第33話 掃除
前橋市に新たなピラーが出現し、それを天道寺英人が破壊した事件から三日後。
戦闘ヘリのミサイル攻撃による火災、聖剣の光によっては生まれた瓦礫の撤去、CEによる被害者の確認や家族への補償など、教師達が書類や関係各所への連絡で謀殺されている間、盗んだ装甲車で走り出した、六人の一年生はと言うと――
「何でマジッ○リンやねん、ちゃんとサン○ール用意せえやっ!」
「そこは重要なのか?」
洗剤に文句を吐きつつ、真面目に便器を磨く映助の横で、宗次も腰を入れてブラシで床を磨く。
彼らは学校や軍での罰としてお馴染みの、トイレ掃除をやらされていたのだ。
「でも、普段から業者さんが綺麗にしてくれているから、楽でいいですよね」
一樹も洗面台を洗いながら、水垢一つない事に改めて感心する。
「せやけどな一樹たん、トイレが全部でいくつ有ると思ってるんや?」
四階建ての校舎に各階一つずつ、計四つである。
「それを全部、毎日掃除せえなんて、鬼の所業やわ」
「地下までやらされないだけ、マシだと思うが」
幻想兵器の研究所や有事の指揮所がある地下は、幻想変換器の調整など、用がない限りは生徒の立ち入りを禁止していた。
「何億円もする装甲車の弁償が、掃除で済むなら安いものだろ」
「せやけど、あれ壊したのワテらやないやん、あのスケコマシやんかっ!」
「そうですけどね」
群れを離れ、避難していた市民を襲った一体のCE。
疲労困憊の一年生達が、慌てて助けに駆け付けようとした時、空から降って来た光の刃。
英雄の弟――天道寺英人の聖剣・エクスカリバーの放ったその光は、一体のCEだけでなく、その遥か先に居た宗次達の乗る装甲車まで直撃したのだ。
「ワテらだけやなく、家やら道路やらまとめて吹き飛ばして、どんだけ人様に迷惑かけとんねん!」
幸い周辺住民は全て避難所に集まっていたので、聖剣が人の血で穢れる事はなかった。
しかし、それはあくまで結果論でしかない。
少なくとも宗次達六人は、危うく死にかけたのだから。
「だが、あいつのお陰でピラーを破壊できた」
「まぁ、せやけどな……」
宗次が指摘すると、映助も渋々と口を噤んだ。
もしも、ピラーを破壊できずにいたら、今頃は前橋市から人が居なくなっていた事だろう。
D組の面々がいくら気に入らずとも、天道寺英人はまさに英雄と呼ぶに相応しい、華々しい偉業を成し遂げたのだ。
「あぁー、けったくそ悪いわ、もっと楽しい話をしようや」
無駄話をしながらもちゃんと掃除を終え、映助は話題を変える。
「明日は待ちに待った土曜日やしな」
特高も普通の高校と同じように、土日は休みとなっていた。
ただし、CEの襲撃は休日だろうとお構いなしなので、潰れる事もよくあったが。
「休日か……」
宗次が顎に手を当てて考え込んでいると、隣の女子トイレから装甲車泥棒の仲間が出てきた。
「そっちも掃除終わったんだ、お疲れさま」
「本当、面倒ですよね~」
「つ、疲れました……」
陽向、心々杏、神奈の三人も、同じようにトイレ掃除の罰を受けていたのだ。
「これをあと一ヶ月って、結構きついわね」
陽向は背伸びをしてから、こった肩を揉む。
授業で厳しい訓練を受けた後だと、ただの掃除もなかなか体に堪えるのだ。
「まぁ、明日はのんびり休もうや」
「そうね」
映助の言葉に珍しく同意し、早く寮に帰ろうと歩き出す陽向を、宗次が呼び止める。
「平坂さん、明後日は空いているか?」
「えっ?」
「暇だったら、俺と付き合って欲しい」
「……えぇぇぇ―――っ!?」
一拍置いて意味を理解した陽向は、驚きのあまり絶叫し、そして茹でダコよりも真っ赤になった。
「休日にお誘いって、まさか……」
「都合が悪かったか? なら――」
「暇、暇、暇です! 地球の裏側だって付き合うわ!」
「そうか、良かった」
勢い込んで頷く陽向に、宗次は嬉しそうに微笑する。そして――
「小向井さんと鴉崎さんも、明後日は空いているか?」
実に台無しな発言をするのだった。
「は、はい、暇ですけど……」
「空いてるですよ~……まぁ、そんな事だろうと思ったけどね~」
気まずそうに頷く神奈と、呆れ顔をする心々杏の確認を取ると、男二人の方を向く。
「映助と一樹も、明後日付き合ってくれるか?」
「はい、喜んで」
「えぇけど、何すんねん?」
「皆に詫びと、お礼をしたくてな」
宗次はそう言って、恥じるように苦笑する。
一人でCEの群れと対峙し、新種の正二十面体を相手に死にかけた自分を、命令無視も同然の無茶をして、助けに来てくれた事。
そのせいで、トイレ掃除の罰を負わせてしまった事に、ずっと謝罪をしたかったのだ。
「食事や映画を奢るくらいしか出来ないが」
「まぁ、それで兄弟の気が済むならええで」
気にするなと言っても、真面目な槍使いには無理だろうと、映助は素直に誘いを受ける。
その気遣いにまた感謝する宗次の横で、陽向は先程の喜びようとは真逆の暗い顔で、壁にのの字を書いていた。
「えぇ、分かってたけどね、デートのお誘いとか、そんな訳ないって、はははっ……」
「ひ、陽向ちゃん、ファイトだよ……」
神奈が必死に励ます横で、心々杏は背伸びして宗次の肩を叩く。
「宗次ちゃんは一度、豆腐の角に頭をぶつけるべきですね~」
「それと同じ事を、近所の子にも言われのだが、何故だ?」
「あははっ、これは処置無しです~」
お手上げだとケラケラ笑われて、宗次は不思議そうに首を捻る。
そんな鈍い親友に、映助もこの時ばかりは助け舟を送らない。
「兄弟、ワテは絶対に教えてやらんで。自分一人だけ幸せになろうなんて許さへんで、くくくっ」
「そういう発想が、モテない原因だと思うんですが」
一樹の冷たいツッコミを受け、映助が轟沈する横で、心々杏が呆れた溜息を吐く。
「一番悪いのは、一目惚れしておいてそれをハッキリ告げない、ヘタレちゃんだと思うですけどね~」
「ヘタレ言うなっ!」
「あれれ~? 誰も陽向ちゃんとは言ってないですよ~?」
「むきゃあぁーっ!」
奇声を上げて取っ組み合いを始める陽向達を見て、宗次はまた微笑する。
「皆、仲が良いな」
「……宗次さん、豆腐買って来ましょうか?」
戦闘中はあんなに頼りがいが有るのに、どうして普段は天然ボケなのか。
美少女みたいな外見はともかく、中身は一番常識人の一樹は、そっと溜息を吐くのであった。