表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/125

第42話 悪夢

 新たなピラーに加え、新種のCEが出現するという緊急事態に対し、指揮官である綾子の判断は迅速だった。


「総員撤退、装甲車に搭乗し、軽井沢まで下がれっ!」

『撤退……了解しました』


 現場指揮官である麗華は、その命令を聞いて僅かに驚いたものの、直ぐに従い仲間への指示を始めた。

 一度の攻撃すら加えず敵前逃亡する事に不満を抱く者も、唐突なピラーの出現に怯えていた者も、どうにか混乱せず装甲車に乗り込み、CEが二百m付近まで接近してきた頃には、軽井沢に向かって走り出す事に成功していた。

 それにひとまず安堵しながら、綾子は立て続けに指示を飛ばす


「京子、新種のファイルを生徒達に開示しろ」

「空知君の動画データは?」

「駄目だ、作成した3Dモデルを使って説明しろ」

「了解です」


 開戦から六年、初めてCEの新種が現れたという非常事態は、混乱を招くため出来るだけ伏せておきたかったが、こうなっては仕方がない。

 生徒達への説明は京子や他の教師達に任せ、綾子は次なる手を打つ。


「新町駐屯地に連絡、第12対戦車中隊に出撃を要請しろ」


 小型ピラーから出現した正二十面体型の数は約三十体。

 それに加えて、元からいた六角柱型が約六百体。

 対するエース隊員は、三年が四クラス、二年が三クラス、一年がD組だけの計八クラス、約三百名である。


 本来であれば二倍程度の数など、苦戦する事はなかった。

 しかし、一年の槍使い空知宗次しかまだ戦った事のない新種が、どれほど戦況を揺るがすか分からない。

 ここは戦車隊に砲撃を加えて貰い、CEを半数ほど減らして安全マージンを十分に確保した上で、エース隊が突撃して新種のデータをさらに取る。

 それが最善の作戦であった。しかし――


「色鐘三佐、新町駐屯地が戦車隊は出せないと言っています」

「何だと?」


 出撃拒否と伝えられ、綾子の眉間にしわが寄る。

 その可能性も有りえると、微かに予想していただけに、驚きよりも怒りが滲む。


「替われ、私が直接話す」


 綾子は手元の受話器を取り、新町駐屯地の司令官に直接電話をかける。

 誰からの電話か、分かった上で無視しているのだろうと勘繰りたくなるほど、長いコール音の末に、低いダミ声が響いてきた。


『何の用かね、色鐘三佐』

「風見一佐、軽井沢方面に進行中のCEを撃退するため、第12対戦車中隊に出撃して頂きたい」


 分かっているくせに言わせるなという怒りを飲み込み、綾子は新町駐屯地の司令官・風見正紀かざみまさのりに、努めて平静な声で出撃を願う。

 だが、風見はそれを鼻で笑って拒絶した。


『黒檜山を含む他方面からCE襲撃の可能性がある以上、うちの戦車隊を動かす事はできんな』


 彼の主張は何も間違ってはいない。

 再び前橋市に、またはより首都に近い伊勢崎や本庄に、小型ピラーが出現しないという保証はどこにもないのだから。

 綾子とてその可能性を危惧していたから、今日は二年D組と一年の三クラスを特高に残しているのだ。

 しかし、このまま新種を含むCEとの戦闘になれば、エース隊員に犠牲が出かねない。


「エース隊二個小隊を直ちに特高まで戻し警戒に当たらせます。その替わりに戦車隊を出して頂きたい」


 CEとの戦闘、それも入り組んだ市街地戦を想定するならば、小回りのきくエース隊員の方が戦車よりも遥かに有効である。

 逆に開けた平地で砲撃を加えられるなら、戦車隊は新種のCEが相手だろうと、有利に戦えるだろう。

 物資不足の状況で、貴重な弾薬を消費するのは痛いが、それ以上に貴重なエース隊員の命には代えられない。

 綾子はそう頼み込むが、風見が首を縦に振る事はなかった。


『なんと言われようと、戦車隊を出すつもりはないな。CEはご自慢のエース隊でいつものように撃退してくれたまえ』


 せせら笑う風見の胸にあるのは、国を守る自衛官の魂ではなく、権力に溺れた者のドス黒い感情。

 自分達大人を差し置いて、戦場で活躍する子供達への醜い嫉妬。

 エース隊の指揮官となった事で、若い女性でありながら三佐にまで上り詰めた、綾子への差別と侮蔑。

 つまり『ただ気にくわない』という感情だけで、風見という司令官は大局も見ず、綾子の申し出を断り、特高の生徒達を危険に晒そうというのだ。


(この俗物がっ!)


 綾子は喉元まで出かかった罵声を、必死の思いで飲み込む。

 こんな男であろうとも、階級が上の人物に罵声を吐くわけにはいかない。

 今ここで、上官侮辱なんてくだらない罪で綾子の足を引っ張られては、それこそ風見やその背後に居るであろう、売国者達につけ入る隙を与えてしまう。


(宮田司令が居てくれれば……)


 詮無き事と分かっていても、綾子はそう悔やまずにいられない。

 宮田大介みやただいすけ元一佐、風見の前に新町駐屯地の司令官を務めていた人物。

 六年前、CEの出現当時から群馬を守り続けていた、それこそ英雄と呼ぶべき人である。


 敵の正体が何も分からない初期から友軍を支え、幻想兵器なんて怪しい武器を振るう少女、天道寺刹那にも理解を示し協力をしてくれた。

 刹那の死後、打ちひしがれた綾子達に代わって戦線を守り続け、ようやく特高が立ち上がってからも、まだ数が少ないエース隊員を支えるため、あの手この手で政府から車両や弾薬を引っ張り出し、戦車隊を率いて支援をしてくた。

 そんな宮田司令がいてくれれば、今日とて二つ返事で援軍を回してくれただろう。

 だが、もう彼は自衛隊に居ない、半年前に退官してしまった。


 表向きは高齢と体調不良が原因という事になっていたが、事実は違う。

 当時、大学二年生であった彼の末っ子が自殺したのだ。

 元々、勇敢な宮田指令とは真逆の、大人しい青年であったらしい。

 それが初めて出来た恋人に誘われ、CEを神の使いと崇拝する宗教にはまり、封鎖線を潜り抜けて長野ピラーへと向かい、結晶体の群れに魂を捧げるという形で命を絶った。

 CEと戦ってきた自衛隊の司令官、その息子がCEに望んで殺される。

 もしも、これが神の定めた運命だと言うならば、あまりにも惨すぎる結末。


「自分の子供一人守れなかった私に、特高の子供達を守る資格なんてないよ……」


 一気に二十歳以上も老け込んだ顔で、そう言い残して去っていた宮田元指令を、綾子も駐屯地の部下達も、誰一人として引き留める事が出来なかった。

 だから、急な司令官の交代は仕方ないにしても、どうして風間のような俗物が――と、胸の内で呪っていた綾子の耳に、また不快なダミ声が響いてくる。


『それに、これは君達にとっても好都合なのではないかね』

「好都合?」


 虚を突かれて訝しむ綾子に、風間は知恵の実を進める蛇のごとく、絡み付くように告げた。


『味方の窮地を知り、挫折から這い上がる……君らご自慢の英雄とやらが、実に好みそうなシチュエーションではないのかね』

「――っ!?」


 ゾッと凍り付くような寒気に襲われ、綾子は言葉を失った。

 駐屯地の司令官という立場上、風間は幻想兵器の詳細を知らされているし、天道寺英人の無断出撃とその顛末も知っている。

 だから、その発想が出た事自体はそこまで驚きに値しない。

 ただ、綾子が考えつかなかった、考えないようにしていたその指摘が、あまりにもおぞましかったのだ。


『ご自慢の英雄は、苦境を乗り越えるほど強くなるそうではないか』


 それは確かに事実、天道寺英人の幻想兵器『機械仕掛けの英雄』は、まさに物語の主役のごとく、ピンチから奇跡の逆転を果たしてパワーアップを成し遂げていた。

 一度目は入学式での稼働テスト、本来予定していた一年A組の高飛車な少女ではなく、空知宗次との試合になったが、見事に倒された後、『機械仕掛けの英雄』が生み出している子幻想兵器サブ・ファンタズム・ウェポン『エクスカリバー』の能力を解放してみせた。

 二度目も宗次との試合、完膚なきまでに敗北しながらも、綾子やA組の女子が時間を稼いでいる間に、二つ目の子幻想兵器『ヘルメスのサンダル』を生み出してみせた。


 伝説の剣や槍が、多少の誤差や曲解を含みながらも、その逸話通りの能力を発揮するように、『英雄』という概念そのものを幻想兵器とした天道寺英人は、皆が望む英雄通りの活躍をしてみせるのだ。

 ならば、今回とて『皆が望む通り』に立ち直るのだろう。

 CEに敗れて助けを呼ぶ、弱く哀れなエース隊員達という、英雄を輝かせる脇役を犠牲にしたうえで。


(馬鹿な、ありえんっ!)


 頭に浮かんだ妄想を、綾子は必死に追い払う。

 天道寺英人が、天道寺刹那の弟が、ただ『英雄に相応しい格好良いシチュエーション』なんてふざけたモノのために、誰かの犠牲を望むはずがない。

 脱走してピラーの破壊に失敗して以来、寮の自室に引きこもり、千影沢音姫達の入室さえ拒んで出て来ないのとて、あくまで傷心が原因。

 まさか風間の言うような状況を望んで、犠牲が出るのを待っているなんて、そんなドブ以下の吐き気を催す思惑からなんて事は絶対にない……ないと、信じたい。


『――では、御武運を祈っているよ』

「…………」


 風間が何か喋りたて、一方的に電話を切るまでの間、綾子はおぞましい妄想に捕われて、反論の一言すら告げられなかった。

 ただ、青ざめた表情で受話器を置くと、訝しむオペレーターに指示を送る。


「防衛大臣と総理に連絡、風間指令に命令を出して、新町駐屯地を動かすよう求めてくれ」

「……了解」


 おそらく、多忙を理由に無視されるか、検討に時間が必要だという事実上の拒否を示されるか、どちらかだろうと覚悟しつつ、オペレーターは各所への連絡を始めた。

 生徒達が下がった軽井沢の防衛ラインまで、新種を含むCEが到着するまで残り約三十分。

 政治家の重い腰を動かすには、あまりにも短すぎる時間であった。


「くそっ……」


 己の無力さと、英雄という悪夢に苛まれて顔を覆う綾子の姿を見て、生徒達への説明を終えた京子は、ふと脳裏にある事を思い出す。

 聖剣の英雄を「怖い」と称した、槍使いの少年が呟いた言葉。


 ――あいつはいったい『何』なんだ?


 彼女達が生み出した『機械仕掛けの英雄』という操り人形は、その糸を断ち切って別の『何か』に変貌を遂げようとしてるのではないか。

 そんな『幻想』さえも、幻子は伝えて現実と化すのではないか。

 それこそが恐ろしくて、京子は必死に己の妄想を振り払った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ