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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第2章・神にエコヒイキされる者、汝の名は英雄
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第13話 風呂

 午後の授業をこなし、少し早めの夕飯を食堂で食べると、ようやく特高での一日は終了する。

 慣れていてまだ元気の残る二、三年生と違い、新入生達は誰もが疲れ果て、這うように寮へと戻っていく。

 特にD組の生徒達は疲労が激しく、半数近くは直ぐ己の部屋に戻り、布団に身を投げていた。

 しかし、残り半分はというと、一階の談話室に集まって、真剣な表情で顔を突き合わせていた。


「さて、皆分かっとるな」


 映助が代表し、集まった者達の顔を見回す。

 この場にいるのは男子のみ。そして女子はというと、浴場で汗を洗い流している最中である。

 となれば、何をするかなど自明の理であろう。


「女子風呂を覗く、これがワテらの任務や」

「何て事を言い出すんだっ!」


 机を叩き怒声を上げたのは、委員長的なリーダー気質の爽やか優等生、弓月優太である。


「そんな犯罪行為、許されるわけがないだろう!」


 正義の雄叫びを上げる優太に、男子達は白けた眼を向ける。


「覗きは犯罪、そんな事は言われんでも皆分かっとるわ」

「なら――」

「せやけど! やめろと言われてやめられるなら、この世に警察はいらんのや! そんな程度で無くなる煩悩なら、この世に子供は生まれんのやっ!」

「なっ……!?」


 謎の説得力を放つ映助に、優太も思わず気おされてしまう。

 だが、そこに別の声が加勢してくる。


「あの、やっぱり覗きとか良くないと思います」


 そう反対したのは、女子と見紛うばかりの美少年、斑鳩一樹であった。


「そんな白けた事を言えんのは、一樹たんが女やからや」

「女じゃないですし、たんって呼ぶの止めて下さい」


 ム~と頬を膨らませるが、それもリスみたいで愛らしく逆効果であった。


「ほら、宗次さんも何か言って下さい」

「……あぁ、そうだな」


 一樹に袖を引っ張られた宗次は、学校から支給されたスマホを慣れない手付きで操作するのに忙しく、気のない返事をするだけであった。


「とにかく、ワテは女湯を覗く。賛成の者は挙手せいっ!」

「「「はいっ!」」」


 集まった十八人中、十五人が一斉に手を挙げる。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりであった。


「よし、多数決により決定や、桃源郷に行くでっ!」

「「「「おぉーっ!」」」

「だから、やめないか!」


 雄叫びを上げ風呂場に直行しようとする映助達を、優太は身を挺して遮る。


「覗きしたなんてバレたら、ここで暮す三年間、ずっと彼女が出来なくなるぞ!」

「うぐっ……」


 痛い所を突かれ、数名の男子が狼狽える。

 しかし、それを叱りつけるように映助が叫ぶ。


「ふっ、アホやな自分ら――覗きせんでも、ワテに彼女なんて一生出来んわっ!」

「エロ助、なんて潔い……」

「悲しすぎるぜ、エロ助っ!」


 高校生活どころか一生と言い切る男の姿に、男子達は感動と憐みの涙を流す。

 そんな仲間達の励ましを受けつつ、映助は立ちふさがる優太の肩を叩く。


「そもそも、自分かてホンマは覗きたいんやろ?」

「馬鹿な事を言うな! 俺は正義に反する行為など――」

「……心々杏ちゃんの事、ずっと見とったよな?」

「――っ!?」


 思わぬ名前を出され、優太の表情に驚愕が走る。

 その表情こそが、指摘が真実だと証明していた。


「心々杏って、あの小学生みたいな?」

「うわっ、優太ってロリコンだったのかよ……」

「幼女好きとか、覗きよりヤバくね?」


 爽やか優等生の意外な性癖に、男子達はちょっと引いてしまう。

 その様子を見て、優太は慌て弁解した。


「待ってくれ、高校生と小学生の差なんて五歳程度だから、犯罪じゃないだろっ!」

「「「…………」」」


 あっ、こいつ本物だ――と皆は思ったが、生暖かい優しい目をして、口には出さないのであった。


「と、とにかく、自分も意中の子がおるんやろ? 裸を見たいんやろ? なら何を迷う必要があるんや?」

「いや、しかし……」

「ワテらはCEと戦うエース隊員やで? ひょっとしたら、明日の朝日を拝めん兵士やで? ちょっとくらいの役得を貰うてもええやん?」

「うっ、それは確かに……」


 強固に反対していた優太も、映助の巧みな話術の前に籠絡されてしまう。


「よし、これで阻む者はなしや、皆行くで――っと、兄弟はええのか?」


 宗次にも誘いをかけるが、彼は先程からずっとスマホと睨めっこをしており、立ち上がろうともしない。


「あぁ、遠慮しておく」

「というか、さっきから何してんねん?」

「小向井さんに頼まれて、これの操作をしていたんだが、上手く出来たか自信がなくてな」

「心々杏ちゃんから? ちょい貸してみ」


 代わりに操作してやろうと、スマホを受け取った映助は、画面を見て固まった。

 そこに映っていたのは「通話中」の文字と、離れた声も拾える「ハンズフリーモード」のアイコン。

 そして、通話相手の名前「小向井心々杏」の文字。


「えっ、まさか、聞いてたん……?」

『はい、全部聞こえてましたよ~』


 思わず漏れた映助の声に、スマホからのんびりとした声が返ってくる。


『女子の裸を覗こうなんて、映助ちゃん達は本当にスケベさんですね~』


 フォン、フォンッ!


 心々杏の妙に嬉しそうな声と共に、竹刀を素振りするような異音が響いてくる。


『まぁ、覗きに来るだろうと思ったから、宗次ちゃんに頼んだんですけどね~』


 田舎者でスマホの使い方がイマイチ分かっておらず、仮に心々杏の意図を理解したとしても、素直に引き受けてくれる真面目な盗聴役として。


「総員、撤退やっ!」


 敗北を悟り、映助達は一斉に逃げ出そうとする。

 しかし、相手の方が一枚上手だった。


「ちょっ、扉が開かないぞ! どうなってんだ!」

「くそっ、外からチェーンでロックしてやがる!」

「窓も駄目だ! 接着剤か何かで固定されてる!」


 ガラスを割って脱出を試みた者もいたが、対CE戦の最前線基地である寮のガラスは、全て鉄より硬い防弾性であった。

 袋のネズミとなった男子達の元に、コツーンコツーンと足音が近付いてくる。


『でも、かえって良かったかもしれないですね~』


 幼くて可愛らしく、そしてどこまで黒く恐ろしい声が、スマホと廊下の二方向から響いてきて――。


「最初に見せしめをすれば、二度と馬鹿な真似はしないですもんね~?」


 バンッ!


 ガラス扉に額を押し付け、心々杏がニッコリと笑う。

 それは、罠に掛かった獲物の算段をする、狩人の残酷な嘲笑だった。


「「「ひぃーっ!」」」

「宗次ちゃん、ありがとです~、一樹ちゃんと一緒にお風呂に入ってくるといいですよ~」


 悲鳴を上げる男子達を逃すまいと監視しながら、心々杏は談話室のカギを外して、無罪の二人を開放する。


「こ、小向井さん、俺は……」


 何とか言い訳しようと、口を開くロリコン優等生に、腹黒ロリータは極上の笑みを向ける。


「こんな子供っぽい私の事を、女として見てくれるなんて、ちょっと嬉しかったですよ~」

「えっ、それじゃあっ!」


 パッと顔を輝かせる優太の前で、心々杏の笑顔が一瞬にして変貌する。


「でもね――体目当てのペド野郎なんざ、死んでもお断りなんだよっ!」


 天使のロリータスマイルから、極悪ヤンキースマイルへと。


「ち、違うんだ、俺は――ぐえっ!」

「何が違うんだ~? おい、言ってみろよコラッ!」


 優太の膝裏を蹴り上げて転ばせ、頭を踏みつける淀みない動きは、どう見ても喧嘩慣れした不良のそれである。


「な、なんやこれ……っ!」


 心々杏の変貌に震えあがる映助達だが、彼らの前にも死刑執行人が現れる。


「さあ、覚悟はいいわね?」


 竹刀で肩を叩きながら現れた、陽向を筆頭とした女子一同。

 体から迸る湯気が、まるで闘気のごとく渦を巻く。


「ま、待った! 覗きいうても未遂なのに、体罰とかやりすぎや!」

「そうだ、殴るならせめて裸を見せてくれ!」

「湯上りの女子に殴られるとかご褒美です!」


 必死に命乞い(?)をする醜い男子達に、陽向は意外にも頷いて見せた。


「そうね、CEと戦うエース隊員が、体に怪我を負うのはまずいわよね」

「おぉ、分かってくれたんか!」

「だから、心に傷を負ってもらいましょうか」

「……えっ?」


 訳が分からず困惑する映助達の前に、一人の女子が歩み出てくる。

 その手には一台のタブレットPCが握られており、見覚えのある白衣姿が映っていた。


「京子先生っ!?」

『うん、女子の皆に頼まれて、悪い男子の皆に罰を与える事になりました』


 校舎の地下研究所らしき場所から、保健医こと京子が実に楽しそうな笑顔で通信を送ってくる。


『その罰だけど……実は皆を本校に招く前に、身辺調査をしていたのよ』

「えっ?」

『持病が無いかとか、親族が怪しい宗教に入ってないかとか、調べておかないと後で問題になるからね』


 日本の国家機密に関わる隊員を育成するのだから、その程度の調査と選別はして当然であろう。


『その中で、皆の性格を分析するために、図書館で借りた本とか、通販サイトで買った本とかも調査したの』

「まさか……」

『というわけで、皆が買った恥ずかしい本のタイトル暴露大会、始めるわよっ!』

「「「やめろぉぉぉ―――っ!」」」


 男子達の悲鳴も空しく、京子は無慈悲に手元のデータを読み上げていく。


『まず牛岡右京君、『女装を百倍楽しむコツ』……しょっぱなから濃いのがきたわね』

「ぎゃああぁぁぁ―――っ!」

『続いて木崎菊之助君、『かんれき! 六十一歳の僕の恋人』……熟女って言うか老女? 先生は君の将来が心配です』

「違う、ちょっとタイトルに釣られてネタで買っただけなんだぁぁぁ―――っ!」


 墓まで隠し通すはずだった恥部を暴かれ、男子達は竹刀で殴られた方が千倍マシな重傷を負ってのた打ち回る。


「鬼や、あんたホンマもんの鬼やっ!」

『ではリクエストにお答えして、次は遠藤映助君』

「藪蛇っ!?」

『これは先生も引くわ、『母――』』

「やめてぇぇぇ―――っ!」


 聞いている女子達までドン引きして精神ダメージを受けるほどのタイトルが、次々と明かされていく。

 そんな拷問の最中、宗次は何をしていたかというと――


「やはり、男だよな」

「あんまり見ないでください……」


 一樹と一緒にのんびりと湯船に浸かっていた。

 こうして、一年D組の夜は更けていくのであった。


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