」
「水、食料、地図、コンパス、それらを入れるバックパックはこちらで用意する。ジャケットとブーツは陸上自衛隊で使用している物を支給するので、後でサイズを報告して貰う」
「ふむ……」
大馬の答えを聞いて、宗次は少し考え込む。
告げられた装備は、山中を歩くのに必要最低限な物だけであり、万が一を考えると幾つも足りない物がある。
おそらく、万全の装備を目指すと、荷物が重くなりすぎて負担になるからだろう。
エース隊員は体を鍛えているとはいえ、本物の自衛隊員のように、何十㎏もの装備を担いで山中を何十㎞と走破する、本格的な訓練は行っていない。
それに、自衛隊員なら武器が小銃のため、遮蔽物に隠れての射撃がメインであり、重い荷物で多少足が鈍っても問題なく戦える。
しかし、エース隊員の大半は剣や槍という白兵武器であり、CEとの距離を素早く詰め、武器を振り回すためには、重い荷物は邪魔でしかない。
(疲労と機敏さ、それらを考慮した上で、敢えて最小限に抑えたのだろうが……)
考え込む宗次の顔色を察したのだろう、大馬は苦笑して助け舟を出す。
「作戦行動に支障をきたさない範囲でなら、自費で好きな物を用意して構わんぞ」
「いいのですか?」
「構わん、自衛隊でもヘッドライトやスコープを自費で購入して、持っていく奴は多いからな」
「なるほど」
安堵して頷く宗次に、大馬は笑って付け加えた。
「それに、せっかく給料が出たんだ。少しは気晴らしに散財したいだろう」
「何やってっ!?」
それは聞き捨てならんと、映助が大声を張り上げる。
「ワテらの給料、もう出てたんか!」
「あぁ、自衛隊員と同じ十八日だが、その日は日曜日だったからな、十六日の金曜日には出ていたぞ」
「そんな、早く言うてやっ!」
映助は己の失態を嘆き、頭を抱えて悶絶する。
「知ってたら、万札握りしめて駅前のメイドカフェに突撃しとったのにっ!」
「お前みたいな馬鹿がいるから、あえて言わなかったんだがな」
そもそも、正二十面体型の件などがあって、給料の事を気にする余裕が無かったのだが。
「買い物か、次の休みには作戦が始まってしまうが……」
「安心しろ、装備の調達など、しっかりとした理由があるなら、放課後の外出許可は出るぞ」
「大馬先生様、今日外出してもよろしいでしょうかっ!」
「お前は駄目だ」
メイド喫茶の夢破れ、机に突っ伏す映助の後ろで、宗次は登山に必要な装備を考えて、メモ帳に書き出していく。
そんな彼から少し離れた席で、一人のヘタレ系剣道女子が、このチャンスを逃すまいと目を光らせていた。




