第27話 爆撃
特高の北にある相馬原駐屯地から、四機の攻撃ヘリコプター『AH-64D アパッチ・ロングボウ』が発進する。
最前線だからと無理をいい、他の駐屯地から回してもらったアパッチだが、今や型遅れの旧型なうえに、度重なる出撃でガタがきている。
とはいえ、二年前に特高が稼働してからは出撃回数も減り、どうにか飛べるだけの状態は保ていた。
「これが最後の活躍かもな」
パイロットの一人がポツリと呟く。
機体はまだ飛べる。だが、武装は底をつくだろう。
特高ができてエース隊員の手でCEを倒せるようになってから、相馬原駐屯地への武器弾薬の補給は後回しにされていた。
不満ではあるが仕方のない話だ。関西方面にエース隊員はおらず、通常の火器でCEを倒すしかないのだから、そちらへの補給が優先されるのは当然であろう。
群馬を抜けられれば後がないというのに、東京に過剰な戦力を残している臆病な政治家共には、心の底から嫌気がさすが。
駐屯地を飛び立った四機のアパッチは、ものの数分と掛からず町中に出現したピラーの元へと辿り着く。
「忌々しい」
美しい水晶のような柱も、六年前から戦い続けてきた者達にとっては、悪夢の象徴でしかない。
「ピラーは無視しろ、群れを叩く」
隊長の判断を素人が聞けば、何を愚かな事をと思うだろう。
CEは拠点のピラーから無尽蔵のごとく現れるのだ。
ならば、ピラーを真っ先に叩いて、これ以上の増援を防ぐのが最優先であろう。
そんな事は指摘されずとも、自衛隊の誰もが理解している。
ピラーの破壊、それが不可能だから、人類は六年も敗北に向けて勝ち続けてきたのだから。
「いっそ、核があれば……」
「よせ」
前席に座るガンナーの呟きを、後席の隊長が諫める。
しかし、彼の気持ちも痛いほどよく分かった。
長野県松本市に出現したピラー、他国に出現した物と区別するため『長野ピラー』とも呼ばれるそれは、全世界を見回しても最大級の結晶であった。
全高はスカイツリーを超える七百m、一辺が百m近くもある太く巨大な八角柱。
コア以外は透明なCEと違い、常に七色に変化するその姿を、誰かは虹のように綺麗だと褒め、別の誰かは油膜のようで薄気味悪いと呟いた。
六年前、CEの出現と襲撃を知った日本政府は、混乱して初動こそ遅れたものの、元凶であるピラーの破壊作戦を決行した。
陸、海、空の戦力を総動員し、日本の保有する全兵器をぶつける覚悟で行われた作戦。
二百機を超える戦闘機や戦闘ヘリが、一発何千万円もするミサイルを惜しみなく浴びせ、松本市を焦土にする覚悟で実行した総爆撃。
それでも、ピラーは一片すら欠けることなく、大地に直立し続けていたのだ。
CEが体表に張り巡らせているバリアのような物を、ピラーも何百倍もの強度でまとっていたのである。
まるで時が止まっているかのごとき不動の姿を見て、誰かがこう呟いた。
「ゴジラでもないと、あれを倒すなんて無理だ」
実に笑えない、そして的確な冗談であった。
何故ならば、国土が広く大量のピラーが出現して追い込まれたアメリカ、ロシア、中国の三ヵ国が、ピラー破壊のため核兵器を使ったからだ。
敵国に放つ最終兵器として作った物を、己の領土に向けて。
国土を何万年と消えない放射能で汚染し、国民の健康に多大な被害をもたらしても、CEに殲滅されるよりはマシだと、悲壮な覚悟から。
結果、三ヵ国は幾つかのピラーを破壊する事に成功している。
その報告を聞き、三ヵ国以外の他国も、つまり日本も揺れた。
核兵器を使ってでも、ピラーを破壊するべきではないのか、と。
特に日本は、幸運な事にピラーがたった一本しか出現しなかった。
CEは今のところ陸上にしか現れず、海を渡るという報告はない。
よって、その一本さえ破壊してしまえば、日本からCEの脅威は消え失せるのである。
ならば、長野を中心とした数県を捨てる事になっても、日本に三度核兵器を落とすという愚行を犯してでも、今すぐ戦争を終わらせるべきだと、そう考えてしまう者が出るのは仕方のない話であった。
今の所、核兵器の使用案は政権与党の手でなんとか阻止されているが、この先も政治家が、そして国民が、恐怖に負けて愚行に走らないという保証はない。
隊長個人の意見を言えば、核兵器の使用など断じて否である。何故なら――
「使って、効かなかったらどうする」
「…………」
最悪の事態を指摘され、ガンナーは反論できず黙り込む。
三ヵ国は核兵器でピラーを破壊したというが、その中に長野ピラーと同等のサイズは存在したのか?
最強の水爆であっても、確実に破壊できるという保証はあるのか?
なければとても実行には移せない。失敗すれば、残るのは放射能に汚染されて人が入れなくなった大地と、その中で阻む者なく増殖を続けるCEという、地獄絵図の完成を意味するのだから。
その時こそ、日本という国は地図から消滅する。
「全機、準備はいいな」
最悪の妄想を振り払い、隊長は最終確認する。
一度CEの上空を通過し、各機の攻撃する範囲を分担すると、旋回して空中で横一列に並び、町の中を進む人類の敵に対して引き金をひく。
「発射っ!」
アパッチの翼に装備された対戦車ミサイル『AGM-114L ロングボウ・ヘルファイア』が火を噴いて飛翔した。
片翼に四発で一機につき八発、それが四機の計三十二発の対戦車ミサイルが周囲の建物ごとCEを吹き飛ばす。
だが、まだ終わりではない。
翼の外側に付けられた筒型の『M261ロケット弾ポッド』から『ハイドラ70 ロケット弾』が発射される。
十九発のポッドが両翼に一つずつ、それが四機の計百五十二発が、ヘルファイアで倒しきれなかったCEを確固撃破していく。
とどめに『M230 30mmチェーンガン』から合計二千発近くの弾丸をばら撒くのも忘れない。
「これで売り切れだ」
全弾使い切って約三百体ものCEを撃破すると、役目を終えた四機のヘリは、駐屯地の方向へと機首を向けた。
「うん?」
「どうした」
「いえ、何でもありません」
ガンナーは眼下の光景に一瞬、何か違和感を覚えたが、それは直ぐに炎と土煙にまぎれてしまい、確認する術を失った。
隊長も特に追及はせず、帰還するためヘリを飛ばす。
「九割方は潰せたが……」
残った一割程度でも、生身の人間では反抗する術がなく、蹂躙されてしまう。
「あとは頼んだぞ」
視界の端に映った、エース隊員を載せた装甲車に向けて敬礼し、四機のヘリはその場から飛び去っていく。
子供達に尻拭いをさせる、情けない自分達に腹を立てながら。