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第95話 滅私

 指揮所を占拠した三年生達は、手分けして地下一階の研究所と地下三階の居住区間を見て回り、職員を全て指揮所に集めていたが、その網から京子が逃れたのは、ほんの偶然にすぎなかった。


「よし、誰も居ないな」


 机やパソコン、幻子干渉能力の計測器、整備中の変換器やそのパーツ等、様々な物が乱雑した研究室をざっと見回して、三年生は部屋の扉を閉めた。

 しかし、入口からは見えない机の下に、京子が眠っていたのである。

 刹那CEとの戦闘で破壊された、ベルト型幻想変換器の片側を、徹夜で作り直している最中に仮眠し、そのまま眠り込んでしまったのだ。


 三年生達も集められた職員の中に、美人保険医の姿がない事に気付いてはいたが、何らかの用事で特高に居なかったのだろうと、深く気には留めなかった。

 彼らの目的は職員全員への復讐ではないし、仮に保険医一人が逃げたところで、自分達を止められる筈もないのだから。

 戦車すら貫く幻想兵器と、銃弾すら弾く幻子装甲に守られた『特別』な自分達には。


 そんな驕りと、CEとの戦闘経験は豊富でも、基地の占領経験など皆無なため、三年生達は京子を見逃す事となる。

 そして、呑気に眠りこけていた彼女は、部屋のスピーカーから響いてきた声で目を覚まし、今の最悪な状況を思い知らされるのであった。





 午前六時、大勢の生徒が朝食を取るために起き出す時刻。

 珍しく早起きした映助と共に、学生食堂へ向かっていた宗次は、校舎の玄関前に集まっている生徒達の姿を見て首を傾げた。


「どないしたんやろ?」


 不審に思った映助が、顔見知りの男子を見つけて声をかける。

 すると、戸惑った顔と共に答えが返ってきた。


「それが、玄関に鍵が掛かっているんだよ」

「何やてっ!?」


 映助は驚きながら人波をかき分け、玄関のガラス扉に手をかけるが、確かに押しても引いても全く開かなかった。


「ホンマや、鍵か掛かっとるわ」

「どうしたんでしょうか?」


 一樹も不思議そうに首を傾げる。いつCEの襲撃があるとも限らないため、特高の校舎は二十四時間常に開け放たれてきたからだ。


「お腹空いたし、壊して開けちゃいますか~」

「そ、それはまずいんじゃ……」


 冗談なのか本気なのか、ヤクザキックの素振りを始める心々杏を、神奈が押し止める。

 ただ、特高は一見普通の校舎でも、ガラスは全て防弾性のため、蹴った程度では破れないのだが。


「一度戻って、寮長先生に話を聞いてみようか?」


 陽向がそう提案した時であった。

 校舎の各所に設置されたスピーカーから、聞き覚えのある声が響いてきたのである。


『みんな、聞いてくれ』

「誰だ?」

「浩正殿だと思うであります」


 訝しむ宗次に、三年生と仲の良いシャロが答える。

 それと同時に、校舎のスピーカーを見上げていた数人が、屋上の人影に気付いた。


「あれ、浩正じゃん」

「何やってんだ?」


 彼と同じ三年生達が、同級生の奇行に首を傾げた。

 原則立ち入り禁止の屋上に入り、フェンスにしがみ付いてこちらを見下ろし、手にヘッドセットのマイクを握りしめている。

 尋常ならざるその姿に、皆の視線が集まるのを待って、浩正は溜まりに溜まった怒りを吐き出した。


『俺達は教師連中に騙されていたんだっ! みんな天道寺英人の踏み台だったんだよっ!』


 血を吐くような真実の吐露に対する、皆の反応は困惑であった。


「えっ、何の事?」

「この陽気で頭おかしくなったんですかね~」


 陽向は訳が分からず首を傾げ、心々杏に至っては頭を指さしながら毒を吐く始末。

 他の生徒達も似たような反応を示すなか、宗次だけは表情を強張らせていた。


(まさか……)


 彼もまだ『機械仕掛けの英雄』計画の全貌は知らなかったが、主に千影沢音姫と保科京子の話から、特高には決して表には出せない、深い闇が潜んでいる事には気付いていた。

 いきなり言われても理解できる筈もなく、戸惑う皆を苛立たしげに見下ろしていた浩正の肩を、白く細い手が叩く。


『ボクが代わりに説明しよう』


 スピーカーから響いてきた、その凛とした俳優のような声に、皆のざわめきが一瞬で止まった。


「何をしてますの……?」


 宗次達の少し横で、生徒会長の神近愛璃も唖然とした顔で見上げている。

 三年A組、第二分隊の隊長であり、現場での指揮官を務め、エース隊の要である生徒。


「麗華……」


 普段の大人びた笑みを消して、冷たい表情を浮かべた先山麗華の姿に、宗次の顔にも動揺が走る。

 そんな彼の姿を麗華は見つけたのだろうか、一瞬だけ悲しそうに微笑んだあと、直ぐ硬い表情に戻って語り始めた。


『信じがたい事だとは思うけれど、まずは聞いて欲しい。特高の建てられた意味、ボク達エース隊が集められた理由、それら全てが天道寺英人のためだったという事を』


 そう前置きしてから、麗華はあの怪しい男から聞かされた『機械仕掛けの英雄』計画の全てを語った。

 英雄というたった一人の特別を作り、それに人々の希望や願望を集中させて力とし、長野ピラーを破壊する計画。

 この世の全ては相対的であり、強者のためには弱者が、有名な英雄のためには無名の雑兵が引き立て役として必要。

 だから、天道寺英人という『英雄(とくべつ)』のために、彼女達が『凡夫(ふつう)』として集められた。


『ボク達は、天道寺英人が栄光を歩むための、敷石にすぎなかったんだ』


 輝かせるためのアクセサリですらない。ただ踏まれ汚され、顧みられる事すらない石ころ。


「な、何やそれっ!」


 真っ先に怒りの声を上げたのは映助であった。

 常から天道寺英人を嫌っていた彼である。『英雄』だの幻想兵器の仕組みだのと、難しい話は別として、自分達がスケコマシのために利用されたと聞いては我慢がならない。

 他にも十数人が怒声を張り上げるが、それ以外の者達はまだ困惑している様子であった。

 麗華がこんな悪い冗談を口にするとは思えない。だが信じられない、信じたくないと心が揺れている。

 だから、決定的な証拠を突きつけるために、麗華は仲間達が連行してきた人物を呼んだ。


『綾子先生、今の話は本当ですよね』

『……あぁ』


 後ろ手に拘束されたまま、フェンスに押し付けられた綾子は、諦観から感情の消え去った声で認めた。


『先山の言った通りだ。私達は天道寺英人を英雄に仕立て上げるために、君達を踏み台として利用した』

「そんな……」


 指揮官であり特高の最高責任者である綾子の言葉に、信じられずにいた生徒達も絶望と共に受け入れざるおえなかった。


「ふざけんなっ! 俺達がいったいどんな気持ちで戦ってきたと……」

「これじゃあ洋太が浮かばれないじゃないかっ!」

「私達はあんたの玩具じゃないっ!」


 眼下の生徒達から投げつけられる憎悪の言葉を、綾子は甘んじて受け入れた。

 全て事実だからだ。彼女達はエース隊員の心も命も利用してきた、そこに釈明の余地はない。

 だから、言う事があるとすれば一つである。


『なら教えてくれ、どうすれば他の方法で日本を救えた?』


 それは五年前、綾子が殴り倒した准教授に言われた言葉であった。

 子供を犠牲にするなど間違っていると、綺麗事を唱えた彼女に向けて突きつけられた、ただ当たり前に残酷な現実。


『米露中のように原子爆弾を落として、長野どころか東京や大阪まで、放射能で汚染させれば良かったのか? ジワジワとCEに戦力を削られて、皆揃って滅びれば良かったのか?』

『何だよ……何だよそれっ!』


 綾子の開き直るような言い分に、浩正が憤慨して襟首を締め上げる。

 しかし、彼女は苦痛に顔を歪める事すらせず、心情を吐露し続けた。


『そんなに言うならお前達がやれ、とでも言いたそうだな?』

『そうだ、お前達がやればいいだろっ!』

『出来るならとっくにやっているっ!』


 諦めから凍り付いていた声が、五年間も溜め込んできた怒りで燃え上がる。


『私に幻想兵器が使えたら、CEを倒せたら、ピラーを破壊できる力があれば、とっくにやっているさ! だが出来なかったんだよっ!』


 それは、子供を戦わせて見ている事しか出来なかった、情けない大人達の嘆き。

 一人の弱くて優しい少女すら救えなかった、無力で無能な自分への憎悪。


『私は自衛官だ、より大勢の国民を守るのが仕事だ。この命を捨てる程度でCEが倒せるならとっくにやっているさっ!』


 だが、彼女一人の命なんて安いモノでは、六角柱型の一体すら倒せはしない。


『英雄の慰み物だろうと踏み台だろうと、なれる物なら喜んでなった。だが、私には君達のような才能も若さもないんだっ!』


 あったのは、三等陸佐にまで上げられた地位と、子供達を犠牲にしても日本を救えという汚れた責任だけ。


『誰かに全部押し付ければ良かったのかっ!? 私は知らない潔白だと、善良ぶって人を叩いて悦に非たる、卑怯な一般人になれば良かったのかっ!?』


 綾子がやらずとも誰かがやらされていた。

 だからといって、己の罪を誤魔化す気はない。


『今更許してくれなど言わん、殺そうが犯そうが好きにしろ。だがな――』


 一度言葉を切り、それだけはハッキリと告げる。


『ピラーを破壊してこの国を救う、その邪魔だけはさせん』


 三年生達の目論見――『機械仕掛けの英雄』計画を世間に暴露して、天道寺英人を『英雄』の座から引きずり下ろす。

 自分を含む職員が皆殺しにされようと、それだけは絶対に阻止すると言い放つ綾子を前に、浩正は拳を震わせた。


『何だよ……何だよそれっ!』


 怒りのままに振り上げた拳を、綾子の顔面に叩きつける。

 血を吐き倒れる彼女を、さらに足で何度も踏みつけた。


『ふざけんな、ふざけんなよっ! 悪者はお前達の方じゃないか、俺達を騙したのはお前達の方じゃないかっ! なのに……っ!』


 込み上げてくる涙で、最後は言葉にならなかった。

 浩正とて本当は分かっている。綾子達が好きで自分達を踏み台にしたのではないと、CEから日本を救うために仕方なく選んだ道なのだと。

 大のために小を切り捨てる、それは民主主義の世界において絶対的に正義であり、大も小も救うなんて戯言は、それこそ英雄が大活躍するお伽話でもないと不可能なのだと。


 そして、本物の英雄なんて居ないこの残酷な世界には、醜い作り物でも敵を滅ぼせる『英雄』が必要なのである。

 ただ、彼らはたった一人の『英雄(とくべつ)』に選ばれなかった。

 その残酷な現実を受け止めるには、彼らの心は繊細で幼く、大人になりきれていなかった、ただそれだけの話。


『ちくしょう、ちくしょうっ!』


 悪態と共に綾子を蹴る音が、スピーカーを通して全生徒の耳に響き渡る。

 それは、煮えたぎった怒りを冷やすに十分な醜態であった。


「おい、これはあかんやろ……」


 真っ先に怒っていた映助でさえ、顔を青ざめ嫌悪を浮かべる。

 例え激怒して当然の理由があろうと、無抵抗な女性を殴打して蹴り飛ばすなんて行為が、決して許されるはずもない。

 感情のままに暴力を振るう。それは彼らの憧れた英雄の所業ではないのだから。


「…………」

「空知君っ!」


 無言で拳を握りしめていた宗次の元に、校舎の一階から呼び声が響いてくる。

 見れば、京子が保健室の窓から外に飛び降りていた。

 スピーカーからの声で目を覚また後、研究室のパソコンから監視カメラの映像を見て、事態を把握したのだ。

 幸い、反乱に参加した三年生は十名と少なく、屋上と指揮所に五人ずつ居るだけで、地下一階と地上部分はノーマークだったため、抜け出す事は難しくなかった。


「京子先生、無事でしたか」

「それよりも、綾子先輩がっ!」


 胸を撫で下ろす宗次の胸に、京子は泣きそうな顔で縋り付く。


「お願い、先輩を助けて……っ!」


 日本を救うという大義名分があろうと、生徒達を利用してきた罪は消えず、助けてやる義理はどこにも無いだろう。

 それでも救って欲しい、他に助けを求められる相手が居ないと、泣き出す子供のような幼い顔ですがる京子に、宗次は迷わず頷いた。


「はい」


 短く肯定を返し、京子が出てきた保健室の窓に手をかける。

 その肩を、陽向が慌てて掴み止めた。


「待って! 宗次君、先輩達と戦うの……?」


 三年生達がもう言葉で止まらないのは、誰が見ても分かる事。

 ならばもう、力で止める以外に方法はない。

 だがそれは、宗次が人に刃を向けるという事だ。

 CEという血の通わぬ結晶ではなく、生身の人間、それも共に戦った戦友に。


「そんな――」


 辛すぎる真似、貴方にさせたくない。

 そう言おうとした陽向の手を、宗次は優しく掴み肩から放す。


「大丈夫」

「でもっ!」


 さらに言い募ろうとする陽向の口を封じるように、宗次は京子に問いかけた。


「このままだと、どうなりますか?」


 彼が何もせず、三年生達を放置すればどうなるか。

 薄々予想がついている彼に、京子はその通りの答えを返した。


「……防衛省や近隣の自衛隊駐屯地に連絡が行って――いえ、既に連絡が行っているはずよ。それで、反乱の鎮圧として部隊が送られてくるわ」


 綾子の身が心配だったため、京子はまだ連絡を行っていなかったが、三年生達が見逃していた職員側の人間――計十二名いる寮長が事態を把握し、規定に沿って連絡を終えていた。

 事が重大なために、決定が下されるまで時間はかかるであろうし、本来は守るべき子供であり、日本のために戦ってきた功労者達を、降伏勧告も無しに殲滅なんて真似はしない。


 だが、『英雄』を引きずり下ろす――彼の救う日本国民一億人を害そうというのなら、苦渋の決断を躊躇いはしないだろう。

 そして追い込まれれば、三年生達も今は人質とし縛り上げているだけの職員達を、生かしてはおくまい。


「三年生達を、麗華を、死なせたくないし、人殺しにもしたくない」


 だから宗次は行くのだ。例え恨まれようとも、この槍で彼女達を止めるために。

 固く決意した男に陽向が出来た事は、やはり溜息を吐きながら背中を押すだけであった。


「言ったからには、ちゃんとやり通してよ」

「約束する」


 この時ばかりは、保証できないなんて野暮は口にはしない。

 宗次は窓を飛び越え校舎に入ると、そのまま廊下を駆けて行った。

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