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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第5章・天を舞う竜は、地を這う獣の心を知らない
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第24話 始まり

 ビィー、ビィー、ビィーッ!


 国語の授業を行っている最中、また教室のスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響く。

 ただ、それは今まで何度か聞いた、襲撃を知らせる物より甲高く耳障りで、誰もが不吉を覚えるような音色であった。

 それを耳にした大馬は、弾かれるように教科書を閉じる。


「お前達、大人しく自習していろ」

「先生、何や今の?」


 映助の質問にも答えず、素早く教室を出ると、扉を閉めた瞬間走り出す。

 激しく足音を響かせて階段を駆け下り、研究所のある地下一階よりもさらに下、地下二階の指揮所へと駆け込む。

 部屋の中は壁一面に無数のモニターが設置され、インカムを着けた職員達が、パソコン画面と睨み合い声を張り上げている。

 大馬に続いてB組・C組の担任に加え、保健医の京子など校舎に残っていた全ての教員が揃ったところで、指揮所の中心に佇んでいた者――A組担任・色鐘綾子は振り返って告げた。


「諸君、CEが前橋市の北東、黒檜山方面から出現した」


 端的で分かりやすく、悲惨な事実を。


「そんな、どうやって!?」


 CEの拠点・ピラーが存在する長野県松本市とは全く逆の方向である。

 襲撃が始まった六年前より一度も、こんな事はなかったのに。


「今はそれを議論している暇はない、起きた事態に対処するのが先だ」


 そして、彼らが緊急招集された以上、下される命令は一つである。


「一年B組、C組、D組の全員を出撃させる」

「お待ち下さい、それは無茶です!」


 真っ先に反対したのは、誰よりも生徒を想っているからこそ、厳しい訓練を課していたD組担任、大馬であった。


「彼らはまだ分隊の編成も決まっておらず、作戦行動に耐えられる状態ではありません!」

「だが、CEとは戦える。速やかに準備させろ」

「しかし」

「大河原三等陸尉」


 綾子は三角眼鏡を外し、あえて本来の階級で大馬を呼ぶ。


「我ら自衛隊員の職務は何だ」

「……国民の安全を守る事です」

「そうだ、そして今、国民の安全が脅かされようとしている」


 綾子の背後で光るモニターには、衛星写真や街のライブカメラで撮られた、前橋市の現状がリアルタイムで映し出されていた。

 緊急放送を聞いた市民が、不安と疑いの混ざった表情で、避難所である近隣の学校に移動している。

 このまま何もしなければ、あと数十分で避難所は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。

 既にそんな距離まで、黒檜山から出現したCEは迫っているのだ。


「新町駐屯地の第12対戦車中隊、相馬原駐屯地の第12ヘリコプター隊と第12高射特科中隊にも出動要請をしているが、市街地戦となれば迂闊な真似はできん」


 建物が入り組み射線が塞がれる市街地では、戦車砲が有効に使えない。

 攻撃ヘリなら空中から有効打を与えられるが、搭載可能なミサイル数の関係上、押し寄せるCE全ては撃破できない。

 また、ミサイルの爆炎が住居に燃え移り、火災を起こすのはできれば避けたかった。

 何より、長引く戦争による慢性的な物資不足で、両基地の部隊も潤沢に装備が揃っているとはいえない状態なのだ。


「軽井沢方面に出動したエース部隊も、これより十分後に戦闘を開始する、今から呼び戻すなど不可能だ」


 仮に軽井沢を捨てて戻っても、到着までに三十分は掛かるだろうか。

 それまでに何百人、何千人の犠牲が出るかなど、考えるまでもない。


「本校に残る百十二名のエース隊員を出動させる、周辺の市民を救うために、これ以上の手はない」

「し、しかし……」


 食い下がりながらも、大馬とて分かっていたのだ。

 これが最善の策だと、そもそもエース隊員はこの時のために集められたのだと。

 だが、ろくに訓練も終わっていない今、心構えもなく実戦に放り込まれれば、いったい何人の生徒が犠牲になってしまうのか。


「大河原三等陸尉」


 生徒の身を案じる大馬に、綾子は氷よりも冷たい声を浴びせる。


「貴官が無駄口を叩く度に、国民の命が脅かされる。さっさと生徒をグラウンドに集めて装甲車に乗せろ」

「……了解しました」


 元より上官の命令に逆らえるはずもなく、大馬を含む担任達は敬礼して拝命すると、指揮所から駆け出していった。

 それを見送り、ふっと溜息を漏らす綾子に、京子が静かに歩み寄る。


「憎まれ役は大変ですね」

「そう思うなら、お前が替わりにやれ」


 この一瞬だけは上官と部下ではなく、付き合いの長い親友として愚痴を吐く。


「せめてA組が残っていれば……くそっ」


 天道寺英人を除く一年A組の生徒は全て、数年前からある計画のために極秘で集められ、特別な訓練を施されてきた者達であった。

 中には本来の年齢を偽っている者もいるし、表沙汰となれば上層部の首が幾つも飛ぶ、非人道的な訓練を課された者もいる。

 その個人戦闘能力は二、三年にも勝るだろう。

 とはいえ、計画の関係上、彼女たちの実力はひた隠しにされている。

 それを入学間もないこの時期に、軽井沢方面の迎撃に向かわせたのは、上層部からの圧力が原因であった。


「天道寺英人の力に目が眩んで、早く実戦で試せなどと言い出すから、こんな事になる!」


 特高の上に立つ自衛隊の上層部・防衛省、そして日本政府からの求めとあっては、綾子達に断る術はないし、本来であればさほど問題はない要求であったはずなのだ。

 それが運悪く、ピラーとは反対方向からの奇襲という、あり得ない状況が最悪のタイミングで起きてしまった。


「……待て、これは本当に偶然か?」

「まさか、あり得ませんっ!?」


 綾子の呟きに、京子は不可能だと――いや、不可能であって欲しいと悲鳴を上げる。


「CEがこちらの情報をどこからか入手して、罠に填めたなんて……」


 謎の結晶体クリスタル・エネミーは、稚拙なプログラムのように決められた行動をするだけで、人間のような知性はない。

 それが、出現からの六年間で得られた膨大なデータによる、揺るぎない結論であった。


「だが、この奇襲と挟撃をどう説明する?」


 西の軽井沢方面から迫る大群を迎撃するため、特高の部隊が出払ったのを見計らって、北東の黒檜山方面から突如出現したCEの小部隊。

 まんまと陽動に引っかかった形である。

 ただ、これ以上の増援がないとすれば、軽井沢方面はいつも通り被害なしで殲滅できるし、黒檜山方面も被害は出るが迎撃はできるだろう。

 挟撃作戦はほぼ失敗であり、CE側にメリットがあるようには見えない。


「いや、我々とは違うのだったな」


 資源不足で悩まされる人類と違い、CEはまるで無尽蔵のごとくピラーから湧いてくる。

 ならば、少しでも被害を受けた時点で、人類側の天秤が敗北に傾いていく。


「奇襲や挟撃、消耗戦といった作戦を練る知能がCEに有る――いや、芽生えたのだとすれば一大事だぞ」

「…………」


 あまりにも恐ろしい想像に、京子を含め指揮所の全員が言葉を失う。

 人類が今だに滅びずにいられたのは、CEが高い防御能力に反して攻撃の威力も射程も低く、大砲やミサイルの遠距離攻撃で一方的に打撃を加えられた事が一つ。

 そして、CEがただ数で押してくるだけの、虫以下の知能がない群れだったからである。

 人類側だけの武器であった知能、それを敵が手に入れてしまったのならば……。


『一年B組、C組、D組の全百十二名、装甲車への乗車が完了しました』


 恐ろしい想像は、生徒達の出撃準備が整った事を知らせる通信によって遮られた。


「よし、全車固まって四号線で北上しろ、詳しい指示は追って出す」

『了解』


 不慣れな生徒達を載せた九台の装甲車が、特高のグラウンドから発進していく。

 あの中の何人が戻って来れないのか。

 それは、綾子達の指揮によって左右されるのだ。

 無駄な疑念は一時頭から叩きだし、大人達は一人でも子供達を多く無事に帰すため、自分達ができる事に集中した。


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