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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第5章・天を舞う竜は、地を這う獣の心を知らない
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第21話 仲間

 ゆっくりと瞼を開けた宗次の目に映ったのは、見知った天井と白衣の美女。


「……京子先生」

「何かしら」

「綾子先生は、無事ですか?」

「君よりは遥かにね」


 また目覚めた途端に他人の心配をする宗次に、京子は困ったように、けれど嬉しそうに笑った。


「君はね、危うく死にかけたのよ」


 そう言って指さした宗次の体は、いたる箇所に包帯が巻かれていた。


「骨は折れていませんが」

「裂傷は何十箇所も負っているけどね、特に手なんか酷かったんだから」


 冷静に己の怪我を確認する宗次に、京子は少し怒った顔でグルグル巻きの手を叩く。


「痛っ……」

「人並に痛みは感じているのに、どうしてあんな無茶をするのかしらね」

「すみません」

「集中幻子拳でエクスカリバーに挑むとか、ドン・キホーテなみの無謀行為なのに」

「あの技、そんな名前だったんですか」


 宗次は呆れられた事よりも、そちらの方に感心してしまう。


「そっか、知るはずないわよね……」

「えっ?」

「こっちの話よ。とにかく、あの技は先にあみ出した人がいて、それを見たとあるロボットアニメ・オタクが命名したのよ」

「そうでしたか」

「あまり驚かないのね?」

「俺が考え付く事なら、他の人が先に考え付いて当然ですから」


 子供の頃、画期的だと閃いた槍技が、まだ習っていなかった空壱流の技に有ると聞かされ、ガッカリと気落ちした時に、自分が特別でない事は悟っていた。


「まったく、君は若いくせに自分をわきまえすぎね。あれだけ強いのだから、もっと図に乗っても罰は当たらないんじゃない?」

「『慢心すれば歩みが止まる、常に餓えていろ』と爺ちゃんが言ってましたから。それに――」


 天道寺英人にまた負けた。

 技を準備し、想定通りに試合を運び、一度は勝利を手にしたが、最後に倒れたのは自分だった。

 その事実は決して揺るがない。負けた空知宗次は、天道寺英人よりも弱い。

 そして何よりも――


「あいつは、強い」


 思い出して身震いする宗次に、京子も苦笑を浮かべる。


「空を飛び回ってビームをぶっ放つ相手だもんね、確かに怖いわ」

「いえ、そちらではなく……あいつの心が強く、そして怖い」


 映助にも語った事だが、聖剣の威力も、二つ目の幻想兵器を生み出した奇跡も、全てがオマケにしか映らないほど、天道寺英人という男の内面が恐ろしい。


「俺やD組は構わない。だが、クラスメートも担任もいるのに、あいつは巻き込む攻撃を平然と繰り出した」


 その本性はともかくとして、普段は恋人のように慕ってくれる千影沢音姫だっていたのに。

 決して無事では済まない、死ぬかもしれない攻撃を放つ神経。


「そうすれば、俺が避けないという作戦ならまだよかった」


 だが、巧妙な計算などではない。

 そんな冷静な頭をしているなら、宗次が降伏宣言した時に剣を収めている。

 力が制御できず、誤って巻き込みかけたという可能性もない。

 初めて聖剣の能力を開放した、入学式の時はそうだったかもしれないが、己の力を把握した二度目でその理屈は通じない。

 ならば、考えられる可能性は二つ、故意によるものか、もしくは――


「あいつは『見ていない』んだ」


 悪意もなく、ただ純粋に、クラスメート達の姿が見えていなかった。

 目には映っていただろう、だが、頭が認識していない。

 意識に有ったのは、負けたくない、敵を倒したいという己の感情だけ。

 だからクラスメート達の姿も、宗次の降伏も、見えないし聞こえない。

 それは高い集中力の賜物と、好意的に解釈する事もできるだろう。しかし――


「あいつの目には、いったい何が映っている……?」


 言葉は僅かしか交わしていないが、槍は二度も交わした相手。

 普段であれば少なからず相手の事が掴めるのに、宗次には天道寺英人という男が欠片も理解できなかった。


「あいつはいったい『何』なんだ?」


 どこかで聞いた『天道寺英人はCEから人類を救う英雄だ』という言葉が、頭の中で繰り返し響く。

 その言葉通り、聖剣使いは人々を救って英雄と成るであろう。

 だが、『英雄』が『善人』だという保証がどこにある?

 よく言うではないか、「一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄だ」と。

 では、英雄・天道寺英人は?

 分からない。それが、ただただ恐ろしい。


「…………」

「……すみません、忘れてください」


 沈黙する京子を見て、宗次は謝罪して話題を切った。

 全ては彼の感じた印象にすぎず、何の根拠もない誹謗中傷とさえ言えるからだ、

 そんな彼の言葉を、京子はどう思ったのだろうか。

 軽く溜息を吐いて場の空気を変えると、包帯まみれの手をもう一度指でつついた。


「とにかく、集中幻子拳はもう使わないこと。あれは幻子装甲を一点に集中させる分、他の部分が疎かになって危険なのよ」


 宗次が入学式の時と違い、全身に擦り傷を負ったのもそれが原因である。

 もっとも、普通の手で聖剣の光を止めようとしていたら、両手が吹き飛んでいたところなので、今回に限れば集中幻子拳のおかげで軽傷で済んだといえるのだが。


「まったく、綾子先輩の事は他の子達に任せて、貴方は逃げても良かったのに、どうして無茶をするのかしらね」


 入学式の時と同様、蜻蛉切が折れた時点で諦めていれば、ここまでの怪我は負わずに済んだ。

 酷い言い方になるが、集中幻子拳まで使って時間を稼いだのは無駄といってよい。

 宗次もそれは分かっていたし、クラスメート達を信頼していなかったわけでもない。

 それでも退かなかった理由は単純だ。


「逃げるのは、格好悪いので」


 男としての、武術家としての、つまらないが決して譲れない矜持。


「……君って子は、クールなふりして熱血漢なのね」

「そうですか?」

「そうよ」


 だからこそ、幻想兵器を使えるのだけど――と京子は口の中だけで呟く。


「もう一度言うけど、集中幻子拳は使わないこと、少なくとも学校内では禁止。他の子が真似すると危険だから、授業でも決して教えないようにしているのよ」

「分かりました」


 口を酸っぱくして叱る京子に、宗次は深く頷き返す。


「よろしい。なら、あとはこの子達に謝っておきなさい」


 そう言って、京子はベッドを仕切っていたカーテンを開ける。

 現れた隣のベッドには、陽向と神奈が横たわり、可愛らしい寝息を立てていた。


「あっちにも居るわよ」


 京子が指さした保健室のソファーには、事の発端である剛史と豊正が腰かけて眠っていた。


「今は一端寮に戻っているけど、関西弁の子とか女の子みたいな子とか、ちょっと腹黒い子とかも見舞いに来てたのよ」


 映助、一樹、心々杏の三人であろう。


「君が気を失った後、あやうく乱闘騒ぎになってね、駆け付けた大馬先生に怒られて、全員グラウンドを百周も走らされたのにね」


 疲れた体を引きずって見舞いにきて、つい先ほどまで起きていたのだという。


「そうか……」


 宗次は嬉しさのあまり胸が詰まり、何も言えなくなってしまう。

 そんな彼の前で、空気の変化を感じたのか、寝息を立てていた陽向がゆっくりと瞼を開けた。


「ん~……宗次君?」

「ありがとう、平坂さん」

「起きたの!? 無事なのね!」


 礼を告げる元気そうな宗次を見て、陽向はベッドから飛び降り、喜びのあまりそのまま抱き――


「宗次さんっ!」


 抱き着こうとした所で、横から走ってきた一樹が宗次の胸に飛び込んだ。


「よかった、このまま目が覚めなかったらと思うと、ボク……っ!」

「心配かけて悪かったな」


 大粒の涙で胸を濡らす一樹の頭を、宗次は優しく撫でながら謝る。


「あ、う……」

「う、うほーっ!」


 出鼻を挫かれた陽向は中途半端な姿勢で固まり、その横では腐臭を嗅ぎ付けて起きた神奈が奇声を上げる。


「あちゃ~、バッドタイミングでしたか~……」

「兄弟、ちょっとそこ替われやっ!」


 保健室の入口では、寮から戻ってきた心々杏が頭を抱え、映助がさっそく妬んで騒ぎ出す。


「いい仲間を持ったわね」

「はい」


 微笑する京子に、宗次も笑顔で頷き返した。



 リベンジマッチは結局、聖剣使いの勝ちとされ、A組の女子達はこぞってこれを喧伝した。

 宗次本人の願いもあり、D組の生徒達は事を荒立てないため、A組の事はもう無視して触れないように決める。

 こうして、多大な禍根を残しつつ、騒ぎは収束を迎えた。


 当事者達からすれば害しかなかったこの事件を、後世の作家達はこぞってもてはやした。

 曰く『天道寺英人という稀代の英雄が、翼を得てまさに飛翔した瞬間である』と。

 白い翼で天空を翔けるという、実に絵となる光景。

 一人に一つしか得られなかった幻想兵器を、二つも手にしたという特別感。

 どれも華々しく、英雄の叙事詩に相応しいエピソードだと。

 だから、英雄という太陽の光で目を焼かれ後世の作家達は、落ちこぼれとされた者達の奮戦や友情など、見ようともしなかったのである。


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