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第91話 這寄

 刹那CEは援軍に駆け付けた第1戦車大隊の手に寄って撃破された。

 皆にはそう説明すると綾子に言われて、宗次は素直に受け入れた。

 その判断にはもちろん、彼が強敵を倒したという功績が広まれば、天道寺英人の英雄性が薄れるから、という打算があるのだろう。


 ただ、大勢のエース隊員が憧れていた、天道寺刹那を殺したと知られれば、それがCEとなった敵だとしても、他に方法がなかったのだとしても、宗次に対して悪意を抱く者が出てくる。

 だから、第1戦車大隊という余所者が倒した事にするのが、彼のためにも一番穏便に済む。

 そんな綾子の不器用な気遣いが、刹那の意識に触れた今の宗次には分かったからだ。


 ただ、彼は決して口を滑らせなかったし、彼に頼まれた陽向も口を噤んだが、付き合いの長い一年D組の面々は何となく察したらしい。

 本人が黙っているので声高に喧伝したりはしなかったが、映助は「刹那ちゃんの事、ありがとな」と少し寂しそうに笑って、労うように宗次の肩を叩いたのであった。

 こうして、五十四名もの重傷者を出した、刹那CEとの戦いは終わりを告げた。

 それは、エース隊がCEとのまともな集団戦闘を行った、最後の記録となる。





 刹那CEが倒されてから二日後の木曜日、今まで休止されていた特高の授業がようやく再開された。

 教師達が各所への対応で忙しかったから、という理由が一つ。

 ただ、人間型CEとの戦いに続き、また大勢の学友が怪我を負い居なくなった事に関して、生徒達に心の整理をする時間を与えた、という理由が一番大きい。

 幸い、宗次達の一年D組は誰も欠けなかったが、午前の授業を終えて学生食堂に向かうと、改めて爪跡の深さを思い知らされた。


「ぎょうさん減ったな……」


 前はすし詰め状態だったのに、空席が目立つようになった食堂を見回し、映助が寂しそうに呟いた。

 授業の休止中は休日と同じで、食事の時間がまばらだから気付かなかったが、こうして全学年の生徒が揃う姿を見ると、やはり去った人の影が重くのしかかる。


 宗次達が入学してから、一人が戦死、その後を追って一人が退校、人間型CEとの戦闘で四十二名が負傷、中国からの転校生ハク・メイファンと共に千影沢音姫が突如姿を消し、先日の刹那CEとの戦いで五十四名が負傷入院。

 計百名、全校生徒の四分の一近くが特高を去ってしまったのだ。


「やっぱり寂しいですね……」


 一樹も寂しさと不安を浮かべて呟く。

 一年D組は奇跡的に皆無事だったが、よく訓練の相手をしてくれた三年A組の先輩達が、十名も病院送りとなってしまった。

 知り合いが居なくなったのだ、怪我の具合を心配すると共に、明日は我が身と恐怖を覚えても当然であろう。

 ただ、映助が嘆いていたのはそこではない。


「巨乳の由紀先輩、美尻のくるみちゃん、童顔の伊豆先輩……みんなエエ子やったのに」

「百回死ね」

「さ、最低です……」


 全学年の美少女の顔と名前を把握しているという、無駄な才能を発揮するエロ猿に、女子達の冷たい視線が突き刺さる。


「映助ちゃんはお気楽でいいですね~」

「そうだな」


 心々杏や宗次などは、変わらない彼の様子を見て、逆に安堵を覚えて微笑するが。


「ヘコんどっても飯が不味くなるだけやろ。なっ、シャロちゃん?」

「そうであります、ご飯は美味しく食べないと、農家の皆さんに申し訳ないでありますっ!」


 同意を求められたシャロは、頬に米粒をつけながら元気にそう言い切った。

 しかし、それを見た心々杏は、意地悪な顔をして問い詰める。


「とか言って、シャロちゃんが落ち込んでアニメを見逃してたの、私は知ってるですよ~?」

「な、何の事だが分からないでありますな?」


 シャロは必死に誤魔化そうとするが、明らかに目が泳いでいる。


「まぁ、シャロは三年生と特に仲良かったしね」


 幻想兵器である伝説の名馬・グルファクシスを上手く運用するため、生徒会長の神近愛璃を筆頭に、三年A組とは交友が深かったのだ、怪我を心配してアニメを呑気に見られなかったという気持ちはよく分かる。


「優しいな」

「そ、そんな事はないであります……」


 宗次に褒められると、シャロは頬を染めて俯いてしまう。

 そんな可愛らしい姿を見ていると、自然と言葉が漏れた。


「似てるな」


 少しアホというか天然な所があるけれど、元気で優しくて――


「誰にでありますか?」

「……いや、忘れてくれ」


 不思議がるシャロに、宗次は苦笑して首を横に振る。

 そんな彼の前で、ヘタレ系剣道女子は電撃に撃たれ震えていた。


「今、何か最悪の敵からプレッシャーが……っ!?」

「陽向ちゃんのセンサーはどうなってるんですか~?」


 思い出の中で美化された少女ほど、最強の恋敵はいない。

 敏感に気取って戦慄する陽向に、心々杏は訳が分からず呆れていた。





 放課後、授業も掃除も終わり、夕食の前に一度寮に戻ろうとした時であった。

 宗次達の前から、実に見慣れた一団が歩いて来る。

 一人の少年を九人の美少女が取り囲み、あらん限りの賞賛と、見ているこちらが恥ずかしくなるようなボディタッチを繰り返している光景。

 ただ、よく注意して見れば、積極的なのは外国人転校生の二人だけで、他の七名は心身ともに疲労しているのか、愛想笑いが少し崩れかけていた。

 そんな英雄のご一行を前に、宗次はふと足を止めた。


「どうしたんや?」


 見ていても腹が立つだけだから早く行こうと、肩を叩いてくる映助に、宗次は軽く首を振り廊下に佇み続けた。

 覚悟を決めた真剣な顔で、見詰めてくる槍使いに対し、周りの美少女達は僅かに怪訝そうな顔をする。

 しかし、当の英雄は彼の視線に全く気付いた様子もなく、少女達と笑い合いながら横を通り過ぎて行くのだった。


「本当にどないしたんや?」


 心配して再び訊ねてくる映助に、宗次は込み上げてくるモノを堪えるように、目を瞑りながら答えた。


「殴られるつもりだったんだ」


 ――お前の大切な姉を殺したのは、俺だ。


 CEの体となってピラーに操られ、敵に回り仕方がなかったとしても、弟のために戦った優しい少女を、この手で砕いたのは宗次なのだから。

 殴られても、殺されても文句は言えない。それだけの覚悟を決めていたのに。

 天道寺英人は彼の存在に気付いた様子すらなく、通り過ぎていった。


「分かっているんだ」


 天道寺英人は本当に刹那CEを倒した者が誰か、知らないのだろうという事を。

 彼女が姿形だけでなく、心も間違いなく天道寺刹那だった事も、決して悟られないように周りから情報操作されているのだろうと。

 ただ、周囲から聞かされた事を鵜呑みにし、本当は姉が生きていたのではと、微かでも疑っていない事が悲しい。


 その程度しか執着が無かったのだと、たった三日で忘れて笑っていられる存在だったと、ぞんざいに片付けられた事が寂しすぎる。

 もしも、刹那がこの事を知れば、どんな顔をしただろうか。

 彼女はきっと、少し寂しそうに笑ってこう言うのだろう。


 ――私のせいで悲しむくらいなら、忘れられた方がいいから。


 駄目なお姉ちゃんの事なんて気にしないで、幸せになって欲しいと。

 そんな自分の事を顧みない、馬鹿で優しい言葉を紡ぐのだろう。


「兄弟……」


 静かに一粒の涙を流す宗次に、映助はそれ以上何も言えず、ただ優しく肩を叩いた。





 シャロことシャーロト・クロムウェルは寮の自室に戻ると、直ぐに着替えて一階の寮長室へと向かった。


「寮長殿、外出を許可して欲しいであります」

「何の用事だい?」


 休日ではないのだから、余程の理由がなけば外出は許可できない。

 そう睨む老婆の寮長・白浜寅美に、シャロは申し訳なさそうに告げる。


「ノートパソコンの調子が悪いので、新しいのを買いたいであります。パソコンが無いと充電やメンテナンスが出来ないでありますよ」


 そう言って、英国製の黄金色な腕輪を指さした。


「分かったよ、ちょっと待ってな」


 特高製の黒い幻想変換器は、携帯電話と同じような専用充電器があるし、メンテナンスは京子を筆頭とした研究班の教師が行ってくれるが、英国製では事情が違う。

 寅美は素早くタブレットPCを操作し、その事情を指揮所に伝えると、一分ほどして外出許可が下された。


「二十時までには帰ってくるんだよ」

「了解でありますっ!」


 シャロは元気に敬礼すると、寮を飛び出して行った。

 特高の校門を抜け、バス停に並ぶ彼女の姿を、一台の監視カメラが捉える。

 その映像を見て、一人の男が眉を動かした。

 一年A組の暮す九番棟、そこに生まれた大量の空き部屋を使い、『英雄』の警護を行っていた自衛隊でも選りすぐりの特殊部隊、通称『特戦』こと特殊作戦群の一員である。


「シャーロット・クロムウェルが外出しようとしているが?」

『幻想変換器のメンテナンス用に、ノートパソコンを購入しに行くそうです』


 指揮所の教員から返ってきた答えに、特戦隊員はさらに眉を曲げた。


「尾行は?」

『不要かと』


 教員はあっさりと告げる。シャロは彼らの大切な『英雄』には全く関わっておらず、監視や情報収集といった怪しい素振りを見せた事がない。

 映助達に聞かされた悪い噂や、ヴァージン娘呼ばわりしてきた少女の事もあって、むしろ一年A組を嫌って近づかないようにしているほどだ。

 彼女の故郷であるイギリスも、転校の件以降は日本に何の干渉もしてこない。

 天道寺刹那が生きていた頃から、散々邪魔をしてくれたどこかの大国とは違う。

 よって、危険はないと判断したのだろう。


 それに何より、今は人手が足りなすぎる。

 外国の工作員である転校生二名を除けば、手駒である一年A組はもう七名しか残っておらず、その穴埋めとして派遣されてきた特戦も、『英雄』に不要な事を勘付かれないよう、六名と数を絞っていた。


 長野ピラーの破壊まであと一歩という、最も大事な時である。

 警戒すべきアメリカとロシアの転校生ならともかく、危険度の低いシャロを監視するためだけに、『英雄』の警護を薄くする訳にはいかない。

 今度こそ姉のように、暗殺など許してはならないのだから。


「了解した」


 特戦の隊員はそう返したものの、過酷な訓練の末に研ぎ澄まされた勘が、警告を発している気がしてならなかった。

 指揮所の教員がもう少し注意深ければ、特戦にもう少し独断行動の許される権限があれば。

 または、CEに占拠された長野市で何カ月も生き延びた経緯から、異常な気配遮断と危機感知能力を身につけていた千影沢音姫が、怪我で入院せずこの場に居れば、無理を押しても尾行をつけて、その後の出来事を回避できたのかもしれない。


 もっとも、今の特高にそんな余裕が無く、シャロが人の警戒心を削ぐ善い子であり、尾行がつかないと十分に計算したからこそ、外出するよう命じたのだが。

 言われた通りに嘘を吐いてまで外出してきた事に、シャロは少しだけ顔を曇らせつつも、バスに乗って前橋市の駅前に向かう。

 そして近くの喫茶店に向かい、目的の人物を見つけると、満面の笑顔を浮かべて駆け寄った。


「博士、久しぶりでありますっ!」


 子犬のように駆けてくるブロンドのイギリス人美少女の姿に、周りの客が驚いているなか、その男だけは平然と笑い返す。


「やあ、元気そうだね」


 歳は三十代中盤、日本人離れした深い顔立ちで、インテリゴリラというあだ名を着けられた事もあるほど、ガッシリとした体格。

 白衣も眼鏡も着けておらずスーツ姿のため、科学者にも元准教授にも見えないその男――影山明彦は五年前から全く変わらぬ笑みを浮かべ、刹那に少し似ていたという理由だけで選んだ少女にこう告げたのだ。


「今日は学校での話を、沢山聞かせてくれるかな?」

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