第26話 急転
「良かった……」
「まったく、見ている方の寿命が縮まる」
指揮所の京子や大馬達も、ほっと安堵の息を吐く。
綾子も心の内では喜びつつ、冷静に指揮官の務めを続行した。
「生徒達の状態を報告せよ」
「はい、緑(無傷)・三名、黄色(半減)・四十七名、赤(限界)・六十二名、黒(死亡)・〇名です」
怪我の度合いを示すトリアージと同じ要領で、オペレーターは幻子干渉能力の残量ごとに生徒の数を読み上げた。
「ボロボロだが死者は無しか、初陣と考えれば奇跡だな」
「はい、本当に良かっ――」
綾子に同意しようとしたオペレーターの声が、不意に止まる。
「どうした」
「あ、あれを……」
いかなる時でも冷静に報告すべきオペレーターが、声をなくして壁のモニターを指さす。
そこに映る衛星写真を見て、綾子も一拍の間を置いて異常を理解し、そして絶叫した。
「馬鹿な、ピラーだとっ!?」
生徒達が戦っていた畜産試験場前から約三㎞ほど北西、田畑が広がる町の中に、忽然と現れた結晶の柱。
それは高さ二十mほどと、長野県に現れた物と比べれば三十分の一以下とかなり小さい。
だが、大きさなど今は関係ない。
六年前から数の変わらなかったCEの拠点が、突如として増えたのだ。
それも、人が大勢残る町中に。
「ピラーから大量のCEが出現しています!」
「相馬原駐屯地に連絡、待機させていた第12ヘリコプター隊に攻撃を要請しろ!」
「し、しかし、町中でヘリの攻撃は――」
「家が砕けようと燃えようと、人が残らねば無意味だろうっ!」
パニック寸前で悲鳴を上げるオペレーターを、綾子は怒声を上げ叱りつける。
「最寄りの避難所は?」
「真壁調整池付近の中学校と小学校です」
「連絡して八木原駅方面に避難させろ。他の避難所にも連絡を入れ、利根川より西に避難させるのも忘れるな。それと京子」
「はい」
「一年全員を装甲車で避難所の前まで移動させろ、時間を稼ぐ」
「しかし、もう九割近くが戦えませんよ!」
射撃部隊はもう矢を放つ事もできず、盾役を含む白兵戦部隊は半数があと一、二撃で幻子装甲が消える危険な状態。
残りの者達とて幻子装甲の余裕は有っても、初の実戦で体力と精神力の方がもう限界だ。
しかし、そんな事は指摘されずとも、綾子とて理解している。
「第12ヘリコプター隊が間に合わなかった時の保険だ。問題なければ市民と一緒に避難させる」
幸い、軽井沢方面で展開していた上級生達の部隊も、もう直ぐ戦闘を終わらせ帰還してくる。
彼らとて連戦は辛いが、一年生達よりは余裕が残っているだろう。
また、出現したピラーは小型であり、そこから現れるCEの数もあまり多くはあるまい。
疲弊しきった一年生達を犠牲にせずとも、事態を収拾させる目は残っていた。
「姿を見せるだけでも市民のパニック抑制にはなる、急げっ!」
「はい」
これ以上の無駄口は時間の浪費であり、市民の命を危険に晒す事へと繋がる。
だから、京子は心を鬼にして、勝利で浮かれていた一年生達を、さらなる地獄へと送り込むしかなかった。




