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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第6章・戦士の休日、不穏の前奏
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第38話 パンドラの箱

 宗次が聖剣使いを信奉する一年A組の女子だけでなく、イケメン麗華のファンという、少なくない女子からも恨まれる事になってから、丁度十八時間後の事である。

 朝の四時、まだ誰もが眠っている時刻、十二棟もある特高の寮全てで、『ウゥーッ!』とCEの襲来を知らせるサイレンが鳴り響いた。


「来たか」


 実家に居た頃は祖父母に合わせて、午前五時頃には起きていた宗次は、一瞬で覚醒して布団から飛び出て、玄関に向かって走った。

 寝る時は学校指定のジャージを着て、直ぐに出撃できるように備えていたので問題もない。

 そうして、誰よりも早く部屋を出て寮の階段を駆け下りている時、サイレンに続いて人の声が鳴り響いた。


『二年A組、一年B組、一年C組、一年D組の生徒は、教室に集合して待機してください。繰り返します、二年A組――』

「教室で待機か」


 その命令自体は意外でもなかった。

 一年はまだ分隊分けを終えたばかりで、分隊行動の練習も始めたばかり。

 まだ実戦に投入できるほど慣れておらず、下手をすれば二年、三年の足を引っ張りかねない。

 だから、引っかかる点があるとすれば、既に一年もの実戦経験を積んだ二年A組まで、教室待機を命じられた事であろう。


「あぁ、そういう事か」


 宗次は直ぐにその理由を察し、教室に駆け付ける。

 そして、五分ほど遅れて皆が集まり、ようやく説明を始めた大馬の口から、予想が正しかった知らされた。


「諸君と二年A組を残したのは、前回のように別方向からの挟撃を警戒したためだ」


 一年D組の初陣ともなった、黒檜山方面からの奇襲進行。

 それと同じ事が起きない保証はどこにもない。

 むしろ、黒檜山方面からの進行ルートが解明されていない現状、絶対に有ると想定して戦力を残しておかなければ、軽井沢方面に出撃する本隊が安心して戦えない。


「出撃の可能性が高い以上、訓練で消耗するわけにはいかない」


 体力も幻子装甲も、万全の態勢で残しておく必要がある。


「なので、これから座学の授業を行う」

「「「えぇぇぇ――ーっ!」」」


 大場の非情な宣告に、D組の一同は緊迫した現状も忘れて悲鳴を上げた。


「何でやっ!? まだ眠いんやしゆっくり休ませろやっ!」

「ただでさえ訓練や出撃で学習時間が不足しているんだ、これ以上の学力低下は進学に響くぞ」

「なに普通の先公みたいなこと言うとんねん! ワテらエース隊員にそんなん関係あるかっ!」

「「「そうだーっ!」」」


 大声で反論する映助に、ほとんどの男子が追従して声を張り上げる。

 そんな彼らを大馬は叱りつけるでもなく、静かな声で言って聞かせた。


「大学、サークル、飲み会、女子……あとは分かるな?」

「先生、早う授業を始めるでっ!」


 輝かしいキャンパスライフに釣られて、馬鹿な男子達は一斉に真剣な顔で教科書と向き合った。


「馬鹿ばっかりね……」

「あのやる気が三日持つか、賭けますか~?」

「さ、三時間も危ういんじゃ……」


 陽向達は呆れつつも、大人しく教科書と向き合った。

 勉強して気でも紛らわせていないと、いつ出現するかも分からないCEを待つなんて、不毛な事で精神を疲弊させてしまうからだ。

 そうして一時間が経ち、二時間が過ぎ、軽井沢方面での戦闘が終結しても、黒檜山方面からの襲撃は無かった。


「『勝ったと確信した時こそ、敗北は忍び寄ってくる』か」


 昨日、麗華に語った祖父の言葉を思い出し、宗次は気を緩めぬよう心掛けたが、今回ばかりは杞憂だったらしい。

 上級生達が無事に帰ってきた頃には、警戒態勢も解除され、普段の授業風景に戻っていった。

 ただし、不穏な足音は宗次の思いもよらない形で、既に特高を包みこんでいた。

 彼らがそれを知ったのは、昼を迎えてからの事である。





「……何だ?」


 楽しい昼飯の時間となり、学生食堂に足を踏み入れた途端、宗次は普段と全く違う空気を感じて足を止めた。

 いや、彼だけではない。映助や陽向達、一年D組の全員がハッキリと分かるほど、食堂の雰囲気が違ったのだ。

 破裂する寸前の風船を思わせる、ピリピリと張り詰めた空気。

 一方、濁った沼のような重苦しさも感じられる。

 そんな、怒りと諦観が入り混じった負の感情を、先に来ていた二年と三年の生徒が発していたのだ。

 唯一、食堂の一番奥に設けられた、豪華な席に着く一年A組の面々だけが、喜色満面で聖剣使い・天道寺英人を褒め称えている。


「何やこれ、まるでお通夜やんか」

「ちょっと、縁起でもない事を言わないでよ」


 今日の献立、サバ味噌定食を受け取りながら、陽向は小声で映助を注意する。

 もしかして、本当に誰かが戦闘で死亡(正確には意識不明の昏睡状態だが)となり、それを悼み悔やんでいるかもしれないのだから。

 ただ、それは誤解である事と、直ぐにイケメン女子の口から明かされる事になった。


「やあ、隣の席いいかな?」

「……どうぞ」


 昨日の頬っぺたチュー騒動を全く窺わせない、普段通りの爽やかな笑みで現れた麗華に、宗次は少し面くらいつつも隣の椅子を引く。

 その光景を見て、陽向はまたムッと頬を膨らませるが、流石にこんな時までヤキモチを爆発させたりはしない。


「先輩、これは何があったんですか?」

「ごめんね、またご飯を不味くさせてしまったようで」


 自分のせいでもないが、麗華はそう謝ってから、声を抑えて話し出した。


「今日の戦闘で、ボク達上級生はまるで活躍できなかったから、それでヘコんでいるのさ」

「上級生が活躍できない……あっ」


 言っている最中で、一樹も他の皆も気づいた。

 教室待機を命じられていたのは、二年A組に加えて一年B組、C組、そしてD組。

 つまり、一年A組は軽井沢方面での戦闘に参加していたのだ。

 そして、一年A組と言えば、D組にとっての疫病神が居るではないか。

 もはや英雄の弟ではなく、新たな英雄となった聖剣使い、天道寺英人が。


「あ、あの人が、全部……?」


 まさかという疑いと、やはりという確信を込めて問うた神奈に、麗華は苦い笑みを浮かべて頷いた。


「聖剣のビームを横一文字に払って終わり、カップ麺が出来るより早かったんじゃないかな」


 ヘルメスのサンダルで空を飛んで接近し、射程三十mの光線が届かぬ上空から、一方的に広範囲の攻撃で一掃する。

 それはもはや戦闘ではない、ただの蹂躙、もしくはゴミ掃除だ。

 今まで命を賭けて戦ってきた二年生と三年生、合わせて約三百名が深い絶望と無力感を覚えるくらい、あっさりと呆気ない。


「…………」


 その気持ちを想像し、宗次達は誰もが押し黙る。

 彼ら一年生はまだいい。実戦はまだ一度きりだし、入学した当初から聖剣の脅威を知っていたから。

 だが、上級生達は違う。

 汗水を垂らし厳しい訓練を積み、死の恐怖に震えながらも、必死にCEと立ち向かってきたのだ。


 なかでも、対CEの戦術が確立する前であり、たった百六十名の新入生した居なかった時代を知る、特高の初代入学生こと現在の三年生達は、やりきれない気持ちであろう。

 彼らは同級生を、戦いの中で喪っていたのだから。

 あの悲しみを胸に、それでも人々のためにと、恐怖を乗り越えて戦い続けてきた日々。

 努力が、友情が、全て取るに足りぬ、掃けば吹き飛ぶゴミだとでも言うような、絶望的な希望の光景を見せられたのだから。

 たった一人でCEの大軍を薙ぎ払う、英雄の次元が違う力を。


「俺達は、いったい何のために……」


 誰かの漏らした小さな呟きが、静まり返った食堂の中に響き渡る。

 けれど、その儚い嘆きは、高級料理が並んだ豪華なテーブルに着き、美少女達の賞賛を浴びる英雄には、決して届かないのであった。


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