第17話 飛び火
事件が起きたのは、入学から一週間が経った水曜日の事。
昼飯を食べ終わり、教室でゆっくりと次の授業を待ってる時であった。
バチンッ!
「何すんだてめえ!」
廊下から乾いた平手打ちの音に続いて、男子の怒声が鳴り響いてくる。
「どうしたんだ!」
優等生の弓月優太を筆頭に、D組の生徒達は驚いて廊下に出る。
そこでは、D組男子の高橋剛史が赤くなった頬を押え、一人の女子と睨み合っていた。
美女揃いのA組でもトップレベルの美少女で、天道寺英人の幼馴染、千影沢音姫と。
「あんたがふざけた事をぬかすからよ!」
自分より背の高い剛史を逆に睨み返し、音姫は強気に叫び返していた。
「てめえ、ちょっと可愛いからって調子に乗るな!」
激高して拳を振り上げる剛史を、優太と映助が慌てて背中から掴み止める。
「落ち着け、何があったのか知らないが、暴力はいけない!」
「そうや、殴っていいのブサイクだけや!」
「うわっ、最低……」
思わず漏れた映助の本音に、周囲の女子から非難の声が浴びせられる。
「何でやっ!? 自分らかてイケメンの顔は殴らんけど、ワテらは平気で足蹴にするやんかっ!」
「映助君、もう止めるんだ」
真実は人を傷つけ敵を作るだけだと、優太は涙を流して映助の肩を叩く。
そんな小芝居のおかげで、殺気立っていた場の空気も少しは収まり、剛史も毒気を抜かれた様子で拳を下ろした。
「それで、何があったんだ?」
「何って、俺達はただダベってただけで、なあ?」
剛史はそう言って、同じくD組の痩せた男子、骨川豊誠に同意を求める。
「あぁ、廊下で喋っていただけなのに、あの子がいきなり剛史をビンタしたんだ」
「何やそれ、ご褒美やんかっ!」
「映助君、頼むから黙っていてくれ」
優太は激しい頭痛を覚えつつ、仁王立ちを続ける音姫の方に視線を移す。
「彼らはこのように言っているが、どうなのかな?」
「デタラメよ、こいつら英人の悪口を言ってたんだから!」
「……はぁ?」
音姫の答えに、その場に集まった全員が呆れ顔を浮かべる。
もちろん、「そんな事でいきなり人を叩くなよ」という意味でだ。
「英人は皆のために一生懸命頑張っているのに、有る事ない事言いふらすなんて最低よ!」
「頑張ってる?」
その台詞に、D組生徒達の額に青筋が浮かぶ。
彼らが毎日、倒れるまで砂埃舞うグラウンドを走り、幻想兵器で殴り合いをしているなか、A組の生徒達は緑優しい芝生の上で、楽しくボール遊びをしていたのだから、腹が立つのも無理はない。
「英人に顔も強さも優しさも敵わないからって、妬んで悪口を言ってるから、あんた達は落ちこぼれなのよ!」
「ちょっと、あんたねえ!」
いい加減、音姫の暴言が我慢ならず、陽向が腕まくりして前に出てくる。
「ま、待ちたまえ陽向さん、暴力は駄目だ、まずは話し合おう!」
「え~、暴力が一番手っ取り早いんだけどな~?」
心々杏も可愛い顔をしながらキレているらしく、手には寸鉄替わりのボールペンが握られていた。
「とにかく落ち着いて。それで、英人君の悪口を言っていたのかい?」
「それは、まぁ、言ったけど……」
「だからって、いきなり殴られるほどの事は言ってねえよ」
豊誠と剛史は悪口発言こそ認めたが、あくまで軽いものだと力説する。
「何て言ったんだ?」
「それが――」
「とにかく、謝りなさいよ!」
詳しく説明しようとした剛史の声を、音姫が怒鳴り声を上げて遮ってしまう。
「何だそれ? 謝るのは殴ったお前の方だろ!」
「あんたが先に悪口を言ったんでしょ、英人に謝りなさい!」
「ふざけんな、誰が謝るかよ!」
売り言葉に買い言葉、せっかく落ち着いてきた剛史も、音姫の刺々しい態度でまた頭に血を上らせてしまう。
「英人英人ってうるせえんだよ、あんな顔だけの弱っちい奴にデレデレしやがって、馬鹿じゃねえのっ!」
「何ですって!? 英人は弱くなんてない、最強のエースで、CEから私達を救ってくれる救世主よ!」
「救世主? はっ、宗次にボコボコにされた奴が何言ってんだ」
「――っ!?」
入学式の事を突きつけると、威勢の良かった音姫が思わず口をつぐんだ。
「俺はちゃんと見てたんだぜ。お前らA組の女子が何かイチャモンつけて、その隙に不意打ちかましただけで、本当は宗次に手も足も出ずボロ負けしてたじゃねえか」
「……っ」
「それを救世主とか英雄とか馬鹿すぎだろ。ひょっとして――」
「いいわ、そこまで言うならハッキリしてやろうじゃない!」
また剛史の言葉を遮り、音姫は指を突きつけて叫ぶ。
「英人は誰にも負けない、最強の救世主なんだって、もう一度戦って証明してやるわっ!」
彼女の指がさしているのは、当然ながら剛史でも豊誠でもない。
自分が話題に上がって驚いていた、槍使いこと宗次である。
「俺が?」
「そうよ、英人の聖剣はあんたなんかに負けない。明日の合同体育の時間にボコボコにしてやるから覚悟してなさい!」
音姫は一方的にそう言うと、背を向けさっさとA組に帰ってしまう。
「吠え面かくのはそっちの方だ!」
「一昨日来やがれ!」
音姫の態度と、A組ばかり贔屓されているのにウンザリしていたD組の生徒達は、揃ってヤジを飛ばす。
「どうしてこうなった……」
勝手に決闘を決められてしまった宗次だけは、話の流れについていけず唖然としていたが。