第48話 集いし星の煌き
前回とは別の場所だが、同じようにゴルフ場だったらしい、まばらに木が生えた緑の草原で、エース隊員達は装甲車を降りて陣形を展開していく。
三二分隊の面々も、前回と同じく左翼に向かうなか、宗次と映助の二人だけは、陣形の後方に向かって走る。
そこでは、麗華を筆頭とした十名の三年生達が、彼らの到着を待っていた。
「今日はよろしくお願いします」
「そんなに畏まられると、調子が狂ってしまうよ」
ここ四日ほど、ずっと作戦の打ち合わせをしてきて、随分と気心が知れたというのに、他人行儀に畏まって礼をする宗次を見て、麗華は少し拗ねたように唇を尖らせる。
そんな彼女の珍しい姿を見て、驚く三年生達の中から、一人の生徒が前に歩み出てきた。
長い黒髪をドリル状に巻いており、お嬢様風の気品を漂わせる、切れ長の目をした美しい少女。
「貴方が空知宗次君、それと遠藤映助君ですわね」
「はい」
「ひゃ、ひゃいっ!」
まだ十八歳のはずだが、妙に色香の漂う声で呼ばれ、映助は思わず声を上ずらせる。
それを見て、彼女は口に手を当てて上品に笑った。
「私からも改めてお願い致しますわ。今日の作戦、必ず成功させましょう」
そう言うと、優雅に黒髪をなびかせて、背後の装甲車に乗り込んでいった。
「流石、雰囲気あるわ~っ!」
「確かに、凄い人だな」
目をハートマークにして身もだえる映助の横で、宗次も感心して頷く。
彼女は本当に名家のお嬢様なのだろう。武術家の立ち振る舞いとは違うが、手足の先まで動きが優雅に洗練されており、人の上に立つ者特有の自信が満ち溢れていた。
「前に話したけど、彼女が生徒会長・神近愛璃だよ」
宗次の耳元で、麗華がこっそりと説明する。
特高の頂点、三年A組の中でも最も優れた生徒として、生徒会長に選ばれたのが彼女、神近愛璃であった。
聖剣使いの英雄が現れ、最強の座を追われたとしても、その自尊心と実力は毛ほども傷ついていない、ルビーのように硬く鮮やかな少女である。
そして、作戦の成否を握る要の一人であった。
「は~、京子先生みたいな大人も色っぽくて好きやけど、生徒会長みたいな二つ上くらいの方が歳も近いしええな~っ! 兄弟もそう思うやろ?」
「…………」
映助の質問に、宗次は何故か怖気を覚えて黙秘を決め込んだ。
迂闊に答えた場合、隣で目を光らせていたイケメンの先輩か、通信機越しに耳を澄ませていた美人保健医のどちらかに、棘のある言葉で責められただろうから、その選択は正解であったが。
「待たせると悪い、俺達も急ごう」
「せやな」
「むぅ~、君ははぐらかすのも上手だね」
少し不満そうな麗華と共に、宗次は装甲車に乗り込む。
正直に言えば、彼まで乗り込む必要はないのだが、作戦の立案者であり、映助を巻き込んだ者として、間近で見届ける責任があった。
それから二十分後、待ち構えるエース隊員達の前に、結晶体の群れが現れる。
先頭を進むのはいつも通りの六角柱型で、その三十mほど後方に二十八体の正二十面体型が控えている。
四日前の悪夢を思い出し、怯みそうな生徒達の背を押すように、教師達は声を張り上げて命じる。
『射撃隊、前へ!』
「「「はいっ!」」」
『二〇〇、一八〇、一六〇……放てっ!』
百五十mまで引き付けて一斉に射撃を放つ、ここまでは普段と全く変わらない。
だが、この先は違う。
『射撃隊は装甲車に搭乗して後退。盾隊、白兵隊もゆっくりと後退せよ』
敵との距離を百m以上も維持しつつ、エース隊は前を向いたまま後ろに下がる。
その怪しげな行動を訝しむ知能を、結晶体は持っていない。
ただ、稚拙なプログラムで動く機械のように、人が大勢いる方向、つまりエース隊の方に一定の速度で近付いていくだけである。
よって、仮にそれを察知していたとしても、罠と見抜く事も不可能であった。
「ひゃっはぁーっ!」
いつかのようなチンピラ風の雄叫びと共に、元ゴルフ場の林に隠れていた装甲車が、CE達の背後に現れる。
そして、六角柱型という壁のない後方から、厄介な正二十面体型に向けて、アクセル全開で突き進んでいく。
「おらおらっ! ワテの前は誰も走らへんでっ!」
「ぶつけるなよ」
運転席でヒートアップする映助に、宗次は後部席から注意する。
前が何も見えない今、装甲車の運命は全て彼のハンドル捌きに掛かっているのだから。
「心配せんでも、ちゃんとピッタリ届けたるで」
そんな映助の声に反応したわけでもないが、高速で接近してくる装甲車に気付き、二十面体は一斉に赤い光線を放った。
しかし、その攻撃は全て弾かれてしまう。
装甲車は前方の窓ガラスも全て、分厚い装甲版で塞がれており、光が差し込む隙間は一㎜とて無かったからだ。
では、前が何も見えない状態で、映助がどうして真っ直ぐ装甲車を走らせているのかといえば、その答えは単純である。
電子の目であるカメラが、万一に備えて三つも車体に取り付けられており、その映像がヘッドセットのディスプレイを通して、外の景色を伝えていたのだ。
「何やSF映画みたいで興奮するわっ!」
「そうか?」
完全自動運転の車が普通に走っている、二〇三一年の群馬県も余程SF映画のようだと、田舎生まれの宗次は思う。
そんな無駄口を叩く間に、装甲車は二十面体達の前方十mまで接近し、急ブレーキを踏んで停止した。
それと同時に、後部扉が開け放たれ、一人の人物が外に飛び出し、装甲車の影から姿を晒す。
当然、二十面体達はそれを待っていたとばかりに、二十八本の光線を一斉に放つが――
「咲き誇れ、ロンゴミアント」
麗華の聖槍が放つ完全無敵の防御に、全て防がれて終わった。
そして、次の攻撃には五秒ほどのチャージ時間が必要なのは、この悪魔の狙撃者も雑兵の六角柱も変わらず、それだけあれば十分であった。
「愛璃っ!」
「任せなさい」
麗華が呼ぶまでもなく、生徒会長は彼女の横を通り過ぎ、無防備な二十面体に向けて、己の赤い魔剣を解き放った。
「塵と化しなさい、レーヴァテインッ!」
世界を焼き尽くす黄昏の炎が、ほんの僅かに、だが直径十mにも達する巨大な火の柱となって現出する。
その膨大な熱量の前では、回転による防御など意味をなさない。
十体以上もの正二十面体型が、一瞬で灰すら残さず蒸発した。
「うおっ、眩しいっ!」
装甲車の中で映助が目を押えてもだえる間にも、乗り合わせ八人の三年生達が、次々と幻想兵器の力を開放していった。
「雷神の怒りをくらえ、ミョルニルッ!」
「赤枝に刺されて死に絶えろ、ゲイボルグッ!」
誰もが知る伝説の武器が唸りを上げて、回転防御が無意味と化す凄まじい威力で、二十面体の群れを一瞬で蹴散らしていった。
まさに幻想が現実と化したような、美しさすら感じる破壊の嵐。
しかし、残念ながらそれは一瞬しかもたない。
伝説の中の伝説を再現した三年生達は、瞬く間に幻子干渉能力を使いつくし、目眩と共に膝をついてしまう。
どこかの英雄はあくまで例外、幻想兵器の能力は強力なほど燃費も悪く、連発など不可能なのだ。
しかし、惜しみなく最強の攻撃を放った事で、危険な二十面体はたった一体を残して壊滅した。
「任せますわよ」
膝をつく愛璃が呟いた時にはもう、宗次は蜻蛉切を手に駆け出していた。
素早く残った一体に接敵し、石突での攻撃を弾かせてから、回転を止めて反撃を狙う二十面体に、真の攻撃である穂先を見舞う。
我流・虚実転身
最後の一体もコアを貫かれ、欠片となって砕け散る。
装甲車で接近してから、十秒と掛からない早業で、あの恐ろしかった狙撃手をあっさりと全滅させた。
しかし、その喜びに浸るのはまだ少し早い。
彼らの突撃に合わせて、六角柱への攻撃を開始した本隊は、まだ戦いを続けていたのだから。
「麗華先輩っ!」
「任せてくれたまえ!」
疲労して動けぬ仲間達と違い、まだ聖槍の加護が残っている麗華は、盾役となるため宗次の前に出て、六角柱の群れに飛び込んでいく。
その後の流れは一方的であった。
懸念材料であった正二十面体型さえ倒してしまえば、後は約二年も全戦全勝を遂げてきた、六角柱しか残っていないのだから当然であろう。
通信機越しに生徒会長達の成功を知ったエース隊員達は、勢いに乗って攻め込み、二分足らずで約六百体ものCEを砕き終えていた。
「被害は?」
『大丈夫、みんな無事よ』
宗次の問いに、京子が優しく答える。
それは皆の耳にも届き、本当に無事なのか周りの仲間を見回し、誰一人倒れ伏していないのを確認して、ようやく歓声を上げた。
「よっしゃーっ! 大勝利やでーっ!」
遅れて装甲車から降りてきた映助に、「お前、運転していただけやろ」と無粋なツッコミを入れる者はいない。
万が一の事態に備えて、幻子装甲で攻撃を防げるエース隊員であり、なおかつ装甲車を運転できる希少な人物は、確かに彼一人しか居なかったのだから。
「よかった……」
「成功しましたね」
緊張が解け、思わず座り込んでしまった麗華に、宗次は笑って手を差し出す。
彼女は少し頬を染めつつ、その手を取って立ち上がると、照れを隠すように普段のイケメンな笑みを浮かべた。
「自信はあったけど、ここまで上手くいくとはね」
「えぇ、先人の知恵が役に立ちました」
実家から持ってきた兵法書や軍学書を紐解き、宗次が立てた作戦は単純であった。
本隊を囮に敵を引きつけ、その間に敵の背後を取り、一番厄介な箇所を真っ先に叩く。
島津の『釣り野伏せ』に代表される、敵を誘導しての包囲殲滅。
第二次大戦より一般的となった、装甲車両の機動力を生かした電撃戦。
それらを組み合わせただけで、独創性の欠片もなく、人間相手には絶対に通用しない、稚拙な作戦であった。
ただ、CEという知能を持たない結晶体が相手ならば、十分に有効な戦術であり、快勝に慣れていた上級生や教師達よりも、良い意味で慣れていなかった一年生の彼はいち早く思いついた、それだけの話である。
そして、誰一人欠けることなく皆が生き延びた、その結果だけで宗次は満足だった。
「これも麗華先輩のおかげです、本当にありがとうございました」
「やめてくれたまえ、礼を言いたいのはボクの方だよ」
宗次に頭を下げられて、麗華はむしろ慌ててしまう。
だが、直ぐに何やら考え込み、努めて平静な表情を作って切り出した。
「それほど感謝してくれるのなら、一つワガママを聞いてくれないかな?」
「はい、俺に出来る事なら」
「じゃあ、ボクの事は麗華と呼んで欲しい」
「最初からそう呼んでいた気がしますが?」
基本的に女子は苗字にさん付けで呼ぶ彼だが、彼女に関してはたまたま、苗字よりも名前の方が耳に残っていたので、麗華先輩と呼んでいたはずだが。
そう告げる宗次に、麗華は呆れと照れともどかしさが混じった、複雑な表情を向ける。
「いや、そうではなくてだね、麗華と――」
「そ、宗次君、無事で良かった!」
イケメンの先輩が何かを言い切る前に、陽向がわざとらしい裏返った大声を上げ、走り寄って宗次に抱き着く――寸前で羞恥に負けて立ち止まり、中途半端に肩を叩いた。
「平坂さんも、無事で安心した」
自分と映助が抜けていた分、心配していたと告げる宗次に、陽向は頷き返しつつ、それとなく手を引いて、イケメン女子から遠ざけようとする。
しかし、麗華はそれをさせまいと、反対の手を掴むのだった。
「子猫ちゃん、悪いけど手を放してくれないかな? 彼とはまだ大切な話があるんだ」
「すみません先輩、これから分隊の仲間内で大事な話があるんです」
表向きは笑顔を浮かべながらも、女子二人の間で激しい火花が散る。
「いや~、ヘタレちゃんにしては随分と攻めましたね~。解説の一樹ちゃんはどう思われますか~?」
「僕に聞かれても困るんですけど」
「ふぁ、ファイトです……っ!」
遠くで仲間達が見守るなか、宗次を挟んだ女子二人の鍔迫り合いは激しさを増していく。
「作戦は終わったんですから、先輩と宗次君はもう関係ありませんよね?」
「関係ならあるよ。ボクと彼はあの夜から……ふふっ」
「……冗談はその男みたいな顔だけにして下さい」
「……君の胸の方が、よほど男らしいと思うよ?」
「上等だ、構えなさいよっ!」
「望むところだね」
「二人とも、落ち着いてくれ!」
宗次の制止も虚しく、幻想兵器を構える二人。
せっかく無事に戦いが終わったというのに、修羅場で血が流れるのは勘弁と、流石に周囲の仲間達が止めに入ろうとしたその時、誰かが天を指さして叫んだ。
「おい、あれってまさかっ!?」
その声に釣られて、生徒達は揃って澄み切った青空を見上げ、そして気付いた。
黄金に輝く流星が、東の空から飛んで来るのを。
光は唖然と見上げる彼らの上を通りすぎ、西の地平線へと消えていく。
そして、一拍遅れて眩い閃光が上がり、大地を削る地響きが轟いてくる。
誰が、何をしたのか、通信機から説明を受けずとも、皆は鮮明に理解した。
その上で、心に浮かんだ感情はたった一つである。
「「「遅えよっ!」」」
約三百名のエース隊員達が、一斉にツッコミを青空に響かせた。
「何で今更やねん、四日前に来いや! せめて三十分前に来いや!」
「刹那様の弟君とはいえ、流石にこれは腹に据えかねますわね……」
映助は真っ赤になって怒鳴り散らし、その横では生徒会長の愛璃すら深い溜息を吐いていた。
他の生徒達も同様に、怒りや呆れの感情を、盛大に遅刻をした聖剣の英雄にぶつけている。
「ピラーが破壊されたなら、これは喜ばしい事なんだ。うん、喜ぶべきなのに……」
「先輩、こんな時は優等生面をせずに、怒っていいんですよ?」
先程までいがみ合っていた麗華と陽向も、この時ばかりは意気投合していた。
今この瞬間ほど、エース隊員の心が一つにまとまった事もないであろう。
いや、たった一人だけ、この場で英雄に感謝している者がいた。
隙をついて修羅場からの戦術的撤退を果たしていた、ロマンと甲斐性の無い槍使いである。
「疲れた……」
周りに誰も居ない、装甲車の影に座り込んで、宗次は力なく肩を落とす。
そんな彼の上を、再び黄金の光が通過していく。
特高へと戻って行く英雄の姿を目で追っていると、自然と呟きが漏れた。
「お前も、こんな思いをしているのか?」
性悪な猫かぶりの女子、約三十人に囲まれて毎日を暮す聖剣使いの少年に、宗次は初めて同情を抱く。
もっとも、映助やD組の男子がそれを聞けば「贅沢を言うなっ!」と激怒した事であろうが。
ともあれ、エース隊員達は仲間の死を乗り越え、強敵を打ち倒し、一度は心の折れた英雄が、再び聖剣を手に取った。
それが、新たな戦いを告げる鐘だとしても、宗次は今この瞬間だけ、疲れた体で勝利の余韻を噛みしめるのだった。




