第21話 仲間
ゆっくりと瞼を開けた宗次の目に映ったのは、見知った天井と白衣の美女。
「……京子先生」
「何かしら」
「綾子先生は、無事ですか?」
「君よりは遥かにね」
また目覚めた途端に他人の心配をする宗次に、京子は困ったように、けれど嬉しそうに笑った。
「君はね、危うく死にかけたのよ」
そう言って指さした宗次の体は、いたる箇所に包帯が巻かれていた。
「骨は折れていませんが」
「裂傷は何十箇所も負っているけどね、特に手なんか酷かったんだから」
冷静に己の怪我を確認する宗次に、京子は少し怒った顔でグルグル巻きの手を叩く。
「痛っ……」
「人並に痛みは感じているのに、どうしてあんな無茶をするのかしらね」
「すみません」
「集中幻子拳でエクスカリバーに挑むとか、ドン・キホーテなみの無謀行為なのに」
「あの技、そんな名前だったんですか」
宗次は呆れられた事よりも、そちらの方に感心してしまう。
「そっか、知るはずないわよね……」
「えっ?」
「こっちの話よ。とにかく、あの技は先にあみ出した人がいて、それを見たとあるロボットアニメ・オタクが命名したのよ」
「そうでしたか」
「あまり驚かないのね?」
「俺が考え付く事なら、他の人が先に考え付いて当然ですから」
子供の頃、画期的だと閃いた槍技が、まだ習っていなかった空壱流の技に有ると聞かされ、ガッカリと気落ちした時に、自分が特別でない事は悟っていた。
「まったく、君は若いくせに自分をわきまえすぎね。あれだけ強いのだから、もっと図に乗っても罰は当たらないんじゃない?」
「『慢心すれば歩みが止まる、常に餓えていろ』と爺ちゃんが言ってましたから。それに――」
天道寺英人にまた負けた。
技を準備し、想定通りに試合を運び、一度は勝利を手にしたが、最後に倒れたのは自分だった。
その事実は決して揺るがない。負けた空知宗次は、天道寺英人よりも弱い。
そして何よりも――
「あいつは、強い」
思い出して身震いする宗次に、京子も苦笑を浮かべる。
「空を飛び回ってビームをぶっ放つ相手だもんね、確かに怖いわ」
「いえ、そちらではなく……あいつの心が強く、そして怖い」
映助にも語った事だが、聖剣の威力も、二つ目の幻想兵器を生み出した奇跡も、全てがオマケにしか映らないほど、天道寺英人という男の内面が恐ろしい。
「俺やD組は構わない。だが、クラスメートも担任もいるのに、あいつは巻き込む攻撃を平然と繰り出した」
その本性はともかくとして、普段は恋人のように慕ってくれる千影沢音姫だっていたのに。
決して無事では済まない、死ぬかもしれない攻撃を放つ神経。
「そうすれば、俺が避けないという作戦ならまだよかった」
だが、巧妙な計算などではない。
そんな冷静な頭をしているなら、宗次が降伏宣言した時に剣を収めている。
力が制御できず、誤って巻き込みかけたという可能性もない。
初めて聖剣の能力を開放した、入学式の時はそうだったかもしれないが、己の力を把握した二度目でその理屈は通じない。
ならば、考えられる可能性は二つ、故意によるものか、もしくは――
「あいつは『見ていない』んだ」
悪意もなく、ただ純粋に、クラスメート達の姿が見えていなかった。
目には映っていただろう、だが、頭が認識していない。
意識に有ったのは、負けたくない、敵を倒したいという己の感情だけ。
だからクラスメート達の姿も、宗次の降伏も、見えないし聞こえない。
それは高い集中力の賜物と、好意的に解釈する事もできるだろう。しかし――
「あいつの目には、いったい何が映っている……?」
言葉は僅かしか交わしていないが、槍は二度も交わした相手。
普段であれば少なからず相手の事が掴めるのに、宗次には天道寺英人という男が欠片も理解できなかった。
「あいつはいったい『何』なんだ?」
どこかで聞いた『天道寺英人はCEから人類を救う英雄だ』という言葉が、頭の中で繰り返し響く。
その言葉通り、聖剣使いは人々を救って英雄と成るであろう。
だが、『英雄』が『善人』だという保証がどこにある?
よく言うではないか、「一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄だ」と。
では、英雄・天道寺英人は?
分からない。それが、ただただ恐ろしい。
「…………」
「……すみません、忘れてください」
沈黙する京子を見て、宗次は謝罪して話題を切った。
全ては彼の感じた印象にすぎず、何の根拠もない誹謗中傷とさえ言えるからだ、
そんな彼の言葉を、京子はどう思ったのだろうか。
軽く溜息を吐いて場の空気を変えると、包帯まみれの手をもう一度指でつついた。
「とにかく、集中幻子拳はもう使わないこと。あれは幻子装甲を一点に集中させる分、他の部分が疎かになって危険なのよ」
宗次が入学式の時と違い、全身に擦り傷を負ったのもそれが原因である。
もっとも、普通の手で聖剣の光を止めようとしていたら、両手が吹き飛んでいたところなので、今回に限れば集中幻子拳のおかげで軽傷で済んだといえるのだが。
「まったく、綾子先輩の事は他の子達に任せて、貴方は逃げても良かったのに、どうして無茶をするのかしらね」
入学式の時と同様、蜻蛉切が折れた時点で諦めていれば、ここまでの怪我は負わずに済んだ。
酷い言い方になるが、集中幻子拳まで使って時間を稼いだのは無駄といってよい。
宗次もそれは分かっていたし、クラスメート達を信頼していなかったわけでもない。
それでも退かなかった理由は単純だ。
「逃げるのは、格好悪いので」
男としての、武術家としての、つまらないが決して譲れない矜持。
「……君って子は、クールなふりして熱血漢なのね」
「そうですか?」
「そうよ」
だからこそ、幻想兵器を使えるのだけど――と京子は口の中だけで呟く。
「もう一度言うけど、集中幻子拳は使わないこと、少なくとも学校内では禁止。他の子が真似すると危険だから、授業でも決して教えないようにしているのよ」
「分かりました」
口を酸っぱくして叱る京子に、宗次は深く頷き返す。
「よろしい。なら、あとはこの子達に謝っておきなさい」
そう言って、京子はベッドを仕切っていたカーテンを開ける。
現れた隣のベッドには、陽向と神奈が横たわり、可愛らしい寝息を立てていた。
「あっちにも居るわよ」
京子が指さした保健室のソファーには、事の発端である剛史と豊正が腰かけて眠っていた。
「今は一端寮に戻っているけど、関西弁の子とか女の子みたいな子とか、ちょっと腹黒い子とかも見舞いに来てたのよ」
映助、一樹、心々杏の三人であろう。
「君が気を失った後、あやうく乱闘騒ぎになってね、駆け付けた大馬先生に怒られて、全員グラウンドを百周も走らされたのにね」
疲れた体を引きずって見舞いにきて、つい先ほどまで起きていたのだという。
「そうか……」
宗次は嬉しさのあまり胸が詰まり、何も言えなくなってしまう。
そんな彼の前で、空気の変化を感じたのか、寝息を立てていた陽向がゆっくりと瞼を開けた。
「ん~……宗次君?」
「ありがとう、平坂さん」
「起きたの!? 無事なのね!」
礼を告げる元気そうな宗次を見て、陽向はベッドから飛び降り、喜びのあまりそのまま抱き――
「宗次さんっ!」
抱き着こうとした所で、横から走ってきた一樹が宗次の胸に飛び込んだ。
「よかった、このまま目が覚めなかったらと思うと、ボク……っ!」
「心配かけて悪かったな」
大粒の涙で胸を濡らす一樹の頭を、宗次は優しく撫でながら謝る。
「あ、う……」
「う、うほーっ!」
出鼻を挫かれた陽向は中途半端な姿勢で固まり、その横では腐臭を嗅ぎ付けて起きた神奈が奇声を上げる。
「あちゃ~、バッドタイミングでしたか~……」
「兄弟、ちょっとそこ替われやっ!」
保健室の入口では、寮から戻ってきた心々杏が頭を抱え、映助がさっそく妬んで騒ぎ出す。
「いい仲間を持ったわね」
「はい」
微笑する京子に、宗次も笑顔で頷き返した。
リベンジマッチは結局、聖剣使いの勝ちとされ、A組の女子達はこぞってこれを喧伝した。
宗次本人の願いもあり、D組の生徒達は事を荒立てないため、A組の事はもう無視して触れないように決める。
こうして、多大な禍根を残しつつ、騒ぎは収束を迎えた。
当事者達からすれば害しかなかったこの事件を、後世の作家達はこぞってもてはやした。
曰く『天道寺英人という稀代の英雄が、翼を得てまさに飛翔した瞬間である』と。
白い翼で天空を翔けるという、実に絵となる光景。
一人に一つしか得られなかった幻想兵器を、二つも手にしたという特別感。
どれも華々しく、英雄の叙事詩に相応しいエピソードだと。
だから、英雄という太陽の光で目を焼かれ後世の作家達は、落ちこぼれとされた者達の奮戦や友情など、見ようともしなかったのである。