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第49話 人の敵

 聖剣使い・天道寺英人が御代田町のピラーを破壊する光景を、衛星からの映像で確認した綾子の顔は、喜ぶ職員達とは反対に渋いままであった。


「音姫、あいつに何かしたのか?」

『いえ、命じられた通り、食事を渡すさいに軽く声はかけていましたが、それ以外の余計な真似はしておりません』


 通信機から返ってくる千影沢音姫の声も、喜びではなく困惑が滲んでいた。

 長野ピラーの破壊に失敗し、第12ヘリコプター隊の手で特高まで運ばれた後、ずっと部屋に閉じこもり、誰とも会おうとしなかった天道寺英人。

 彼を立ち直らせるため、当初は一年A組の美少女達が代わる代わる声をかけ、励ましたり涙で同情を誘ったり、もっと露骨に体で慰めようとさえした。


 しかし、天道寺英人はそれを全て拒絶し、一人で部屋に立てこもり続けた。

 こうなると構うのはむしろ逆効果であり、時間という最高の妙薬に治療を任せ、好きにさせていたのだが、それが何の前触れもなく部屋を出て、御代田町に生まれた新たなピラーを破壊しに行くと言い出したのだ。


(勝手に飛び出さなかっただけ、少しは成長したと考えるべきか)


 そう思いつつも、綾子の表情はなお渋いままである。

 天道寺英人の行動は、御代田町のピラーを破壊したという成果だけを見れば、確かに素晴らしい行為である。

 ただ、冷めた視点で観察すると、強い相手に負けて落ち込んで、その腹いせに弱い相手を殴りつけるという、幼稚で乱暴な子供の癇癪にしか見えないのだ。


(そんな感情的で思い込みの激しい馬鹿だからこそ、あの力が出せるとはいえ……)


 つくづく、幻想兵器という物は御しがたいと、綾子は重い溜息を吐く。


「京子、エクスカリバーの威力はどうなった?」

「上がっています、前回の二倍はあるでしょう」


 たった今、御代田町に刻まれた一文字の破壊痕と、約三週間前、前橋市に刻まれたそれを比較して、京子はそう報告する。


「上がったか。本人には余計な邪魔が入ったものの、噂の方は順調に拡散しているようだな」


 インターネットのあらゆるSNSを利用して、拡散されているある噂。

 剣の聖女・天道寺刹那の弟、天道寺英人が特高に入学して、その聖剣でピラーを破壊し、前橋市を救ったという、事実ではあるが過剰な脚色が加えられた美談。

 特高の教師達が仕込んだ証拠写真だけでなく、本当に助けられた前橋市民の書き込みもあり、それはネットを毛嫌いしている中高年層を除いて、日本国民のほぼ全員が知る事となっていた。


 今はまだ、本人の顔写真を公開していないため、実体の掴めない漠然としたイメージだとしても、自分達を救ってくれる『聖剣の英雄』は居ると、大勢の人々が認識している。

 その想いというエネルギーが、幻子によって一つに集った事で、『機械仕掛けの英雄』という幻想はその力を確実に増したのだ。


「このまま順調にいけば、長野ピラーの破壊も夢ではないのだが……」

「先輩、不吉な事を言わないでくれます?」


 変なフラグを立てないでくれと、京子が茶化したまさにその時であった。


「色鐘三佐、岩塚幕僚長から連絡があり、『ゆっくり話がしたい』と」

「――っ!」


 オペレーターに緊張した声で告げられて、綾子は一瞬で顔を強張らせた。


「分かった、直ぐに折り返し連絡を入れますと伝えてくれ」


 あえて『ゆっくりと』と言ってきたという事は、他の職員達には聞かせられない、重要な話だという事だ。

 だから言わんこっちゃないと、恨めしそうな京子の視線を背に、綾子は指揮所を出ると、執務室に駆け戻って鍵をかけ、一つ深呼吸をしてから受話器を取った。


「岩塚幕僚長、お待たせして申し訳ありません」

『いや、こちらこそ忙しい時にすまんな』


 電話の相手、陸上幕僚長・岩塚哲也いわつかてつや陸将は穏やかな声でそう応じる。

 総理大臣、防衛大臣、総合幕僚長に次ぐ、自衛隊という組織のトップに立つ人物であり、陸上自衛隊の最上位者。

 そして、陸上自衛隊の管轄である特高の、最高責任者でもあった。


「それで、お話とは何でしょうか」


 新種を含むCEを相手に快勝し、天道寺英人が復活してピラーを破壊した直後。

 こんな時に緊急で伝える用事など、ろくな事ではあるまい。

 そう覚悟を決めた綾子の予想通り、岩塚は最悪に予想外な事態を告げた。


『アメリカ、ロシア、中国の三ヵ国から一人ずつ、特高に転校生を迎え入れる事になった』

「……はぁ?」


 電話の相手が幕僚長だという事すら忘れてしまうほど、綾子は一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。

 言われた言葉の意味は分かる。米露中の出身者を一人ずつ、エース隊員として迎え入れ、幻想兵器を持たせて戦わせろという事だ。

 それはつまり、日本をCEから守る要、最高の軍事機密である幻想変換器のデータを、他国に売り渡すと言っているに等しい。

 しかも、事はそれだけで終わらない。


『三名が転入する先は一年A組だ』

「……正気ですか?」


 綾子は怒りのあまり逆に頭が冷え、首にされるのも承知で、鋭利な暴言を吐いた。

 岩塚も彼女の気持ちが分かるだけに、聞かなかった事にして淡々と話を続ける。


『上が決めた事だ、もう我々に断る術はない』

「しかし、明らかな工作員を天道寺英人に近づけるなどっ!」


 そう、転入先に一年A組を指定したきたという事は、聖剣の英雄に近付く事が目的に他ならない。

 三ヵ国から送られてくる転校生とやらは、間違いなく絶世の美少女であろう。

 それが体を使って天道寺英人を洗脳し、自国側に引き込む目論みなのだ。

 無断出撃の一件を起こした、犬塚霧恵のように。


「あれが他国に寝返れば、どうなるか分かっているのですか?」


 何百体ものCEをたった一人で薙ぎ払い、小型のピラーを破壊してみせた天道寺英人の聖剣。

 それが敵に向いている間はいい。だが、味方に向けられたなら。


「国会議事堂でも吹き飛ばされないと、政治家の皆様はお分かりになりませんかね?」


 綾子の台詞は皮肉であると共に、現実に起こり得る悪夢でもあった。

 幻想兵器はなにも、CEしか殺せない武器ではないのだから。


『分かっている、分かっているのだよ』


 綾子を落ち着かせるように、岩塚は深い嘆きを込めて告げる。


『幻想兵器の危険性は、総理達も、そして三ヵ国も』


 だからこそ、あらゆる手で政府に圧力をかけて、特高に工作員を潜り込ませる手を打ってきたのだ。


『長野ピラーを破壊し、CEの魔手から解放された後、日本がそのまま他国への侵略を開始すると、彼らは本気で思っているのだよ』

「馬鹿馬鹿しい」


 いつまで約一世紀も前の事である、大戦の頃を蒸し返すのかと、綾子は吐き捨てる。

 そんな時代遅れの覇権主義、今の日本人が抱くはずもない。

 ただでさえCEとの終わりない戦争で、国民の胸には戦いへの忌避と倦怠が満ちているというのに。

 もしも、日本が侵略戦争を始めるように見えるのなら、それはミラーイメージ、三ヵ国が侵略戦争を行いたいという本心の表れにすぎない。


「今の日本に戦争をやる力など無いと、子供だって分かるでしょうに」


 そう、この六年間で武器弾薬の備蓄をほぼ使いつくしている日本は、国民感情以前の問題として、物理的に対外戦争など行えないのだ。


「幻想兵器が有ると言っても、あれは人との戦争には向いていません」


 人の感情、認識いったものをエネルギー源とする幻想兵器は、冷静沈着で任務に忠実といった、成熟した大人には使えない。

 つまり、人を殺しても全く感情が乱れない、兵士として優秀な者では駄目なのだ。

 そして、既に幻想兵器を使えている感受性の高い少年少女では、人殺しという罪に心が耐えられない。


 神話伝承の英雄達が使った武器を持ちながら、英雄のような大量殺戮者にはなれないという矛盾。

 それを超えて人を殺せる者がいるとすれば、それは殺人に快感を抱くサイコパスか、神のためなら殺人もいとわない狂信者だけであろう。

 もしくは、自分が殺した者達をゲームの駒のように、対等な『人間』としてすら見ていない、真正の『英雄』か。

 聖剣使いにその傾向があるのではないかと、胸に浮かんだ嫌な予感を、綾子は敢えて無視する。


「確かに、幻想兵器はテロリストの手に渡ったりすれば、大被害を及ぼす危険な武器ではあります。だからといって、日本が対外戦争を始めるなんて話には繋がりません。どれほど強い『英雄』であろうと、たった一人の人間で戦争に勝てる訳がないと、誰でも分かる話ではないですかっ!」


 それを説明して、三ヵ国からの工作員を拒否して欲しいと訴える綾子に、岩塚は重々しく諦観の言葉を繰り返す。


『上がそう決めたのだ、もう我々は大人しく受け入れるしかない』

「しかし……っ!」


 食い下がる綾子に、岩塚は急に温度の下がった声で告げる。


『これを断れば、日本は本当に潰されしまう』

「核兵器でも撃ち込んでくるつもりですか?」

『それもあり得るかもな』

「…………」


 悪い冗談のつもりが肯定され、綾子は言葉を失った。


『米露中は三名の転入を受け入れなければ、日本こそがCEを生み出した戦犯だと、全世界に発表すると脅してきたそうだ』

「馬鹿なっ!」


 思わず執務室の机を叩いてしまうほど、あり得ない最悪の難癖であった。


「CEのせいで日本人が何百万人死んだと思っているのですかっ!?」


 直接その手に掛かった者だけでも、長野県民を中心とした二百万人。

 長引く戦争の不安や、物資不足からくる治安の悪化による、殺人事件や自殺も含めれば、その数はさらに膨れ上がるだろう。

 経済的な損失にいたっては、何百兆円になるのか考えたくもない。

 そんな自殺行為を、日本がする意味など全くない。


 無理に理由を見出すとすれば、CEで他国を疲弊させた後に、CEからの救済を目的に進軍、そのまま各地を占領していくという、征服行為のためであろうか。

 だが、本当にCEを生み出し、世界征服を狙うというのなら、こんな六年間も辛い戦いを続けたりするものか。

 しかし、大国はその妄想があり得ると考えている。

 そして、真実とは所詮、より大勢の人間がそうだと思い込んだ幻想でしかない。


『核兵器まで使った三ヵ国や、南米や中東のような地獄に比べれば、日本は遥かにマシだ。そして何より、CEの襲来から半年と経たず、幻想兵器なんて物を生み出せたのは、CEと内通していたからに他ならない……それが三ヵ国の言い分だそうだ』

「ふざけた事をっ!」


 怒りのあまり、綾子の握りしめた拳から血が滲む。

 幻想兵器を、それを生み出す幻想変換器を完成させられたのは、一人の天才的な科学者と、稀代の才能を持った少女が揃っていたという、それこそ御仏の慈悲を信じたくなるような幸運のお陰ではあるが、CEとの裏取引など断じてない。

 そもそも、取引を出来るような知能がCEにあれば、互いに滅ぼし合うような戦争にならず、人類と友好を築く道が取れたかもしれないのに。


「だいたい、自国民の中から候補を選抜し、エース隊員として送り込んでくるという事は、米露中も幻想変換器の仕組みを解明したのでは?」

『おそらくな』


 証拠はまだ掴んでいないが、その可能性が最も高いと、岩塚は重々しく頷いた。

 広大な領土を持つため、大量のピラーが出現してしまい、自国に核兵器を撃ち込むところまで追いつめられたとはいえ、大国の生産力と技術力はいまだ健在であった。

 天道寺刹那が幻想兵器を使ってから、既に五年以上が経つ今、三ヵ国がいまだに幻想変換器を開発できず、日本の後塵を拝していると考える方が愚かであろう。


「変換器の組み立てと調整は、ここでしか行っておりませんが、各部品はメーカーの委託に頼っています。そこから情報が漏れていると考えるのが自然でしょう」

『どこの会社も、金は喉から手が出るほど欲しいからな』


 綾子の指摘に、岩塚はまた深い溜息を吐く。

 陸上自衛隊の戦車が、三菱重工や日本製鋼所の手で作られているように、幻想変換器もチップや回路、外装といったパーツを一から全部、特高で作れる施設など無いため、幾つかの会社に製造を任せていた。

 当然、軍事機密の塊であるため、その情報が漏洩しないよう、徹底的な管理を求めてはいるが、長引く戦争による不況で、どこの会社も倒産寸前の今、大国から融資や賄賂を持ちかけられては、役員の何人かは容易く国を売ったであろう。


 そうでなくとも、日本は昔から工作活動や情報戦が苦手である。

 大国が本気でスパイ活動を始めれば、防ぎ切れるわけがない。

 特高が長い年月で培った実戦データだけは、流石に奪わせていないので、直ぐに運用する事は不可能でも、幻想変換器その物は三ヵ国も手に入れているはずである。


「ならば日本の邪魔などせずに、自国で勝手に『英雄』を作って、ピラーを破壊すればよいものを……っ!」

『それを出来ないのが、大国というモノなのだろう』


 歯軋りする綾子に同調し、岩塚も苦い声で応じる。

 日本はその小さい国土と少ない天然資源から、世界を手中に収めるなんて誇大妄想は不可能だと知っている、思い知らされた。

 だから、自国の平和を守れればそれで良いと、余計な野心など抱かない。


 しかし、米露中の三ヵ国は違う。強大な力を持ち、世界を統べるという覇道が決して不可能ではないからこそ、『英雄』というより強力な力を求め、それを持つ日本を許せない。


『一昔前の核と同じだ。自分が持つのは良い、だが他国が持つのは許さない』


 まるでどこかのガキ大将のように、自分勝手で傲慢な態度。

 だが、それを通せるのが大国という強者であり、それを呑まされるのが日本という弱者。

 どんな綺麗事で言いつくろった所で、弱肉強食がこの世の掟。

 されど、大人しく食われてやる謂れはない。


「その三人が来るのはいつ頃ですか?」

『早ければ一週間後、遅くとも二週間後には特高へ向かうだろう』

「検疫ためでも、寮の部屋が空いていないでも、適当な理由をつけて、出来るだけ時間を稼いでください」

『あぁ、私から統合幕僚長や大臣にお願いしておく』


 愚痴を全て吐き出すと、二人は工作員の転入阻止は諦めて、現実的な対処法の相談をし合う。


「その三人には一年A組から常に二人ずつ、監視をつけますがよろしいですね?」

『当然だ。転入までは確約したが、校内で好き勝手させるとまでは約束していない』

「天道寺英人に裏を見せる訳にはいかないので、どうしても接触は許してしまいますが……」

『それは仕方あるまい。余計な事を言い出したら、それとなく邪魔をし、間違っても二人きりになどさせぬよう、必ず誰かが張り付くしかない』


 何も知らぬ聖剣使いからすれば、外国人の美人転校生が三名現れ、それに嫉妬したクラスの女子達が、彼を取り合って喧嘩をしているようにしか見えないであろう。


『男としては、少し羨ましくもあるがな』

「幕僚長」


 天道寺英人の待遇を思い、軽く冗談を告げる岩塚に、綾子は咳払してたしなめる。


「厄介者が来る前に、一つ片付けておきたい事があるのですが、よろしいでしょうか」

『何かね?』


 聖剣使いが復帰し、戦力に余裕ができた今だからこそ、ようやく解決に乗り出せる懸念材料。


「黒檜山のピラーを探索、のちに破壊します」


 衛星写真では発見できなかった、しかし必ず山中に隠れているはずの、CEの拠点を破壊して、後顧の憂いを断ち切る。


『任せる、好きにやりたまえ』

「了解」


 綾子は敬礼して電話を切ると、既に概要は固めておいた作戦計画のファイルを取り出し、詳細を詰める作業に入った。

 あらゆる敵からこの国を守るために、戦い続ける事だけが、彼女の責務であり罪滅ぼしなのだから。

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