第12話 妖刀
昼休みの後、D組は再びジャージ姿でグラウンドに集合していた。
一時間目と違うのは、皆が腕に幻想変換器を着けていること。
「この時間は改めて、幻想兵器を使った軽い打ち合いをしてもらう。昨日は結局、実働試験を行えなかった者が多いからな」
担任の大場がそう言うと、生徒達は嬉しそうに顔を輝かせた。
天道寺英人の聖剣騒ぎのせいで、その相手であった宗次以外、まともに幻想兵器を使っておらず、少々フラストレーションが溜まっていたのだ。
「昨日、保科先生が説明したように、変換器を着けた諸君らの体は、幻子装甲という一種のバリアに覆われており、怪我をする危険はない」
キーワードが必要な幻想兵器と違い、幻子装甲の方は自動で起動するらしく、生徒達の体は既に透明の力場をまとっていた。
「しかし、攻撃を受け続ければ、諸君らの幻子干渉能力が限界に達し、幻子装甲も幻想兵器も消えてしまう、という話も聞いているな」
「本当にMPみたいやな」
「そうだな」
映助の呟きに頷きつつ、宗次は京子との会話を思い出す。
(幻想兵器を形成する幻子、それは人の精神によって形を変えエネルギーを生み出す謎の物質だと言っていた。つまり、それをどれくらい操れるのかが『幻子干渉能力』という事か)
幻子干渉能力が高い、即ち精神が強いほどより幻子を操れ、強力な特殊能力を何度も放て、幾度も攻撃を防げるという事であろう。
ならばこそ、一つの疑問が浮かぶ。
(精神が強いとは、どういう意味だ?)
絶体絶命のピンチでも、決して諦めずに戦う不屈の勇気。
どんな苦境や拷問にも耐え抜く鋼の根性。
パッと思いつくのはそういった強さだ。しかし――
(どうして、あんな緩い訓練しかしない?)
精神の強靭さが戦闘能力に直結するというのならば、それこそ自衛隊の中でもさらに選りすぐりの精鋭しか突破できない、レンジャーなみの訓練を行わせるべきではないか。
だというのに、最も才能溢れるというA組からして、緩いフットサルで遊んでいるという始末。
(幻子干渉能力とは、俺が思う精神の強さとは別なのか?)
証拠もない直感だが、宗次にはそう感じられた。
ではどんな強さなのかと言われると、全く思いつかなかったが。
「幻子装甲が半減すると一度警告のアラームが鳴り、さらに限界寸前になるとアラームが鳴り止まないように設定されいる。しかし、戦いに熱中して音が聞こえず、攻撃を続けてしまったという事もあるだろう」
他にも、悪意を持って攻撃を止めないという可能性もあるが、あえてそこには触れない。
「だから、相手の装甲が半減したら、双方の幻想兵器が自動でロックされるように設定してから試合をしてもらう」
そうする事で、間違っても怪我をしないようにするのだ。
「なので、試合前にはきちんと私に申し出るように。無断で喧嘩紛いの事をした者は……まぁ、覚悟しておくんだな」
罰の内容を明言しない辺りが、逆に恐ろしい。
大馬の脅しに皆身震いしつつ、対戦相手を探し出す。
「兄弟、今度こそ勝負や」
「あぁ、分か――」
「待った!」
映助の誘いに頷こうとした瞬間、元気の良い声が割って入る。
声の主は弁護士のごとく指を突きつけた、平坂陽向であった。
「宗次君、私と相手してくれる?」
「俺は別に構わんが」
宗次は突然の事に少し驚きつつ、隣の映助を窺う。
すると、彼はフッとクールな笑みを浮かべ、ゆっくりと背を向けた。
「兄弟、幸せを祈ってるで」
「はぁ?」
「ワテには一樹たんがおるから、羨ましくなんかないわぁぁぁ―――っ!」
負け犬の遠吠えを上げて走り去り、美少年の胸に泣きつこうとして、周りの男子達から袋叩きにされていた。
「何だ、あいつは?」
「別にそういう意味じゃないんだけど……」
まぁ映助だしなと、奇行を気にしない宗次の後ろで、陽向は少しだけ頬を染めていた。
ともあれ、二人は大馬に試合の申請をし、距離を取って向き合う。
「「武装化」」
幻想変換器から生み出された光が、互いの手に伝説の武器を生み出す。
宗次は停まったトンボが切れるほど鋭利な槍、蜻蛉切。
対する陽向が掴んだのは、鞘に収まった一振の刀。
彼女がゆっくりと引き抜くと、身も凍るような冷気と共に、青白い刀身が現れる。
それはまるで氷かドライアイスのごとく、白い氷煙を常に吐き出していた。
「氷の刃……いや、霧の出る刀、ひょっとして村雨か?」
「へえ、一目で分かるんだ」
自分は説明されないと分からなかったのに凄いなと、陽向は素直に感心する。
「そう、これは南総里見八犬伝の八犬士・犬塚信乃の刀、抜けば玉散る村雨丸――って、全部ネットで調べたんだけどね」
もっと本を読まないと駄目かなと、陽向は苦笑しつつ村雨を振る。
すると、刃から生み出された水滴が、ピシャリと地面を濡らした。
「人を斬っても血が洗い落とされて、切れ味が落ちないらしいけど、CE相手じゃ無意味だよね。確かに落ちこぼれ扱いされても仕方ないかな」
そう言いつつ、正眼の構えを取る。
刀身はぶれる事なく、正中線と真っ直ぐ重なり、肩や腕は無駄に力まずリラックスしながらも、両足は一瞬で間合いを詰められるように力が満ちている。
「剣道経験者か」
「これでも全国大会の常連なのよ。だから、武器がガッカリだからって――侮らないで!」
瞬間、陽向は弾けるように飛び出した。
「めえええぇぇぇ―――っ!」
全霊を込めた高速の面打ちを、宗次は柄の中央で受け止める。
しかし、陽向の攻撃はそれで終わらない。
左右からの連続切り返しが、雪崩のように襲いかかる。
「……っ」
それを槍で捌きつつ、宗次は煩わしそうに顔をしかめる。
攻撃を受け止めるごとに、村雨から噴き出た冷たい霧が、目潰しのごとく彼の顔面に降りかかるのだ。
(CEには無意味だとしても、対人だと厄介だな)
距離を取ろうとする彼を、陽向は逃すまいと前に出てくる。
息が掛かるほどの鍔迫り合いとなり、宗次が前蹴りで距離を離そうとした瞬間、陽向は急に後ろへ下がりながら、右手首に斬り付けてくる。
(引き小手っ!)
宗次は咄嗟に槍から右手を離し、尻餅をつくように後ろへ転がって回避した。
追撃を防ぐため、起き上がるさいに槍を横に払うが、陽向はそれを予期していたらしく、その場で息を整え正眼に構え直していた。
両者の凄まじい攻防に、見物していたクラスメート達からどよめきが上がる。
「流石ね、私の必勝パターンだったんだけどな」
少し悔しそうに口を尖らせる陽向に、宗次は賞賛を送る。
「いや、速くて驚いたよ。ただ、本当に『斬る』には軽すぎるんじゃないか?」
「……ちぇっ、そこまで見抜かれてるんだ」
痛い所を突かれて、陽向は拗ねて眉を曲げた。
剣道は真剣や木刀で斬り合う危険な剣術から、竹刀や防具を使って安全にし、ルールを定めてスポーツ化する事により、銃弾の飛び交う現代でも、剣の道を残した偉大な競技である。
その反面、面、小手、胴という特定部位に、いかに早く竹刀を当てるかという、実戦の斬り合いとは全く違うものに変貌してしまった。
陽向の剣は素早く相手を叩くが、巻き藁を引いて斬る動きではなく。
変幻自在の技ではあるが、肩や二の腕、足といった無効部位を打つようには練習されていない。
「俺も、あまり人の事は言えないが」
宗次の空壱流槍術も、あくまで対人技として磨かれてきたもので、光線を撃ってくる結晶体と戦う事など想定しておらず、対CE戦での有用性は剣道と大差ない。
だからといって、彼はこの試合で手を抜く気も、負ける気も毛頭無いのだが。
「次は俺からいかせて貰う」
スッと槍が持ち上げられ、穂先が陽向の体を捉える。
幻子装甲があるとはいえ、抜き身の刃を向けられる恐怖に、彼女の体が強張った一瞬を狙い、蜻蛉切が伸びた。
「――っ!?」
瞬きよりも速い突きは、防御の暇も回避の暇も与えず、陽向の左肩に突き刺さる。
「くっ!」
幻子装甲で阻まれ、体には傷一つ付いていないが、衝撃までは殺しきれない。
肩を押されよろけた彼女の太ももに、息も吐かせぬ二撃目が突き刺さる。
「やられっぱなしじゃ!」
守勢に回ってはまずいと、陽向は斬り掛かろうとするが、眼前に突きつけられた穂先がそれを阻む。
「このっ!」
横薙ぎで穂先を払おうとしたが、それを読んでいたように槍は引かれ、反動を利用した渾身の三撃目が足を打った。
「……っ!」
衝撃に耐えきれず、思わず膝をついてしまう。
絶好の追撃チャンスだったが、宗次はあえて見逃し、注意深く陽向に目を向けたまま背後に声をかけた。
「大馬先生」
「何だ」
「幻子装甲は当たる箇所によって耐久度が変わったりするのですか?」
「いや、どこに当たろうと変わらん」
そこに気づいた事に感心しつつ、大馬は答えた。
「テレビゲームのHPみたいな物だな。頭に当たろうと指に当たろうと、一の攻撃で一ダメージをくらう」
つまり、急所にくらって一撃で落ちるような心配はない反面、かすっただけでも装甲が削られて、直ぐに限界が訪れてしまう。
「全部避けるか捌けって事? 無茶言うわね」
陽向は歯噛みしながら立ち上がり、再び刀を構えた。
中学剣道では突きが禁止されており、慣れていない事を差し引いても、宗次の突きは速すぎる。
しかし、CEの放つ光線状の攻撃は、それと同じかもっと速い。
「いくぞ」
陽向が構えたのを見て、宗次は攻撃を再開した。
銃弾のごとき突きが次々と繰り出され、彼女の手足に吸い込まれていく。
「こんな、何も出来ずに……っ!」
陽向は必死に避けようとするが、それも長くは続かなかった。
十四回目の刺突が左腕に当たるのと同時に、腕の変換器からけたたましいアラームが鳴り響き、二人の幻想兵器が同時に光となって消えた。
「そこまで、勝負ありだ」
大馬が試合終了の宣言を上げ、観戦していたクラスメート達から健闘を称える拍手が起きる。
「はぁ~、負けちゃったか……」
陽向は深い溜息を吐きつつも、頭を下げて礼をするのを忘れない。
宗次も彼女に習い、礼をし返す。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
差し出された陽向の手を、宗次は素直に握り返す。
だがその瞬間、彼女はグッと手を引っ張ってきた。
「えっ?」
突然の事でバランスを崩し、前のめりになる宗次の額に、陽向はコツンと軽く頭突きをくらわせる。
「相手をしてくれたのは本当に感謝してる。けど、手加減したでしょ?」
「そんな事は……」
「嘘吐かないで、手足にしか攻撃してこなかったじゃない」
宗次はあれだけ攻撃をしながらも、面積が広くて突きを当てやすい、顔面や胴体には一発も槍を放っていなかった。
「それに突きしか使わなかったし」
天道寺英人との戦いで見せた、強打や薙ぎ払いといった攻撃を混ぜず、突き技しか使用しなかった理由。それは――
「CEとの戦いを想定した模擬戦をしてくれたんでしょ? これを避けられないと、あのレーザー攻撃も避けられないって」
「いや、俺は……」
全て見透かされていたと知り、焦って言い訳しようとする宗次の口を、陽向は掌をかざして止める。
「大丈夫、怒っているのは貴方にじゃなくて、不甲斐ない自分に対してだから」
宗次に女子だからと気を使われ、手を抜かれてなお完敗してしまった、己の弱さこそ我慢ならなかったのだ。
「これでも、そこらの男には負けない自信があったんだけどな……また鍛え直さなきゃ」
そう言って、陽向は歯を見せて笑った。
まさに日向のような眩しいその微笑みに、宗次は自分の浅はかさを恥じて頭を下げる。
「その、すまなかった」
「だから、貴方は悪くないって。それでも気になるって言うなら、今度は本気で試合してね」
「あぁ、約束する」
差し出された女の子らしい細い小指に、宗次は己の無骨な小指を絡めた。
そんな二人に、背後から咳払いが響く。
「ごほんっ、青春も結構だが、授業中だって事を忘れるなよ?」
「えっ……うわっ!?」
大馬に指摘され、ようやくクラスメート達に見られていた事を思い出し、日向は真っ赤になって指切りを解いた。
「陽向ちゃんってば大胆ですね~?」
「こ、心々杏! 変な勘違いしないでよ!」
「お、男の子とあんなに顔を、エッチです……」
「神奈までっ!?」
女友達にからかわれて、大騒ぎを始める陽向。
その背中を微笑ましく眺める宗次の肩に、ドンッと強く手が置かれる。
「……兄弟、やっぱりワテとも勝負して貰おうか」
既に棍棒を手にした映助の瞳に宿るのは、嫉妬と羨望で濁った殺気。
他にも数名の男子達が黒いオーラをまとい、次は俺の番だと後ろに控えていた。
「あぁ、やろうか」
「よっしゃ、ワテの妬みと嫉みと憎しみを味わえやあああぁぁ―――っ!」
虚しい私怨を隠しもせず、映助は蛮族のごとく踊りかかった。
その数十分後、非モテ男子達の屍がグラウンドに転がったのは、言うまでもないだろう。