表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼女魔王の演武演劇  作者: ホッシー@VTuber
第2章 幼女魔王の召使黒狼
53/64

52

 匠の朝は早い。太陽が地平線から顔を出すと同時に目覚める。少しの間、放心した後、水玉のパジャマを脱ぎ捨てメイド服に着替えた。姿鏡の前で自分の姿を確認し、一つ頷いてから部屋を後にする。匠は匠であると共にこの現場の最高責任者でもある。身だしなみをきちんとしなければ自分を慕ってくれている仲間たちに示しがつかない。だからこそ服装チェックは念入りにしている。念入りと言っても彼は幼女でも演劇役者。衣装の早着替えは慣れている。

「メイド長、おはようございます」

「はい、おはようございます」

 朝食の準備をしていると同じ現場で働く仲間たちが匠に挨拶をする。彼も笑顔でそれに応えながら、テキパキと働く。匠の手は一度も止まらない。匠にとってこれぐらいの仕事は文字通り朝飯前なのだ。

「めいどちょー! おはよー!」

「ふふ、おはようございます。今日も元気ですね」

 現場で働いているのは大人だけではない。匠よりも小さな子供もいる。その子たちも一生懸命働いているのだ。全ては匠に褒められるため。こんな小さな子供たちすら虜にする匠は罪な幼女である。

 朝食が終わった後、匠の仕事が本格的に始まる。たった一人で古くなってボロボロになってしまった図書館を立て直すのだ。仲間は別の現場で働いている。頼れるのは自分の力のみ。しかし、匠の力はあまりにも強大すぎた。それこそ図書館の立て直しを一人で出来てしまうほどに。

「ふんふんふーん」

 鼻歌を歌いながら小さな体をフルに使って次々と木材を設計図通りに切る。鋸が大きいので幼女な体では扱いにくいかと思うが匠の前ではそんなもの関係なかった。

 彼の脳内で再生されるのは日曜大工を趣味とする小さな男の子の物語。その男の子はいつも笑顔で便利な道具を作り、親はもちろん近所の住人にも感謝されていた。しかし、成功し続ける人などいない。男の子が幼馴染の女の子にブランコを作って欲しいとお願いされ、頑張って作った。最初は女の子も楽しそうに遊んでいたのだが、そのブランコが壊れてしまい、その拍子に女の子は怪我をしてしまったのだ。男の子は女の子に泣いて謝り、もう誰も怪我をさせたくないと日曜大工を止めてしまう。道具を作らなくなった彼の日常はまさしく灰色。どんどん元気がなくなってしまった。それを見て声をかけたのは彼が怪我をさせてしまった女の子だった。沈んでいる男の子に女の子はこう言った。

『一度の失敗ぐらいで諦めちゃ駄目。それに君が作った道具は皆を笑顔にできる素敵な道具だよ? だから、またブランコ作って欲しいな。今度は一緒に乗っても壊れないぐらい丈夫な奴!』

 満面の笑みを浮かべる女の子に男の子は元気を貰った。そして、再びブランコ作りに挑戦する。最初は女の子を怪我させてしまったトラウマのせいで金槌さえ持てなくなっていたが、女の子に励まされ、時々抱きしめられながら作っている内に自分の本当の気持ちに気付いた。彼が道具を作るのは皆の、女の子の笑顔が見たいからだと。その気持ちに気付いた瞬間、彼のトラウマは消えていた。いつしか笑いながら作業を進め、ブランコを完成させていた。そして、そのブランコに男の子と女の子は一緒に乗り、手を繋いで笑い合った。

 匠はこの物語が好きだった。挫折は人を大きく成長させる。壁にぶち当たった時、初めて人は成長するチャンスを得られる。そんなメッセージが込められているような気がしたから。

「よしっと」

 物語の男の子のように笑いながら匠は一つの机を完成させる。時が経ち朽ちてしまったのだ。昔は図書館を利用した人たちが本をこの机に置き、くつろぎながら読んでいたのだろう。そんなことを思いながら机を置き、次の作業へ移る。あんなに埃が溜まっていた床や本棚はすっかり綺麗になっていた。昨日、匠が掃除したからだ。彼の身体能力があれば無駄に大きいこの図書館も一日でピカピカ。これぞ匠がなせる業である。

「メイド長、昼食をお持ちしました」

 椅子を作るために木材を切っているとノックの音が聞こえた。図書館の大きな扉にはノッカーが付いているのでそれを使ったのだろう。匠は急いで手を止めて鋸を床に置き、扉を開ける。この扉は匠や雇いヒデにしか開けられないほど重い。図書館で匠が作業を始めた初日、サプライズで昼食を持って来た子が扉を開けようとした。しかし、扉が重すぎて開かず、顔を真っ赤にして扉と格闘していたのだが、掃除が終わり、片づけようと彼が扉を開けてしまった。いきなり扉が開いて放心する汗だくになった子とまさか扉の前に人がいるとは思わず、驚いてしまった彼だったが、数秒ほど見つめ合った後、顔を真っ赤にしてその子は逃げてしまったのだ。そこで初めて図書館の扉は匠レベルの怪力がないと開かないことがわかった。

 では、今までどのように図書館を利用していたのか。それは実に簡単で図書館の扉の横に図書館の扉を開けられる門番がいたのだ。この図書館には一般人には見せられないような珍しい本もあったため、それを狙った人たちが図書館に不法侵入する事件が続いていた。そこで利用許可を得られた人しか入れないように扉を重くし、不法侵入できないようにしたのだ。

 そのせいで一人の作業員が辱めを受け、その日部屋から出て来なかったが。

「お待たせしました。いつもありがとうございます」

 扉を開けて廊下で待っていた子たちに頭を下げる匠。図書館の修復は完全に匠の我儘で行われている。そのため、メイド長という立場上、あまり仕事がないとは言え、別の現場を任せているのだから申し訳なさが心を抉っていた。

「いえ、私たちもお手伝いできなくて申し訳ありません。家事ならまだしも私たち獣人族にとってこのような細かい作業は苦手ですので」

 獣人族の身体能力は他の種族より優れているがその分力加減が難しい。そのため、家を建てる時は獣人族が重い木材を運び、人種族が細かい作業をすると言ったように作業を分担することが多い。しかし、匠の場合、獣人族以上の身体能力と演技によるプロ顔負けの技術がある。だからこそ、かえって手伝わない方が作業は捗るのだ。

「昼食を持っていただけるだけで嬉しいですよ。私、作業に夢中になると食べることすら忘れてしまいますから」

 個人で演劇の練習をする時など誰かに話しかけられない限り、止めないほどである。昔、妹の習い事の用事で泊まりがけで出かけることになったのだが、彼は演劇の練習があったため、一人で留守番することになった。家族を見送った後、早速演劇の練習を始めたのだが、家族が帰って来るまで飲まず食わず眠らずで練習し、部屋で倒れているのを妹に発見された。その日から彼を一人で留守番させてはいけないと家訓に追加されたそうだ。

「そうなのですか……あまり無理はしないでくださいね?」

 昼食であるサンドウィッチを手渡しながら熊耳の子が忠告する。見た目だけは幼女なので何かと他の人から心配されるのだ。

「わかっていますよ。ですが、定期的に様子を見に来ていただけると助かります。一昨日、詰んでいた本が崩れて生き埋めになりましたから……」

 子供の次は本に生き埋めされた匠。ちょっとしたトラウマである。サンドウィッチを食べながらそっと匠はため息を吐く。

「十分気を付けてください……ここを開けられるのはメイド長と勇者様しかいないのですから」

「善処します」

「……ところで進捗はいかがですか?」

 『絶対に何かやらかす気ですよね?』と言う言葉を飲み込んで更に質問する。図書館の修復作業は匠一人で行われていると他の子も知っているので進み具合が気になるのだ。そのため、昼食を届けに来た子がそれを聞くルールになっている。

「そうですね。掃除は終わりましたし……机や椅子などもそろそろ全て作り終ります。後は本棚と梯子ですね。それさえ終わってしまえば本を整理しながら仕舞うだけです」

「本棚を、作るのですか?」

「ええ、やはり修復するのでしたらきちんとしたいので」

「それはそうなのですが……あれを?」

 冷や汗を掻きながら指さした先には匠はもちろん、雇い主(勇者)の身長すらも遥かに上回る高さの本棚がいくつも並んでいた。

「そうですよ」

「……やっぱり、お手伝いしましょうか?」

「いえ、ここまで来たら一人でやりたいので。大丈夫ですよ。私、これでも頑丈ですから」

 グッと力こぶを作るように腕を曲げる匠を見て常に扉の前に誰か配備しておこうと決め、頷き合う獣人族たちだった。


来週はテスト期間のため、更新できそうにありません。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ