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「チャーリーを乗りこなすコツは怯えないこと。バランスを崩してしまうのはスピードが出ていないからです。初めての体験をするのですから恐怖するのも無理はありません。ですが、大丈夫です。皆さんの運動神経があればすぐに乗れるでしょう」
≪はい!≫
あれから魔雪は数回に分けてメイドたちにチャーリーの乗り方をレクチャーしている。さすがに全員一緒に教えるのは無理だからだ。
「では、1人ずつ乗ってみましょう。私が荷台を持って……あ、すみません。さすがにそれは無理なので別の方にお願いします」
荷台を持ちながら走るには身長が足りない。どんなに演技が出来たとしても体格と性別だけはどうしようもないのだ。
「じゃあ、私が」
「ありがとうございます。ここを持ってください……これで準備完了です。それでは順番に乗ってみましょうか」
≪はい!≫
チャーリー講義はまだまだ続く。
しかし、魔雪にも予想できない事態が起きていた。最初、彼は大人メイドにチャーリーの乗り方を教えていたのだが、それを見ていた子供メイドたちが講義の合間に遊び半分で魔雪の身長に合わせたチャーリーに乗っていた。そう、“乗っていた”のだ。
「めいどちょー! 見てみてー!」
「……上手に乗っていますね」
両手を振ってアピールしている犬耳の子供メイドを見て魔雪も顔を引き攣らせていた。まさか大人メイドより早く子供メイドが乗りこなすとは思えなかったのだ。
「リルルちゃん、次は私ー!」
「うん! 今そっち行くねー!」
犬耳の子供メイド――リルルは満面の笑みを浮かべて子供メイドたちが集まっているところへ向かう。ドリフトをかましつつ。凄まじいスピードでブレーキをかけたからか砂煙が子供メイドたちに降りかかる。それが楽しかったのか砂を被った子供メイドたちは大声で笑っていた。
「……待てよ?」
子供メイドたちを微笑ましそうに見ていた彼だったが一つの妙案を思い付く。それを実行する為には大人メイドとヒデの許可が必要だ。
「すみません、ちょっと用事を思い出したので子供たちをお願いします」
「え? あ、はい」
近くにいた大人メイドに声をかけて魔雪はヒデの元へ走り出した。
大人メイドたちは王宮の仕事で忙しい。そのため、自分たちの休憩時間を削って買い物に出かけていた。たとえ、チャーリーを使っても休憩時間を削ることは避けられないだろう。
「皆さん、準備はいいですか?」
≪はーい!≫
「では、子供メイド隊! 出動です!」
じゃあ、子供メイドたちが買い物をすればいい。きちんと許可を得た魔雪はチャーリーを乗りこなしていたリルルを筆頭に数名の子供メイドを引き連れて初めて王宮を出た。もちろん、子供メイドたちが乗っているチャーリーは彼女たちの身長に合わせたものだ。
王宮から街まではそれなりの距離がある。だが、救いなのは道が平坦だったことだろう。もし、坂道だったら行きか帰りでチャーリーを押して行かなくてはならない。獣人族とは言え子供の足では到底往復など出来なかっただろう。
「まずはラグールタワーまで行きましょう。そこにチャーリーを停めた後、買い物をしましょうね」
チャーリーを漕ぎながら今後の予定を子供メイドたちに言う。子供メイドたちはそれを聞いて楽しそうに返事をした。
それから数十分ほどチャーリーを漕いだ魔雪たちはラグールタワーがある中央広場に到着する。やはり中央広場と呼ばれるだけあって人の数が多い。人にぶつからないようにベルを鳴らしながら進み、ラグールタワーの前でチャーリーを停めた。
「うわー! すごーい!」
「高いねー!」
「人がいっぱい!」
「あ、大きなワンちゃん! わーい!」
「駄目だよ、リルル! それにリルルも犬だよ!」
子供メイドたちは久しぶりに王宮の外に出たからかテンションが高い。特にリルルはどこかへ走り出そうとしたところを一番年上の子供メイドに止められていた。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。だいぶ時間がかかってしまったので急ぎますよ。確か向こう側にお店がたくさんあるのでそちらに向かいましょう。いいですか、皆さん? 気を付けてくださいね、人がいますからぶつからないように手を繋ぎましょう」
≪はーい!≫
魔雪を真ん中にして子供メイドは買い物へと向かう。その姿を中央広場にいた人々は不思議そうな顔で見ていた。無理もない。チャーリーに乗って来ただけでも目立つのに乗っているのがメイド服を着た子供なのだから。しかも、子供に指示を出している子は獣人族ではなく人種族だ。目立たないわけがない。
「皆さん、今日買う物は覚えていますか?」
≪お肉ー!≫
「残念ながらお野菜です。お肉は買いません」
お店がたくさん並ぶ道を歩きながら魔雪はお肉と叫ぶ子供メイドたちを見て苦笑した。
「ぬふふー。初めての買い物、どうだったー?」
「はい、子供たちは少しテンションが上がって大変でしたが無事に終わりました」
買い物が終わった後、魔雪はヒデの元を訪ねていた。子供メイドたちを買い物に連れて行く条件が彼女たちの様子を報告することだったのだ。
「そっかそっかー。うんうん、大人メイドたちも嬉しそうだったし。今後も買い物を任せてもいいかもね」
「ありがとうございます……ですが、さすがに子供メイドだけを街に向かわせるわけにもいかないので私もついて行ってもよろしいでしょうか?」
「うん? でも、大人メイドが引率すればいいんじゃないのかな?」
確かに子供の魔雪が引率するより大人メイドに任せた方が子供たちの安全だろう。しかし、問題があった。
「実は……大人メイドたちはまだチャーリーを乗りこなせていないんです」
「へ? 大人メイドが?」
「はい。どうやら力加減がわからないようで……ペダルが折れてしまうんです。元々、チャーリーは人種族の力に合わせて作られた物なので獣人族が使おうとするとあまりの脚力にチャーリーが耐えられないみたいで」
それにペダルを折らないように漕ぐとなるとかなり精神的に疲労する。魔雪の場合、魔王の力をコントロールしているのでペダルを折る心配はない。
「そんな状態で子供たちの面倒を見るのは厳しいかと」
「んー……しょうがないか。魔雪もメイド長になって暇だろうし。うん、子供たちと一緒に買い物、お願いね」
「お任せください。では、メイドたちに伝えて来ます」
魔雪はお辞儀をした後、ヒデの部屋を出て行こうとする。
「あ、魔雪」
それをヒデが止めた。その表情は真剣そのものだった。
「どうしました?」
「……いや、何でもないよ」
「……失礼します」
もう一度、頭を下げ魔雪はヒデの部屋を出て行く。魔雪が出て行ったのを見送り、ヒデはそっとため息を吐き、一冊の本を取り出す。それは魔雪も読んだ勇者伝記だった。
そして――。
「面倒なことになりましたね」
メイドたちがいる部屋へ向かう魔雪もヒデの表情から全てを察し、ため息を吐く。
もう、時間は残っていなかった。




