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数分間に合わなかったあああああ!
本当にすみませんでした!
「うーん」
数日後、魔雪は未だ答えを見つけていなかった。『演技に頼らず恩返しする』と決めたのはいいが、そもそも彼は演技しか出来ない。彼が今までして来たことは全て『演技の延長戦』――つまり、借り物なのだ。それを使って恩返しをしても意味がない。だからこそ、悩んでいた。自分にしかできないことを探していた。
「メイド長、どうしたの?」
腕を組んで悩んでいると箒を持ったマリーに声をかけられる。他の大人メイドは魔雪を敬い、敬語を使っているがマリーだけは前のように接していた。彼女曰く、『そもそも敬語自体苦手だったしメイド長も全員から敬語で話しかけられたら肩が凝っちゃうでしょ?』とのこと。
「実は……メイドたちに何か恩返ししたいなと思いまして」
実際、魔雪にとってマリーは王宮で唯一の相談相手となっていた。
「恩返し? 何で?」
「私なんかを尊敬して下さって……色々と助けられていますので何かしたいのです」
「んー……私からしたらすでにメイド長には色々助けて貰ってるから今のままで十分だと思うけど」
「皆さんがそれでよくても私が納得できないんです。何か困っていることはありますか?」
何かヒントを得ようとマリーに質問する。だが、それを聞いた彼女は少し考えて首を横に振った。
「特にないかな。さっきも言ったけどメイド長が問題点を改善してくれたし」
「そうですか……どうしましょう」
このままでは恩返しができない。肩を落として落ち込んだ魔雪は不意に顔を上げる。その視線の先には大きな荷物を持ったメイドが数人。1週間分の食糧をまとめて買って来たのだろう。王宮と街まではそれなりに距離があるので毎日街に行くのは大変なのでまとめて買って来るのだ。しかし、獣人族である彼女たちが数人と言え、1週間分の食糧を持つのはかなり大変である。その証拠に魔雪の前を通り過ぎた彼女たちは汗を掻いて荷物を運んでいた。
「マリーさん」
「何?」
「街に食料を買いに行ったことはありますか?」
「食料? あー、確かにあれは大変かも。でも、メイド長が代わりに行くって言っても皆、頷かないと思うけど……」
メイドたちは魔雪を尊敬している。そのため、大変な仕事を魔雪に任せようとしないのだ。魔雪ならば1週間分の食糧をまとめて運ぶことはできるが、メイドたちはそれを良しとしないだろう。
(じゃあ、どうすれば……)
買い物の問題は街までの距離だ。これさえ解決できれば毎日街に行って食料を買えばいい。そうすれば荷物も少なくなる上、食料も新鮮なまま調理することができる。1週間分の食糧をまとめて買っているため、週末の料理はほぼ決まったメニューになってしまう。冷蔵庫はあるが地球の物より性能は良くないので足の早い食料はすぐに使ってしまわないと腐らせてしまうからだ。
「距離……ッ!」
数秒ほど思考を巡らせた後、閃いた。魔雪はマリーにお礼を言い、ヒデの元へ急いだ。
「皆さん、こんにちは」
≪こんにちはー!≫
ここは王宮の中でも一番大きな広場。そこに魔雪と十数人のメイドが集まっていた。魔雪が閃いてから3日経ったのだが、やっとヒデに頼んでいた物が届いたのだ。
「今日は集まっていただきありがとうございます。実は試したいことがありましたので皆さんをお呼びしました」
「試したい、ことですか?」
「はい、ところで皆さんは街に買い物しに行ったことはありますか?」
魔雪の問いかけに集まったメイドたちは一斉に頷く。その表情は少しだけ引き攣っていた。それほど大変なのだろう。
「私はまだ経験したことがないので買い物の大変さはわかりません……ですが、汗を掻いて荷物を運んでいる皆さんの様子を見てどうにかできないか考えました」
そう言いながら近くに置いてあった物に近づく。メイドたちもそれの存在には気付いていたが、見たことがなかったので何も言わなかった。
「皆さんは知らないと思いますがこれは乗り物です。少し乗るのにコツがありますが慣れてしまえばとても便利なんですよ」
「の、乗り物なんですか? これが……」
一番前にいたメイドは目を丸くして驚愕する。この世界の乗り物と言えば馬車だ。しかし、目の前にある乗り物は車輪が2つしかなく、馬のような存在もいない。こんな物が乗り物だとは到底、信じられなかった。
「ええ、乗り物なのです。名前は――チャーリー。私の故郷では当たり前のように普及していた乗り物です」
そう、魔雪が用意したのはチャーリーだった。これに乗れば王宮から街まですぐな上、カゴに荷物を入れればとても楽ちんである。だが、チャーリーは少し前まで間違った乗り方しか伝わっていなかったので人気がなかった。そのせいで数を揃えるのに時間がかかったのだ。ヒデの力がなければここまで早く集められなかっただろう。
「それではお手本を見せますね。よっと」
予めサドルの高さを調節していたので魔雪はスムーズにチャーリーに乗ることができた。その瞬間、メイドたちから感嘆の声が漏れる。大方、『私たちが知らない物を知っていて、使いこなしている。さすがメイド長』と思っているに違いない。
「座る場所をサドル。足を乗せる場所をペダルと言います。そして、手はハンドルを持ってください。このハンドルに付いている物はブレーキと言って、握ればスピードが落ちて止まることができます。では、早速漕いでみましょう」
簡潔にチャーリーの説明をした後、漕ぎ始める。最初はゆっくりだったスピードも魔雪が足を動かす度に速くなっていく。広場と言っても広さに限界があるので何度か反転する。
「まぁ!」
「これなら楽に買い物に行けそうです!」
その様子を見ていたメイドたちは嬉しそうに感想を述べていた。彼女たちの表情を見て受け入れられていると判断した彼はメイドたちの前で止まり、チャーリーを降りる。
「先ほども言ったように乗るためにはコツが必要です。何度か転んでしまう上、メイド服を着ながら漕ぐのはなかなか難しいと思います。それでも、乗りこなせられればグッと買い物が楽になるでしょう。どうです? 乗ってみませんか?」
魔雪の提案を拒否する人などここにはいなかった。




