第16話 幻子装甲
その日の放課後、夕食までの時間を潰すため、皆が教室で談笑したり一度寮へ帰るなか、宗次は校舎一階のとある部屋へと向かっていた。
厳しい訓練をこなす途中で、誰もが一度は世話になる場所、保健室である。
「失礼します」
ノックをしてから扉を開け、ベッドと薬品棚が並んだ部屋の中へと足を踏み入れる。
見た目は普通の保健室と変わらず、これでは大勢の怪我人が出た時、とても受け入れきれそうにない。
しかし、地上部分はオマケであり、真の医療施設は地下に広々と作られているので問題はなかった。
「いらっしゃい」
入室してきた宗次を白衣の美女、保科京子が笑顔で出迎える。
「怪我をした様子はないけど、ひょっとして私に会いに来てくれたのかしら?」
「はい」
「そこまで素直に言われると、少し照れるわね」
京子は軽口を返しつつも、宗次の真剣な顔を見て、手元のノートパソコンを閉じて真っ直ぐ向き直った。
「仕事中でしたか?」
「急ぎじゃないから気にしないで。それで、何の用かしら?」
「幻子装甲の仕組みを教えて下さい」
直球で繰り出された質問に、京子は少し驚いた様子で目をしばたかせた。
「仕組みを知ってどうするの?」
「戦闘中に上手く利用できないか考えています」
そう告げると、京子はさらに驚いた顔をしたが、少し考え込んでから話し出した。
「幻想兵器が『人々の想像を束ねて生み出される武器』だって話はしたわね」
「はい」
「そして、幻想兵器を形成している幻子が『人の精神に影響を受けてエネルギーを生む』って話も」
「覚えています」
「それを合わせれば、想像は付くんじゃんないかしら?」
あえて答えを言わず、問いかけてきた京子に、宗次は自分なりの考えを口にした。
「幻子装甲、幻子の力による装甲、幻子は精神の影響を受けて……いわば精神力のエネルギーによるバリア?」
「うん、そこまでは正解」
「では、そのエネルギーがどうしてバリアに、体を守る形になるのか?」
「そこが問題ね」
同じ幻子の力で形成される幻想兵器は、人々の想像によって形を得る。
エクスカリバーならば、最強の聖剣、決して折れない、ビームを放つ、といった想像が、正誤の関係なくただ集まって現実と化す。
では幻子装甲という形を与えているのは、いったい誰のどんな想像か?
「バリアの想像?」
「それは難しいわね、『バリアを出せる盾』という幻想なら不可能ではないかもしれないけど」
「ん~……」
「大ヒント『幻子装甲は自分一人だけのイメージ』で作られています」
「自分一人の……防御本能?」
「はい大正解!」
京子はパチパチと拍手を送り宗次を称えた。
「人が誰でも持つ防御本能を、幻子のエネルギーで実体化させたのが幻子装甲って事ね。いわば『ヒトが持つ心の壁』よ、千切ったり、投げたり、飛んだりは不可能だけど」
「投げる?」
「そ、そっか、これも通じないのね……」
新しい劇場版なら若い子だって――と、京子はまたもジェネレーションギャップに苦しみつつ、解説は怠らない。
「とにかく、幻想変換器で人の防御本能を形にしたのが幻子装甲なの。たった一人の『命を守りたい』という気持ちだけで作られているから、大勢の想像をまとめた幻想兵器より脆いんだけどね」
「脆いですか? あまりそうは感じませんが」
「訓練中は幻想兵器の威力を抑えているから、勘違いしているだけよ。実戦で全力を開放した幻想兵器なら、幻子装甲なんて一、二発で貫通して死んじゃうわ」
そこまで差があるのかと、宗次は驚き目を見張る。
「幻子装甲は脆い……いや、幻想兵器が強すぎるだけか」
「その通り、幻子装甲だって小銃弾を何十発と耐えられる凄い防御力なのよ。ただ、幻想兵器の盾や鎧なら、大砲やミサイルすら弾き返せるというだけで」
そして、伝説の剣ならば戦車すら切り裂き、神話の弓矢は戦闘ヘリすら撃ち落とせる。
「ただ、幻想兵器は原則一人に一つだし、望む物が出るとも限らないでしょ? けど防御本能なら誰にでも有るから、幻子装甲は全員が装備できるというメリットがあるのよ」
「なるほど」
棍棒が出て駄々をこねていた映助を思い出し、宗次は深く頷いた。
「そういえば、幻想兵器が選ばれる基準とかあるんですか?」
槍術を学んでいた宗次は槍、剣道を習っていた陽向は刀、体力はあるが技術はない映助は扱いやすい棍棒、気弱で争い事が苦手そうな神奈は盾と、本人の性質に合った物が選ばれているようではあるが。
しかし、訊ねられた京子は困った様子で言葉を濁す。
「ん~、それはベッドの中でも教えられないかな」
恋人にも教えられない、つまり軍事機密という事である。
「ちなみに、幻子装甲の件も他の人には口外しないでね」
「分かりました」
可愛らしくウインクして口止めしてくる京子に、宗次は素直に頷き返す。
「色々とお話してくれて、ありがとうございます」
「お役に立ててなによりよ」
礼儀正しく一礼してから去る宗次を、京子は笑って送り出す。
そして、彼が保健室から消えた途端、鋭い眼差しで天井を仰いだ。
「まさか、あの子と同じ……」
脳裏にある人物の顔が過ぎり、京子は頭を振ってそれを追い出した。
懐かしむには早すぎて、涙を流すには時が経ちすぎていたから。