第8話 格差
六畳間の一人部屋という、学生寮としてはかなりの好待遇にまた驚きつつ、夜が明けて次の日。
支給された朝食の弁当を平らげ、校舎に向かった宗次達は、これから一年間お世話になる自分達の教室に到着し、驚愕する事となった。
「な、なんやこりゃぁぁぁ―――っ!」
映助が絶叫したのも無理はない。
十二号棟の面々が案内された一年D組の教室は、そこだけ百年前の大正時代に逆戻りしていたからだ。
全木製の二人掛けの机と椅子、むしろ新鮮に感じる本当真っ黒い黒板。
当然のようにクーラーはなく、暖房器具もヤカンの乗った石油ストーブだけと徹底している。
「ノスタルジックね……」
「ほ、本当にここで勉強するんですか……?」
陽向や他の生徒達も困惑し、教室の入口で立ち尽くしていた。
そんな中、宗次だけが一人、驚いた様子もなく窓際の一番後ろの席に座るのだった。
「兄弟、何しれっと座っとんねん!」
「悪い、窓際が良かったか?」
「違うわ! この教室に何も思わんのかいっ!」
「そうだな……村の学校より立派だ」
「自分、本当に日本育ちかっ!?」
伝説の秘境・グンマーでもあるまいし、とツッコンだ後で、映助はここが群馬である事を思い出す。
「いやいや、おかしいやろ!? ここって築三年くらいの新校舎やんか、何で教室だけタイムスリップしてねん!」
何かの見間違いかと、映助はD組から飛び出し、隣のC組を覗いて再び固まった。
「なん、やと……っ!?」
そこに広がっていたのは、中学校の頃に見たのと同じ、パイプの椅子や机が並ぶ普通の教室。
「う、嘘やろ……」
続けて覗いたB組は、後ろの席でも黒板が見やすいよう軽く傾斜した床に、高級そうな長机が並んだ大学のような光景だった。
「ありえん……」
フラつきながら辿り着いたA組の中を見て、映助もついに力尽きる。
人体工学に沿って設計された、最高の使い心地をもたらす椅子と机。
一人に一台ずつ配られた、教科書とノートを兼ね備えた最新型のタブレットPC。
教室の後ろにはドリンクバーと軽食コーナーまで置かれ、勉強で疲れて小腹が空いた時も安心。
黒板は液晶ディスプレイになっており、チョークや黒板消しなんて無粋な物は消え、動画で分かりやすく授業内容を教えてくれる。
それは最新の技術を惜しげもなくつぎ込んだ、二十一世紀に相応しい教室であった。
「ふざけんな、海に沈めんぞコラっ!」
「落ち着け、群馬に海はない」
宗次のボケにツッコミ返す余裕もなくし、暴れだす映助に向かって、鋭い声が飛んでくる。
「静かに! 廊下で騒ぐな」
思わず背筋が伸びてしまう、迫力に満ちた声の主は、長い黒髪を後ろでまとめ、三角形の眼鏡を光らせた、THE女教師という格好の美女。
「貴方は?」
「一年A組の担任、色鐘綾子」
女教師こと綾子はそう名乗ると、大きな胸の谷間から取り出した教鞭で、ビシッと壁を叩く。
「分かったら自分達の教室に戻れ」
「待てい、教師ならこの差別を何とかせいやっ!」
珍しく美女の色香に騙されず、映助はA組とD組の教室を交互に指さして怒鳴る。
しかし、綾子はそれに冷たい視線を返すだけだった。
「差別? これは区別だ。貴様ら落ちこぼれクラスに相応しい教室だろ?」
「ワテらが、落ちこぼれやと……っ!?」
ショックを受けて崩れ落ちそうになった映助を、宗次は背後から支えてやりつつ、物怖じせずキツい女教師に問いかける。
「すみません、どのような基準でクラス分けされたのでしょうか?」
「ほう、貴様は目上への態度を分かっているらしい。よかろう、教えてやる」
今時の教師とは思えぬ横柄な態度ながら、綾子は快諾して説明を始める。
「貴様らが幻想兵器の起動テストを行ったさい、その名称と能力も調査したのは覚えているな」
「はい」
「そのデータから判断し、対CE戦で優秀な成果を出すと思われた者から順番に、優れた環境のクラスへと振り分けたのだ」
「つまり、俺達は弱いから良い教室を使う資格がないのですね?」
「良く分かっているじゃないか」
淡々と確認する宗次に、綾子はニヤリと笑みを見せる。
それが我慢ならず、映助は猛然と反発した。
「あんなテストごときで、勝手に弱いとか決めつけんなや!」
「ライオンに強い棍棒(笑)」
「ぐは……っ!」
残酷な事実で胸を抉られ、映助は吐血して倒れた。
「待って下さい、そこのエロ助はともかく、私達まで落ちこぼれなんて納得いきません!」
「そうです、エロ助は当然だけど」
「役立たずはこのエロ助だけだぞ!」
陽向に続いて他の生徒達も、揃って抗議という名の追い打ちを叫ぶ。
「何でや……ヘラクレスの武器やで……棍棒は使いやすい最強の武器やで……?」
「…………(ぽん)」
床に泣き崩れる友の肩を、宗次は無言で叩く事しかできなかった。
「異論は認めん、貴様らの幻想兵器が弱いのだから仕方あるまい」
「けど――」
さらに反論しようとする陽向を、綾子は教鞭で壁を叩き黙らせる。
「ならば、天道寺英人の聖剣を超える自信のある者は、A組に入るがいい」
「……っ」
校舎さえ崩壊させかねなかった巨大な光の刃。
あの圧倒的な力を引き合いに出されては、誰もが黙るしかなかった。
重い沈黙に包まれるクラスメート達に代わり、宗次は話を終わらせる。
「よく分かりました、お騒がせしてすみません」
そう言って頭を下げると、まだ落ち込んでいる映助を引きずって、D組の教室に引き返していく。
「みんな、戻ろう」
「くっ……!」
陽向が促すと、クラスメート達も歯ぎしりしつつ帰っていった。
その背中が教室の中に消えてから、綾子は小さな声で呟く。
「なるほど、京子が気に入るわけだ」
その顔からは、横暴な女教師の仮面が剥がれ、優しげな微笑が浮かんでいた。