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幼女魔王の演武演劇  作者: ホッシー@VTuber
第2章 幼女魔王の召使黒狼
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せ、セーフ!セーフ!

「はぁ……」

 パタン、と本を閉じた後、魔雪はため息を吐いた。ルフィアと別れてから1か月が過ぎた。しかし、未だ王宮から脱出はおろか外出すら出来ずにいる。そもそも彼はメイド長になってしまったため、メイドの仕事がほとんどない。魔雪本人は仕事をしたいのだが、他のメイドがそれを止め、仕事を奪ってしまうのだ。そのせいで当初の予定だった『メイドの仕事で外に出る』という作戦を決行出来なくなってしまった。

(さて……どうするかな)

 図書館でモグボルーツについて調べたが目新しい情報はなかった。図書館にある本が古かったのもあるが、ルフィアがそれほど物知りだったのだ。だてにエルフとして長生きしていない。まぁ、文字が擦り切れるほど古い本の情報を当たり前のように話していた彼女は一体どこでそれほど古い情報を手に入れたのか気になるが。

(さすがに強引に脱出するのはメイドたちやヒデに迷惑がかかるし……外出許可も出なかったし)

 この前、勇者ヒデに外出許可を取りに行ったが拒否されてしまった。他のメイドも仕事の用事以外で外出させていないから魔雪だけ特別扱いするわけにいかない、とのこと。

 もう一度、ため息を吐きながら手に持っていた『名前名鑑』と言うタイトルの本を撫でる。この本はモグボルーツにて一般的に付けられる名前を集めたものだ。魔雪にとって名前はトラウマの象徴である。小さい頃からこの名前のせいで色々苦労して来た。だからこそ、魔雪は“自分から相手の名前を聞かない”。相手の名前を聞けば自分の名前を言わなくてはならなくなる。自分の名前を相手に教える行為は彼にとって最も苦手とするものだった。それを自ら進んで行うほど魔雪はマゾではない。別に名前を言うのが嫌なわけではなかった。ただ名前を言った後の反応を見るのが嫌だった。決まって目を点にし、冗談でしょと笑う。両親のおっちょこちょいで女の子っぽい名前になってしまったが名前を笑われると両親が笑われているように感じた。だから、魔雪は名前を聞かない。両親を笑われたくないから。

「メイド長、そろそろお昼ご飯の時間です」

「わかりました。今、行きます」

 『名前名鑑』を元の場所に仕舞った後、扉の方へ向かう。そこには虎耳のメイドがいた。

「……前々から聞こうと思っていたのですがどうして皆さんは私を主人のように扱うのですか? メイド長と言っても私もメイドの一員です」

 魔雪の言う通り、子供メイドも含め彼女たちは何故か魔雪を敬い、主人のように扱う。今だって図書館で暇つぶしをしていたのに誰も文句を言わない。

「メイド長……それはあまりにも自分を棚に上げ過ぎてはございませんか?」

「棚に上げる……ですか?」

「我々は知っているのです。真夜中、メイド長が全ての場所を点検していることを」

「……マジ?」

「マジです」

 演技することを忘れてしまうほど魔雪は動揺してしまった。1か月も一緒にいるため、魔雪の素をほとんどのメイドが知っているので素に戻った彼を見ても気にする様子もなく頷くメイド。

 日々、申し訳なく思っていたのでとにかく何かしようと考え、真夜中の点検を思い付いた。これならば誰にも邪魔されることなく仕事が出来る。別に誰かに自分の働いている姿を見て欲しいわけではなかった。結局は魔雪の自己満足。でも、真夜中の点検を始めると自然と自分もメイドの皆と一緒に仕事をしている気分になれた。気付いたこと、思ったことをノートに書き込めば担当したメイドによって違いがあり、面白かった。まぁ、それでも申し訳なさは消えなかったが。しかも、普通にばれていた。

「あ、あはは……知っていたのならどうして止めなかったのですか? 皆さんなら止めそうですが」

「最初は止めようと思いました。しかし、真夜中の点検中、ノートに気付いたことや思ったことを書き込んでいる姿を見ていると……止められませんでした。あんなに楽しそうにしているメイド長を誰が止められると言うのです」

「そんなに楽しそうにしていましたか?」

「ええ。それに……最初に謝罪します。申し訳ございません」

 いきなり謝ったメイドに首を傾げる魔雪。だが、すぐに思い当たった。

「……見ましたね? 誰が見たのです?」

「おそらくほとんどのメイドが見ました。メイド長、お願いしますからあんなわかりやすく『点検ノート』などと表紙に書き、机の上に置かないでください。我々は訓練されたメイドではありません。覗いてしまいます」

 こればっかりは魔雪の失敗だった。真夜中に1人で全ての場所を点検するのは時間がかかる。そのため、部屋に戻って来たらすぐに寝てしまうのだ。もちろん、点検ノートを隠す暇などなく、机に適当に放ってしまうため、魔雪の部屋を訪れるメイドの目に入る。自分たちの仕事ぶりが書き込まれたノートが目の前にあるのだ。覗くなと言う方が難しい。魔雪もそれがわかったため、深いため息を吐くだけで留めた。おそらく自分も覗いてしまうだろうから。

「メイド長のノートを見たメイドは全員、感動しました。あそこまで詳しく書かれているとは思わなかったのです。それに担当メイドの癖や欠点なども書かれていました。他のメイドに確認したところ、次の日にきちんと注意されたそうです。こんなに我々のことを考えてくださる上司がいるのです。尊敬するに決まっているじゃないですか」

 虎耳のメイドは床に膝を付き、魔雪の両手を握った。ジッと目を見つめられ戸惑う魔雪。慕われているのはわかっていたがここまでとは思わなかったのである。

「メイド長……いえ、マユキ様。まだ幼いのに我々のことを考えてくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた。その姿を見れば心の底から魔雪を尊敬しているのがわかる。

(本当に、いい子たちだよな……)

 さすがヒデが選んだ子たちだと言えばいいか。基本的にここに連れて来られるメイドは皆、いい子たちなのだ。

「……こちらこそよろしくお願いします」

 だからこそ、魔雪は何かこの子たちにしたいと思えた。点検だけではなく、もっと別の何かを。

(俺に、何か出来るのかな)

 演技しかできない器用でいて不器用な幼女メイドはこちらに笑顔を向けて来る虎耳のメイドを見ながら考える。

 確かに魔雪は演技のおかげで様々なことができる。だが、それらの全ては結局、借り物でしかない。レプリカなのだ。でも、彼女たちにお礼をするならば自分の力で……演技に頼らずに何かしてあげたかった。

「それでは行きましょう」

「……ええ」

 その答えはまだ見つからない。


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