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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第12章・虚無の果て、蒼穹の彼方
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第98話 行先

 三年生が起こした反乱事件から二日後の、七月四日・金曜日。

 諸々の事後処理に慌ただしく追われながらも、特高は授業を再開した。

 しかし、教室に現れた生徒の数は半分以下、百五十名を切っていた。

 元より、人間型CE等との戦闘で計百名も減っていた所に、十名が逮捕される形で離脱。


 さらに、国会議事堂前での演説を終えた天道寺英人率いる一年A組は、特高に戻れば真相を知った生徒達を刺激し、また暴動でも起きかねないとの判断から、特戦の護衛を増やした上で、相馬原駐屯地の方に移っていた。

 それでも、学生寮にはまだ約三百名の生徒が残っていたのだが、半数以上が授業をボイコットして、寮から出てこなかったのだ。


 当然の話であろう。『英雄』の踏み台にされていたという事実、その怒りと絶望はまだ胸に燻っている。

 宗次や麗華の想いに触れて、反乱に加担する事こそなかったものの、教師達の顔など見たくもあるまい。

 脱走して真相をどこかに暴露しようと企まないだけ、ピラー破壊を目前とした現状をよく理解した、大人の態度とさえ言えた。


 特高に残っている生徒の内、全員が教室に姿を見せたのは、仲間達の想いを痛いほど知ったからこそ、最後まで胸を張ってエース隊員である事を選んだ、生徒会長・神近愛璃を筆頭とした三年A組。

 そして、元より落ちこぼれ扱いされており、今更踏み台にされた程度ではへこたれない、雑草根性に満ちた一年D組だけであった。

 とはいえ、教室に揃ってはいても、真面目に授業を受けるという空気でもなかった。


「はぁー、やる気が出んわー」


 映助が怠そうな顔をして、机にうつ伏せとなって寝転がる。

 それを見て、黒板に数式を書いていた担任の大馬は深い溜息を吐く。

 普段であれば問答無用でチョークを投げるか、チョークスリーパーをかけている所である。

 しかし、先日の件で自分達の罪を知られた今、強く叱る事も出来なかった。


「遠藤、今更私の授業など聞きたくもないだろうが、今後のためにちゃんと勉強はしておけよ」


 例え憎まれていようと、せめて最後まで先生らしくいようと、大馬は優しく忠告する。

 しかし、それを聞いた映助は、顔を真っ青にして背を震わせた。


「何や、急に優しい声出して、気持ち悪っ!」

「私の話など、聞きたくなかっただろうが……」

「はぁ? ムサいオッサンの声なんか、元から聞きとうないわっ!」


 そんな事で今更やる気を落とすかと、映助はむしろ怒って机を叩く。


「深夜までスケコマシの特番ばっかりやりおって、時岡キララちゃん(十六歳、童顔巨乳)の番組が潰れたのが口惜しいだけやっ!」


 そう、いつだって彼が本気になるのは、異性に関する事だけなのだから。

 英雄の踏み台なんて話は、仮に綾子の胸でも揉ませれば、一秒で許していただろう。


「……そうか」


 槍使いとは別の意味で全くブレない映助に、大馬は微笑みを浮かべて歩み寄り――


「なら真面目に授業を聞けっ!(ゴキッ)」


 いつも通りチョークスリーパーをかけた。


「ぐぇぇぇ―――っ!」

「アホだな」

「アホね」

「アホです……」


 断末魔の叫びを上げる映助の姿に、クラスメート達から容赦のない罵声が浴びせられる。

 もちろん、皆の顔には呆れと一緒に笑みが浮かんでいたが。


「そういえば、僕達はこの後どうなるんですか?」


 映助への折檻が一段落した所で、一樹が手を挙げて質問する。


「そうだな、まずはそちらの話をするか」


 気まずさから数学の授業に逃げていた大馬だが、場も和んだ事で現実的な話に移った。


「まだ正式な日時は決定していないが、近い内に長野ピラー破壊を目標とした最終作戦が決行される」


 作戦の主役はもちろん、英雄・天道寺英人である。

 先日の国会議事堂前スピーチでは、ボロが出ないよう二言三言しか喋らせず、総理大臣と握手を交わしただけであったが、姉ゆずりの美形が功を奏し、彼に対する人々の希望や願望は、もはや信仰の域にまで達しようとしていた。

 おかげで、既に数値上は長野ピラーが破壊可能となっている。


 なのに、今直ぐ作戦を決行しないのは、念を入れて認識の力を稼いでいるのではなく、政治的な問題からであった。

 長野ピラーの破壊後、英雄をアメリカとロシアのどちらに向かわせるか、その決定がまだ下されていないのである。


 普通に考えれば、同じ民主主義陣営のアメリカに決定であるが、八十年前の敗戦をまだ根に持っている者達も多い。

 対するロシアは四島の返還をチラつかせており、実利を優先するべきだという声も上がっている。

 また、工作員の一件で失策を犯した中国も、米露より先にとの意見は引っ込めたが、三番目は虎視眈々と狙っている。

 もちろん、三ヵ国ともに大国の意地があり、日本ごときに頭を下げるなど業腹だとし、自ら『英雄』を造り出そうという動きが生まれていた。


 どこの国に、どのタイミングで売り込むのが最も国益に繋がるか。

 霞ヶ関の政治家達は、踏み台にされた子供達の失意など知らず、そんな取らぬ狸の皮算用を繰り返していたのであった。

 当然だが、先日の件で心が揺らいでいる生徒達に、そんなドス黒い政治の話を聞かせたりはしなかったが。


「首尾よく長野ピラーが破壊されれば、特高は閉校となり、諸君らは任を解かれエース隊は解散となる」


 実を言えば、これも先日までは議論が分かれていた。

 戦争が終わりCEという敵がいなくなれば、当然エース隊はお役御免となる。

 しかし、確実に命中して戦車装甲さえ貫く弓矢や、拳銃弾を何百発とて耐えるバリアを持つ、従来の戦闘を覆す一騎当千の兵士を、手放すのは惜しいと思うのも自然な話。


 それに、英雄・天道寺英人は一人しか居らず、休まず戦える訳でもなければ、万が一という事もある。

 例えば、英雄がA国のピラー破壊を行う間、エース隊をB国に派遣して時間を稼がせようと、そんなプランも検討されていたのである。

 しかし、三年生達が起こした反乱事件によって、天秤は一気に解散の方向へと傾いた。

 拳銃弾すら効かない感情的な兵士、その危険性を改めて理解したからである。


 それも相手は高校生という子供で、政治家やそれを裏から動かす大企業の会長は、皆六十歳を超えるような老人達ばかりである。

 孫かそれ以下の子供達が、自分達を簡単に殺せる力を手にする。

 その事実を不快に思い、反対する者が多かったのである。

 そんな大人のエゴを抜いても、外国の事まで子供に押し付けるなという、実に正論な反対が市民から上がるのも目に見えていた。

 よって、英雄とその護衛を除いて、エース隊は解散となる事が決まったのであった。


「その後は各々の実家に戻り、地元の高校に転入する事になるだろう」


 七月上旬と中途半端な時期のため、不自然さを隠すためにも、登校は夏休みが終わった二学期からとなる。


「じゃ、じゃあ、今から転入試験の勉強をしないと……っ!?」

「うげぇ~」


 慌てる神奈と、嫌そうな声を上げる心々杏に、大馬は苦笑を浮かべた。


「そこら辺はあまり気にせずともいいぞ。諸君らは日本を守るために戦った功労者なのだからな」

「つまり、政府の権力で裏口入学やなっ!」

「はっきり言っちゃ駄目ですよ」


 せっかく大馬が口を濁したのにと、一樹は前に座った映助を注意する。


「言っておくが、有名な私立高校に無理をして入っても、結局は勉強についていけず苦労するだけだぞ」

「せやろな」

「それと……女子高に通いたいとか戯言をぬかす男子は、地獄の自衛隊高等工科学校に招待する」

「そ、そそそんなん考えるわけないやろっ!」


 激しく目を泳がせた映助の他にも、数名の男子がビクッと背を震わせていたが、大馬は見なかった事にした。


「今のは冗談だが、転入先は心配せずともいい」


 一年生達は今からでも十分取り戻しがきく。心配なのは進学や就職が迫る三年生達であるが、そちらは各々の担任達に任すしかない。

 それに、三年生達なら数年のモラトリアムを楽しむ余裕が残されている。何故なら――


「あと、解散のさいには退職手当が支払われるぞ」

「何やてっ!?」


 金の話となり、映助だけでなくほぼ全員が身を乗り出した。


「お、おいくら貰えるんや?」

「あまり多くはないぞ? おそらく、一年生が百万、二年生が二百万、三年生が三百万といったところか」

「百万っ!?」


 学生にとっては大金である、目玉が飛び出るほど驚くのも無理はない。

 しかし、日本のために二年も命を賭けて戦い続け、百回を超える出撃を繰り返してきた三年生達が三百万円と考えると、むしろ少ないくらいであろう。

 とはいえ、長引いたCE戦争で経済が悪化し、財政が傾いている日本政府にしては頑張った方とも言える。

 それに、退職手当だけでなく、月々の給料も相当貯まっていた。


「百万円といっても月給の三倍ちょっとだからな、そう驚く額でもあるまい」

「三倍って、月給三十三万も貰ってへんやんっ!」


 大馬の言葉に、映助が冗談をぬかすなと声を荒げる。

 しかし、彼を見詰めるクラスメート達の目は、キョトンと戸惑いに満ちていた。


「えっ、それくらい貰っているでしょ?」

「確か二十八万円だったか、口座に振り込まれていたが」


 陽向や宗次が何を言っているのだと、不思議そうに顔を見合わせていた。

 勤続年数によって上下するが、尉官クラスの給料がそれくらいである。

 仮にも五千人に一人の倍率を勝ち残った、希少なエース隊員である、妥当な金額であろう。

 しかし、皆の声を聞いた映助は、逆に戸惑ってしまう。


「えっ、嘘やん、ワテの口座、月二万しか振り込まれとらんかったで?」

「あぁ、それなんだが……」


 大馬は気まずそうな顔をしながらも、秘められていた真実を明かした。


「お前の母親から連絡があってな、振込口座を変更してくれと……」

「オカァァァ―――ンッ!」


 あんた馬鹿だから、どうせメイド喫茶とかで散財すんでしょ――そんな母親の声が脳裏に響いて、映助は英雄計画の真相を知った時以上の呪詛を叫んだ。


「何故、気付かなかった?」

「本当にアホね」


 二万円の時点で訝しめと、クラスメート達は冷ややかな目を向ける。

 もっとも、映助が稼いだ給料を母親は着服したりせず、彼が大学に進学した時にちゃんと手渡されるのだが。


「まぁ、少しは蓄えも出来ただろうし、転入先も心配ない。諸君ならここを出ても大丈夫だろう」

「あっ……」


 少し寂しげな大馬の笑みで、陽向は改めて気付かされた。

 特高が閉校してエース隊は解散、皆は故郷に帰る。

 それは仲良くなったクラスメート達、そして槍使いとの別れを意味するのだと。


「…………」


 陽向だけでなく皆がそれに思い至り、湿っぽい沈黙が下りた。

 実家が近い者も居るし、電話やメールでいくらでも連絡は取れる。

 けれども、この三十六人が一斉に揃い、共に戦場を駆ける事も、馬鹿をやって笑う機会も無くなってしまうのだ。

 そう思い、急に寂しくなって黙る皆の中で、宗次が静かに立ち上がる。

 そして、空気を貫く発言をするのであった。


「大馬先生、焼肉を奢ってください」

「あぁぁぁ―――っ!?」


 奇声を上げたのは大馬ではなく、元ヤンロリータこと心々杏。


「そうです~、焼肉奢って貰ってないですよ~っ!」


 初陣の時だったか、緊張を解すためにした約束。

 すっかり忘れていたそれを今こそ叶えろと、心々杏は声を大に訴える。


「このまま有耶無耶にして逃げようなんて、絶対に許さないですよ~っ!」

「確か、京子先生にも奢って貰うんだっけ?」

「う、うん、言ってた……」

「あとキャバクラも奢――」

「それは言ってません」

「……ふっ」


 急に元気を取り戻して騒ぎ出す仲間達を見て、宗次は小さく笑った。

 それが別離の寂しさを紛らわす空元気だったとしても、このクラスはうるさい方が似合っている。

 だから、こういう時は真っ先に笑顔でハシャぎそうなのに、暗い顔で俯き続けていたシャロの姿が、どうしても目についてしまった。


(三年生達の事を、気にしているのか?)


 特に彼らと仲が良かったシャロである、先日のショックがまだ抜けていないというのは分かる。

 だが、それにしても落ち込みすぎではないか。

 宗次は疑問に思うが、踏み込んで訊ねるか迷っている間に、陽向達がシャロに歩み寄っていく。

 元気づけようと話しかける彼女達を見て、宗次は自分が出ても邪魔になると思い、また馬鹿な事を言って大馬に絞められていた映助の方に目を向ける。

 だから、シャロがほんの一瞬、泣きそうな目で見ていたのに気付けなかったのだ。

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