第36話 分隊
あまり遅くまで外出するわけにもいかず、昼飯の後は少しゲーセンで遊んだだけで、宗次達は特高に帰還した。
そして、休み明けの月曜日。
教師達の事務処理がようやく一段落した事で、先送りにされていた重大事に手がつけられた。
「これから分隊の編成を行う」
開口一番、担任の大場が下した命令を聞いて、D組一同に激震が走る。
「つ、ついにこの時が来てしまった……っ!」
「ボッチのトラウマ、『はい、二人組を作ってー』がっ!」
「やめてくれぇぇぇ―――っ!」
一部から悲鳴が上がるなか、宗次はいたって冷静であった。
何故なら、少なくとも前の席に座る親友が、同じ分隊になってくれるからである。
「兄弟、ワテらズッ友の誓いを忘れてへんやろなっ!?」
「覚えている」
「ワテら三人、生まれた日は違えど、彼女が出来る日は一緒やでっ!」
「それは知らない」
「まさか、僕も入っているんですか?」
隣に座った一樹も、その変な誓いはともかく、分隊を組む約束となっている。
「陽向ちゃん、私達もAカップの誓いを結びましょう~」
「一人だけ仲間ハズレがいるけどね(チラッ)」
「え、えぇ~……っ!?」
自分で言っておいて、平らな胸を押えて落ち込む心々杏と陽向、両手で隠し切れないほど巨乳な神奈も、当然のように頭数に入っている。
「あと六人か」
「せやな、誰か丁度良い――」
「君達、俺も仲間に加えてくれないかっ!」
残り半分を探す宗次達に、元気よく声を掛けてきたのは、爽やか優等生の――
「「「ロリコンか」」」
「待ってくれ、俺の名前は弓月優太だっ!」
幼女趣味である事は否定しない紳士、優太を見る皆の目は厳しかった。
「どうしますか? 同じ分隊から性犯罪者を出すのはちょっと……」
「見張ってれば大丈夫とちゃう?」
「こ、心々杏ちゃんの意思が、一番大切だと……」
「私は別に構わないですよ~」
「大丈夫? 無理しなくても良いのよ?」
「何で最初から犯罪者扱いなんだっ!」
ロリ体型の心々杏を守るため、壁となって視線を阻む陽向達に、優太は憤慨して叫ぶ。
「俺は正義に反する事なんて絶対にしない、信じてくれっ!」
そう、彼は映助達が覗きを企んだ時だって、最後まで止めようとした――
「ちゃんと合意を得るまで、手を出したりしないっ!」
ロリであろうとYESタッチな、エセ紳士であった。
ピッピッピッ。
「おいポリ公、腐れロリコンを一匹、檻に放り込んでくれねぇ?」
心々杏が猫かぶりを止めて、真顔で通報し出したのも当然の反応であった。
「待ってくれ、だから俺は犯罪者じゃ――」
「こら、何をやっている」
騒ぐ優太の声を聞きつけ、大馬が教壇から降りてくる。
そして、警察に通報中の心々杏を見て顔をしかめた。
「授業中にスマホを使うな、これは没収だ」
「えぇ~」
「ほっ、これで俺の話を――」
「警察への通報なら、職員室の電話を使え」
「は~い!」
「だから待ってくれぇーっ!」
そんなひと騒動を起こしつつも、先日の初陣で同じ装甲車に乗った縁もあり、優太も分隊に加わった。
「俺達もいいか?」
「宗次君と一緒なら心強いしね」
さらに、リベンジマッチの件で仲良くなった、高橋剛史と骨川豊生が加わり。
「私達も仲間に入れてくれない?」
「女子が多い方が安心だし」
「陽向お姉様、愛しています」
女子三人も加わって、計十二名の分隊が完成した。
「何か、危ない人が混じっていたような……」
「気にしたら負けですよ~」
心配する一樹の肩を、ある意味一番の危険人物が優しく叩く。
その横で、映助は握りこぶしを掲げ、勝利の咆哮を上げていた。
「半数も女子が居るなんて、これは勝ったでっ!」
「誰にだ?」
宗次は不思議そうに首を傾げるが、実際に敗者は存在したのだ。
「女子0人とか、もうお終いだ……」
元々、女子が九名と少ないD組なのに、その内の六名が宗次達の所に集まり、残り三人も一塊となった事で、全員男子のむさ苦しい分隊が一つ誕生してしまったのだ。
「せめて一樹たんが居てくれれば……」
「空知宗次、許すまじ……っ!」
男分隊の面々は、陽向や一樹に囲まれた宗次を睨むが、喧嘩になったら絶対に負けるので、悪口が聞こえないよう声を抑えるのは忘れない。
「そんなだからモテないんですよ~」
「えっ、何で急にワテがディスられとるんっ!?」
「どんだけ気にしてんのよ……」
「ほら、分隊が決まったのなら席に着け」
大馬が手を叩いて声を上げると、D組一同は慣れた動きで席に座った。
「ふむ、微調整は必要だろうが、そこまでバランスは悪くないか」
大馬は生徒達の報告を聞き、編成内容をノートPCに打ち込んでから立ち上がる。
「では、これから分隊での動きを学ぶ集団戦闘の訓練を行う。体操服に着替えてグラウンドに集合せよ」
「「「はい!」」」
やはり慣れたもので、皆は一斉に着替えを始めた。
もちろん、女子は更衣室を使ったので、映助が喜ぶような展開はなかったが。
そうして、グラウンドに出たD組一同だったが、そこには意外な先客が居た。
「やあ、今日はよろしく頼むよ」
爽やかに笑うイケメン女子、先山麗華を筆頭とした三年A組の面々が。
「うげっ……」
「何であんたが居るねんっ!?」
「こら、先輩に失礼だろ」
嫌そうな声を出す陽向と映助の頭を、大馬が軽く小突いて説明する。
「敵役として訓練に協力して貰うため、三年生達にも集まって貰ったんだ、ちゃんと感謝しろ」
「いえ、ボク達の訓練にもなりますから、気にしないでください」
麗華はそう謙遜して、バラが咲き乱れるようなイケメンスマイルを浮かべる。
それに、一年D組だけでなく、三年A組の女子まで見惚れて溜息を吐いた。
「あれの何が良いのかしら……」
「陽向ちゃんはバレンタインに、同性からチョコを貰う側ですからね~」
「も、貰った事ないわよっ! ……三回しか」
陽向や心々杏など、全く興味ない者達も居たが。
そんなお喋りする生徒達を、大馬はまた手を叩いて静かにさせた。
「では、これより集団戦闘の訓練を行う。といっても、既に諸君らが経験した実戦での戦い方を、三年生を敵と見立てて繰り返すだけだ」
射撃部隊で先制攻撃し、盾部隊を先頭に突撃、あとは白兵部隊が切り込む。
その手順自体は単純で、一度覚えれば間違いようもないが、細部の詰めが残っている。
「射撃の有効範囲、CEが攻撃を開始する三十mの距離、それを走って詰めるのに掛かる時間、二度目の攻撃が飛んでくる五秒の間隔、それらを何度も繰り返して体に叩きこむ」
そうして、考えずとも体が動かせるまで訓練を積まねば、本来は戦場に出すべきではないのだ。
だが、新たなピラーの出現など、非常事態が重なって少しでも即戦力が望まれる今、じっくりと訓練する余裕は無くなってしまった。
「前回のように、否応なく諸君らが戦場に出る事もあるだろう。その時、死んで後悔しないよう、集中して訓練に励むように」
「「「はいっ!」」」
実戦を経験した後だけあり、一年D組の全員が素直に忠告を受け入れる。
そんな生徒達の姿に、大馬は何故か一瞬、辛そうな顔をしたが、直ぐに険しい顔をして指示を出し始めた。
「では先山、そちらは頼むぞ」
「はい、お任せください」
貴族のように優雅な礼をして、麗華は三年生を率いて三百mほど離れた。
「では、向かって右から三〇分隊、三一分隊、三二分隊の順で横一列に並べ」
「先生、並ぶってどんな風にや?」
「射撃隊が最前列、次に盾隊、最後に白兵隊の三列だ。白兵隊の数が多ければ四列目を作れ。列の間隔は広めに、三歩分は開けておくように」
「先生、俺達の分隊に盾持ちが居ないんですけど?」
「あきらめろ」
「えぇーっ!?」
「というのは冗談だ。古田か西野、三〇分隊の盾役に回れ。出来れば後で話し合って、三〇分隊と隊員を入れ替えろ」
「じゃあ、俺が行きます」
初めての分隊訓練とあり、細々と確認を挟みつつも、D組の三十六名は綺麗に整列する。
それを確認し、大馬は遠くの麗華に合図を送る。
「先山、開始してくれ」
「了解です」
大声で返事をし、三年生は盾隊を前にゆっくりと前進してくる。
「三年生は丁度CEと同じ速度で向かってきている。百五十mを切ったら射撃開始だ、全員準備しろ」
「はい、武装化!」
全員幻想兵器を取り出し、構えたまま三年生が近づくのを待つ。
「この間が苦手なんですよね……」
武器がスリングだから、常にグルグル回しながら待つのは疲れると、一樹は軽く愚痴をこぼす。
「銃か、せめてクロスボウの幻想兵器が有れば便利なんだろうが」
「それもう幻想やなくて現実やん」
夢のない効率厨みたい事を言う宗次に、映助は呆れ顔でツッコム。
そんな話をしている間にも、三年生達は確実に近付いてきていた。
「一七〇、一六〇……撃てっ!」
大馬の号令に合わせ、六名の射撃隊が一斉に矢や投石を放つ。
それは狙い違わず、先頭を歩いていた盾持ちの三年生に命中した。
「本番では倒れるまで撃つが、訓練では一度だけでいい。射撃隊は全員下がれ」
「「「はい」」」
六名は素早く列の後方に移動し、盾隊と白兵隊が前に出てくる。
「既に実戦で経験済みだが、五十m付近まで近づいたら、盾隊を先頭に突撃する。間違っても最初の攻撃までは盾隊を追い抜かないように」
盾もないのにCEの集中砲火を浴びれば、一瞬で幻子装甲を貫かれてしまうだろう。
もっとも、CEが攻撃する気配を正確に読み取り、光線を避けたり穂先で受け止めるという、変態的な回避率を誇る槍使いも居るが。
「そろそろだ、七〇、六〇、五五……全員、突撃!」
「い、いきます……っ!」
「やったるでっ!」
緊張しながらも駆け出した神奈の後に、映助達も雄叫びを上げて続く。
それを向かいから見ていた麗華は、少し意地悪な顔をして、隣の弓使いに合図を送った。
「さて、お勉強の時間だね」
「こいつが先輩からのプレゼントだっ!」
弓使いはまだ三十mラインを切っていないのに矢を放つ。
それは針に糸を通す正確さで、神奈の膝を撃ち抜いた。
「きゃ、きゃあっ……!?」
全力疾走中に膝を撃たれては、立っていられる筈もない。
神奈は顔面からスライディングするように倒れてしまう。
「ちょっと、大丈夫っ!?」
「うわっ、危ないです~っ!」
後ろを走っていた陽向は心配して思わず立ち止まり、そのまた後ろに居た心々杏が、ぶつかりそうになって悲鳴を上げる。
「何やてっ!?」
映助は勢いをつけすぎていたせいで、倒れた神奈を追い抜いてしまい――
「撃てっ!」
三十mラインを越えたため、三年生の射撃隊が一斉に攻撃を放った。
「ちょ待っ!?」
「伏せろっ!」
悲鳴を上げて固まる映助の背中を、宗次は蜻蛉切の石突で強く突き飛ばす。
「ぐべっ!」
映助も顔面スライディングをするはめになったが、お陰で迫っていた矢や投石が上を通り過ぎていった。
「おい、これどうすれば――」
「止まるな、走れっ!」
困惑して足を止めかけた分隊の仲間に叫び返し、宗次はそのまま疾風のごとく走り出す。
前を行く三〇、三一分隊の面々も追い抜いて、待ち構えていた三年の盾役に渾身の突きを見舞う。
「うおっ!?」
あまりの衝撃にのけ反る盾役の後ろで、冷静にストップウォッチを眺めていた麗華は、五秒が経つのに合わせて叫ぶ。
「撃てっ!」
射撃隊だけでなく、盾役の傍に控えていた剣や槍の使い手達が、CEの光線攻撃に見立てた突きを一斉に放つ。
だが、宗次は慣れた様子で深く沈み込み、攻撃を全て避け切ると、反撃の一撃を再び盾役に見舞った。
「そこまでっ!」
槍と盾がぶつかる甲高い音と同時に、大馬は全員に止まるよう叫んだ。
「先生、あれ何の真似やっ!」
「あ、あぅ……」
地面とキスしていた映助は起き上がり、自分が転んだせいで大変な事になったと知って、涙目になった神奈を指さして義憤に燃える。
「走塁妨害とか聞いてへんでっ!」
「では三塁に進め」
「やったで! これで得点チャンス――って騙されるかいっ!」
しっかりノリツッコミした映助に、大馬は一度笑ってから、直ぐ真顔に戻って説明した。
「いいか、実戦では石や窪みに足を取られて転ぶ事なんて珍しくもない。諸君らの主戦場となる御代田町の周辺は、戦争初期にミサイルや榴弾を何発を撃ち込んだせいで、穴だらけになっている」
平らに整地されたグラウンドはおろか、雑草の生い茂る野原よりも歩き辛いだろう。
「そのため、今回のように盾役や前列の誰かが転ぶなんてトラブルは、珍しくもなんともない」
「実際、痛い目に遭った事があってね」
苦笑する麗華の後ろで、他の三年生達も深く頷いた。
「転んだからといってCEは待ってくれない。このようなトラブルが起きた時、素早く対処する方法を学ぶのも訓練の内だ」
だから一年D組には何も知らず、三年は盾役の神奈を転ばせたのである。
「むぅ、言いたい事は分かるけど……」
「ちょびっとオコですよね~」
友達が貧乏くじを引かされた事に、陽向と心々杏は腹を立てる。
とはいえ、これも本番でミスして死なないようにと、親切心からの行為と分かるだけに、怒るに怒れない。
溜息と共にわだかまりを吐き出すと、落ち込む神奈の肩を叩いて励ますのであった。
「では元の位置に戻れ、最初からもう一度やり直すぞ」
大馬に言われ、一年と三年はまた三百mの距離を取るため歩き出す。
その途中で、三年の弓使いが麗華に耳打ちをした。
「あれ、本当に一年か?」
盾役が転ぶというトラブルにも、動揺せず対応して攻撃してきた槍使い。
その動きは、二年間もCEと戦い続けてきた、歴戦の三年生から見ても異常であった。
「凄いよね、噂以上だよ」
問われた麗華は、嬉しそうに笑って遠くの槍使いを見詰める。
宗次の戦いぶりをこの目で見たのは初めてだが、英雄の弟・天道寺英人との試合をはじめ、その槍捌きは三年の耳にも届いていたのだ。
「うん、やはり興味深いね、彼は」
「……お前、男に興味あったんだな」
「君はボクを何だと思っていたんだい?」
弓使いに怪訝な目を向けられ、麗華が珍しくしかめ面をした所で、再び訓練開始の声が上がった。