第30話 どんな時でも貴方は
「ひゃっはぁーっ!」
光線を放つ直前、CEは横から飛び出してきた装甲車に轢き飛ばされた。
「……は?」
唖然とする宗次の前で、装甲車から飛び降りてきた一人の少女が、撥ねられて半壊から全壊になったCEのコアに、トドメの一撃を見舞う。
抜けば玉散る氷の刃、八犬士の愛刀・村雨を振るうのは、クラスメートの剣道少女、平坂陽向。
「兄弟、無事やったか!」
そして、装甲車の運転席から飛び出してきたのは、女子にモテない親友こと遠藤映助。
「どうして……」
「ワテの家、農家やったからな、重機の運転なんて小学生の頃に覚えたわ」
「いや、そっちじゃなく」
「宗次さんっ!」
ツッコもうとした宗次の胸に、女の子よりも美少女な少年が飛び込んでくる。
「どうしてこんな無茶をしたんですか! 僕、宗次さんの身に何かあったら……」
「……すまない」
いつかのように、また大粒の涙を流して心配してくれる斑鳩一樹に、宗次はただ謝る事しかできなかった。
「落ち着け、落ち着くのよ私、相手は男なんだから……」
「お、男の子だからこそ、ライバルでぶふぅっ!」
「はい、ティッシュあげるから鼻血を吹きましょうね~」
また良い所を奪われて必死に怒りを抑える陽向の横には、鴉崎神奈と小向井心々杏の姿もあった。
「皆、どうしてここに……」
「別に、宗次君を助けに来たわけじゃないわよ。群れから逸れたCEを退治していたら、たまたま通りかかっただけで」
「…………」
「まぁ、京子先生から『馬鹿が馬鹿してるから助けに行って』って頼まれたしね」
「ぷぷっ、ツンデレ乙です~。本当は自分から言いだ、むぎゅっ!」
心々杏の余計な口を封じつつ、陽向は自分のヘッドセットを外して宗次の頭に被せる。
『何か言う事は?』
耳元から響いてきた保科京子の底冷えする声に、宗次が思いついた単語は一つだけであった。
「ごめんなさい」
『はぁ……処罰は後で言い渡すから、今はとにかく帰っていらっしゃい』
それだけ告げて、京子は通信を切った。
「盗んだ装甲車で走り出し、CEを壊して回った罰とか、考えるだけで怖いですね~」
「えっ、ワテらも罰っせられるんっ!?」
「当然だと思いますけど。装甲車の運転手さん、カンカンでしたよ?」
「あ~ぁ、前面がベッコリへこんでるじゃない。これ修理代何百万円取られるのよ」
「ほ、保険とかないですよね……」
映助達は和気あいあいと話しながら、ふらつく宗次に肩を貸して装甲車に乗せた。
「皆、すまなかった」
席に座り、改めて頭を下げる宗次に、陽向は軽くデコピンをくらわせる。
「謝罪はもういいわよ。宗次君が頑張ってくれなかったら、街の人達やクラスの誰かが死んでたかもしれないんだから」
「だが、俺は」
戦いたいから戦ったのだ。ただのワガママで皆にまで迷惑を掛けてしまった。
そう告げようとする宗次の口を、陽向は人差し指で塞ぐ。
「いいよ、どんな理由でも。君が皆を救ったのは本当なんだから、もっと胸を張って」
「……いいのだろうか?」
「いいのっ!」
躊躇う彼の背を押すように、陽向は力強く言い切る。
そんな感情任せの励ましが、ただ胸に温かくて、宗次は自然と笑顔を浮かべた。
「ありがとう、君と友達になれて本当に良かった」
「…………」
「何か拙い事でも言ったか?」
「いや、うん、嬉しい事は嬉しいんだけどね……」
「まぁまぁ、これで一歩前進ですよ~」
「ふぁ、ファイトです……」
何故か項垂れて落ち込む陽向を、心々杏と神奈が慰める。
それに首を捻っていると、運転席の方から声が上がった。
「うん? 何やろあれ?」
「どうした?」
運転席まで身を乗り出した宗次に、映助は窓の外を指さす。
「ほれ、何か光ってるやろ、またヘリでも来たのかと思うて」
確かに、西の空に星のような何かが光っている。
だが、大きさ的に戦闘機やヘリコプターの類ではない。
何より、宗次はその黄金色の輝きに覚えがあった。
「――っ!? 映助、止めろ」
「はぁ?」
「皆も伏せ――いや、椅子にしがみつけ」
「いきなりどうしたの?」
凍り付くような怖気に襲われて叫んだ宗次を、皆は不思議そうに見詰める。
しかし、二秒後にはその意味を理解する事になった。
シュゴオオオオオォォォォ―――――ッ!
聞き覚えのある津波のごとき音と共に、激しい光と衝撃が装甲車を飲み込む。
「まさ、ぎゃああぁぁぁ―――っ!」
「な、何ですかっ!?」
装甲車が横転し、さながら回転車を回しすぎたハムスターのごとく、天地が何度もひっくり返る。
そして、十回転もしたところで、近くの家に突っ込んでようやく止まった。
「み、皆無事か」
「これが無事に見えるんか?」
「う、うきゅ~……」
「お、重いです」
映助はシートベルトで宙吊り状態、一樹は気絶した神奈の大きな胸に押し潰されている。
「痛たた、何が……えっ?」
陽向はというと、宗次の胸にしっかりと抱きしめられていた。
「怪我はないか?」
「うきゃわっ!」
「大丈夫そうだな」
真っ赤になって奇声を上げ、慌てて飛び退く元気な姿に、宗次はほっと胸を撫で下ろす。
「これ、ひょっとしなくてもアレですかね~」
「だろうな」
コアラみたいに両手足で椅子にしがみ付いていた心々杏の予想に、宗次は頷きつつ後部扉を開けた。
折れた家の柱や板が被さっていたのを、苦労して退けて外に出て、装甲がえぐれて大破寸前でひっくり返った装甲車の上に、どうにかよじ登って周囲を見渡す。
巨大な筆で一の字を書いたように、綺麗に破壊し尽くされた住居や道路。
その先へと目を向ければ、空に輝く黄金の光が嫌でも目に入る。
全てを吹き飛ばす聖剣の輝き、それを手にして宙を飛ぶ、翼の生えた靴を履いた少年。
それが誰かなど、言うまでもない。
「「「殺す気かっ!」」」
味方もろともエクスカリバーで薙ぎ払った天道寺英人に、宗次達六人は聞こえないと知りつつも、揃って罵声を浴びせずにはいられなかった。
「ふざけんなや、マジで死ぬかと思うたわっ!」
「そもそも、何でここにあの人がいるんですか!?」
「助けに飛んで来たんつもりじゃないの~」
「それで味方に殺されたら世話ないわよっ!」
「ひ、酷いです……」
訓練の時と同様、周りの迷惑も考えず、膨大な力をぶっぱなした天道寺英人に、皆はあらん限りの罵詈雑言を浴びせる。
それを聞いている内に、宗次は堪え切れず腹を抱えて笑い転げた。
「く、ふふっ、あはははっ!」
「うおっ!? どしたんや兄弟、珍しいな」
「いや、可笑しくてな」
「オカシイのはあのスケコマシの頭やろ、金玉引っこ抜くぞあのガキャ!」
タコみたいに顔を赤くする映助を見て、宗次はまた爆笑する。
ただ孤独に槍を振るい、命のやり取りをしたい欲望が、胸から消え去ったわけではない。
けれど、彼にはこんなにも愉快で頼もしい友がいるのだ。
高い空から全てを見下し、民衆を救う聖剣使いには決して得られない者。
時に助け、時に助けられ、共に横を歩いてくれる仲間達が。
彼らが居るだけで、英雄などと褒め称えられずとも、自分は戦い続けていける。
それが嬉しくて、宗次は青空に向けてただ笑い声を響かせた。




