第22話 襲撃
次に大きな事件が起きたのは、リベンジマッチから約二週間後、宗次の擦り傷も癒えた頃であった。
「おっ、今日のお昼はカレーにサラダか、美味そうやな!」
満員の食堂を満たすスパイスの香りに、映助は遠慮なく腹を鳴らしてカウンターまで料理を取りに急ぐ。
「本当に美味しそうね」
「これが食べられないなんて、A組も哀れですよね~」
「そ、それは言い過ぎじゃ……」
すっかり仲良くなった陽向達と同じテーブルに着き、宗次もスプーンを握る。
「いただきます」
有名な海上自衛隊のカレーと違い、レシピが全く公開されていない陸上自衛隊風のカレー。
少し甘めながら、しっかりと感じられるコクと辛みが、白米と絡み合う事で至高のハーモニーを奏でる。
「うん、美味い」
「大量に作っているからか、給食の味に近いですけど、こっちの方が美味しいですよね。隠し味に何を使っているんだろ?」
言葉少なに感動する宗次の横で、料理好きの一樹は真剣な顔つきでスプーンを口に運ぶ。
そんな食事を楽しむ彼らの横から、聞き覚えのある凛々しい声が響いてきた。
「隣の席、いいかな?」
女子なら思わず腰が砕けそうな、心地よい中性的なイケメンボイス。
もっとも、声の主はれっきとした女性、先山麗華であったが。
「どうぞ」
「うげっ、またあんたかいっ!?」
快く快諾する宗次とは裏腹に、映助は嫌そうに顔をしかめる。
麗華はそれを笑顔でスルーし、宗次の横に座った。
「怪我は治ったようだね」
「はい、おかげ様で」
「いや、なに普通に世間話してんねん」
平然と話し出した二人に、映助は堪らずツッコミを入れる。
「先輩、あんたA組なんやろ。ならあっちでおフランス料理でも食ってろや」
食堂の端にあるA組専用の広々としたスペースでは、今日も天道寺英人が女子に囲まれ、また高そうなフルコースメニューに舌鼓を打っている。
それを見て、麗華は困った様子で苦笑した。
「ボクだって君らと同じ普通の家庭で育った、極一般的な高校生だよ? 高級だが薄味の料理より、気取らない濃い味の方が好きなんだ」
「そ、そうなんですか……」
てっきり良家の御息女だと思い込んでいた神奈は、少し残念そうな声を漏らす。
「だからって、下級生の所になんか来ないで、同級生と食べたらいかがですか?」
もっともな指摘をする陽向の声は、不機嫌で刺々しい。
自分が二の足を踏んでいる宗次の隣席に、あっさりと座られたのが気に入らないのである。
その表情を見て何か勘違いしたのか、麗華は白い歯を見せて輝く笑顔を浮かべた。
「怒らないでよ、子猫ちゃん。ボクは君達と楽しくお喋りがしたいだけさ」
「~~っ!?」
陽向は全身に鳥肌を立たせ、声にならない悲鳴を上げる。
「あれっ、不評だったかな? 他の一年生は喜んでくれたんだけど」
「一人には大好評ですけどね~」
「お、王子様っ!? 麗華×宗次とか有りだと思います、でゅふふ……」
鼻血を出しそうなほど興奮する神奈には、流石の心々杏も引いていた。
それを見て、このままでは話が進まないと、一樹が強引に話題を元に戻す。
「今日は何のご用でしょうか?」
「特別な用事はないよ、ただ親睦を深めようと思っただけさ」
「はぁ……」
「意外かな? もう少ししたら君達一年生もCEと戦うのだし、その時に指揮を執るのはボクの役目だからね。友好な関係を築いておきたいんだよ」
背中から撃たれたくはないからね、と冗談めかして笑う。
「それと、君には個人的な興味があるんだ」
「ん?」
そう言って、カレーを食べる宗次の顔を覗き込む。
「ボクも女だから、強い男には惹かれるんだ」
「なら、余計にA組のテーブルで食べたらどうですか!」
「そや、ワテらみたいな落ちこぼれより、スケコマシのご機嫌でも窺ったらどうや」
イライラして声を張り上げる陽向に、映助も同意を示す。
すると、麗華はまた困った顔をした。
「天道寺君の周りには怖い子が沢山いるから……それに、彼らを指揮する事はなさそうだしね」
「どういう事ですか?」
カレーに夢中で話に加わっていなかった宗次が、初めてスプーンを止めて訊ねた。
「これはまだ噂だけどね、一年A組は他のB・C・D組はもちろん、二年や三年とも共に行動せず、独自の判断で動く部隊になりそうなんだ」
幻想兵器の使い手・エースという特殊部隊の中でも、さらに特殊な扱いの独立部隊。
「またA組だけ特別扱いか、もう怒る気にもなれんわ」
関わっても疲れるだけと学んだ映助は、やれやれと肩を竦めるだけである。
皆も同じような反応であったが、宗次だけは真顔で考え込む。
「……集団での戦闘に向かないから、ですか?」
「その通りだよ、正直に言わせて貰えば、指揮をせずに済みそうで安堵しているくらいだ。あんな大仰で扱い辛い戦力を、どう運用すれば良いか分からないからね」
麗華の話を聞いて、陽向達もA組が独立部隊にされた意味に気づく。
「そうね、あんな味方まで巻き込む奴の横で、一緒に戦うなんて御免よね」
「こ、怖いです……」
「悪口を言うようで気が引けますけど、僕も彼と一緒はちょっと……」
A組の最大戦力である聖剣使い、その光の刃に巻き込まれかけ、宗次が怪我を負う姿まで見ているD組の面々は、天道寺英人がどれだけ強力であろうと、心強い味方とは思えないのであった。
「いっそ、あのスケコマシに全部任せればええやん」
やってられんわ、と匙を投げだす映助の発言に、麗華の笑顔が急に曇った。
「うん、そう思ってしまうよね。それが原因で――」
ウゥーッ、ウゥーッ!
突如、食堂にけたたましいサイレンが鳴り響く。
それは宗次達が入学して以来、もう五度目となるCEの襲撃を知らせる合図であった。
「「「ちっ!」」」
まだ食事中だった二、三年生達は、間の悪い敵に対して盛大に舌打ちすると、十秒で掻き込めるだけカレーを口に含み、水で胃に流し込んで一斉に走り出した。
「無粋だね……また今度、ゆっくりとお話しよう」
「行ってらっしゃい」
颯爽と走り去る麗華を、宗次は手を振り送り出す。
そして、彼女が残した食器トレーを見て、悲しそうに眉をひそめた。
「また、トマトを残している」
「どうでもええわっ!」
映助のツッコミを受けつつ、宗次は食堂に残された大量の食器を返却口へと運ぶのであった。