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第20話 踏み台

 合同訓練とはいっても、同じ時間にグラウンドで授業を行っているというだけで、何の接点もなかったA組とD組。

 しかし、この日だけは事情が違った。

 二組はグラウンドの真ん中で向かい合い、激しく火花を散らしている。

 些細な事から始まった、聖剣使いと槍使いのリベンジマッチが始まるからだ。


「英人、必ず勝つのよ」

「「「英人君、頑張ってっ!」」」

「おう、任せとけ!」


 A組の美少女軍団から声援を受け、天道寺英人が前に出てくると、D組男子達の殺気は否応なく高まっていく。


「兄弟、あのスケコマシを二度と立てないようボコボコにしたれっ!」

「「「うぉーっ! ぶち殺せっ!」」」

「勝ったらご褒美上げますよ~、陽向ちゃんが」

「ちょっ、勝手に何言ってんの!?」

「ふぁ、ファイトです……」


 野太い男達の声援と、少ない女子の声を浴びながら、宗次もまた前に出た。


「では、貴様らの要望に応じ、これより天道寺英人と空知宗次の試合を始める」


 審判役を務めるのは、A組の担任である三角眼鏡の女教師こと色鐘綾子。

 D組の担任である大河原大馬は、何故か今日に限ってこの場に来ていない。


(しかし、こんな堂々と許可されるとはな)


 授業の時間を使って、生徒同士の口喧嘩から始まった私闘を許すなんて、兵士の養成学校でなくとも許されない行為であろう。

 だが、綾子はまったく止めようとせず、むしろ進んで二人を戦わせたがっているように感じられた。


(これも理由が有るのだろうか?)


 男女が同じ寮、A組だけの露骨なエコヒイキ。

 教育機関としてもあり得ない、おかしな処置の諸々に、この試合も連なっているのだろう。

 もしも、その答えを知っている者がいるとしたら――


「英人、勝ったら何でもしてあげるからねっ!」


 人目もはばからず熱い声援を送る千影沢音姫から、昨夜の異様な気配は全く窺えず、宗次など存在しないように目もくれない。

 だが、昨日の事は夢ではなく、彼女の言葉は今も耳に残っている。


『絶対無敵の英雄は、たった一人でいい』


 あの台詞こそが、謎を解き明かす鍵なのではないだろうか。

 であるならば、全ての線が指し示す先は――


「武装化っ!」


 天道寺英人の声に応え、光り輝く聖剣エクスカリバーがその姿を現す。

 宗次も蜻蛉切を呼び出しながら、審判の綾子に呼びかける。


「先生も皆も離れてください、危険です」

「分かった、言うとおりにしてやろう」


 尊大な態度ながら綾子は提案を呑み、向き合う宗次達から他の生徒達を五十mほど下がらせた。


「え~っ、これじゃあ英人君の勇姿が見れないじゃないっ!」

「アホか、また巻き込まれたらどないすんねん」


 A組の女子は口々に文句を漏らしていたが、D組の生徒達は粛々と距離を取る。

 天地を割る聖剣の巨大な刃を思い出せば、五十mでも足りないくらいである。


「わざと巻き込まれる位置に立って、また宗次君の足を引っ張るつもりなんじゃ……」

「うわ~、やりかねないです~」


 今度は余計な邪魔をさせないと、陽向達はA組女子の動きを監視していた。


「では行くぞ、始めっ!」


 綾子の合図で、ついにリベンジマッチが始まった。


「うおぉぉぉ―――っ!」


 いきなり飛び掛かったのは、前回と同じく天道寺英人。

 しかし、相手の力量を計り終えた今、宗次が守勢に回る意味はない。


「ふっ!」


 呼気と共に繰り出された蜻蛉切が、天道寺英人の胸をやすやすと捕らえる。


「くっ、まだまだ!」


 天道寺英人は怯まず距離を詰めようとするが、それを許す宗次ではない。

 次々に攻撃を繰り出して突き飛ばし、決して剣の間合い入らせてやらない。


「卑怯者! 男なら正々堂々と戦いなさいよ!」

「アホかっ! あれが槍の戦い方やろが!」


 また的外れな非難をするA組女子を、映助が怒鳴りつけるのも耳に入らず、宗次は集中してただひたすら槍を放つ。

 十回近くも刺突を受けたあたりで、天道寺英人もようやく接近が無理だと悟った。


「負けるものか、うおぉぉぉ―――っ!」


 後ろに飛び退いたかと思うと、雄叫びを上げて剣を真上に掲げる。

 聖剣エクスカリバーの能力、光の刃を使うつもりなのだ。

 前回、逆転を許した輝きを前にしても、宗次の顔に焦りはない。


「知ってたよ」


 天道寺英人が彼に勝てる目は、それしかないのだから。

 ならばこそ、対策も考え済みである。

 宗次はいきなり蜻蛉切を捨てて、身軽になって大地を蹴る。

 一歩で槍の間合いまで詰め、二歩で剣の間合いを飛び越え、三歩で懐へと入り込む。

 互いの膝がぶつかるほどの距離ならば、巨大な光の剣など振り回せはしない。

 そして、槍を捨てても宗次にはまだ武器が残されている。


「はっ!」


 気合一閃、渾身の拳が天道寺英人のがら空きとなった脇腹に突き刺さる。


「ぐはっ……!」


 怯んで聖剣から光が消えても、宗次の拳は止まらない。

 右、左、正拳、裏拳、掌底、あらゆる打撃を休みなく叩き込み、反撃の間を与えない。


「うぉーっ! いてこましたれっ!」

「そのイケメン面、ボコボコにしちまえっ!」

「いやーっ、英人君っ!」


 歓声と悲鳴を上げる生徒達は、距離が離れていた事と、興奮も相まって異変に気付かない。

 気付いたのは、見知っていたからこそ驚愕して固まった、色鐘綾子だけであった。


「そんな馬鹿な……」


 エース隊員の肉体は、幻子装甲という強固なバリアで守られている。

 それは拳銃弾なら百発以上、歩兵携行式の対戦車ミサイルでも一、二発程度なら防げるほどだ。


 つまり、生半可な攻撃では幻子装甲を貫き、中のエース隊員にまで衝撃を伝える事など不可能。

 常人が金属バットで殴っても、エース隊員ならば平然と立っていられる。

 なのに、宗次の拳を受けた天道寺英人は、明らかにダメージを受けてよろけていた。


「どうして……」


 驚愕しながらも、綾子の目は謎の答えを捉えていた。

 天道寺英人の体に突き刺さる直前、宗次の拳がうっすらと光を帯びる。

 それは本来なら目に見えないほど薄い、全身を覆う幻子装甲が、一点に積み重なって放つ光。


集中幻子拳ピンポイント・ファントム・パンチ……」


 バリアならば、バリアを破れぬ道理はない。

 そんな力尽くの理論で生み出された、防御を破壊するための一点集中防御。


「くっ、うおぉぁぁ――ーっ!」


 追い詰められた天道寺英人は、苦し紛れに左手で裏拳を放つ。

 それは容易く避けられるが、僅かに下がった宗次に向けて、右手の聖剣を振りかぶる。


「落ちろっ!」


 起死回生を狙った一撃は、残念ながら相手に届かない。

 聖剣が振り下ろされる前に、宗次は右手の掌底を天に向かって放つ。

 狙うのは天道寺英人ではなく、彼が掴む聖剣の柄頭。


「飛べっ!」


 空壱流体術・牙弾き


 握りが甘い片手持ちの剣は、柄を弾かれロケットのごとく掌から吹き飛び、遥か後方の地面に突き刺さった。


「あっ……」


 空手となった右拳を、虚しく振り下ろした天道寺英人に向けて、宗次は前蹴りを放って吹き飛ばす。

 二人の距離を開けながら、右腕の幻想変換器に手を伸ばすのも忘れない。


 カチカチカチッ。


「武装化」


 地面に投げ捨てた蜻蛉切を一度消し、再び手の内で形成する。

 映助達との訓練で何度も練習し、体に覚え込ませた宗次だからこその素早い再形成を、天道寺英人が真似できるはずもない。

 何が起きたのかも分からず、唖然と口を開ける素手の聖剣使いに向かって、槍使いは容赦なくトドメを見舞った。


「はっ、はっ、せいっ!」


 空壱流槍術・絶三段


 心臓、喉、眉間という、当たれば絶命確実の急所を全て貫く、無慈悲な三連突き。


「うわぁぁぁ―――っ!」


 ブゥーッ!


 悲鳴を上げて倒れる天道寺英人の右腕から、幻子装甲の限界を知らせるアラームが鳴り響く。

 それが、一方的な試合の終幕を告げる鐘の音であった。


「か、勝ちました……っ!」

「よっしゃあ、流石はワテの兄弟やっ!」


 一拍置いて、D組の生徒達が大歓声を上げる。


「…………」


 対するA組の女子達は、凍り付いたように無言だった。


「見たか、これが散々落ちこぼれ扱いされたD組の底力やっ!」

「…………」

「ほら綾子先生、早う宗次の勝ちやってA組に言ったって」

「…………」


 無言で固まっていた綾子を、映助は肘でつついて急かす。

 入学式の時と同様、イチャモンを付けられ逆転されてはたまらないからだ。

 そんな気持ちが通じたのか、綾子はゆっくりと右手を上げ――自分の三角眼鏡を頭の上に乗せた。


「眼鏡、眼鏡はどこだ」

「何でやねんっ!」


 まさかの自作自演な古典ギャグに、映助のツッコミもキレ気味である。


「あー、眼鏡がないと何も見えんな」

「自分で頭に乗せたやんか! それに、変換器のアラームが鳴ったやろっ!?」

「アーアー、きこえなーい」

「ネラーかっ!」


 耳を手で塞いで無視するさまは、まるで小学生である。


「もうええわ、兄弟、そのスケコマシにトドメ刺したれっ!」

「いや、刺しちゃ駄目だろ」


 注意深く倒れた天道寺英人に槍を向けながら、宗次は困り果てる。

 アラームが鳴った今、追撃を加えれば幻子装甲を完全に貫通し、大怪我を負わせるか、下手をすれば殺してしまいかねない。

 これは共にCEと戦う仲間として、互いの腕を高めるための試合であり、命がけの殺し合いではないのだ。

 そこまで考えて、宗次はふと違和感に気付く。


(待て、どうして幻想兵器が消えない?)


 訓練の時は安全のため、幻子装甲が半減してアラームが鳴れば、互いの幻想兵器が消えるように設定を徹底していた。

 しかし、宗次の手にはまだ蜻蛉切が存在している。


(設定をし忘れた? それとも……)


 わざと設定しなかったのだろうか。

 今のように天道寺英人が敗れた時、負けを認めないために。


(いや、それは理屈に合わない)


 何かの事故、もしくは故意で、天道寺英人が死んだらどうするのだ。

 彼は聖剣という凄まじい力を持った戦力であり、そのためか明らかに特別扱いを受けている。

 それを万一にも死なせるような危険を、特高の教師が許すはずもない。


(では何故……)


 これ以上の攻撃もできず、宗次はただ悩み続ける事しかできない。

 だから、この先の流れは決定していた。


「……俺は負けない、絶対に負けられないんだぁぁぁ―――っ!」


 聞き覚えのある台詞を叫び、倒れこんでいた天道寺英人が飛び起きる。

 そして、地面に刺さった聖剣に向けて走り出した。


「くっ……」


 宗次は苦虫を噛み潰しながら、その後を追う。

 もはや勝敗に興味はないが、また聖剣の光でグラウンドを吹き飛ばされてはたまらない。

 こうなれば、多少の怪我を負わせる覚悟で取り押さえるしかない。

 そう決意し、聖剣を握った天道寺英人の肩に手を伸ばす。

 しかし、掴もうとした瞬間、その姿は宗次の前から消え去った。


「うおおおぉぉぉ―――っ!」


 雄叫びと共に、晴れ渡る蒼穹の空へと飛び上がって。


「なっ!?」


 驚愕しながらも、宗次は異変の原因に気付く。

 天道寺英人の両足からいつの間にか生えていた、真っ白い鳥の翼に。


「空を飛ぶ、翼の生えた靴……ヘルメスのサンダルっ!?」


 ギリシャ神話の伝令係・ヘルメスの持ち物である、歩くように空を飛べる黄金のサンダル。

 かのメデューサ退治の英雄、ペルセウスも借り受けて使用したといわれる逸品である。

 天道寺英人が履いているのは普通の運動靴で、サンダルではないのだが、そこはエクスカリバーがビームを出すのと同様、拡大解釈された幻想なのであろう。


(だが、幻想兵器は一人に一つじゃなかったのか?)


 戸惑う宗次を上空百mほどの空から見下し、若き英雄は再び聖剣の光を開放した。


「エクスカリバァァァ―――っ!」


 天から振り下ろされる、大地を引き裂く光の刃。

 まるで入学式の繰り返しだが、今この時、宗次の背後には誰もいない。

 だから、右へと全力で走り、巨大だが遅い刃を余裕で回避する。

 グラウンドが裂け土砂が舞い散るなか、宗次は冷静に考え込む。


(どうする?)


 彼に空中への攻撃手段はないが、このまま聖剣を避け続けるのは難しくない。

 そうすれば、いくら天道寺英人であろうとも力を使い果たし、空から降りてくる事だろう。

 だが、その間に聖剣の刃によって、グラウンドがどれほどの被害を被るか。

 授業への支障、破壊跡の修繕費用を考えると、自分一人の意地を張っている場合ではない。


「まいった、俺の負けだっ!」


 宗次は立ち止まり、大声で降伏を宣言する。

 それはずっと後ろのクラスメート達にも届くもので、上空の天道寺英人にも聞こえたはずである。

 だというのに、聖剣の光は消えるどこか、その輝きを増していった。


「曲がれぇぇぇ―――っ!」


 避けた宗次に向かって、薙ぎ払う形で。


「何っ!?」


 地面を抉り取り、土石流のごとく押し寄せてくる光から、宗次は全力で逃げ出して、直ぐに急ブレーキをかけた。


(しまった!)


 天道寺英人を中心として、反時計回りに走っていたのだが、気付かぬうちに見守っていたクラスメート達の前まで来ていたのだ。

 このままでは彼らまで、聖剣の光に飲み込まれてしまう。


「俺の負けだ、頼むからやめてくれっ!」


 宗次はもう一度降伏を叫ぶが、グラウンドを削る騒音のせいで聞こえないのか、天道寺英人は聖剣を収めようとしない。


(馬鹿な、このまま巻き込む気かっ!?)


 D組だけではなくA組と綾子が、自らのクラスメートと担任教師がいるのに。

 それは見晴らしの良い上空にいる天道寺英人ならば、見えていないはずがないのに。

 A組の女子はまだいい、幻子装甲で守られているから大怪我は負うまい。

 だが綾子は、生身の彼女はどうなる?


「くっ……!」


 驚愕も逡巡も瞬きほどの一瞬で、宗次の決断は早かった。


「映助っ!」


 友に大声で呼びかけながら、迫る光の刃に向かって自ら突っ込んでいく。

 そんな宗次の覚悟を、棍棒使いの愛媛県民は確かに受け取る。


「綾子先生、早う逃げるでっ!」

「皆、幻想兵器で先生を守って、早く!」

「は、はい……っ!」


 映助は綾子の手を引いて校舎に向かって駆け出し、他の皆は陽向の号令に従って、万が一の時は盾となるため幻想兵器を構える。

 それが声で分かったから、宗次は笑顔さえ浮かべて聖剣の光に突っ込んだ。


「すまん、蜻蛉切!」


 詫びながら槍を突き出し、石突を地面に食い込ませ、またも支え棒にして光の刃を少しでも押し止めようとする。

 前回と同様、十秒程度で槍は砕け散るが、今の宗次にはまだ文字通り奥の手が残っていた。


「おおおぉぉぉ―――っ!」


 雄叫びを上げ、光の刃に向かって両拳を突き放つ。

 何重にも重ねた個人の防御本能は、人々の希望を束ねた聖剣にも負けず、その刃を確かに受け止めた。

 だがそれも、一時の事でしかない。


「いかん、よせっ!」


 綾子の悲痛な叫びは、果たしてどちらを止めようとしたものか。


 パリンパリンパリンパリンッ!


 幻子装甲が砕ける乾いた音と、限界を告げるアラームの不吉な音色。

 それが響いた瞬間、宗次の体はまたしても光の放流に飲み込まれ、意識は闇へと消えていった。


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