第31話 真実と苦悩
市内に突如出現した二十m級のピラー。
それが聖剣・エクスカリバーの光を受け、ゆっくりと崩れ去っていく光景をモニター越しに眺め、指揮所の職員達は一斉に歓声を上げた。
「やった、本当にピラーを破壊できた!」
「プロジェクトの正当性がついに証明されたのね!」
新たなピラーの出現という緊急事態も、全てこのために用意されたのかと思えてくる。
「私達の『英雄』が、ついに実現したんだ!」
特高が建てられて二年――いや、CEが出現してから始まった、彼らの生態調査から数えればほぼ六年。
回収したCEの残骸を研究し、そこから幻子を発見、幻想変換器を開発し、天道寺刹那という稀代の天才によって幻想兵器の有用性を証明したのに、彼女を失って一度は頓挫しかけた計画。
絶大な力によって困難な状況を解決する、神のごとき救世主を造り出す、『機械仕掛けの英雄』プロジェクト。
それが天道寺刹那の――悲劇の死を迎えた英雄の弟という、これ以上ない逸材によって完成された。
「いやー、二年も茶番を演じてきた甲斐があったというものですね」
三年C組の担任教師をしている男が、隣の大河原大馬に満面の笑顔で同意を求める。
「えぇ、そうですね」
大馬は相槌を打ってみせるが、その笑みはぎこちなかった。
「英雄か……」
特高の生徒は一年A組の女子を除いて、彼の受け持つ一年D組の生徒を含め、全員がある事を知らされていない。
「本当に、これしかなかったのだろうか」
一年D組を受け持って、まだ一カ月も経っていないが、個性豊かな生徒達と共に過ごした日々は、大馬の胸に大きな迷いを生んでいた。
「たった一人の『英雄』を造るために、三百人以上の子供達を踏み台にするなんて……」
英雄・天道寺英人を輝かせるためだけに、当て馬として用意された少年少女。
それが特高に集められた、選ばれしエース隊員という名前の哀れなピエロ達。
彼らがこの事実を知れば、いったいどれほどの絶望を覚える事か。
「早速、この記事をネットに上げないとな」
「加減を誤らないでよ。入学式の画像を上げた時だって、うちの生徒が書き込んで危うくイメージダウンしそうだったんだから」
情報操作の担当者達が、生徒達のヘッドセットから得た映像などを切り貼りし、ネットの掲示板に流す画像を選定する。
「タイトルは『群馬に英雄現れる!』でいいかな?」
「貴方は本当にセンスないわね。あまり持ち上げると反感を買うだけでしょ、『凄い画像撮ったったwww』ってピラー破壊の写真を載せて、さりげなく天道寺英人の存在を臭わせる書き込みをすればいいのよ」
「それだけ? 足りなくない?」
「嘘か本当か分からない、それくらいの方が興味を惹かれて、皆が自発的に情報を集める。そして、自分で苦労して見つけ出したからこそ、『天道寺英人は本物の英雄だ』と思い込んでくれるんじゃない」
その苦労して見つけた情報とて、職員達が用意した餌にすぎないのに。
「人はいきなり宝石を渡されても『偽物じゃないか?』と疑ってしまう。だけど、鍵を掛けた宝箱に入っていたら、あっさり本物だと信じてしまうのよ。『こんな厳重に隠しているなんて、価値がある物に違いない』ってね」
それが本当は、人の手で作られたガラス球にすぎなくとも。
「真実を伝えても駄目なのよ、『真実だと信じたくなる面白いモノ』を用意してあげる。それが民衆をコントロールするコツよ。よく言うでしょ、政治はパンとサーカスだって」
「……君、独裁者でも目指したらどうだ?」
冗談を言って笑い合う同僚達の横で、大馬は暗澹とした気持ちで顔を覆った。
「こんなハリボテの英雄のために、あいつらは……」
人の精神によって莫大なエネルギーを生み出す幻子。
それを操作して生み出される幻想兵器。
剣、槍、斧、弓矢、様々な『伝説の武具』が現れ、その輝きに目が眩んだ生徒達は、その本質を理解していない。
いや、理解されないように教師達が誘導しているのだが。
幻想の兵器、人々の幻想、胸に描いた想像を束ねて形にしたモノ。
それはなにも、神話や伝承の武具でなくとも、『物』ですらなくとも構わないのだ。
大勢の人々が望み、心の底から『存在して欲しい』と渇望しているモノなら、強大な力となって現れる。
そう、恐怖に怯える自分達を救ってくれる、都合のよい『英雄』なんて最適だ。
しかも、それが死んだ前英雄の弟とくれば、よりドラマチックで信憑性が高まる。
何処かの誰か、では駄目なのだ。
人々が「そんな都合の良い話はない」と信じないから。
けれど、『英雄と同じ血を引く者』ならば、誰もがあっさりと受け入れてしまう。
蛙の子は蛙だから、英雄の弟も英雄だと、くだらない詭弁に騙されて。
そして、願望は幻子によって現実へと変わる――いや、既に変わった。
「馬鹿馬鹿しい」
大馬は思わず吐き捨てる。
確かに、天道寺刹那は稀代の天才であったが、それは遺伝子や環境が生み出した偶然にすぎない。
両親はあくまで普通の人間であり、英雄の血族でも、神々の子孫でも何でもなかった。
だから、弟も特別な才能など無い、普通の少年にすぎなかった。
なのに、人々は天道寺英人までが天才で、英雄の再来だと決めつけた。
普段は努力だ根性だと言いながら、家と血統を重んじる日本人らしい思考で、
それが束となって、CEを滅ぼす希望の幻想『機械仕掛けの英雄』を生み出したのだから、皮肉な話であるが。
「あいつらは、俺達を許してはくれまい」
目の前のモニターに映る、市民の避難誘導を行っているD組の生徒達。
文句や泣き言を漏らしながらも、大馬の厳しい訓練についてきて、今も自分達にできる最善を尽くしている三十六名の少年少女。
彼らがどんなに努力をしようとも、天道寺英人を超える事はできない。
本人の資質は関係ない。英雄の看板に傷がつかないよう、教員達とA組女子の手によって、決して勝てないように仕組まれているから。
「ただ踏み台にされるために、入学した筈がないのにな……」
英雄には必要な物が三つある。
一つ目は敵、邪悪な打ち滅ぼすべき目標。
二つ目は民衆、敵に蹂躙されて助けを求める、暴力を正当化してくれる理由。
そして三つ目が、愚かでひ弱な兵士という、英雄の引き立て役。
この世の全ては相対的な物であり、仮令素手で岩石を割れる者とて、息で惑星を破壊できるような者から見れば虫けらでしかない。
一千万円の貯金がある者とて、一千億の資産を持つ大富豪から見れば貧乏人だ。
全ては相対的、強者のためには弱者が、英雄のためには無名の雑兵が必要不可欠。
そのためだけに作られたのが、特高という引き立て役の収拾所。
教室や食事に格差をつけ、さらに男一人のハーレムまで用意してやったのも、全部このため。
天道寺英人こそが選ばれた救世主、たった一人の特別な人間なのだと、生徒達にも、何よりも本人に深く植え付けて、『機械仕掛けの英雄』を確固たる物とする。
実に悪趣味で吐き気を催す、だが結果を出してしまった計画のために、三百名余りの少年少女達が全国から集められたのだ。
天道寺英人の心と体が、戦闘に耐えうるまで成長を待つ、その時間稼ぎとして戦わされてきた二年と三年は、特に哀れであろう。
「殺されて当然だな……」
出来る事なら全てをぶちまけて、生徒達の手で断罪して欲しい。
けれど、それだけは決して許されない。
長野のピラーを破壊し、日本をCEの脅威から開放するために、何百人という犠牲と何千億という血税を費やして、ようやく計画が成就したのだから。
そして何より、生徒達に大人達の醜い策謀や、人殺しの罪など背負わせられない。
「教師になど、なるものではないな……」
歓喜に沸き立つ指令所の中で、大馬は一人重い溜息を吐くのだった。