第37話 聖槍
射撃の後に突撃という、分隊での動きを十度繰り返したところで、大馬は手を叩いて生徒達を止めた
「よし、一度十分の休憩を取る」
矢や投石を放つ射撃隊、攻撃を集中的に受ける盾隊は、幻子干渉能力の消耗が激しいため、あまり連続での訓練は事故の危険が有るからだ。
「はぁ~、結構疲れるわね」
陽向をはじめ、白兵隊の面々はまだ余裕があったが、五十mダッシュの連続とあって、額には汗が浮かんでいる。
「あの性悪三年ども、容赦なしやしな」
盾隊だけでなく、後ろの白兵隊まで矢や投石で何度も転ばされて、映助のジャージは土で真っ黒になっていた。
「しかし、良い訓練になった」
「そりゃあ、宗次ちゃんは良いですけどね~」
土埃一つない宗次を、心々杏が尻の土を払いながら恨めしそうに見上げる。
そんな彼らの元に、イケメンの先輩女子が歩み寄ってきた。
「やあ宗次君、元気そうだね」
「はい、先輩も」
「なに普通の挨拶してんねん」
映助のツッコミを気にした様子もなく、麗華は女子を魅了する微笑みを浮かべて告げる。
「単刀直入に言おう、ボクと試合をしてくれないかい?」
「はい、分かりました」
「即決かいっ!」
驚く映助達を余所に、宗次はタブレットPCを弄っていた大馬を呼ぶ。
「先生、麗華先輩と試合をしたいのですが、構いませんか」
「先山とだと?」
大馬は驚いて目を見開くが、笑顔で手を振る麗華を見て、少しだけ考えて頷いた。
「いいだろう、お前達ならやりすぎる事もあるまい」
そう言ってタブレットを操作し、幻子装甲が半減したら両者の幻想兵器が消えるよう、試合の設定を行う。
「では、早速お願いしようかな」
「よろしくお願いします」
二人は距離を取って向き合うと、同時に己の獲物を呼んだ。
「「武装化」」
宗次の手に現れるのは、広い穂先を持った天下三名槍・蜻蛉切。
対する麗華の手に現れたのは、真っ白な美しい槍。
作りから西洋の物だとは分かるが、伝承や由来までは判別がつかない。
「何やイケメンにお似合いの槍やな」
「むぅ、宗次君とお揃いか……」
「陽向ちゃん、最近思考がヤバくないですか~?」
羨ましいと爪を噛む友人を、心々杏はちょっと引いた眼差しで見る。
そんな外野を余所に、二人の槍使いはジリジリとすり足で距離を詰めていった。
「はっ!」
先に動いたのは麗華、裂帛の掛け声と共に突きを放つ。
宗次はそれを穂先で払い、返しの突きを繰り出す。
しかし、麗華は横に飛んでそれを避けると、槍を低く払って足を狙った。
だが、宗次は軽く後ろに下がってかわす。
瞬きの間に繰り出された二人の攻防に、観客の一年生と三年生から歓声が起きる。
「凄い、宗次さんと互角にやり合っているっ!」
驚く一樹も見る前で、宗次達は幾度も槍を交わし合う。
それは確かに、傍から見れば互角のやり取りに見えただろう。
しかし、当人達はとっくに互いの技量差を見抜いていた。
「遊ばれてるね」
麗華が悔しさと嬉しさの混じった笑みを浮かべ、顔面に向けて突きを放つ。
しかし、宗次は余裕を持って、首をそらすだけで避けてみせた。
(やはり、我流か)
二年間も訓練と実戦を繰り返してきただけあり、麗華の動きは速く鋭い。
だが、それは西洋のスポーツ学的な速さ――筋肉のバネによって生み出される、トップ・スピードの速さでしかない。
東洋武術の重視する早さ――気配を断ち、予備動作を消し、相手に知覚されない攻撃を放つ、時間を短くする早さではなかった。
(足が出て、肩が動いた……来る)
槍を持った手よりも前に、体の節々が微かに動く。
その機微を感じ取れば、どのタイミングでどこを攻撃されるか、一秒前には分かって余裕を持って避けられた。
(惜しいな……)
優秀な師が居れば、麗華ならもっと素晴らしい槍使いに成れた事だろう。
ただ、それは贅沢な望みであり、無意味であろう事も宗次は分かっていた。
(CEが相手ではな)
人と違い、目や耳が有るかも疑わしい結晶体と戦うのに、対人用に磨かれてきた古武術は、無駄とまでは言わないが、効率的とも言えない。
特に、剣や斧、棍棒や弓など様々な種類の武器が溢れるこの特高では、わざわざ武器ごとに教師を用意するわけにもいかないだろう。
結局は、武器を存分に振り回せる筋肉と体力だけを鍛えて、技は本人任せで二の次にせざるをえない。
CEを倒すだけならば、それで十分なのだから仕方がない話だ。それに――
「やはり、君相手に出し惜しみはできないか」
自分の攻撃が掠りもしない事に、麗華はむしろ喜びを浮かべ、百合のように白く気高い己の槍を胸に抱く。
彼女達、エース隊員の本領はその技ではない。
手にした幻想兵器、人々の想いが集まった伝説の力。
「咲き誇れ、王の聖槍」
麗華の赤い唇が、白い槍の柄に触れる。
途端、眩く神々しい光が、彼女の全身を包み込んだ。
「ロンゴミアント……アーサー王の槍?」
名前は宗次も聞き覚えがある。だが、能力は何だったろうか?
戸惑う彼に向けて、麗華は力強く大地を蹴った。
「さあ、第二幕といこう!」
速いだけの真っ直ぐで無謀な突進に、宗次は当然のごとく迎撃の突きを放つ。
だが、触れた蜻蛉さえ切り裂く名槍は、麗華の体を包む神々しい光によって弾き飛ばされてしう。
「何っ!?」
「卑怯とは言わないでくれたまえ」
悪戯っぽく笑って繰り出された聖槍を、宗次はギリギリで避けて、蜻蛉切を半回転させて石突で麗華の側頭部を打つ。
だが、これも光によって弾かれてしまい、一転不利と化した彼は、慌てて下がり距離を取った。
「幻子装甲よりも強力なバリア?」
「その通り、皆は『聖なる加護』と呼んでいるけれどね」
神々しい光を放つ麗華の美しい姿に、「キャー、麗華様ステキっ!」と三年の女子ファンから黄色い歓声が飛ぶ。
「時間制限は有るけれど、その間はどんな攻撃も通した事はないよ」
どこから攻撃されるか分からない乱戦中であろうとも、CEの光線を全て無効にして、冷静に周りへの指示や救助を行える。
この聖槍の力が有るからこそ、麗華は生徒会長を押しのけて、エース大隊の総指揮任されているのだ。
「ロンゴミアントにそんな伝承が有ったとは、初耳ですが」
「だろうね、所有者のアーサー王はこれを使っていた時に、息子のモルドレッドに致命傷を負わされているしね」
訝しむ宗次に、麗華も苦笑して頷いてみせる。
アーサー王物語の最終場面、有名な『カムランの戦い』において、王が息子を殺した槍こそがロンゴミアント。
だが、聖槍と呼ばれるのは、そんな血なまぐさい逸話のせいではない。
「ロンゴミアントはキリストを貫いた槍『ロンギヌスの槍』と同一視される事もある、いわば神の子の血を受けた聖槍だからね、その辺りが解釈されたんじゃないかな?」
「なるほど」
「あと、ボク達の担任は『世界的に有名なカードゲームで、その名前のカードが有ったから、そちらの影響も有るんじゃないか』と言っていたよ」
「カードゲームですか?」
生憎と宗次も麗華もそのゲームを知らないので、具体的な影響は分からなかったが。
とはいえ、幻想兵器として生み出されるのは、原典に縛られず誤解や曲解も含んだ、人々のあらゆる想像が集まった武器。
世界的な創作物ならば、大きな影響を受けているのだろう。
「さて、無駄話はお終いだよ」
聖なる加護の制限時間は約五分、光の巨人よりはマシだが長くはない。
無敵が切れる前に押し切ると、麗華は普段の優雅な振舞いからは縁遠い、荒々しく強引な攻めを繰り出してくる。
いくら技量の差があるとはいえ、防御不要の捨て身攻撃を連発されては、宗次とて捌き切れない。
「――っ!」
麗華の強力な薙ぎ払いを受けて、宗次の手から蜻蛉切が弾き飛ばされる。
「宗次君っ!?」
「貰ったよ!」
陽向達一年D組から悲鳴が上がるなか、麗華はトドメの突きを見舞う。
だが、それこそが過ち。
勝ったという確信と興奮が、普段は冷静で頭の回る彼女から、疑いの心を奪ってしまう。
全てが誘われ、打たされた突きだという事に。
真芯を捉えたかに思えた聖槍を、宗次は体を捻って紙一重で受け流す。
「えっ……?」
そして、驚く麗華の前で、ロンゴミアントの柄を両手で握り、全身の力と体重をかけて、ドリルのように捩じり回しながら突いた。
空壱流体術・無槍取り
柳生新陰流の奥義と似た名を持つ、無手による武器の奪取技。
技の直後で固まっていた麗華の細い指が、男の全力に耐えられるはずもない。
聖槍は掌を滑り抜け、持ち主の鳩尾を石突で貫いた。
「がっ……!」
無敵の防御を誇るロンゴミアントの聖なる加護も、己には無効であったらしい。
突き飛ばされ倒れ込む麗華に、宗次は素早く駆け寄って、奪った聖槍を突きつける。
それも、幻想変換器のスイッチを押して聖槍を消されぬよう、右腕を足で踏みつけるという念の入れようで。
「続けますか?」
「……いや、ボクの負けだよ」
麗華は一瞬だけ悔しそうに言葉を詰まらせたが、直ぐに笑って負けを認めた。
その途端、男子と陽向から歓声が、女子一同から悲鳴が上がった。
「よっしゃあ、やったで兄弟っ!」
「流石は宗次君っ!」
「いやー、麗華様ーっ!」
「何か嫌な見覚えが……」
どこかの聖剣使い戦を思い出し、一樹は思わず警戒するが、麗華のファンは行儀が良く、ブーイングや難癖を叫んだりはしなかった。
「残念だよ、勝ったと思ったんだけどね」
「『勝ったと確信した時こそ、敗北は忍び寄ってくる』と、爺ちゃんが言っていました」
「なかなか含蓄のある言葉だね」
「俺もあまり守れてはいませんが」
自分もまだまだ修行中の身だと、宗次は苦笑した。
それに笑い返し、麗華は右手を差し出す。
「ありがとう、楽しい試合だったよ」
「こちらこそ」
宗次は喜んで彼女の手を握り返す。
その瞬間、どこぞの剣道少女がしたように、麗華は彼の手を引っ張った。
「えっ?」
「これはお礼だよ」
そして、どこぞの剣道少女が出来なかった事を平然とやってのける。
驚く宗次の頬に、自分の唇を当てるという行為を。
「いやあああぁぁぁ―――っ!」
「ぎゃあああぁぁぁ―――っ!」
ファンの女子一同、そして陽向の口から壮絶な悲鳴が上がった。
「あの、今のは……」
「おっと、そろそろ時間だね」
戸惑って頬を押える宗次に、麗華は照れたように背を向けて離れてしまう。
「ほら、そろそろ訓練を再開するぞ」
丁度休憩時間も終了したし、放っておくと面倒になると判断した大馬が、手を叩いて生徒達を急かす。
お陰で、三年の麗華ファンが宗次に襲い掛かるという危機は逃れられた。しかし――
「ふふふっ、今日の村雨は血に飢えているわ……」
「陽向ちゃん、ウェイト、ウェイトです~っ!」
「れ、麗華×宗次とかご褒美すぎ、ぶふぅ……っ!」
目を血走らせて刀を抜く陽向を、心々杏が必死に、神奈は麗華(男体化)でのBL妄想で鼻血を吹きつつ、二人がかりで押し止めていた。
その横で、宗次はまだ頬を手で押さえたまま首を捻る。
「あれは、何だったんだ?」
「……知りません」
「妬まし――くないわ、不思議なほどに」
何故か不機嫌そうな一樹と、珍しく騒ぎ立てない映助は、残念ながら彼の問いに答えてはくれなかったが。
後世の作家達がこぞって書いた聖剣の英雄・天道寺英人の物語冒頭には、決まって卑劣で悪辣な槍使いが登場する。
英雄の丁度良い噛ませ役、引き立て役にされるその槍使いには、実在のモデルが存在すると言われていた。
ただし、後世の作家達が参考にしたのは、その槍使いを強烈に敵視していた女子の証言という、天道寺英人を輝かせるのに都合が良い話ばかりであり、実際の人物とはまるで似ても似つかない悪役として書かれている、と反論する書物も少ないが存在した。




