第18話 A組
聖剣使いと槍使いのリベンジマッチが場の勢いで決まり、皆が盛り上がって勝敗の予想を始めた放課後。
教科書を仕舞う宗次の元に、気まずそうな顔の剛史と豊誠が歩み寄ってきた。
「宗次、その……悪かったな、あんな事になって」
「本当にごめん、俺達のせいで」
時間が経ち頭の冷えた二人は、揃って謝罪した。
それに、宗次は笑って首を振る。
「気にするな、俺も負けっぱなしは悔しいから、丁度良かった」
「おっ、そうだよな!」
思ったよりやる気な様子をみて、剛史もほっと胸をなでおろす。
「意外やな。自分、あの件は気にしとらんと思ってたわ」
前の席で聞いていた映助は、少し驚いた顔をする。
入学式以来、宗次が口にする事はなかったので、関心が無いと思っていたからだ。
「負けるのには慣れているから、悪い感情を引きずらないのにも慣れただけだ」
祖父に連敗中の事を告げ、宗次は苦笑する。
「だからといって、悔しくないわけじゃない。こんな事になるとは思わなかったが、再戦できる事自体は嬉しいよ」
どちらが勝っても負けても遺恨を残し、共に戦うエース隊員の仲にヒビを入れるのは、正直にいって気が進まない。
とはいえ、彼も男である。
自分でも言った通り、負けっぱなしは悔しいから、再戦自体は大歓迎であった。
「少し、試してみたい事もあったしな」
「ほ~、秘策有りか、勝つき満々やんか」
「勝算のない戦いはしないさ」
死んで花実が咲くものか、泥を食ってでも生き延びて、敵の喉笛を噛み千切れ。
実戦武術の空壱流はそんな物騒思考なので、宗次は当然勝ちを狙っている。
「宗次君が気にしてないようで安心したよ」
「そうだ、一つ聞いていいか」
安堵する豊誠達に、宗次は思い出した疑問を告げる。
「結局、どんな悪口を言ったんだ?」
激高する音姫に遮られて聞けなかった、そもそもの原因。
「いや、本当に大した事じゃねえんだけどよ」
剛史はそう前置きしつつ、制服のポケットからスマホを取り出す。
そして、暫し操作してから首を傾げた。
「あれっ? 見付からねえぞ」
「本当だ、もう消されたのかな」
豊誠までスマホを弄り出すが、暫くして二人は諦めた顔で手を止めた。
「いや、もともと俺と豊誠はよ、ネットで面白いニュースを見つけて、その事を話してたんだよ」
「それがさ、入学式の事件の写真を、誰かが掲示板に上げてたんだ」
「事件って、スケコマシのか!?」
驚く映助に、剛史達は揃って頷く。
「俺達まで切ろうとしやがった、あの忌々しい光の剣さ」
「それが空に伸びている所が、バッチリ映ってたんだよ」
特高は高い壁に囲まれて中が見えず、周囲には監視カメラまで設置されており、興味本位の不審者やマスコミが入り込む余地はない。
しかし、壁の外からでも目に入ってしまう、聖剣の巨大な刃は隠しようもなかったのだ。
「それを『特高の新兵器だ』とか皆で噂してるなかによ、『あれは天道寺刹那の弟だ』って書き込んでる奴がいたんだよ」
「何だと?」
聞き捨てならず、宗次の目が鋭く光る。
それが本当なら、特高の情報が外部に漏れていたという事なのだから。
「マジだって、俺達だって驚いたんだぜ、何で知ってんだよって」
「ひょっとして、うちの学校の誰かが書いたのかと思ってさ」
外部から侵入されて情報を盗まれたと考えるより、内部からのリークの方が可能性は高い。
だから剛史と豊誠は、犯人を見つけてやろうと探偵気分で、その書き込みを追いかけたのが――
「そいつがよ『天道寺刹那の弟は凄い!』とか『彼こそCEを倒す英雄だ』みたいなウゼー事ばっか言いやがって」
「それで腹が立ってきてさ、音姫さんに言ったような事を書こうと思ったんだ」
天道寺弟なんてクソザコww入学早々ボコられてやんのwwww
所詮は証拠もないネットの書き込みで、相手にもされないだろうが、憂さ晴らしとネタの提供にはなる。
そんな軽い気持ちで何を書くか話していたら、話を耳にした音姫にビンタされたのだという。
「何やそれ、ご褒美貰うほどの事と違うやん」
「だから最初から言ってるだろ、そんな酷い悪口じゃねえって」
剛史は事実を言ったまでだし、それも匿名のネット掲示板に書こうとしただけで、校内で噂を撒いたわけでもない。
好きな男を悪く言われて、腹が立つのは分かるが、いきなり暴力を振るわれるほどの事ではなかった。
「なんかA組の女子ってさ、天道寺の事になると気持ち悪いよね……」
間違ってもA組に聞こえないよう、小声で呟いた豊誠に、映助も頷いて同意した。
「せやな、みんな可愛い子ちゃんやのに、スケコマシが絡むと妙にヒステリックになるもんな」
入学式の試合からしてそうだ。天道寺英人が倒された途端、現A組の女子達はギャアギャアと騒ぎ出し、そのせいであの逆転劇が起こってしまった。
「噂によるとさ、天道寺に話しかけたC組の女子を、校舎裏に呼び出してシメたんだって」
「それどころか男子にまで嫉妬するらしいぜ。男一人じゃ気まずいだろうって、B組の親切な奴が寮まで遊びの誘いに行ったら、木刀を振り回して追い返されたんだと」
「ホンマかっ!? 恐ろしいな~」
映助は青い顔で背を震わせ、宗次も額に冷や汗を浮かべる。
「やはり、都会の女子は怖いな……」
「いやいや、あれが異常なだけやって! 優しい女子かている……かもしれんやろ」
「ちょっと、何でこっち見た」
「あれあれ~、映助ちゃんってば何が言いたいのかな~」
視線を送られ、直ぐに逸らされた陽向と心々杏が、目くじらを立てて詰め寄ってくる。
「心々杏はともかく、私はA組連中ほど性根は腐ってないわよ」
「そ、そうだよ、心々杏ちゃんはともかく……」
「私はともかくね~」
「認めるんかいっ!?」
神奈はおろか本人まで反論しない腹黒さに、映助はツッコミせざる負えなかった。
「話は聞いていたけど、A組の連中は明らかにおかしいって。幼馴染だっていう千影沢はともかくさ、他の女子なんて会って数日であれでしょ?」
「まるで神様扱いですもんね。いくらイケメンでもあれじゃ怪しい宗教ですよ~」
「わ、私も睨まれて、怖かったです……」
女子の視点から見ても、やはりA組の態度は異常であった。
「そんな事になっていたのか……」
世間話に興味のない宗次は、初耳の事ばかりで驚くが、そんな彼の肩を映助が呆れ顔で叩いた。
「他人事やないで兄弟、自分なんてA組女子の間じゃ悪魔扱いなんやで」
「悪魔?」
「『私の英人君を傷つけた、許せないっ!』って感じで、背中から包丁で刺しかねん勢いらしいで」
「…………」
それは流石に冗談だろうと、宗次は皆を見回すが、陽向や剛史達は揃って気の毒そうに俯いてしまう。
「今度の試合で勝ったりしたら、本当に刺されるんじゃ……」
「私は寮に放火だと思いますよ~」
「しょ、消火器の用意しておきます……」
「背中は俺達が守るからな!」
「俺達の責任だし、それくらいはさせてよ」
既に襲撃される事を前提に、励ましの言葉をかけてくる一同。
「兄弟……葬式には必ず行くで」
「勝手に殺すなっ!」
宗次ですら思わずツッコンでしまうくらい、洒落にならないボケであった。
そんな彼らの宗次弄りは、トイレに行っていた一樹が帰ってくるまで続くのであった。




