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魔雪が子供メイドたちと一緒に買い物し始めてから早1週間。今日も今日とて彼らはチャーリーに乗って買い物に来ていた。
「あ、皆さん。少々よろしいでしょうか」
ラグールタワーの前で自転車を降りた魔雪が今にも走り出そうとしていた子供メイドたちに声をかける。
「めいどちょー、何?」
「試しに皆さんで買い物をしてみます? 面倒かもしれませんがきっと将来役に立つ経験だと思いますので」
「かいもの!? やるやる!」
「やったー!」
「で、でも……私たちにできるかな?」
大半の子供メイドが喜ぶ中、1人の子供メイドは不安そうに魔雪に問いかける。それを聞いた彼は小さく笑ってその子の頭に手を乗せた。
「問題ありませんよ。私だって小さい頃、妹と一緒に買い物したのですよ?」
「え? めいどちょーが?」
目を丸くして聞き返した彼女に対し、魔雪は頷く。
「確かに子供だけで買い物するのは不安だと思います。しかし、それと同時に皆さんの力にもなるのです」
「力に……」
「間違えを恐れる者に成長は望めない。少しだけ勇気を出して頑張ってみてはいかがですか?」
「……うん! 私、頑張る!」
それから魔雪はメモを見ながら話し合っている子供メイドを後ろから見守った。そして、見事に子供メイドたちは間違えることなく買い物できた。
それを大人メイドやヒデに伝えるととても嬉しそうに笑い、子供メイドたちを褒めたのだった。
次の日。
「……これも違う」
また図書館に本を閉じる音が響く。そして、また別の本を開いた。パラパラと読み、首を横に振る。彼の知りたい情報がなかったのだ。
「メイド長、少し休んだ方がいいんじゃない? 何時間も図書館に篭りっぱなしよ?」
ため息を吐いている魔雪に心配そうに声をかけるマリー。彼女が今日の『魔雪が危ないことをしないように見張る』当番なのだ。
「ええ……そうですね。少し休憩しましょうか。そう言えば今、何時ですか?」
図書館には時計がないため、懐中時計を持っている人に聞かなければ現在の時刻を知ることができない。なので、当番のメイドは懐中時計を支給される。
「えっと、丁度2時半過ぎね。そろそろ買い物の準備をしないと間に合わないわ」
「あー……はい、わかりました。それじゃ行きましょうか」
魔雪は魔王だ。体の丈夫さは獣人族を上回る。しかし、精神的疲労はどうすることもできない。ここのところ調べ物続きで精神的に疲労している魔雪の顔は少しだけ青かった。
「ねぇ、今日ぐらい休んでもいいんじゃない? 酷い顔してるわ」
「いえ。皆さんが頑張っているのに私だけ休むわけにはいきません。それにあまり時間も残されていませんから」
「時間?」
「こちらの話です」
図書館に目ぼしい情報はなかった。時間もない。なら、手遅れになる前に動き出すしかないのだ。たとえ、望まない争いが起こるとわかっていても。
「おや、今日もお買いもの? お利口さんねぇ」
ラグールタワーの近くにチャーリーを停め、今日も日本で言う商店街のような場所に訪れた魔雪と子供メイド。今となってはお店の人ともすっかり顔なじみとなり、笑顔で褒められるようになった。因みにお店の人は魔雪を見て判断している。連れて来る子供メイドは日によって変わるからだ。
「いえいえ、これもお仕事の内ですから」
「全く……勇者もこんな子供に仕事を押し付けるなんて酷いもんだねぇ」
「確かに子供は遊ぶのが仕事だとは思いますが、チャーリーに乗れるのは子供メイドだけなので仕方ないのです。大人だとチャーリーが耐えられなくて」
「でも……」
「それにヒデ様は私たちにとても優しくしてくれますよ? 子供たちの面倒も見てくれますし。皆さんもヒデ様のことが好きですよね?」
≪好きー!≫
あんな体型をしているヒデだが、面倒見がいいのでメイドたちからは嫌われていない。特に子供メイドとは積極的に遊んでいるのでかなり好かれている。汗がすごいので抱き着かれたりしないが。
「そうかい?」
「ええ。きちんとお給料も払っているのですよ? 強引に連れて行くのは止めた方がいいとは思いますが」
因みに魔雪がそう指摘してからヒデは一度も獣人族を連れて来ていない。メイドの数も足りている(ギリギリローテーションが組める程度)ので増やす必要はないのだ。
「へぇ、勇者もいいところはあるだね。まぁ、許すつもりはないけど。はい、これはサービスだよ」
「ありがとうございます。また明日も来ますね」
そう言って魔雪は受け取った食品を子供メイドの1人に渡してお店を出た。
「えっと、次は……」
商店街を歩きながらポケットからメモを取り出し、キョロキョロと周囲を見渡す。子供メイドたちもそれを真似して笑いながらキョロキョロしている。それを見て微笑む魔雪だったが前から何かがぶつかって来て思わず、尻餅を付いてしまう。
「いたた……大丈夫ですか?」
少しだけ顔を歪ませながらぶつかって来た相手に声をかける。どうやらぶつかって来たのはサル耳が可愛らしい獣人族の男の子だった。魔雪より少し幼いほどの子供だ。
「……大丈夫」
「それはよかったです。はい、これ落としましたよ」
そう言いながら手元に落ちていたメモを渡す。男の子もメモを持っていたようでぶつかった拍子に落としてしまったようだ。
「ありがと」
メモを受け取り、一度目を通した後、立ち上がって走り去った。その後ろ姿を見送り、魔雪も立ち上がる。
「めいどちょー、だいじょうぶ?」
「ええ、大丈夫ですよ。それじゃ行きましょうか」
心配そうに聞いて来る子供メイドの頭を撫でてからメモをポケットに仕舞う。それから再び買い物に戻った。
「……」
夜もすっかり更けた頃、図書館に1人の男がいた。肉の勇者ヒデである。ヒデは本が汗で湿らないように手袋をはめていた。すんすんと匂いを嗅いで何かを探している。
(これかな?)
そう思いながら一冊の本を手に持った。それは魔雪が昼間読んでいた本である。肉の勇者であるヒデはとても鼻が利くのだ。魔雪の残り香を頼りに彼が読んでいた本を夜な夜な探しているのである。
「……なるほどねぇ」
表紙を見て頷き本を本棚に戻す。それから懐に入れてふにゃふにゃになった紙を取り出し、苦笑して脳内のメモに本のタイトルを刻んだ。
(今度から鉄板でも胸に仕込もうかな?)
そうすれば汗で紙が使えなくなることもない。まぁ、鉄板を胸に仕込んだところで紙は汗のせいで湿った空気により結局ふにゃふにゃになるのだが、それにヒデが気付くのは明日の夜である。
「さてと」
一人ごちたヒデは次の本を探すため匂いを嗅ぐ。自分の汗の匂いで鼻が利かなくなるまで彼の作業は続いた。




