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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第5章・天を舞う竜は、地を這う獣の心を知らない
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第29話 死合

 皆が避難している頃、調整池の先にある十字路の真ん中で、宗次は一人で槍を手に立っていた。

 道の先でいまだ燃え続ける炎が、内側からブワリと膨らむ。

 中から現れたのは、煤で汚れてすらいない輝く六角柱の群れ。


「二十五体くらいか」


 空爆を逃れたCE達が、大勢の市民が避難している方向、つまり宗次の方へゆっくりと近付いてくる。


『空知君、何をやってるの!?』


 避難誘導の指示で忙しく、個々の位置まで確認する暇のなかった京子が、ようやく宗次の意図に気づいて通信を送ってきた。


「しんがりです、ここで食い止めます」

『やめなさい、君がそんな事をしなくても――』

「犠牲は出ませんか?」

『…………』


 質問への答えは沈黙、つまり出るという事だ。

 若く体力のある者達は、いざとなれば走って逃げられる。

 だが、まだ幼い子供や老人はそうはいかない。

 装甲車に乗せて運ぼうとはしているが、人数が多すぎて一度では運べない。


 それに最短路は徒歩の者達で埋まっており、迂回路を走るしかないせいで余計に時間が掛っている。

 CEの移動速度は遅いが、それでも成人男性の徒歩と同じ分速百mくらいはある。

 しかも疲れを知らぬとあれば、恐怖で足の鈍った集団に追いつくのは容易であった。


『けど、君一人じゃなく皆で―』

「まだ余裕のある者は、どれくらい残っていますか?」

『…………』


 二度目の質問に対する答えも沈黙、即ち宗次以外の余裕はない。

 幻子装甲がほぼ無傷な者なら二人いるが、それは神奈のような盾役であり、単独でCEと戦える能力はなかった。

 射撃部隊は全員が限界、白兵部隊も体力や精神力が相当辛いものの、どうにか戦える者が二十名ほどいたが――


「本体と分かれたCEが五体、小道を通って市民の方に向かっています」

「ミサイル攻撃の撃ち漏らしか、戦える生徒を集めろ!」


 はぐれたCEの迎撃に駆り出され、こちらに回す余裕はない。


「それでも、君一人が犠牲になる必要なんてない。英雄気取りも大概にしなさい!」


 京子はあえて厳しく叱りつけ、逃げるように促した。

 しかし、宗次は静かに首を振ってそれを拒む。


「先生、違います」

『えっ?』

「麗華先輩に言われました、俺達は英雄に成れないと」

『…………』

「その通りだった、俺に英雄の資格はない」


 大勢の人々を救った偉大な人物。

 宗次が抱く英雄のイメージは、そんな正義のヒーローであった。

 それに憧れがなかったと言えば嘘になる。

 ただ、自分がそこまで特別な者だと自惚れられるほど、幼くはいられなかっただけだ。


「そして、兵士にも成れなかった」


 自分で勝手な行動はせず、上官の指令を忠実にこなす手足。

 それが、組織にとって大切な存在である事は分かる。

 ただ、滅私奉公の武士に成れるほど、老成もしていなかったのだ。


「俺は結局、ただの武術家で、槍使いでしかなかった」

『……何を言っているの』


 珍しく饒舌な姿に、冷静そうに見えて気が狂ったのかと京子は不安を抱く。

 しかし、その懸念は外れており、一部では当たっていた。


「さっき、CEと戦って分かったんです」


 宗次の心に燃えるのは、英雄思考でも義務感でもない。


「戦場ではただ一人、何も背負わず前のめりがいい」


 人を守りたい気持ちは嘘ではない、仲間は頼もしく共に居るのが楽しい。

 けれど、戦う時は、命のやり取りに興じるこの瞬間だけは、一人孤独に槍だけを感じていたい。

 それが、大人びた仮面に隠されていた、空知宗次という少年の素顔。

 誰に何を言われようと、十年以上も槍を振るい続けてきた男の本性。


『……っ』

「だから、これは俺のワガママです」


 絶句する京子にそう告げると、頭のヘッドセットを外して地面に置く。

 左目のディスプレイや通信の音すら、邪魔でしかないからだ。


「すまない、待たせたな」


 もう百mの距離を切っていたCE達に向け、謝罪してから槍を構える。

 この先は、もう言葉はいらない。

 ただ己の槍を持って、互いの命を奪い合うだけである。


「…………」


 無言で待ち構える宗次に、CEは変わらぬ速度で近付いてくる。

 五十m、四十m、三十五……三十。


 カッ!


 前列のコアから一斉に赤い光線が放たれる。

 しかし、その一瞬前にはもう、宗次は獣のごとき低い姿勢で走り出していた。


「おぉぉぉぉ―――っ!」


 光線の下を潜り抜け、真っ直ぐ正面のCEに襲い掛かる。

 助走の加わった一突きは、容易く結晶を貫き中の球体を破壊する。


「ふっ!」


 丁度そこで五秒が経ち、次の攻撃を予想して右へと大きく飛ぶ。

 味方が邪魔になり、光線を撃てたのはたったの三体。

 それを、宗次は蜻蛉切の広い穂先で受け止めた。


「正確すぎる」


 CEの攻撃は常に人間の中心、鳩尾を狙って放たれる事を、先の戦闘で見抜いていたのだ。


「ふっ、はっ!」


 二連続の突きで二体を倒し、後列からの攻撃がこないよう、今度は左側の敵を盾にするように回り込む。

 あとはただ、同じ事を繰り返すだけ。

 突いて、避けて、突いて突いて、避けて突く。

 その動きは、プログラムのように正確なCEよりも、余程精巧な機械のようであった。

 しかし――


「しっ!」


 合計二十一体目を倒し、終わりが見えたその時である。

 突如、CEの後方で燃え盛る炎の中から、赤い光線が飛んできた。


「――っ!?」


 驚愕の声を上げる暇すらなく、技の後で硬直していた宗次の体を貫く。


「くっ!」


 後ろにのけ反る彼に向けて、残った四体の光線が飛ぶ。

 咄嗟に右へ飛んで避けるが、そこにまた煙の中から赤い光が襲い掛かる。

 このままでは危険と判断し、宗次は全速力でバックステップを繰り返し、攻撃の届かない三十m以上離れた。


「何だ?」


 ありえない距離、ありえないタイミングでの攻撃。

 冷たい汗が浮かぶ宗次の前に、それは炎の中からゆっくりと現れる。

 水晶のように透明な体、中心部でルビーのように輝くコア。

 それは今まで出会ったCEと全く同じ。

 しかし、結晶の形が見慣れた六角柱とはまるで違う。

 正確な三角形が二十個集まって構成された、丸に近い形状――正二十面体のCE。


「新種か」


 授業で習った限り、CEはこの六年間、たった一種類しか存在しなかったはずである。

 それがここにきて、外見も行動パターンも全く別のモノが現れた。


「…………」


 無言で警戒する宗次に向けて、二十面体は六角柱を盾にしてゆっくりと近づいてくる。


(先程までの攻撃から考えて、新種の射程は百m以上はある)


 だが、その射程内に入っても二十面体はコアを光らせず、攻撃してこない。


(こちらの硬直を確実に狙い撃つきか)


 攻撃、防御、回避、どれも終わり際に一瞬の隙が生まれるのは避けられない。

 今までのCEは攻撃の間隔が長く、また馬鹿がつくほど正確であったため、隙のある行動もタイミングさえ間違えなければ安全に行えた。

 そのアドバンテージが、たった一体の新種によって潰されてしまった。


(こいつの知能はどの程度だ?)


 ジリジリと後退しながら、宗次は思考を巡らせる。

 二十面体に人間や動物ほど高度な知能はおそらくない。

 仲間の六角柱を散会させ、宗次を包囲して逃げ場を奪うなど、有効な戦術を取る様子がないからだ。


(高度なプログラム、という程度か)


 格闘ゲームのCPU、それもハードモードといった感じだろうか。

 人間には不可能な反射速度で技を出してくるが、所詮は決められたアルゴリズム、パターンさえ解析してしまえば打倒は容易い。

 問題は、そのパターンを読み切るまで、宗次の幻子装甲が持つかどうか。


「……やるか」


 行動方針と覚悟を決め、宗次は後ろに下がっていた足を前に蹴り出した。

 三十mのラインに入った瞬間、飛んできた四体の光線を、短めに持った蜻蛉切の穂先で受けながら前に走り続ける。

 そこへ二十面体の光線が放たれる。


「くっ……!」


 狙われたのは鳩尾ではなく左肩、新種は相手の防御が薄い箇所まで見極める知能があった。


「まだっ!」


 肩への衝撃を無視して走り寄り、正面の六角柱に槍を突き刺す。

 コアを貫き固まる宗次に、二十面体の攻撃は飛んでこない。


(チャージ時間は早くない)


 だが、残る三体の六角柱が再びコアを輝かせる。

 それは慣れた動作で回避するが、続く二十面体の追撃はやはり避けきれない。


(まずは後顧の憂いを断つ)


 忍び寄る死神の足音を今は無視して、目の前の三体に向けて蜻蛉切を放つ。

 雷光のごとき突きが三つのコアを破壊した瞬間、予期していた通り二十面体から光線が飛んでくる。

 それは宗次の胸に突き刺さり、腕の幻想変換器がついに警告音を鳴り響かせた。


(まだだ、まだ戦える!)


 ようやく一騎打ちとなり、宗次は笑みさえ浮かべて二十面体に向けて突撃した。

 そのまま、走る速度を乗せた渾身の突きを放つ。

 しかし、攻撃が当たる直前、二十面体は高速で回転を始めた。


「何っ!?」


 僅かに突き刺さった蜻蛉切は、コアを貫く前に弾かれてしまう。

 槍に引っ張られて体勢を崩す宗次の前で、二十面体は一瞬で回転を止めて赤い光線を放ってきた。


「くっ!」


 またも胸を撃ち抜かれ、幻想変換器がさらにうるさく警告音を立てる。

 だが、最早退路はない。

 宗次は生き残るために、迷わず最後の攻撃を仕掛けた。


「はっ!」


 蜻蛉切で突きを放つが、再び回転した二十面体に穂先を弾き飛ばされる。

 しかし、今度は槍から手を離し、そのまま前へと飛び込んだ。

 空中で高速回転する二十面体結晶、ミキサーに身を投げるような自殺行為。

 だが、宗次の狙いは下、浮遊する結晶と地面の間にある僅かな隙間。

 そこに仰向けで体を滑り込ませ、回転技の弱点――中心軸に向かって右拳を突き上げた。


「砕けろっ!」


 空壱流体術・鯉龍


 槍をかいくぐられ、万一組み伏せられた時に、全身の反りを利用して放つ反撃技。

 それを、残る幻子装甲を集めた集中幻子拳で放つ。

 ドリルのように回転する先端と、拳の間で激しい火花が散る。

 そして、甲高い音を立てて結晶がひび割れた。

 回転が止まりゆっくりと傾く二十面体だが、まだそのコアは残っており、貴様も道ずれだとばかりに、いっそう強く輝き出した。

 だが、宗次とてむざむざ殺されはしない。


 カチカチカチッ。

「武装化っ!」


 投げ捨てた蜻蛉切を消して再形成、そして起き上がる勢いで突きを放つ。

 同じタイミングで、二十面体のコアも最後の光線を撃った。

 迫る赤い破滅の光を、蜻蛉切はその伝承通り、触れただけで切り裂いていく。

 そして、光線ごと赤い球体の真芯を貫いた。


「――――」


 知能のないCEは喋らない、ただ崩れていくだけである。

 しかし、宗次には二十面体の声が聞こえたような気がした。


 ――お前の勝ちだ、しかし、我々の勝ちである。


 カッ!


 再び炎の中から伸びてきた光が、全霊を振り絞って固まる宗次を貫いた。


「ぐあっ……!」


 避けられるはずもなく、体の真芯を貫かれて宗次は膝をつく。

 ブー、ブー、ブーッ!

 鳴り止まない警告音は、ついに限界を迎えた証拠。

 だが、その音を聞くまでもなく、宗次は己が棺桶に足を踏む入れたのを実感していた。


「くぅ……」


 全身が怠く、頭も霞が掛かったように上手く回らない。

 幻子装甲が消える、そのエネルギー元である幻子干渉能力――精神の力が空になったのだろう。

 形成する力を失い、右手の蜻蛉切まで消えてしまう。


 残る気力を振り絞って、どうにか後退する宗次の前で、炎の中から半壊した二十面体のCEが現れた。

 対戦車ミサイル・ヘルファイアが直撃したのだろう。

 コアにまでひびが入っており、その歩みも攻撃の間隔もかなり遅くなっていたが、それでも赤い光は消えておらず、瀕死の少年にトドメを刺す程度の力は残っていた。


「終わりか……」


 思いのほか早く訪れた死には、意外なほど恐怖を感じない。

 ただ、ようやく得た己の生きる場所に、もう立てない事が残念であった。


「来い……」


 死に際はあくまで前のめりにと、宗次は拳を上げてCEを迎える。

 半壊した結晶体はやはり何も変わらず、ただ淡々と距離を詰めて、魂を奪う光線を――


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