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第41話 悪魔

 学生寮から聖剣使いが飛び出していくのを目撃した金曜日の夜から、何事もなく土日が過ぎて月曜日の朝。

 宗次は映助達と共に早くから登校し、学生食堂に朝飯を食べに向かう。

 先に来ていた上級生達も、前の戦闘から一週間近くたち、少しは心の整理が付いたのか、無力感は薄れているようであった。


 とはいえ、心の底でどう思っているのかは分からず、仮に分かったとしても、宗次に掛けられる言葉はない。

 彼は黙って納豆ご飯と山菜の定食を受け取り、いつも通りの席に着く。

 そして、食べ始めてからふと気づいた。


「居ないな」

「うん? ホンマや、スケコマシがおらんな」


 宗次の視線に釣られ、映助も食堂の奥を見て驚いた。

 高級テーブルが並べられたA組用の特別エリアに、普段なら美少女に囲まれて男子達の嫉妬を一身に集めている、天道寺英人の姿が今日に限ってない。


「それに、霧恵ちゃんもおらんな」

「誰だ?」

「ショートボブの大人しい感じのEカップ美少女やん、知らんのか?」

「分からん」


 A組の女子はその性格はともかく、皆揃って整った顔をしていたので、宗次には見分けがつかなかった。

 唯一、見分けがつく千影沢音姫も、探してみたが見当たらない。


「何かあったな」

「まさか足腰も立たんくらい、霧恵ちゃん達とサタデーナイトにフィーバーしおったんかっ!? 許せん、ワテも混ぜんかいっ!」

「うるさいわよエロ助」


 煩悩を大声で叫ぶ映助の頭に、遅れて来た陽向がチョップをかます横で、宗次は一人考え込む。


(まさか、天道寺英人があのまま帰っていないのか?)


 それならば、もっと大騒ぎになっていそうなものだが、静まり返って食事をする一年A組の女子からは、焦りの気配は伺えない。

 むしろ、何かに苛立ちピリピリと殺気立ちながら、互いを監視しているような気配が漂っていた。


(千影沢音姫を探して、聞いてみるか?)


 一瞬そう考えたが、宗次は直ぐに頭を振って諦めた。

 彼女はストレス発散と称して、普通の生徒は知らない、知ってはいけない事を宗次に漏らしていたようだが、本当に危険な秘密はおそらく喋らないだろう。

 そもそも、いくつか漏らした事とて、宗次が人に言いふらさない性格だと、確信した上での行為であろう。

 もしも、彼が迂闊に口を滑らせたなら、その時は間違いなく封じにくる。

 今度は本物の刃を手に、音もなく背中に忍び寄って。

 だから、天道寺英人の不在を訪ねても、理由を教えてはくれまい。だいいち――


「あいつは、性格が悪いからな」


 ポツリと、思わず声に出してしまう。


「――っ!? 何故か嫌な予感が」


 それを聞いた陽向は、妙な寒気に襲われて、思わず掻き混ぜ中の納豆を取り落とすのだった。




 天道寺英人が不在の理由、それは意外と早く気付かされる事となった。


「次にCEの襲来が起きた時、一年D組も出撃する事になった」


 授業開始そうそう、厳しい顔でそう切り出してきた大馬に、D組一同は驚いて一瞬言葉を失った。

 しかし、直ぐに気持ちを切り替え、力強く笑ってみせた。


「ふっ、ようやくワテの出番か、腕が鳴るわ」

「前も同じような事を言ってませんでしたっけ?」

「だ、大丈夫かな……っ?」

「あんなに練習したんだもの、転んだりしないわよ」


 まだ不安はあるものの、一週間の分隊訓練に加え、突然の初陣を乗り切ったという経験が、彼らに自信を与えていた。

 とはいえ、疑問の声も上がる。


「先生~、ハーレム君が居るなら、私達が出る必要なくないですか~」


 たった一人で、CEの群れを撃退してみせた聖剣使い。

 彼が居れば自分達など不要ではないかと、上級生でなくとも考えて当然であった。

 しかし、大馬はその質問を予想していたように、全く表情を変えずに答える。


「一人にばかり負担をかけて、潰れられても困るからな。それに、諸君らもさらなる実戦を詰んでおかないと、いざという時に困るだろ」


 いくら強くても、聖剣使いの英雄はたった一人しか居ない。

 またCEから挟撃を受けたりすれば、彼一人では対処できないのだから、その時にしっかりと戦えるよう、他の一年生達も鍛えておかなければならない。

 一部の隙も無い正論だけに、D組の面々は納得して頷いた。

 ただ、あの夜の飛び去る光と、狼狽した音姫を知る宗次だけが、微かな不安を抱く。


(まさか、天道寺英人が戦えない?)


 飛び去った後で怪我を負ったのか、倒れるほど疲弊したのか、何らかの理由で今は戦えないから、宗次達D組にお鉢が回ってきたのではないか。

 根拠の薄い思いつきだが、妙に硬い大馬の表情からも、そんな気がしてならなかった。

 とはいえ、いかなる理由であろうとも、宗次に出来る事は変わらない。


(戦ってCEを倒す)


 それだけが彼に出来る事であり、そのために特高へ来たのだ。

 映助や陽向達という仲間を守るために、ラーメン屋の店主や娘さんのような人々が、安心して暮らせるように、ただ戦い敵を屠る。

 それが蜻蛉切を振るう意味なのだと、ここに来て学んだのだから。

 決意も新たにする彼らに、出撃命令が下ったのは、次の日の早朝であった。





「また飯の時間に襲ってくるとか、嫌がらせかっ!」


 朝食のオムレツに箸をつけた所で、出撃のサイレンが鳴り響き、ほとんど食べられずに装甲車に乗り込む事となった映助が、盛大に愚痴をこぼす。


「偶然でしょうが、困りますよね」

「そうだな」


 一樹に頷き返しつつも、満腹よりは空腹の方が動きやすいと宗次は思う。

 それに、空腹を嘆くくらいの余裕がある方が、無駄に緊張しているよりは良いだろう。


「まったく、飯くらいしか楽しみがねえのに、やってらんねえぜ」

「とか言って、昨日も夜までゲームしてたよね」

「君達、夜更かしは駄目じゃないか、常に万全の体調を整えないと!」


 剛史、豊生、優太の三人も、気を張らずお喋りをしており。


「飴ちゃん食べますか~?」

「いいの? ありがとう」

「何で飴を持ち込んでるのよ、貰うけど」

「ま、抹茶味がいいです……」

「私も今度からガムか何か持ち歩こうかな」

「陽向お姉様、愛しています」


 女子六人にいたっては、心々杏が装甲車にあらかじめ隠しておいた、お菓子を食べ始める余裕っぷりである。


(いいコンディションだ)


 空元気も混じってはいるだろうが、初陣のような張り詰めた危うい空気はなく、適度な緊張とやる気が保たれている。


(上級生達も問題はなさそうだったな)


 聖剣使いの力を見せつけられ、無力感に苛まれたとはいえ、一年以上もCEと戦い続けてきた歴戦の戦士達である。

 戦闘となれば気持ちを切り替え、今まで通りの活躍を見せてくれるだろう。

 だから、宗次だけではなく、一年D組も上級生達も、指揮所で見守る教師達も、誰もがいつも通りに戦い、いつも通りに勝てると思っていた。

 ――勝ったと確信した時こそ、敗北は忍び寄ってくる。

 という、宗次の祖父が伝えた格言を忘れて。


『総員、降車せよ』


 装甲車が停止すると同時に、ヘッドセットから声が響き、D組の面々は後部扉から順々に降り立った。

 一面焼け野原となったCEとの主戦場、長野県御代田町の光景を初めて肉眼で見ながら、先に整列を終えていた上級生達の元に急ぐ。


「やあ皆、今日はあまり気負わず、ボク達に頼ってくれたまえ」


 三年A組の分隊長であり、実質の指揮官である先山麗華が、宗次達の姿を見て優しく笑いかけてくる。

 それに羨望や苦笑や呆れなど、それぞれの感情を浮かべつつ、一年D組は陣形の左端へと移動してその場に座り込む。

 そして待つこと三十分、きらめく六角柱の群れが荒野へと姿を現した。


「来おったな」


 生徒達は一斉に腰を上げて、幻想兵器を構えだす。

 そして、百五十mの距離まで引き付けてから、一斉射撃を浴びせる――はずだった。


「……何だ?」


 油断なく敵を睨んでいた生徒達が、揃って引っかかりを覚える。

 常に淀みなく一定の速度で進行してくるCEが、五百mほど前方で急に停止したのだ。


「綾子先生、CEが止まったように見えるのですが」

『こちらでも確認した、確かに停止している』


 指揮所に連絡をする麗華に、綾子も衛星写真を見ながら、不審そうに眉をひそめた。

 CEが今までに見せた事のない動きであり、迂闊に動くのは危ぶまれるが、かといって睨み合いを続けては、体力も精神も疲弊するこちらの方が不利。

 攻めるか待つか、検討を始めたその時である。


 キイイイィィィ―――ンッ!


 不意にCEの方から甲高い音が響いてきて、思わず耳を手で押さえる生徒達の前で、それは地面から突如生えてきた。

 七色に変化する美しくも不気味な光を放つ、三階建ての家ほどもある結晶の柱。

 ピラー、前橋市に現れたのと同等の、CEを生み出す魔の拠点。


「な、何でここにっ!?」


 驚愕して固まる生徒達の中で、宗次は一人、額に冷たい汗を浮かべていた。


「……来たか」


 ピラーが現れたからではない。そこから出現したモノこそが問題だったのだ。

 何も知らず遠目から見ていては、他のCEと混同してしまいそうな、だが確実に形状が、そして能力が桁違いの個体。

 正二十面体型タイプ・イコンサ・へドロン――宗次を死の淵まで追いつめた新種のCEが、再びその姿を現したのだ。


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