表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第2章・神にエコヒイキされる者、汝の名は英雄
11/125

第9話 D組

「何なのよ、あの眼鏡女っ!」


 バンッと机に八つ当たりしたのは、早くも女子のリーダー的な存在となった陽向。

 先程は皆を鎮めるため、大人ぶった態度で退いてみせたが、本当は悔しくて堪らなかったのだ。


「陽向ちゃん、でも仕方ないですよ~」


 小学生かと見紛うほど小柄な、小向井心々杏(こむかいここあ)がそう言い。


「そ、そうだよ、私なんてただの盾だし、A組なんて……」


 恥ずかしがりやなのか、長い前髪で目を隠しているが、胸は隠しようもなく主張している鴉崎神奈からすざきかんなが諦めたように呟く。


 しかし、陽向はまだ納得いかないと、一人唸るのであった。


「でも、勝手に決まった武器の優劣で、あそこまで見下されるなんて許せないじゃない!」


 教室の設備がボロいのは我慢できる。

 だが、まだCEと戦ってさえいないのに、落ちこぼれ扱いされるなんて理不尽ではないか。

 そう叫ぶ陽向を、爽やか優等生といった感じの弓月優太ゆづきゆうたが止める。


「よすんだ、一番悔しいのは彼だろ」


 優太が視線で指したのは、窓際の席で我関せずと教科書を開いている宗次。

 天道寺英人を一度は倒し、勝ったはずの試合を引っ繰り返されてしまった、不遇の槍使い。


「……そうね、もう言わない」


 彼が黙って堪えているのに、自分達に騒ぐ権利はないと、陽向も矛を収めるのであった。

 もっとも、当の宗次は教室や扱いの差など、これっぽっちも気にしてはいなかったのだが。


「しかし、綾子先生もキツイけどエエ女やったな~、ピンヒールで踏まれたいわ~」


「変態だな」


 前の席で懲りずに戯言を吐く映助を、宗次は適当にあしらっていたのだが、ふと誰かが横に立ったのを感じ顔を上げた。


「こ、こんにちは」


 緊張した様子で挨拶してきたのは、小柄で線の細い美少年。

 ズボンを履いていなければ、女子にしか見えなかったであろう。


「こんにちは」

「隣の席、使ってもいいですか?」

「どうぞ」


 まだクラスで席を決めたわけでもなく、好き勝手に座っていただけなので、何も遠慮する事はないと勧める。

 すると、美少年は嬉しそうにハニカミながら彼の隣に座った。


「僕、斑鳩一樹いかるがいつきって言います」

「空知宗次だ」

「はい、よろしくお願いします」


 ぶっきらぼうな宗次の挨拶にも、美少年こと一樹は笑みを絶やさない。

 それをジーッと見ていた映助は、神妙な顔で切り出した。


「なあ、一つ聞いてええか?」

「はい、何でしょう」

「自分、本当は女やろ」

「……はい?」


 一瞬、何を言われたのか分からず固まる一樹。

 その細い肩を、映助は荒々しく掴む。


「女なんやろ!? サラシで隠しとるけど実はボインちゃんで、うっかりシャワーを覗かれて『きゃー、エッチ!』みたいなトラブル展開なんやろっ!」

「な、何を言ってるんですか!? 違います、僕は男です!」

「そんなら、ちょっと胸と股間を触らせて貰おか? 男なら平気やろ?」

「男だって嫌ですよ!」

「ええやないか、先っちょ、先っちょだけやから、な?」

「嫌だ、やめてーっ!」


 と一樹が悲鳴を上げたところで、宗次の英和辞典アタックが映助の頭に叩きこまれた。


「落ち着け」

「きょ、兄弟、せめてノートにしてや……」


 椅子から転げ落ちて涙目の映助を、憐れに思う者はクラスに一人もいなかった。


「よく見ろ、一樹の骨格は男だろ」

「わぁ、分かってくれるんですか!」


 武術家特有の観察眼で見抜いた宗次に、一樹は感動して目を輝かせる。


「僕、何故か今みたいに女の子に間違われる事が多くて、困っているんですよ」

「……何故か?」


 いや、誰がどう見ても美少女に間違えるだろう――と、映助を含むクラスの大半は心の中でツッコム。


「それで、宗次さんみたいに男らしくなりたいなって、えへへっ」

「…………」


 照れてはにかむ一樹を、宗次は暫し黙って観察する。

 そして、肩を優しく叩いて告げた。


「諦めろ」

「えぇぇぇ―――っ!?」

「そうや、諦めて一樹たんはワテの嫁に――」

「だから落ち着け」


 涙ぐむ一樹を慰め、まだ錯乱している映助の頭に再び辞典を落とす。

 そんな無駄話をしていると、スピーカーからチャイムが鳴り響き、見計らったように教室の扉が開いた。

 入って来たのは、ジャージがはち切れんほどの筋肉をまとった、角刈りの大男。


「私が諸君らの担任、大河原大馬おおがわらおおまだ」

「なんでやねぇぇぇ―――んっ!」


 無難な自己紹介に全力でツッコンだのは、言うまでもなく映助である。


「A組はムチムチの女王様系女教師なのに、何でワテらはむさ苦しいオッサンやねんっ! リコールや、せめて京子先生を連れて来いっ!」


 男子ならば思わず心の中で頷いてしまう、熱い魂の叫び。

 それに、大馬は黙って映助の元まで歩みより――


「ふんっ!(ゴキッ)」

「あべしっ!」


 スリーパーホールドであっさり絞め落とした。


「…………」


 唖然と固まる生徒達に、大馬は低いがよく通る声で告げる。


「諸君、勘違いしてもらっては困るが、ここは普通の学校ではない、CEからこの国を守り抜く戦士を育てる養成所だ。あまり馬鹿をすると体罰も辞さないので覚悟しておくように」

「……はい」


 鍛え上げられた兵士の鋭い瞳で睨まれては、ただ頷く以外に選択肢はなかった。

 教室が静まり返るなか、宗次は床に倒れた映助を起こし、両肩を掴みながら膝で背中を押すという、時代劇でよく見る方法で目覚めさせる。


「げほっ……はっ、金髪のお姉ちゃんはどこや!?」

「もう一回寝るか?」


 幸せな夢を見ていたらしい映助の首に、大馬の太い腕が再び巻き付く。


「ひぃ! 堪忍やゴリラ先生!」

「それが謝る態度かっ!(ギリギリッ)」

「ぐえええぇぇぇ―――っ!」


 気絶しないがとても苦しい、絶妙な加減で絞められ、潰れた蛙のような悲鳴が鳴り響く。


「元気だな」

「いや、これは元気って言うか……」


 ただのアホだ――と、宗次以外のクラスメートは揃って思うのであった。


「さて、時間を無駄にしたが、早速授業を始めよう」


 白目を剥き、口から魂を吐いている映助は放っておき、大馬は教壇に立って皆を見回す。


「まずは入学おめでとう、諸君はこれからエース隊員として訓練を積み、CEからこの日本を守る任務に就く。当然だが危険な任務だ、命を落とす危険性もある」


 ゴクリッと誰かが唾を飲み込む音が、妙に大きく教室に響いた。


「正確に言えば死ぬわけではないが、死ぬよりも辛い状態になるだろう」


 大馬はそう言いながら、教壇の下からノートパソコンとプロジェクターを取り出す。

 暫し無言で操作した後、黒板に映し出されたのは、ベッドに横たわる痩せ細った患者の姿。


「CEの攻撃を受けた者は、意識不明の昏睡状態に陥り目覚めなくなる。今のところ治療方法は見つかっていない」


 生気を失った瞳でただ天井を眺め、腹に穴を開けて管を通し、胃に直接栄養を送り込まれながら、排泄の世話をして貰う存在。

 それは果たして、人間として生きていると呼べるのか。

 自分がそうなった姿を想像し、生徒達の顔は一斉に青ざめる。


「CEの攻撃はレーザー兵器のような光線で、速くて避けるのは難しい。ただレーザーと違って射程は三十m前後と、拳銃と大差ないのが救いだ」


 続いて映し出されたのは戦場の光景。

 非現実的な六角形の結晶体が、中心の赤い球体から光を放ち、それを浴びた市民が耳を覆いたくなる絶叫を上げて倒れこむ。


「これはピラーが出現した長野県松本市で、当時そこで撮影していたテレビカメラマンが、衛星通信で局に送ってきた貴重な映像だ」

「あの、その人は……」

「死んだろうな、幸運な事に」

「…………」


 大馬の重い答えに、質問した生徒は余計な事を聞いてしまったと俯いた。

 CEの攻撃を受けても、意識不明になるだけで直接命には関わらない。

 だが、自ら動く事ができなくなった人間が、救助されず野晒しのまま放置されて、いったい何日生きられるだろうか。


「ピラーを中心に撮った衛星写真も有るが……見ない方がいい」


 見るか?――と聞く事すらはばかられる、地獄がそこには映っているのだろう。

 地面に打ち捨てられ白骨化した何十万もの死体と、その周囲を漂う場違いなほど綺麗な結晶体の群れ。


「うぐ……っ!」


 想像してしまった女子の一人が耐えきれず、口を押えて洗面所に走ったが、大馬も他の生徒も彼女を責めなかった。


「CEの攻撃は貫通性が高く、防弾ジャケットやライオットシールドの類では防げないが、戦車の装甲や分厚いコンクリート壁なら防げるようだ。アサルトライフル以上、アンチ・マテリアルライフル以下の貫通力と覚えておくといい」

「先生、その比喩は分かり難いです」

「おっと、すまなかった。とにかく人間の装備では防げないと思ってくれ」


 宗次がツッコムと、大馬は苦笑しながら訂正した。


「ただし、諸君らが身にまとう『幻子装甲』は別だ。これならばCEの攻撃も十数発は耐えられる」


 それを聞き、重い空気に潰れそうだった生徒達から、ほっと安堵の溜息が漏れる。


「散々脅したが、諸君らエース隊員が倒れる事はまずないだろう。今は生徒の数も増えて、余裕のある戦いが出来ているからな。実際、昨年は一人も犠牲者が出ていない」


 市民や自衛隊員の被害も、CEの情報が無かった最初期こそ甚大なものであったが、行動パターンや対処方法が確立された今では、ほとんどゼロに抑えられていた。


「しかし、戦場に絶対は無い。昨日までが安全でも、明日も安全な保障は無い。命の危険がある事を忘れず、常に気を引き締めて任務に当たって欲しい」


 そう告げて、大馬は無骨な笑みを浮かべた。

 D組の生徒達も、その笑みを見て安心する。

 彼は厳しい教師だが、自分達の身を案じてくれる優しい先生でもあるのだと。


「では、CEに負けない体力を作るため、今からグラウンドを五十周だっ!」


 そして、見た目通りの体育会系で、鬼コーチなのだと知った。



「「「えええぇぇぇ―――っ!?」」」


「文句を言う暇があったら、さっさとジャージに着替えろ。遅れた者は十周追加だ」


 急げと手を叩かれ、生徒達は慌てて立ち上がった。


「まずい、ジャージは部屋に置いてきたんだけどっ!?」

「陽向ちゃん、私と一緒に寮まで走るですよ~」

「ま、待って、私も……」


 女子が慌てて寮に戻るなか、宗次は素早く着替えを終え、ようやく意識を取り戻した映助の肩を叩く。


「行こうか」

「……地獄にか?」


 珍しく面白い冗談だなと、宗次は笑みを浮かべるのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ