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ギルドカードを手に入れた魔雪は一度、ルフィアの家に帰ることにした。
(まぁ、ギルド内でスキルの話は出来ないよなぁ……)
普通の人ならまだしも、魔雪は魔王の可能性がある。この世界の人にとって魔王は伝説上の存在と言ってもいい。そんな存在が目の前にいたのならば、驚かれてしまうだろう。ましてや、魔王は昔にこの世界を滅ぼそうとした。あまり、良い印象は受けない。これらのことからルフィアと魔雪はルフィアの家で彼のスキルについて話し合おうと結論付けたのだ。
「じゃあ、魔力を流してみましょうか」
イスに座ってルフィアがそう促す。
「……魔力ってどう流すの?」
「え? あー……」
魔雪の質問にルフィアはどうやって説明しようか悩んでしまった。ルフィアにとって魔力を流す行為は人間で言う歩くことと同じこと。それを言葉で説明しろと言われても、どう説明していいのかわからないのだ。
「えっと、マユちゃん。手を出してください」
「うん」
ルフィアの指示通り、魔雪は両手をテーブルに置く。その上に彼女は両手を置いた。
「今からマユちゃんの手に回復魔法をかけます。そこから魔力を感じてみてください」
「回復、魔法……わかった。やってみる」
先ほど彼女の手の平が見えたが、傷はなかった。昨日、手を強く握り過ぎて血が出るほどの怪我をしてしまったのにも関わらず、だ。それを不思議に思っていた彼だったが、回復魔法と聞いてそれで治したのだろうと、自己解決した。
「いきます……」
そう言いながらルフィアは目を閉じて、深呼吸。すると、彼女の両手が白く輝き始めた。
「あっ……」
魔雪の両手に何かが流れ込んで来る感覚が走る。
(これが、魔力……)
ルフィアの魔力はとても暖かくて優しい印象を受けた。まるで、母親に頭を撫でられているような。魔雪はこの魔力をずっと感じていたいと思った。
「……ふぅ。どうですか?」
「うん、何となくわかったような気がする」
ルフィアの問いかけに頷いて見せた彼はギルドカードに右手を当てて、魔力を流す。すると、真っ白だったカードに文字が浮き上がって来た。
「成功したみたい」
「それじゃ、早速、スキルの方を確認しましょう。私には見せないので書いてあることをこの紙に書いてください」
また、どこからともなく紙と羽ペンを取り出したルフィアは魔雪にそれらを渡す。すぐに彼はギルドカードに書かれた情報を紙に書き写した。
名前:勇崎 魔雪
性別:女
種族:感情の魔王(人間)
年齢:17歳
ランク:G
スキル:言語変換
演技
感情変換
闇魔法【Lv.13】
称号:なし
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
魔雪から紙を受け取った彼女は少しの間、紙を眺めてすぐにテーブルの上に置いた。
「色々と……おかしい点がありますが、一つ一つ確認して行きましょう。名前はいいとして……完全に女として認識されましたね」
「……まぁ、もう諦めてたけどさ。でも、この次の種族の部分。『感情の魔王』って何?」
「えっと、これは勇者の話なのですが、勇者にも色々な方がいまして。例えば、『海の勇者』、『正義の勇者』、『街の勇者』、『光の勇者』などなど……勇者は必ず、『~の勇者』と言うように言われます。つまり、勇者は必ず、何かを司っているのです。そして、スキルもその司る物と類似していることが多いです。『海の勇者』であれば、『水中呼吸』や『海流操作』。『光の勇者』であれば『光魔法』や『回復魔法』などですね」
そこで魔雪はルフィアに自己紹介した時に彼女に『魔王だけですか?』と言われたことを思い出した。
「それは魔王も同じなのです。初代の魔王は『滅亡の魔王』と呼ばれており、この世界を滅亡させるためだけに動いていたと言われています」
「それじゃ……俺は感情を司る魔王なわけね。でも、どうして、『演技の魔王』じゃないんだろう……」
演劇部としてその点がショックだったようで、彼は肩を落として落ち込んだ。
「ま、まぁ! そこら辺はあまり気にしない方がいいですよ……それにしても、17歳なんですか? てっきり、5歳くらいかと」
「そこまで小さくないよ!!」
身長的に7歳ほどだ。
「後、この人間って書かれてるけど何? 魔王は魔王じゃないの?」
「多分、人間から進化したという処理をされたんでしょうね。たまにですが、進化するんですよ。人種族以外ですが」
「進化するの!?」
「エルフ族ならば、ハイエルフ。獣人族や魔人族はその種類によりますが……比較的、簡単に進化しますね。マユちゃんの場合、召喚された時に種族を書き変えられたのでギルドカードには進化したと認識されたのかと」
『通信交換進化』という言葉が魔雪の頭を過ぎり、すぐに首を振ってその考えを消した。
「そう言えば、魔王ってどの種族の仲間になるの? やっぱり、魔人族?」
「いえ、魔王は魔王と言う種族です。現在のところ、マユちゃんしかいないですからね。生き残りがいなければ、ですが」
「……一つ思ったんだけどさ? このギルドカードって個人にしか情報は見えないけど、依頼とか成功させた時、このギルドカードに記録されるんだよね?」
「そうですよ」
「その時に、ここに書かれてる情報、読み取られるんじゃ?」
魔雪のイメージではこのギルドカードは元の世界で言う『ICカード』なのだ。スキャンされた時、端末にこのカードの情報を読み取られて、自分が魔王だとばれるのではないかと、心配しているようだ。
「あ、大丈夫ですよ。ギルドカードに登録されるのは依頼の情報だけです。そして、ギルド側もその依頼情報しか見られないようになっています。ですが、犯罪者などはギルドカードの全てを読み取られますけどね」
「つまり、犯罪者にならない限り、ギルドカードから魔王だとばれることはない、と?」
「そうですね。ギルドカードそのものが身分証明書になるので、中の情報まで知られる心配はありません。国に入る時にギルドカードが本物かどうかぐらいしか調べられませんし」
意外にセキュリティーが甘い異世界だな、と魔雪はのん気にそう感じた。
「では、そろそろスキルの方にいきますか……この言語変換はどんな物だと思います?」
「んー……言語が変換されるってことでしょ? 今までの感覚からして、全ての言語が俺の知ってる言語に変換されてるんだと思う」
「私もそう思います。この世界の言語はもちろん、廃れてしまった文字でさえもマユちゃんは読めますし、書けるようになっているんだと思います」
「こっちからしたら日本語で書いてるつもりなのに、勝手に違う文字を書いてるから変な感じだけどね」
「ニホンゴ? それがマユちゃんの世界の言語なのですか?」
首を傾げるルフィア。魔雪は意図的に日本語で『勇崎 魔雪』と紙に書いて彼女に見せた。
「これが俺の名前」
「へぇ……なんか、ごちゃごちゃしてますね。あ、私の名前はどう書くのですか?」
「ルフィアは……こう」
「? なんか、先ほどの字とは印象が違いますね」
「俺の名前は漢字って呼ばれる文字で、ルフィアの名前はカタカナって呼ばれてるんだ。因みに、日本語にはひらがなっていう文字もあってそれらを組み合わせて使ってるの」
「み、3つの文字を使い分けてるんですか!? なんで、そんな面倒なことを!?」
「んー……歴史のせい、としか言えないんだけどね。慣れちゃえばそこまで難しくないよ。さて、次に行こうか。演技は……演技だよね?」
言語変換のような考察が必要なスキルではなかったので、魔雪は少し戸惑った。
「そうですね……演技は演技ですよね。これと言って特殊なスキルではないと思うのですが……それ以前にこのスキル、何の役に立つんでしょう?」
「ルフィアって料理、上手いよね?」
「え!? あ、はい……ありがとうございます」
突然、褒められたエルフは照れながらお礼を言う。
「もしかして、ルフィアのスキルに料理ってない?」
「料理のスキルですか? ありませんよ?」
「なら、他にどんなスキルがあるの?」
「私のスキルですか? 水魔法。風魔法。回復魔法、時空魔法……後は体術やら剣術やら弓やらそこら辺ですかね?」
「……このスキルって特殊な能力や戦闘に使う物しか出て来ないんじゃない?」
戦闘スキルはあるのに、料理のような一般的なスキルはない。そこから魔雪はそう推測する。
「そうですね。ギルドカードなので、戦闘の役に立つようなスキルしか出て来ないかと……あれ? じゃあ、この演技スキルも戦闘の役に立つんでしょうか?」
「戦闘スキルしか出て来ないなら……そうだよね?」
「……でも、演技を使う戦闘って何でしょう? 死んだフリ?」
「それ、完全に熊対策だよね?」
しかも、死んだフリは熊の前でやらない方がいいのだ。喰われる。
「この演技は保留ですね」
「そうだね……で、一番謎なのが……『感情変換』」
「マユちゃんは感情の魔王なので、これはマユちゃんだけのユニークスキルだと思います」
「ユニークスキル?」
「一般的ではないスキルのことです。それを言うなら言語変換もユニークスキルです。他にも色々なユニークスキルがありますよ」
特殊能力だと魔雪は解釈した。
「それで? この感情変換って何?」
「さぁ?」
「いや、さぁって……全く想像つかないの?」
「だって、感情を何に変換するのかもわかりませんし……こんなスキル、聞いたことありませんもん」
「……これも保留だね」
魔雪の結論にルフィアも頷いた。
「私からしたら次の闇魔法の方が異常です」
「え? 闇魔法もユニークスキルなの?」
「いえ、闇魔法は一般スキルですよ。ですが……」
そこで、言葉を区切って目を逸らすルフィア。
「どうしたの?」
「闇魔法は……不遇の魔法と呼ばれるほど、役立たずです」
「……えっ?」
「いえ、不遇と言いますか……どんなことが出来るのかわからない魔法なのです。今までも闇魔法の使い手はいましたが、魔力はもちろん、技量もない人たちばかりが闇魔法の使い手だったので、闇魔法を使いこなせなかったのです」
「……つまり、研究が進んでないんだね? そもそも、魔法ってどんなものがあるの?」
魔法のない世界で生きて来た魔雪にとって魔法は未知の領域だった。
「魔法と言うのは魔力を消費して様々な現象を起こす技術のことを言います。マユちゃんの世界には魔力はなかったみたいですが、この世界の大気、生物の体内には魔力があり、それらを使って魔法を発動させるのです」
「その魔法って色んな種類があるの? 闇魔法の他に水とか風もあるみたいだけど……」
「闇や水は属性魔法と呼ばれる魔法です。属性魔法は炎、水、風、土、光、闇の6種類があります。私のようにいくつかの属性を使える人もいますね」
そこまでの説明を聞いてふと魔雪は疑問に思った。
「あれ? 回復魔法と時空魔法は? ルフィアは使えるんだよね?」
「それはユニークスキル……つまり、私にしか使えない魔法です。まぁ、マユちゃんのようにマユちゃんしか持っていないほどのレアなスキルではないので私の他にも使える人はいると思います。回復魔法を使える人は教会などに結構、いますから」
「時空魔法は?」
「それはかなりレアらしいですね。私の場合、そこまで得意じゃないので異空間に物を仕舞うぐらいしか出来ませんが」
そう言いながらルフィアは杖をどこからともなく取り出した。その杖は昨日、魔雪が幼女した時に枕の代わりに抱きしめていた杖だった。
「あ、だから色々な物を取り出せたんだ」
「かなり便利ですよー、これ。中に入れておけば物も腐りませんし。かなり大きな物も入るので魔獣を倒した時とか持ち運びが楽ちんです」
「いいなー! 俺も欲しい!」
「属性魔法ならまだしも、ユニークスキルの魔法は教えても習得出来ませんから……」
杖を異空間に仕舞いながらルフィアが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「属性魔法は人に教えられるの?」
「属性魔法の他にも体術や剣術も教えられますよ? 逆に一般スキルならば人に教えられます。それがユニークスキルとの違いですかね」
「へぇー! 今度、魔法教えて!」
「はい、いいですよ! 私が手取り足取り腰取り教えてあげます!」
「腰は要らない」
「はうっ!?」
魔雪の遠慮のない拒否にルフィアはテーブルに頭を打ち付けた。
「でも、闇魔法は一般スキルならどうして異常なの?」
シクシクと泣いているロリコンエルフに幼女が質問する。
「ああ……それは、レベルのことです」
「レベル? そう言えば、他のスキルにはレベルはないのになんで、闇魔法にはレベルがあるの?」
「そうですね。これも一般スキルとユニークスキルの違いなのですが、一般スキルにはレベルが設定されているのです。これは、そのスキルの熟練度を示していて、レベルが高ければ高いほどそのスキルを巧みに操ることが出来るのです」
「なるほど……じゃあ、回復魔法や時空魔法にはレベルはないの?」
「ギルドカードには書かれませんが、実際にはあると言われていますよ。ただ、表示されないだけで。回復魔法とかずっと使い続けていればどんどん上手くなると言われていますし」
ルフィアの回答に魔雪は首を傾げる。
「……使い続けたらレベルが上がるんだよね?」
「そうですよ?」
「逆に使わないとレベルが上がらないんだよね?」
「そうですね」
「……なら、どうして俺の闇魔法はすでに13もレベルが上がってるの?」
そう、魔雪は一度も闇魔法は使っていない。それなのに、レベルが上がっているのだ。
「そう、そこなんです。私が異常だと言ったのはその部分なんですよ。先ほどまで魔力すら流せなかったマユちゃんが闇魔法を使えるとは思えません。水や風のような簡単な属性魔法ならまだ可能性はあるのですが、闇魔法のようなよくわからない魔法を素人が使えるとは思えません」
「やっぱり、変なんだね……なら、どうして?」
「さぁ?」
「……これも保留?」
「……保留ですね」
結局のところ、魔雪のスキルについてわかったことは少ししかなかったのだった。
しかし、この時点で2人は見落としていた。
一般スキルとユニークスキルの違い――レベルの有無。
一般スキルにはレベルがある。
ユニークスキルにはレベルがない。
そして、魔雪のスキルでレベルがあるのは闇魔法のみ。つまり、他のスキルは全て、ユニークスキルなのだ。
言語変換、感情変換。そして――。
――演技も、ユニークスキルなのだと。
やっと、マユちゃんのスキルが判明。
そして、意味不明。
あ、感想などお待ちしていますので、気楽に書き込んでくださいな。