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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第6章・戦士の休日、不穏の前奏
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第37話 聖槍

 射撃の後に突撃という、分隊での動きを十度繰り返したところで、大馬は手を叩いて生徒達を止めた


「よし、一度十分の休憩を取る」


 矢や投石を放つ射撃隊、攻撃を集中的に受ける盾隊は、幻子干渉能力の消耗が激しいため、あまり連続での訓練は事故の危険が有るからだ。


「はぁ~、結構疲れるわね」


 陽向をはじめ、白兵隊の面々はまだ余裕があったが、五十mダッシュの連続とあって、額には汗が浮かんでいる。


「あの性悪三年ども、容赦なしやしな」


 盾隊だけでなく、後ろの白兵隊まで矢や投石で何度も転ばされて、映助のジャージは土で真っ黒になっていた。


「しかし、良い訓練になった」

「そりゃあ、宗次ちゃんは良いですけどね~」


 土埃一つない宗次を、心々杏が尻の土を払いながら恨めしそうに見上げる。

 そんな彼らの元に、イケメンの先輩女子が歩み寄ってきた。


「やあ宗次君、元気そうだね」

「はい、先輩も」

「なに普通の挨拶してんねん」


 映助のツッコミを気にした様子もなく、麗華は女子を魅了する微笑みを浮かべて告げる。


「単刀直入に言おう、ボクと試合をしてくれないかい?」

「はい、分かりました」

「即決かいっ!」


 驚く映助達を余所に、宗次はタブレットPCを弄っていた大馬を呼ぶ。


「先生、麗華先輩と試合をしたいのですが、構いませんか」

「先山とだと?」


 大馬は驚いて目を見開くが、笑顔で手を振る麗華を見て、少しだけ考えて頷いた。


「いいだろう、お前達ならやりすぎる事もあるまい」


 そう言ってタブレットを操作し、幻子装甲が半減したら両者の幻想兵器が消えるよう、試合の設定を行う。


「では、早速お願いしようかな」

「よろしくお願いします」


 二人は距離を取って向き合うと、同時に己の獲物を呼んだ。


「「武装化」」


 宗次の手に現れるのは、広い穂先を持った天下三名槍・蜻蛉切。

 対する麗華の手に現れたのは、真っ白な美しい槍。

 作りから西洋の物だとは分かるが、伝承や由来までは判別がつかない。


「何やイケメンにお似合いの槍やな」

「むぅ、宗次君とお揃いか……」

「陽向ちゃん、最近思考がヤバくないですか~?」


 羨ましいと爪を噛む友人を、心々杏はちょっと引いた眼差しで見る。

 そんな外野を余所に、二人の槍使いはジリジリとすり足で距離を詰めていった。


「はっ!」


 先に動いたのは麗華、裂帛の掛け声と共に突きを放つ。

 宗次はそれを穂先で払い、返しの突きを繰り出す。

 しかし、麗華は横に飛んでそれを避けると、槍を低く払って足を狙った。

 だが、宗次は軽く後ろに下がってかわす。

 瞬きの間に繰り出された二人の攻防に、観客の一年生と三年生から歓声が起きる。


「凄い、宗次さんと互角にやり合っているっ!」


 驚く一樹も見る前で、宗次達は幾度も槍を交わし合う。

 それは確かに、傍から見れば互角のやり取りに見えただろう。

 しかし、当人達はとっくに互いの技量差を見抜いていた。


「遊ばれてるね」


 麗華が悔しさと嬉しさの混じった笑みを浮かべ、顔面に向けて突きを放つ。

 しかし、宗次は余裕を持って、首をそらすだけで避けてみせた。


(やはり、我流か)


 二年間も訓練と実戦を繰り返してきただけあり、麗華の動きは速く鋭い。

 だが、それは西洋のスポーツ学的な速さ――筋肉のバネによって生み出される、トップ・スピードの速さでしかない。

 東洋武術の重視する早さ――気配を断ち、予備動作を消し、相手に知覚されない攻撃を放つ、時間を短くする早さではなかった。


(足が出て、肩が動いた……来る)


 槍を持った手よりも前に、体の節々が微かに動く。

 その機微を感じ取れば、どのタイミングでどこを攻撃されるか、一秒前には分かって余裕を持って避けられた。


(惜しいな……)


 優秀な師が居れば、麗華ならもっと素晴らしい槍使いに成れた事だろう。

 ただ、それは贅沢な望みであり、無意味であろう事も宗次は分かっていた。


(CEが相手ではな)


 人と違い、目や耳が有るかも疑わしい結晶体と戦うのに、対人用に磨かれてきた古武術は、無駄とまでは言わないが、効率的とも言えない。

 特に、剣や斧、棍棒や弓など様々な種類の武器が溢れるこの特高では、わざわざ武器ごとに教師を用意するわけにもいかないだろう。

 結局は、武器を存分に振り回せる筋肉と体力だけを鍛えて、技は本人任せで二の次にせざるをえない。

 CEを倒すだけならば、それで十分なのだから仕方がない話だ。それに――


「やはり、君相手に出し惜しみはできないか」


 自分の攻撃が掠りもしない事に、麗華はむしろ喜びを浮かべ、百合のように白く気高い己の槍を胸に抱く。

 彼女達、エース隊員の本領はその技ではない。

 手にした幻想兵器、人々の想いが集まった伝説の力。


「咲き誇れ、王の聖槍(ロンゴミアント)


 麗華の赤い唇が、白い槍の柄に触れる。

 途端、眩く神々しい光が、彼女の全身を包み込んだ。


「ロンゴミアント……アーサー王の槍?」


 名前は宗次も聞き覚えがある。だが、能力は何だったろうか?

 戸惑う彼に向けて、麗華は力強く大地を蹴った。


「さあ、第二幕といこう!」


 速いだけの真っ直ぐで無謀な突進に、宗次は当然のごとく迎撃の突きを放つ。

 だが、触れた蜻蛉さえ切り裂く名槍は、麗華の体を包む神々しい光によって弾き飛ばされてしう。


「何っ!?」

「卑怯とは言わないでくれたまえ」


 悪戯っぽく笑って繰り出された聖槍を、宗次はギリギリで避けて、蜻蛉切を半回転させて石突で麗華の側頭部を打つ。

 だが、これも光によって弾かれてしまい、一転不利と化した彼は、慌てて下がり距離を取った。


「幻子装甲よりも強力なバリア?」

「その通り、皆は『聖なる加護』と呼んでいるけれどね」


 神々しい光を放つ麗華の美しい姿に、「キャー、麗華様ステキっ!」と三年の女子ファンから黄色い歓声が飛ぶ。


「時間制限は有るけれど、その間はどんな攻撃も通した事はないよ」


 どこから攻撃されるか分からない乱戦中であろうとも、CEの光線を全て無効にして、冷静に周りへの指示や救助を行える。

 この聖槍の力が有るからこそ、麗華は生徒会長を押しのけて、エース大隊の総指揮任されているのだ。


「ロンゴミアントにそんな伝承が有ったとは、初耳ですが」

「だろうね、所有者のアーサー王はこれを使っていた時に、息子のモルドレッドに致命傷を負わされているしね」


 訝しむ宗次に、麗華も苦笑して頷いてみせる。

 アーサー王物語の最終場面、有名な『カムランの戦い』において、王が息子を殺した槍こそがロンゴミアント。

 だが、聖槍と呼ばれるのは、そんな血なまぐさい逸話のせいではない。


「ロンゴミアントはキリストを貫いた槍『ロンギヌスの槍』と同一視される事もある、いわば神の子の血を受けた聖槍だからね、その辺りが解釈されたんじゃないかな?」

「なるほど」

「あと、ボク達の担任は『世界的に有名なカードゲームで、その名前のカードが有ったから、そちらの影響も有るんじゃないか』と言っていたよ」

「カードゲームですか?」


 生憎と宗次も麗華もそのゲームを知らないので、具体的な影響は分からなかったが。

 とはいえ、幻想兵器として生み出されるのは、原典に縛られず誤解や曲解も含んだ、人々のあらゆる想像が集まった武器。

 世界的な創作物ならば、大きな影響を受けているのだろう。


「さて、無駄話はお終いだよ」


 聖なる加護の制限時間は約五分、光の巨人よりはマシだが長くはない。

 無敵が切れる前に押し切ると、麗華は普段の優雅な振舞いからは縁遠い、荒々しく強引な攻めを繰り出してくる。

 いくら技量の差があるとはいえ、防御不要の捨て身攻撃を連発されては、宗次とて捌き切れない。


「――っ!」


 麗華の強力な薙ぎ払いを受けて、宗次の手から蜻蛉切が弾き飛ばされる。


「宗次君っ!?」

「貰ったよ!」


 陽向達一年D組から悲鳴が上がるなか、麗華はトドメの突きを見舞う。

 だが、それこそが過ち。

 勝ったという確信と興奮が、普段は冷静で頭の回る彼女から、疑いの心を奪ってしまう。

 全てが誘われ、打たされた突きだという事に。

 真芯を捉えたかに思えた聖槍を、宗次は体を捻って紙一重で受け流す。


「えっ……?」


 そして、驚く麗華の前で、ロンゴミアントの柄を両手で握り、全身の力と体重をかけて、ドリルのように捩じり回しながら突いた。


 空壱流体術・無槍取り


 柳生新陰流の奥義と似た名を持つ、無手による武器の奪取技。

 技の直後で固まっていた麗華の細い指が、男の全力に耐えられるはずもない。

 聖槍は掌を滑り抜け、持ち主の鳩尾を石突で貫いた。


「がっ……!」


 無敵の防御を誇るロンゴミアントの聖なる加護も、己には無効であったらしい。

 突き飛ばされ倒れ込む麗華に、宗次は素早く駆け寄って、奪った聖槍を突きつける。

 それも、幻想変換器のスイッチを押して聖槍を消されぬよう、右腕を足で踏みつけるという念の入れようで。


「続けますか?」

「……いや、ボクの負けだよ」


 麗華は一瞬だけ悔しそうに言葉を詰まらせたが、直ぐに笑って負けを認めた。

 その途端、男子と陽向から歓声が、女子一同から悲鳴が上がった。


「よっしゃあ、やったで兄弟っ!」

「流石は宗次君っ!」

「いやー、麗華様ーっ!」

「何か嫌な見覚えが……」


 どこかの聖剣使い戦を思い出し、一樹は思わず警戒するが、麗華のファンは行儀が良く、ブーイングや難癖を叫んだりはしなかった。


「残念だよ、勝ったと思ったんだけどね」

「『勝ったと確信した時こそ、敗北は忍び寄ってくる』と、爺ちゃんが言っていました」

「なかなか含蓄のある言葉だね」

「俺もあまり守れてはいませんが」


 自分もまだまだ修行中の身だと、宗次は苦笑した。

 それに笑い返し、麗華は右手を差し出す。


「ありがとう、楽しい試合だったよ」

「こちらこそ」


 宗次は喜んで彼女の手を握り返す。

 その瞬間、どこぞの剣道少女がしたように、麗華は彼の手を引っ張った。


「えっ?」

「これはお礼だよ」


 そして、どこぞの剣道少女が出来なかった事を平然とやってのける。

 驚く宗次の頬に、自分の唇を当てるという行為を。


「いやあああぁぁぁ―――っ!」

「ぎゃあああぁぁぁ―――っ!」


 ファンの女子一同、そして陽向の口から壮絶な悲鳴が上がった。


「あの、今のは……」

「おっと、そろそろ時間だね」


 戸惑って頬を押える宗次に、麗華は照れたように背を向けて離れてしまう。


「ほら、そろそろ訓練を再開するぞ」


 丁度休憩時間も終了したし、放っておくと面倒になると判断した大馬が、手を叩いて生徒達を急かす。

 お陰で、三年の麗華ファンが宗次に襲い掛かるという危機は逃れられた。しかし――


「ふふふっ、今日の村雨は血に飢えているわ……」

「陽向ちゃん、ウェイト、ウェイトです~っ!」

「れ、麗華×宗次とかご褒美すぎ、ぶふぅ……っ!」


 目を血走らせて刀を抜く陽向を、心々杏が必死に、神奈は麗華(男体化)でのBL妄想で鼻血を吹きつつ、二人がかりで押し止めていた。

 その横で、宗次はまだ頬を手で押さえたまま首を捻る。


「あれは、何だったんだ?」

「……知りません」

「妬まし――くないわ、不思議なほどに」


 何故か不機嫌そうな一樹と、珍しく騒ぎ立てない映助は、残念ながら彼の問いに答えてはくれなかったが。




 後世の作家達がこぞって書いた聖剣の英雄・天道寺英人の物語冒頭には、決まって卑劣で悪辣な槍使いが登場する。

 英雄の丁度良い噛ませ役、引き立て役にされるその槍使いには、実在のモデルが存在すると言われていた。

 ただし、後世の作家達が参考にしたのは、その槍使いを強烈に敵視していた女子の証言という、天道寺英人を輝かせるのに都合が良い話ばかりであり、実際の人物とはまるで似ても似つかない悪役として書かれている、と反論する書物も少ないが存在した。

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[良い点] 読みやすくて好き [一言] 5、5素材ロンゴミ…ッ!!!
[一言] ウルトラマン……ラミエル……エヴァンゲリオン……地獄か?ラミエル多数とか。
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