第15話 原型と矛盾
上級生達の戦いを見た後とあって、午後からの訓練は皆気合が入っていた。
「いくで兄弟っ!」
「甘い」
棍棒を振りかぶり踊り掛かってくる映助を、宗次は難なく槍で突く。
しかし、映助はそこで怯む事なく、逆に槍を掴んで動きを封じた。
「これを狙ってたんやっ!」
そのまま距離を詰め、渾身の反撃を見舞おうとする。
幻子装甲の頑強さを上手く利用した、なかなか良い作戦であったが、それも宗次の想定内であった。
槍から手を離し、短い棍棒の射程よりもさらに内側、懐の中へと肩からぶつかっていく。
空壱流体術・猪突返し
八極拳の鉄山靠とよく似た、カウンターの体当たりだ。
「ぐぇっ!」
まともに受けた映助は、後ろに吹き飛び地面を転がる。
それでも掴んだ蜻蛉切を離さなかったのは、大した根性であった。
武器を奪って形勢逆転――という目論見は、残念ながら一秒で崩れるのだが。
カチカチカチッ。
体当たりの姿勢を解きながら、宗次は素早く幻想変換器のボタンを三回押す。
幻想兵器は解除され、映助の掴んでいた蜻蛉切は光となって消え去る。
「武装化」
そして、宗次がもう一度起動コードを告げれば、槍は彼の手の内に戻ってしまう。
「なんでやっ!」
無念の叫びを上げる映助に、容赦なく蜻蛉切が突き刺さる。
それでアラームが鳴り響き、試合は宗次の勝利で幕を下ろすのであった。
「いい戦い方だったが、CEのレーザーは掴めないと思うぞ?」
「そんなん分かっとるわっ! あぁ~、今度こそいけると思ったんやけどな~……」
今のところ全敗、しかも攻撃を掠らせる事すらできない完敗とあり、流石の映助もへこんで項垂れる。
そこに、宗次は同情や慰めではない本心の言葉を送る。
「俺は爺ちゃんとの訓練で対人戦に慣れているから、今の攻撃を避けられたが、CEならまともにくらって砕けているだろう」
「えっ、ホンマか?」
「あぁ、映助は体力も筋力も有るし、敵を恐れない勇気も持っている、優秀な戦士だ」
技は未熟だが、彼らが戦うのは人間ではなく、知能が有るかも疑わしい結晶体であり、特別必要なものではない。
今直ぐ実戦に放り込まれても、映助ならば十分に活躍できるであろう。
「ホンマかっ? 嘘と違うやろな?」
「あぁ、自信を持っていい」
疑う映助に、宗次は笑って頷いた。
元々、彼はお世辞を言えるような器用な性格ではない。
「そうかー、ワテはやっぱエースに選ばれるだけの才能が有ったんやなっ!」
「あぁ」
「つまり、『映助君ってば素敵、抱いてっ!』と女子にモテモテの未来も夢やないんやなっ!」
「…………」
「おい、何で黙んねん」
友人に残酷な現実を突きつけないよう、黙秘するくらいの器用さは宗次にもあった。
「悪い、次の相手を探してくる」
「待って、そこはちゃんとモテる言うてっ!」
逃げる宗次を呼び止めようと、映助は手を伸ばすが、その肩がガシッと大きな手で掴み止められてしまう。
「遠藤、そんなに元気が残ってるなら、グラウンド三十周はいけるな?」
「ひいっ、堪忍してや馬並み先生っ!」
「お前、そんなにチョークスリーパーが恋しいのか?(ゴキッ)」
「ぐぇーっ!」
いつものやり取りを背に、宗次はグラウンドの端へと移動する。
「皆、頑張ってるな」
二人組となったD組のクラスメート達が、いたる所で幻想兵器をぶつけ合っている。
誰もが遠慮なく本気で攻撃しており、授業初日のおずおずとした様子はもうない。
それも、あらゆる攻撃を防いでくれて安全に訓練できる、幻子装甲のおかげであろう。
(幻子の装甲か)
これも随分と不思議な代物だと、宗次は己の右腕を見た。
そこに填められた幻想変換器によって、常に身にまとっているバリアのような物。
(幻子干渉能力と言ったか?)
京子が「ゲームのMPみたいなもの」と言ったように、ある程度の休憩で回復する力によって、幻子装甲は形成されているという。
グラウンドを見れば、試合に敗北して干渉能力が切れた生徒達が、回復するまでの時間を無駄にするなと走らされている。
(総量や回復の具合が、いまいち分からないのがな……)
体力は使えば直ぐに疲労という形で現れるが、干渉能力はそれが表に現れない。
戦場で自分の限界を把握できないと、致命的なミスを犯しそうで、宗次は不満であり不安であった。
(それとも、使い切れば何か症状が現れるのか?)
試合終了の合図ともなっているアラームは、干渉能力が半減した時に鳴ると言っていた。
つまり、まだ半分も余裕が残っている状態で、試合を終わらせる必要があるという事だ。
もちろん、万が一にも幻子装甲が破られ、負傷者や死者が出ないようにとの配慮はあるだろう。しかし――
(まるでゲームのように休めば回復する力……本当にそんな都合の良いモノなのか?)
教師達の説明は嘘で、実は『大切な何か』を擦り減らすしているのではないか。
そんな埒もない妄想が浮かび、宗次は慌てて首を振った。
「考えすぎか」
気持ちを切り替えて立ち上がると、興味深い光景が目に入ってくる。
「準備はいいですか」
男の娘こと一樹が、二つ折りにした紐をクルクルと回しており。
「は、はい……」
五十mほど離れた場所で、黒髪の巨乳少女こと神奈が盾を構えている。
「いきますよ!」
合図と共に、一樹が紐の片方から指を離す。
すると、紐の中央部分にはまっていた丸い石が、遠心力によって凄まじい速度を得て、神奈に向かって飛び出した。
「ひっ!」
悲鳴を上げつつ、神奈は盾を構えてそれを迎え撃つ。
ガゴッ!――と凄まじい音を立て、丸石は粉々に砕け散る。
神奈は衝撃を受けきれず尻餅をついてしまうが、盾は凹み一つなく無傷であった。
「投石器と防御の練習か」
「あれっ、宗次さん?」
後ろから声をかけると、一樹は少し驚いたものの、直ぐに笑顔を浮かべた。
「見てたんですか、恥ずかしいな……」
「いや、見事な腕だった」
投石器は原始時代から存在する最古の飛び道具だが、その使い方にはかなりのコツがいる。
五十mも先の相手に命中させるなど、相当の修練が必要であろう。
そう褒め称えると、一樹はむしろ気まずそうな顔をした。
「あれは僕の腕じゃなくて、幻想兵器の能力なんです」
「自動追尾の投石器という事か」
そんな能力の投石器に覚えはないが、そもそも伝説になるような投石器自体の数が少ない。
「ゴリアテを倒したダビデの物か? それとも光神ルーの魔弾タスラムか?」
思いついた物を上げると、一樹の表情が何故か暗くなる。
「あの、それが……」
「良かったら教えてくれないか、同じ分隊になるかもしれないし、クラスメートの武器と能力は把握しておきたい」
順位を競う競争相手ではなく、共に戦う仲間なのだから、武器の名や能力を隠す必要はない。
だというのに、一樹はやはり顔を曇らせ、酷く沈んだ小声で答えたのであった。
「……スリング石です」
「それは知っている、何の伝承か教えて欲しい」
「……ルーのスリング石です」
「魔弾タスラムか」
「違うんです、ルーの『スリング石』って名前なんですっ!」
「……What?」
思わず英語になってしまうくらい、一樹の説明は意味不明であった。
混乱して首を傾げる宗次に、横から小声が掛けられる。
「あ、あの、タスラムって名前、途中から付けられたみたいで、最初期はただの『スリング石』だったみたいで……」
自信なさそうにオドオドしながらも説明したのは、盾を構えた神奈。
「タスラムと呼ばれる前の原型という事か、詳しいんだな」
「い、いえ、気になって、調べただけで……」
感心すると、神奈は照れて俯いてしまう。
「しかし、それならタスラムと呼んでも構わないのでは?」
「それが、三年生に『魔弾タスラム』の使い手はいるそうで……」
「…………」
どんよりと影を背負う一樹に、宗次もかける言葉をなくす。
そんな空気を変えようとしたのか、神奈が必死に擁護する。
「で、でも、一樹君のスリング石、凄いんです……か、必ず目に向かって飛んできて……」
光神ルーが放ったその石が、魔神バロールの魔眼を射抜いた伝承から、そんな能力となったのであろう。
「それは凄いな」
宗次は素直に賞賛するが、それでも一樹は不満気だった。
「でも、目を狙うって卑怯っぽくないですか?」
「構わないだろ。『卑怯、卑劣は敗者の戯言、勝った者こそ正義だ』と爺ちゃんも言ってたし」
「宗次さんのお祖父さんっていったい……」
空壱流槍術は仮にも戦国時代から続く実戦武術。
お綺麗なお題目を唱える前に、敵を殺す方法を考えろという殺伐思考なので仕方ない。
「でも、少し気が晴れました」
馬鹿にされたりせず認められたのが嬉しくて、一樹は笑顔を浮かべる。
それに笑い返しつつ、宗次は神奈の盾にも目を向けた。
「投石を防いだ鴉崎さんの盾も凄いな」
「い、いえ、私の盾なんて、そんな……」
謙遜して縮こまる神奈を、一樹がさらに褒め上げる。
「神奈さんの盾は凄いんですよ、なんとあの『最強の盾』なんです!」
「最強の盾?」
「せ、正確には『どんな矛も防ぐ盾』で……」
「あぁ、『矛盾』か」
また面白い物が選ばれたなと、宗次は深く頷いた。
どんな盾も貫く矛と、どんな矛も防ぐ盾。
辻褄の合わない事を意味する故事成語だが、誰もが知る伝説の武具という意味で、幻想兵器の資格が有ったのだろう。
「本当にどんな矛も防ぐのなら、まさに最強だな」
「そ、そんな事ないです……」
心強いと褒めたのに、神奈もまた表情を暗くした。
「何か問題が?」
「み、見て貰った方が、早いです……」
問うと、神奈は盾を構えて促した。
「つ、突いて下さい……」
「えっ?」
「そ、宗次さんので、突いてくれれば、分かります……」
微妙に誤解を招きそうな台詞と共に盾を前に出す。
「分かった」
宗次は乞われるまま、蜻蛉切を呼び出して最強の盾に向けて突き出した。
まるで力を込めていない、軽く当てるだけの突き。だというのに――
バギュンッ!
凄まじい音を上げて、槍と盾が同時に砕け散った。
「何っ!?」
「こ、これが私の盾、なんです……」
幻子の光が飛び散るなか、神奈は申し訳なさそうに頭を下げる。
「さ、最強の矛と盾、矛盾するから、どっちも消えてしまって……」
「つまり、矛やそれに近い武器をぶつけると、どちらも壊れると?」
「みたいです……」
こんな役立たずの盾で申し訳ないと、神奈は何度も謝罪した。
しかし、宗次は全く逆の感想を抱く。
「矛以外を防げるなら、やはり最強の盾だな」
「え、えぇ……!?」
「俺達の敵はCEだろ、槍なんて使ってこない」
「そ、そうですけど……」
「それに、相手の矛や槍を絶対に破壊できる装備と考えれば、むしろ長所ではないか?」
実際、今の宗次は槍を失って、丸腰になってしまっている。
「武装化……ふむ、出ないか」
試しに蜻蛉切を呼んでみるが、何の反応もない。
変換器のボタンを押して自ら消した時と違って、破壊された場合は直ぐに呼び出せないようだ。
天道寺英人の聖剣によって破壊された時は、気絶して起きたら呼べるようになっていたので、時間が経てば復活するようであるが。
「物にもよるが、幻想兵器の修復には十分前後は掛かるぞ」
「なるほど、それは問題だ」
「って、大馬先生っ!?」
気が付けば宗次の真後ろに、大馬が腕を組んで立っていた。
「幻想兵器が破壊されたから、何事かと急いで来たんだがな」
そう言って、手元のタブレットPCを叩く。
CEとの戦闘中に幻想兵器が破壊されれば、使用者は窮地に陥ってしまうから、それを知らせる信号が出ていたのだろう。
「諸君、私に申請しないで試合をしたな」
「あっ……」
まさか武器が砕けるとは思わず、軽く当てるだけのつもりだったので、すっかりその事を忘れていた。
「すみません、失念していました」
「ち、違うんです、私が突いてって……」
「いえ、元はといえば僕の愚痴につき合わせてしまったのが……」
深く頭を下げる宗次を見て、神奈と一樹が慌て庇おうとする。
そんな三人を見て、大馬はやれやれと苦笑した。
「どこかの不真面目なスケベと違って、お前達が進んで悪さをするとは思っていない。だが規則は規則だ、グラウンドを十周してこい」
「「「はい」」」
かなり温情のこもった処置に、三人は素直に返事をして走り出した。
「しかし、迷惑をかけて済まなかったな。お詫びに何かできる事はないか?」
二人に合わせてゆっくり走りつつ、宗次はそう謝罪する。
「俺にできる事なら、何でもする」
「い、今、何でもするって言いましたっ!?」
神奈が急に眼を輝かせ、異様に食いついた。
「あ、あぁ」
宗次が妙な寒気を覚えつつも頷くと、神奈はニヘラ~とだらしなく頬を緩ませた。
「え、えへへ……やっぱり、一樹君との絡みが……いや、映助君とも捨てがたい……」
「…………」
気持ち悪い笑い声を上げ、ブツブツと呟きだすその姿を見て、横を走る一樹は悟った。
駄目だこの子、腐ってる――と。
そちらの方面に疎い宗次だけは、己の窮地に全く気付いておらず、ただならぬ悪寒と少しばかりの後悔を覚えるのであった。