第43話 戦士
京子達から新種のCE・正二十面体型の説明を受けた生徒達の反応は、驚愕よりも困惑の方が濃かった。
「本当にこんな丸っこいの居たのか?」
「たいして形は変わらないのに、射程は百m以上? 嘘でしょ?」
「回転して攻撃を弾く? 俺のエッケザックスを止められるとは思わないが」
ヘッドセットの左目側に着けられた透明ディスプレイに、3Dモデルを使った映像まで流して説明したのだが、自分の目で直接確認していないだけに、生徒達の半数は疑いの声を漏らす。
その深刻さに欠ける呟きを耳にして、京子は無言で顔をしかめた。
(まずいわね……)
出現から六年間、全く変化のなかった敵に、いまさら新たな種類が増えたと言われても、にわかに信じ難い気持ちは分かる。
京子とて、リアルタイムで宗次の戦闘を見ていなければ、嘘だと疑っていた事だろう。
(せめて空知君の動画を見せられれば……)
動かぬ証拠を突きつければ、疑っている生徒達も少しは深刻に受け止めてくれるかもしれないが、歯がゆい事にそれは出来ない。
たった一人で二十五体の六角柱型を蹴散らし、新種の二十面体型すら、即座に対策を立てて仕留めた槍使い。
剣の聖女・天道寺刹那を彷彿とさせる、英雄のごときその活躍を、他の生徒達が知ればどうなるか。
まるで王のごとく振舞う聖剣使いへの対抗馬として、担ぎ上げるかもしれない。
そうなれば、たんに天道寺英人の英雄性が薄れて力が弱まるだけでなく、特高を二分する事態にすらなりかねなかった。
(よりによってこんな時にっ!)
どれほど気に入らなくても、天道寺英人の力は強大であり、CEを蹴散らしピラーを破壊するために必要だと分かるから、生徒達は不満を呑み込んでいるのだ。
しかし今、聖剣使いは暴走したうえで勝手に落ち込み、部屋にこもって戦う義務を放棄している。
必死に隠しているこの無様な姿が知られれば、生徒達が天道寺英人を見限り、替わりの英雄を求めたとしても、当然の流れであろう。
(いっそ、空知君の方が英雄だったら……)
京子は思わず嘆きながらも、それが無理な注文だと分かっていた。
幻想兵器を生み出す力、幻子干渉能力とは思い込みの強さ。
故に、冷静に物事を考えられる宗次は、そのために戦士として優秀でありながら、幻想兵器使いとしては二流を抜け出す事が不可能なのだ。
事実、彼の蜻蛉切は鋭いだけで何の特殊能力も無く、幻子装甲も七発程度しかCEの攻撃に耐えられないと比較的脆い。
卓越した体術と槍術による戦闘能力は異常だが、幻想兵器使いとしては落ちこぼれ。
だからこそD組に配置されたのだし、間違ってもピラーを破壊して日本を救う英雄にはなれないのだ。
(それにしても、このままでは……)
京子は無意味な妄想を振り払い、生徒達の様子を窺う。
新種の情報を知らされた生徒達の内、三年生は冷静かつ深刻にその情報を吟味していた。
彼らは特高設立時から戦い続けてきた、いわば古参兵である。
約百六十人しか居なかった頃に、当時は健在だった宮田司令の協力を受けながら、手探りでCEとの戦い方を磨いてきた。
その過程で、不幸にも三名の戦死者(正確には意識不明者だが)を出しており、その重い教訓から慢心や油断はほとんど無い。
新種の登場に驚いてはいるが、それでも京子達から与えられたデータを元に、どう対処するかを分隊の仲間達と話し合っていた。
問題は二年生達である。
彼らは三年生に導かれ、戦法を習い、指示に従って戦い、そして常に勝利を得てきた。
一度の敗北もなく、一人の死者すら出した事がない。
彼らにとってCEとは、勝って当たり前の、変わり映えが無い的でしかないのだ。
(今まではそれでも上手くいっていたけれど、今回は……)
京子と同じ不安を抱いたのだろう、二年の担任教師達がもっと緊張感を持てと叱りつけているが、どれほどの効果が有るか。
彼らの中には、特に『思い込みの力』を強くするために、良い設備や待遇で甘やかされてきた二年A組には、聖剣使いと似た驕りがあり、幻想兵器を使えない大人達への侮りがある。
これが落ちこぼれと言われ、厳しい訓練を課せられてきた二年D組ならば、また話が違うのだが、生憎と一年D組の替わりに特高で待機を命じられている。
(どうすればいいの? 私に何が出来る?)
生徒達を救う手が見つからず、歯噛みする京子の耳に、ふと静かな声が響いてくる。
『京子先生、ちょっといいですか』
「空知君っ!?」
『お忙しいですか?』
「い、いえ、大丈夫よ」
思わず裏返った声を出して、宗次に訝しまれてしまい、京子は慌てて深呼吸をした。
『あの件ですが、話しても構いませんか?』
口止めされていた、正二十面体型との戦闘。
それを仲間に語ってもよいかと、許可を求めてくる宗次に、京子は様々な影響を考慮した上で頷いた。
「いいわ、ただし一年D組の子達にだけよ」
宗次と接点の少ない二年生には、証拠映像もなく彼が話した所で、大した影響は与えられない。
だが、共に死線を潜り抜けた一年D組の仲間にならば、彼の声は深く響くだろう。
京子はそう考え、英雄への悪影響を敢えて無視して、宗次とD組全員の通信を繋げた。
『ありがとうございます』
礼を告げる彼に、「無事に帰って来てね」と言いかけて、京子は自分のエコヒイキに気付いて、慌てて口を手で塞いだ。
「そんで、あの件って何やねんっ!」
「京子先生と何があったのっ!?」
話を終えた途端、鼻息を荒くした映助と、泣きそうな顔をした陽向に迫られ、宗次は戸惑って首を傾げた。
「初陣の後、俺が一人で馬鹿をやった時の事だ」
「なんや、罰のトイレ掃除が免除でもされるんか?」
「違う。あの時、俺は件の正二十面体型と戦っていた」
「何やてっ!?」
いちいち良いリアクションで驚く映助に、宗次は苦笑してしまう。
「お前も装甲車で轢いていただろ」
「せやったか? あんまり覚えとらんわ」
「言われて見れば、少し違ったような……」
陽向も必死に記憶を探ってみるが、あの時は宗次の事がただ心配で、敵の形状を細かく見ている余裕はなかった。
それに、対戦車ミサイルを浴びて半壊していた所に、装甲車の突撃を受けてほぼコアしか残っていない状態だったので、二十面体と言われても分からなかっただろう。
「とにかく、俺はあれと戦ったんだ」
宗次はそう言って、正二十面体型の動きを事細かに語った。
「じゃあ、あの時に宗次君を追い詰めた奴が、また出たって言うのっ!?」
「うわ~、ヤバイんじゃないですかこれ~?」
同じ装甲車に乗った三十二番隊の仲間だけでなく、通信で話を聞いていた他のD組生徒達からもざわめきが起きる。
D組の中でしっかりと武術を学んでいた者は、宗次と陽向だけのため、二人は皆の練習相手を多く務めていた。
そのため、盾隊と射撃隊を除いた白兵隊の面々は、一度ならず宗次と手合わせしているのだが、まともに一本を取れた者はまだ一人も居ない。
そんな宗次を追い詰めたと聞けば、二十面体型の危険性は嫌でも感じられてしまった。
「ど、どうしましょう……っ!?」
「僕のスリング石じゃ、手前の六角柱が邪魔して届かないでしょうし……」
「ワテ、帰ってもええか?」
慌てる者、考え込む者、あっさり逃亡を目論む者と、騒ぐ皆が落ち着くのを待ってから、宗次は静かに切り出した。
「一応、対策は考えてある」
「何や、それ早う言わんかいっ!」
調子良くツッコンできた映助の裏拳を、いつも通り片手で受け止めつつ、あの日から練って来た対二十面体の戦法を語る。
「攻撃の硬直を狙われるのは仕方がない。回避は諦めて、幻子装甲の余裕が残っている内に下がった方がいい」
二十面体が近くにいる元気な敵と、逃げようとする弱った敵のどちらを狙ってくるのか、残念ながら情報がない今、幻子装甲が半減してブザーが鳴るまで粘るのは危険だった。
「つまり『いのちをだいじに』って事やな」
「そうだ、自分がどの程度まで安全か、皆は分かっていると思う」
幸か不幸か、初陣でD組のほぼ全員が限界寸前まで追い詰められていたので、引き際は嫌でも分かっていた。
「問題は、どうやってあれを倒すかだ」
二十面体の数は約三十体と少ないが、宗次個人の感想を言えば、千体の六角柱型よりも恐ろしい。
長射程で高精度の攻撃も怖いが、蜻蛉切の突きを弾き飛ばした、回転防御が厄介である。
もちろん、あの時とは違って強力な幻想兵器を持つ上級生達がいるので、彼らなら宗次のように苦戦せず、あっさり倒せる可能性もある。
とはいえ、自分達でも倒せる手段を用意しておかなければ、いざ対面した時に焦って命を落としかねない。
だから、宗次は務めて真剣な顔で告げた。
「映助、それと剛史、突撃のさいは少し下がっていてくれ」
「何や、ワテらだけ除け者かいっ!?」
「待てよ、俺だって戦えるぜっ!」
足手まとい扱いされたのかと憤る二人に、宗次はゆっくりと首を横に振ってみせる。
「違う、二人があれを倒すんだ」
「「えっ?」」
自分達の幻想兵器に、新種のCEを倒せる能力などあったかと、映助と剛史は顔を見合わせた。
しかし、別に特殊な力など必要ないのだ。
求められるのは原始時代から連綿と続く、最古にして最良の攻撃手段。
それを説明したうえで、宗次は優しく微笑んだ。
「勝って、皆で帰ろう」
そのために、今まで厳しい訓練を乗り越えてきたのだから。
彼の笑顔に、皆も緊張を吹き飛ばして笑い返した。
「よっしゃ、今日は帰ってすき焼きやっ!」
「「「おぉーっ!」」」
映助の合図で、揃って気合の雄叫びを上げるD組の生徒達。
その声を通信機ごしに聞いてた京子は、微笑ましく思いながらも、「まさか、すき焼きまで私のオゴリになるんじゃ……」と、僅かな不安を抱くのであった。




