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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第12章・虚無の果て、蒼穹の彼方
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第99話 遊宴

 七月六日・日曜日、前橋駅から少し歩いた所にある焼肉屋は、普段は閉めている正午から店を開き、四十名近い団体客を迎えていた。

 その客こと一年D組の生徒達は、今日のお財布こと大馬と京子の軽い溜息など気にせず、コップを掲げ盛大に宴を祝った。


「せーの」

「「「かんぱ~いっ!」」」

「ひゃっはーっ! もう我慢できねえぜっ!」


 乾杯の音頭が響いた瞬間、肉の焼ける香ばしい匂いに耐えきれなかった心々杏が、本性も露わに暴食を始める。


「美味ぇー、やっぱ焼肉は最高だなっ!」

「あんた、どんだけ肉が好きなのよ……ほら、この辺のタンが焼けたから」


 野獣のような親友の姿にドン引きしつつ、陽向はせっせと世話を焼いてやる。

 それと共に、隣に座った槍使いへの気遣いも忘れない。


「はい、宗次君もこれ食べて。あと、ホルモンが苦手とかある?」

「いや、大丈夫だ」

「そ、それより早くもお肉が……」


 神奈が呑気にカボチャを焼いている間に、心々杏は最初に配られていた分を一瞬で平らげていた。

 そして、手を叩いて店員を呼ぶ。


「特上カルビと特上タン塩を五人前ずつ、追加お願いです~っ!」

「こちらは食べ放題と別会計になりますが、よろしいですか?」

「OKですよ~、ジャンジャン持ってきて下さい~」

「ちょっとっ!?」


 遠くから財布こと京子の悲鳴が上がっていたが、心々杏は全く容赦しない。


「お姉さん、こっちは霜降り黒和牛を三人前やっ!」


 ついでに映助も遠慮を知らなかった。


「いったい何十万円になるの……」

「罪滅ぼしと思えば安い物、そう思いましょう」


 絶望して顔を覆う京子に、大馬はそう言って励ましながら、改めて生徒達を見回した。


「ほら、君もスマホを弄ってないで、肉を食べたまえ」

「ちょっと待って、このコラ画像が傑作でさ」

「どれどれ、見せて?」


 三二分隊の面々は男女比が同じな事もあってか、実に健全な青春といった様子で、楽しく会話をしている。

 それに対して、他の分隊はというと――


「はぁー、彼女どころか、女子とろくに話す機会も無く終わりか……」

「転校しても、どうせ女子は英雄様の話ばかりで、俺達の事なんて……」

「くそっ、こうなったら焼け食いだっ!」


 男子だらけのむさ苦しい三○分隊は、モテなかった境遇を互いに慰め合っており、ある意味で一番結束を固めていた。

 問題は男子九人に女子が三人と、微妙に偏っている三一分隊であろう。


「…………(テメェ、抜け駆けしたら分かってんだろうな?)」

「…………(お前こそ、仁奈ちゃんは絶対に渡さねえっ!)」

「仁奈、弓月君に告白しないの?」

「だって彼、私みたいな大きい子は嫌いだろうし……」


 少ない女子を巡って火花を散らしている男子達だが、当の女子は三二分隊のロリコン分隊長の方を気にしており、何とも憐みを誘う道化っぷりであった。


「本当にこいつらは……」


 数日前にエース隊の存在意義が揺らぐ大事件が起きたというのに、もう笑って飲み食いしているその姿は、実に逞しく誇らしかった。

 つい感動しそうになったのを誤魔化すため、大馬がビールを飲み干していると、隣の京子が遠慮がちに訊ねてくる。


「そういえば、大馬先生はどうなされるんですか?」


 ピラーが破壊され、エース隊が解散した後の話である。


「私は、自衛官を辞めようかと考えています」


 二杯目のビールに手をつけながら、大馬は苦笑して答えた。

 彼は元々、防衛大学校を卒業した幹部候補生である。

 特高が閉鎖されて自衛隊の通常任務に戻っても、それなりの地位と仕事を与えられるだろう。

 ただ、子供達を戦わせるだけで、自分達は現場に出なかった臆病者とのレッテルから、戦場で実際にCEと戦ってきた、部下や同僚から嫌われるのは間違いない。

 ただ、そんな軋轢を嫌ったのが退官の理由ではなかった。


「お恥ずかしい話ですが、一般大学に入って教員免許を取ろうかと」


 大馬はそう言って、顔が赤くなったのを誤魔化すためにまたビールを飲み干した。

 日本を救うために仕方が無かったとしても、彼らが『英雄』のために特高の生徒達を踏み台にして、心を傷つけた罪は消えない。

 けれど、一年D組の面々は過ぎた事と気にせず、こうして元気に騒いでいるし、今も彼を担任として見てくれている。

 その能天気な強さにどれだけ大馬が救われたか、彼らはきっと知らないだろう。


「罪滅ぼしと言うか、こいつらに報いる方法が、他に思いつかなくて……」

「立派ですね」


 照れながらも自分の道を見つけた大馬に、京子は羨望の眼差しを向ける。

 彼女はこの戦いが終わっても、自衛隊から離れるのを許されないだろう。

 なにせ幻想変換器という兵器に関して、生みの親である准教授に次いで詳しい人物である。


 極端な例えだが、彼女が変換器を量産してテロリストにでもばら撒けば、世界中を大混乱に陥れる事すら可能なのだ。

 そんな危険かつ貴重な技術者を野放しにするほど、政府は馬鹿でも甘くもない。

 防衛省・技術研究本部に席を移され、そこで変換器の研究を続ける事になるであろう。

 だからといって、大人しく政府の飼い犬に納まる気もなかった。


「私も頑張らないといけないわね」


 前々から温めていた研究課題を、どうやって実行に移すか。

 微笑みながら考え始める京子の顔を、大馬が不意に見詰めてくる。


「保科先生、一つ聞いてもよろしいでしょうか」

「はい?」


 急な質問で戸惑う京子の前で、大馬は一つ深呼吸をして心を静める。

 そして、酒で赤らみながらも真剣な表情になって告げたのだ。


「空知に手を出してませんよね?」

「ぶふぅぅぅ―――っ!」


 京子は思わずビールを吹き出してむせた。


「な、何を言ってるんですかっ!?」

「その様子だと無罪ですか、安心しました」

「無罪って、そもそも私は――」

「違いましたか?」

「うぐ……っ!」


 必死に言い訳しようとした京子だが、大馬に問い返されて言葉を詰まらせた。

 一人だけベルト型変換器を与えて贔屓したり、先日の事件では槍使いの胸に泣きついたりしていたのだ、今更誤魔化そうとしても無駄であった。


「歳の差恋愛を否定はしませんが、生徒に手を出すのは流石に拙いと、気にかかっていましたので」

「……私、そんなに信用ないですか?」


 見抜かれていた恥ずかしさも相まって、京子が恨めしく睨むと、大馬は気まずそうに眼を逸らした。


「いや、その……色鐘三佐のご親友なので」

「私を先輩(ショタコン)と一緒にしないでっ!」


 思わず敬語も忘れて怒鳴る京子の姿に、生徒達はビクリと驚くが、自棄になってビールの一気飲みを始めた美人保健医の姿に、何やら気の毒な気配を感じてそっと目を逸らすのだった。


「先生達、飲み過ぎなんじゃ……」


 そんな生徒の一人である男の娘こと一樹は、隣に座る女子へと目を向けた。

 同じ第三二分隊の仲間でありながら、訳あってあまり話した事のなかった人物。

 長い黒髪を二つ結びのおさげにした、地味で大人しい印象を与えるが、なかなか可愛らしい少女。しかしその実態は――


「陽向お姉様、愛しています」


 どうしようもない変態であった。


「あの、白穂さん?」

「なんでしょうか?」


 名前からして白百合白穂(しらゆりしらほ)と、百合になるため生まれてきたような少女は、意外にも男の彼に対して嫌悪を見せる事なく、友好的な笑みを返してくる。

 その反応に少し寒気を感じつつ、一樹は恐る恐る質問した。


「あの、陽向さんの事が好きなんですよね?」

「違います、愛しているのです」

「あ、はい……それで、肝心の陽向さんですけど」


 一度言葉を切り、話題の剣道少女を見るが、相変わらず心々杏の世話をしつつ、隙を見て宗次に上手く好意を伝えようとしては、結局ヘタレて肉や野菜を配っていた。


「宗次さんの事が好きなの、分かってますよね?」

「それが何か?」


 一樹の問いに対して、白穂は心底不思議そうな顔を返してくる。


「いや、ですから――」

「なるほど、勘違いなされているのですね」


 諦めた方が良いのでは、と続けようとした一樹の口を、白穂は平然と遮り叫んだ。


「愛と書いて『()でる』と読む、それが私のモットーなのです!」

「……えっ?」

「つまり、私以外の手で○○○され○○○しても、陽向お姉様のお顔はどれも美味しく受け入れる、それが真実の愛っ!」


 頬を紅潮させ上ずった声で断言する白穂を見て、一樹はようやく理解した。


 ――駄目だこの人、もう手遅れだ。


 遠い目をする彼に、今度は逆に白穂が訊ねてくる。


「貴方も、私と同じ真実の愛を探求しているのですよね?」

「はい?」

「つまり、宗次さんを他の女に盗られて興奮していらっしゃる」

「ぶふぅぅぅ―――っ!」


 どこかの保健医と同じように、一樹は思い切りジュースを吹き出した。


「何をどうしたら、そんな発想になるんですかっ!?」

「隠さずともよろしいのですよ。それこそが真実の愛」

「違いま――」

「そ、そうだったんだね……っ!」


 必死に否定しようとした瞬間、横から別の声が割り込んでくる。

 それは瞳に腐った萌えを宿したオタク少女、鴉崎神奈であった。


「そ、宗次君を陽向君に盗られて、表向きは祝福しながらも嫉妬に狂う一樹君……こ、これはいけるっ!」

「どんだけ腐ってるんですかっ!?」


 親友をナチュラルに男性化させる腐女子の妄想力に、一樹は戦慄するしかなかった。


「男になった陽向お姉様……それもまた愛っ!」

「お願いだからもう黙って下さいっ!」


 興奮して鼻血を垂らす白穂に、一樹は話しかけてしまった事を心底後悔するのであった。

 その騒がしさに釣られ、彼らのほうを見た宗次は、人影が足りない事に気付く。


(シャロが居ないな)


 まだ先日の件が尾を引いているのだろう、元気なく俯いてはいたものの、焼肉パーティー自体には参加して、一樹達と同じ席に座っていたのだが。

 手洗いにでも行っているのかもしれないが、あまり戻らないようなら探しい行くかと、少し心配し始めた時、ズボンのポケットから振動が伝わってきた。

 宗次はスマホを取り出し画面を見ると、急に席を立つ。


「なんや、電話か?」

「あぁ」


 映助に曖昧な返事をしながら、靴を履いて騒がしい店内から出る。

 そして、少し離れた所で一人寂しく佇んでいた、ブロンド髪の少女に駆け寄った。


「どうした?」


 ――店の外に来て下さい。


 そんな短い呼び出しメールに直ぐ応え、優しく声をかけてきた宗次に、シャロはぐっと涙を堪えるように顔を歪める。

 そして、一度うつむいてから、満面の笑顔を作って告げた。


「宗次殿、私とデートして欲しいでありますっ!」


 無理に繕った表情の下で、どんな苦悩が渦巻いていたのか、宗次は野暮な詮索などしない。


「分かった」


 安心させるように、ただ優しく笑って頷くだけだった。

 シャロもきっと、彼の気遣いが分かったのだろう。


「やったでありますっ!」


 元気に飛び跳ねて喜んで見せると、宗次に腕を絡めて歩き出す。

 その時、出遅れたヘタレ系剣道少女の背中に、過去最大の悪寒が走ったのは言うまでもないだろう。

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