第44話 生贄
六年前は避暑地として賑わっていた軽井沢も、今や無人のゴーストタウンと化していた。
かつてゴルフ場だったと思われる、見通しの良い平野で待ち受けていたエース隊員達の前に、約一時間ぶりに結晶体の群れが現れる。
壁のように密集した約六〇〇体の六角柱と、その背後に隠れた約三〇体の二十面体。
「射撃隊、構え!」
現場指揮官である先山麗華の指示に従い、約五〇名の生徒達が各々の射撃武器を敵に向ける。
そして、いつも通り一五〇mの距離まで引き付けてから、一斉に攻撃を開始した。
伝説の矢や石球や投げ槍が、次々と前面の六角柱を倒していくが、背後に控える二十面体には全く届かない。
「やっぱり、前の敵に防がれちゃう」
「射撃隊、下がれ!」
スリング石を打ち尽くした一樹は、悔しそうに歯噛みしながらも、麗華の指示に従って退いた。
六角柱は四分の一が削られ、残りは約四五〇体。
盾隊を含む約二四〇名のエース隊員が突撃すれば、呆気なく蹴散らせる数である。
だが問題は、背後で不気味に静観を決め込んでいる、正二十面体型であった。
再び対峙した強敵を前に、宗次は気を引き締めながら仲間達に声をかける。
「映助、剛史、頼むぞ」
「任せときっ!」
「やってやるぜ!」
映助は棍棒を、剛史は幅広の斧を掲げて気勢を上げる。
「鴉崎さん、突撃の後は二人を守ってくれ」
「は、はい……っ!」
神奈は緊張した面持ちで、それでも懸命に声を出して盾を構える。
「皆には負担を掛けるが、無理はしないでくれ」
「むしろ、宗次君が一番無茶をしそうで心配なんだけど?」
「まったくだ」
陽向の軽口に、残る五名の分隊員達も笑って頷いた。
「大丈夫、もう無理しない」
「けど、無茶苦茶な真似はしそうですよね~」
心々杏にもからかわれ、そんなに猪武者に見えるかと少しへこみつつ、宗次は隣の三〇分隊、三一分隊の様子を窺う。
彼の助言を聞き入れてくれたようで、棍棒や斧を持った者達を後列に回し、出来るだけ温存しておく隊列を組んでいた。
ならば、彼らの信頼に応えられるよう、後は全力を尽くすのみである。
「今だ、全員突撃っ!」
ついに麗華から号令が上がり、約二四〇名のエース隊員が雄叫びを上げて走り出した。
三〇mラインに到達した瞬間、CEが一斉に赤い光線を放ち、それを最前列の盾隊が防ぎ、次の攻撃がくる五秒の間に、白兵隊が距離を詰めて斬りかかる。
そこまでの流れはいつも通りであった。しかし――
「うわっ! どこから攻撃がっ!?」
「何でこのタイミングで!」
最初の攻撃を終え、硬直したエース隊員に向けて、六角柱達の間にできた僅かな隙間を縫って、後方の二十面体から狙いすました光線が放たれたのだ。
事前に説明を受けていたとはいえ、今までとは全く違う敵の動きに、幾人かの生徒は驚愕して足を止めてしまう。
そこに、五秒のチャージを終えた六角柱達が、無慈悲な追撃を加える。
途端、最前列の生徒達から、一斉に危険を知らせるアラームが鳴り響いた。
「くっ、ここまで厄介だなんて!」
麗華は危険な生徒達に撤退を呼びかけながら、早くもロンゴミアントの能力を解放し、少しでも攻撃を集めて皆の負担が減るよう、CEの群れに突っ込んでいく。
二十面体の狙撃に晒され、中央の三年生が辛くも耐え、右翼の二年生が動揺するなか、左翼に配置された一年D組の面々は、被弾しながらも慌てず攻勢をかけていた。
「うきゃっ! やってくれるですね~っ!」
「豊生君、無理せず下がって!」
「ごめん、後は任せた」
一年D組はこれがまだ二戦目で、CEとの戦いに慣れておらず、変な思い込みや慢心もないため、最大限の警戒心と集中力を発揮できたのが功を奏していた。
そして何より、彼らの前では常に頼れる槍使いが戦ってくれている。
「ふっ! はっ!」
立て続けの二連突きで、宗次は六角柱二体のコアを正確に貫く。
技の硬直で止まった彼に向けて、一体の二十面体から狙撃が飛んでくるが――
「知っている」
硬直していたかに見えた宗次は、膝を抜いて重力に身を任せ、倒れるように真横へと移動して光線の狙撃を回避した。
「やはり、虚実を見分ける目はないか」
技の硬直はあえて見せた偽りの隙、止まれば撃ってくる二十面体を誘い、わざと撃たせて避けたのだ。
実際に一度戦い、二十面体の呼吸をその体で覚えた宗次だからこその絶技である。
「自分、回避は諦めろとか言うとったやん……」
神奈の盾に隠れるように、後方で見守っていた映助は、思わず呆れてツッコンでしまう。
だが、のんびりと観戦している暇はない。
宗次を筆頭に、D組の面々が六角柱を蹴散らした事で、二十面体までの道が開いた。
「映助っ!」
「任せいっ!」
「い、行きます……っ!」
盾を構えた神奈を先頭にして、映助と剛史が二十面体に向かって走り出す。
生徒達の隙を狙い撃っていた二十面体達も、敵の接近に気付いて十本の光線を放ってくる。
「う、うくっ……っ!」
六発は盾で防いだが、残り四発が盾で隠しきれていなかった、神奈の足に突き刺さる。
衝撃に耐えられず立ち止まる彼女を追い抜き、映助と剛史がついに二十面体に接敵した。
「吹っ飛べやっ!」
棍棒を振りかぶった映助の前で、二十面体は反時計回りに高速回転を始める。
矢や投石の射撃、剣の斬撃や槍の突きなど、軽い攻撃は容易く弾いてしまう回転防御。
しかし、映助が繰り出すのはただ硬く重い物をぶつけるという、単純ゆえに防ぐ方法が困難な、原始時代から続く最良の攻撃・棍棒による殴打。
「ホームランっ!」
全力の野球スイングで放たれたヘラクレスの棍棒が、反時計回りの二十面体と衝突し、そして結晶を粉砕した。
「おらっ!」
剛史の方も幅広の斧『金太郎のマサカリ』を振りかぶり、刃が付いていない反対の方をハンマーのように叩き込み、回転する二十面体を無理やり砕く。
結晶の破片をバラ撒きながら、傾く二体の二十面体は、まだコアが生きて赤く輝いていた。
しかし、厄介な回転さえ止まれば、槍使いの良い的でしかない。
「はっ!」
後ろから素早く駆け寄った宗次が、電光石火の二連突きで二体のコアを貫く。
「また横取りかいっ!」
「くるぞ!」
ずるいと叫ぶ呑気な映助に、宗次は鋭く注意を促す。
直後、残っていた二十面体の内、十二体から光線が放たれた。
「ぎょぼっ!」
「くっ……」
映助と剛史は四発ずつくらい、幻想変換器が最初の警告音を鳴らす。
宗次も三発は避けたが、一発が右足に命中した。
「二人とも下がれっ!」
映助と剛史に撤退を呼びかけた瞬間、巨大な炎の柱が二十面体達の中心に生まれ、十体以上も焼き尽くした。
「何やっ!?」
おそらくは、三年生の誰かが放った幻想兵器の能力。
そう察し、宗次は熱風が吹き荒れる中、残った二十面体に向かって駆けた。
炎の光を浴びて赤く染まった結晶体に向けて、石突で突きかかる。
当然、二十面体は回転してその攻撃を弾いた。
だが、そんな事は想定済み。だからこそ初撃はあえて石突で行ったのだから。
宗次は弾かれた勢いに逆らわず、そのまま槍を半回転させる。
そして、丁度回転を止め、こちらに反撃の光線を放とうとする二十面体に、クロスカウンター気味に蜻蛉切を見舞う。
我流・虚実転身
二十面体を倒すためだけに、夜の校舎裏で編み出した、空壱流には無い新たな技。
止まった蜻蛉さえ切り裂く鋭利な穂先は、あの時と同じように光線すら断ち切り、二十面体のコアを貫いた。
直後、残った二十面体から三本の光線が飛んでくる。
今度は流石に避ける余裕がなく、硬直した宗次の体に全て突き刺さった。
しかし、その時にはもう大局は決していた。
六角柱の始末を終えた三年生達や、三〇分隊、三一分隊という他の一年D組の鈍器持ちが、一斉に取り囲んで残った二十面体を攻撃したのだ。
映助達のように重い棍棒や斧、ハンマーを当てて回転防御を止め、槍や小剣を持った仲間がコアにトドメを差す。
初めての連携とあって、トドメが遅れて再び回転されたり、反撃の光線を受けて退く者も居た。
だが、六角柱という壁を失った狙撃手が、多数に囲まれては無駄な足掻きでしかない。
一分と掛からず二十面体は全て打ち砕かれ、軽井沢の元ゴルフ場に欠片となって散った。
「おっしゃ、勝ったでぇーっ!」
真っ先に勝利の雄叫びを上げた映助に釣られ、荒い息を吐いていた他の生徒達も、揃って武器を掲げ声を張り上げた。
「……勝てたか」
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったよ」
感慨深く呟く宗次の元に、ロンゴミアントを手にした麗華が歩み寄ってくる。
「さっきの動き、君はあれを知っていたんだね?」
「すみません」
「いや、責めている訳じゃないんだ。先生達にでも口止めされていたんだろう?」
頭を下げた宗次に向けて、麗華は慌ててそう告げる。
「新種のCEが現れたなんて、世界的な大事件だからね、伏せておくのも当然さ」
「よく分かりますね」
「これでも、成績は三年のトップなんだ」
白い歯を見せてイケメンな笑みを見せる麗華に、宗次は何と返せば良いか分からず苦笑を浮かべる。
そして、皆で帰ろうと振り返ったその時であった。
「やだ……洋太、目を覚ましてっ!」
少女の悲痛な叫びが、勝利に湧いていた戦場を引き裂く。
冷水を浴びせられたように、ゾッとして目を向けた先では、二年生の女子が目に涙を浮かべ、地面に横たわった同じ二年の男子を揺さぶっていた。
男子の目は焦点を失い、瞬きも呼吸も忘れたように、体はピクリとも動かない。
そう、魂を奪われて人形と化したように。
「やだよ……洋太、洋太ぁぁぁ―――っ!」
少女がいくら名前を呼んでも、少年は二度と目を覚まさない。
彼は二年A組の草壁洋太。
特高の設立から数えて四人目となる、エース隊員の戦死者であった。