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窓の外で小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。カーテンの隙間から太陽の光が部屋へ降り注ぎ、ベッドで眠っている幼女が顔を顰めた。丁度、顔に光が当たっているのだ。
「ん……んんー」
少しだけ艶めかしい声を漏らした後、ゆっくりと体を起こし伸びをする。目覚ましの様な便利な道具はない。そのため、朝になったらすぐ起きられるようわざとカーテンを少しだけ開けているのだ。
「……さてと」
誰にともなく呟き、ベッドから降りて“少しだけ着崩れたメイド服”を整える。チョーカーの位置を調節して頷き、部屋を出た。
王宮の廊下は静まり返っている。まだ誰も起きていないのだろう。コツコツと幼女メイドの足音が響く。その足音を聞いて起きるメイドもいるらしいが彼は気にせずに歩き続ける。目指す場所は食堂。そこで朝一番の仕事をするのだ。
「えっと」
食堂に着いた幼女メイドは冷蔵庫を確認して朝ごはんのメニューを決めた。今日は簡単にスクランブルエッグとトースト。肉の勇者ヒデの分だけではなく、子供メイドたちの分も作らなければならないので数が多いのだ。因みに大人メイドは各自、自分で用意している。さすがに全員分を1人で用意出来ないからだ。
しばらく1人で料理していると次々とメイドたちが食堂に現れる。子供メイドも大人メイドに連れられて首をカクカクさせながら席に着いた。
「お待たせしました」
数人の大人メイドに手伝って貰って朝ごはんを配膳し終える。しかし、幼女メイドは座らない。食堂にいるメイドたちの視線を受けながら全員に朝ごはんが配膳されているか確認しているのだ。
「……はい、大丈夫そうですね」
きちんと配膳されていることを確認し、頷いた。その姿を見て他のメイドたちはワクワクした様子で何かを待っている。これから始まる朝のミーティングが最近の楽しみなのだ。それを知っているからこそ幼女メイド――勇崎 魔雪は誰にも気づかれないようため息を吐く。
「……皆さん、おはようございます」
≪おはようございます! メイド長!≫
そう、この王宮に来てから1週間。何故か魔雪はメイド長の座を得ていた。
(……どうしてこうなった)
本人の意志とは裏腹に。
ことの始まりは子供メイドからだった。魔雪が初めて王宮に来た日、子供メイドたちは魔雪に遊んで貰い、懐いてしまった。そのせいであの『幼女メイド生き埋め事件』が起こり、頭を撫でる行為そのものは本当にご褒美となってしまったのだ。魔雪も子供に埋められるのは避けたいので安易に頭を撫でないように注意を払っている。一度、誰かを撫でたら他の子も頭を撫でて欲しいとせがむに決まっているからだ。
頭を撫でられなかった子供メイドたちは考えた。頭を撫でて貰うにはどうしたらいいのか、と。そして、思い付いたのだ。ご褒美なのだから褒められるようなことをすればいい。自分たちはメイドなのだからお仕事をすれば褒めてくれる、と。
そこで子供メイドたちはメイドの仕事を手当たり次第に手伝い始めた。だが、メイドとは言えまだ子供だ。掃除をすれば壺を割り、洗濯をすれば泡まみれにし、料理をすれば焦がす。大人メイドはその後始末に追われ、ろくに仕事が出来なくなってしまった。
「……皆さん、集合してください」
そんなメイドたちを見て立ち上がったのが魔雪だった。子供メイドたちが仕事をし始めたのは良いことだったし、何よりこうなったのは魔雪のせいでもある。だからこそ、魔雪は子供メイドたちを集め、仕事を教え始めたのだ。
「まずはお掃除の仕方を教えます」
最初に教えたのは掃除の仕方だった。王宮はとても広い。大人メイドの大半が掃除を担当しているほどである。もし、子供メイドが掃除できるようになればかなり楽になるだろう。
「では、パートナーを決めて行きますね」
だが、魔雪が1人で教えるのはいささか効率が悪い。そこで考えたのが仕事のできる大人メイドと共に行動させ、ワンツーマンで教育する方法だ。こうすれば子供メイドは大人メイド1人を観察すればいいし、もし失敗しても1人分の失敗なのでそこまで被害は大きくならない。更に魔雪も巡回することで被害はほとんど出なかった。失敗しそうになった時、さりげなくフォローしていたからだ。
「そこはこうすればもっと簡単に綺麗になりますよ」
「あ……本当だ」
子供メイドだけではなく、まだメイドの仕事に慣れていない大人メイドにも仕事を教えることになったのは計算外だったが。
それから洗濯、料理などメイドの仕事を教えて行った。最初は子供メイドに教えるつもりだったが、最終的には大人メイド全員も魔雪のメイド講座に参加していた。そして、いつの間にか魔雪はメイドたちから尊敬され、メイド長の座に就いていたのだ。
「メイド長、お疲れ様。すごく様になってるよ」
「……ヒデ様、冗談はよしてください」
さすがに幼女がメイド長になるのはどうかと思い、ヒデに相談したのだが、勇者はひとしきり笑った後、魔雪を正式にメイド長にした。それを聞いたメイドたちは大いに喜び、魔雪はメイドの演技を忘れて顔を引き攣らせた。
「はは、それにしてもやっぱり君はすごいよ。まさか1週間でメイドたちの頂点に立ったんだから」
「狙ってやったわけではありません……ヒデ様のせいでもあるのですよ? どうにかしてください」
「幼女メイド長とか面白いじゃん。勇者命令だよー」
「……はぁ。そう言えば、メイドの中に貴族の方が少なかったのですが、何か理由でも?」
初めてここに訪れた日、全員のメイドと挨拶を交わしたので魔雪は全員の名前と家柄を覚えていた。演劇でキャストの名前と役柄を覚えるのは当たり前だ。魔雪にとって名前と家柄を覚えるのはそれと同じことだっただけである。
「あー……貴族って金持ちでしょ? だから、高飛車な子が多くてね。高飛車な子がメイドとして生活していけるとは思えなかったから連れて来なかったんだよ」
「それは一理ありますね。貴族は無駄にプライドが高くて面倒ですから」
「……魔雪ってたまに辛辣になるよね。ぬふふー、そこが良いけど。毒舌メイド長、ご馳走様です」
「いえいえ、お粗末様です。食後のデザートとしてツンデレメイド長はいかがですか?」
「ツンデレは魔雪のキャラじゃないからクーデレメイド長で」
例え、メイド服を着てメイドの演技をしていても魔雪にとってヒデはこの世界で出来た初めての親友だ。因みにルフィアは相棒。狼はペット扱いである。
「では、追加料金を頂きます。100万円です」
「お金取るんだ。ぼったくりにもほどがあるよー」
だからこそ、こうやって冗談を言い合える。それは魔雪にとっても、ヒデにとっても心地の良いものだった。2人は楽しそうに笑い、しばらくお喋りを続ける。そんな2人をたまに勇者の部屋に訪れるメイドたちが目撃して微笑ましそうに見るのであった。
実はヒデはそこまでメイドたちに嫌われていなかった。王宮に住んでいるほとんどのメイドは平民で貧しい生活を送っていた。日々、汗水を垂らしてお金を稼いで少しでも家族に楽をさせるために働いていたのだ。
そこへヒデが現れ、王宮へ連れて行かれた。最初は残した家族を心配し、脱走しようとするメイドもいたのだが、ある日、王宮に届いた家族からの手紙を読んで驚愕することになる。なんとメイドとして働いた分の賃金が家族へ届けられていたのだ。その事実が発覚してすぐ、メイドたちはヒデに問い詰めた。すると、ヒデはさぞ当たり前のようにこう言ったのだ。
「ぬふふー。だって、働いたらお金を貰えるのは当たり前でしょ? それに、無理矢理連れて来ちゃったんだからこれぐらいはさせて欲しいな」
それからメイドたちのヒデに対する評価が変わった。家を離れ、住み込みで働いていると解釈すればかなり待遇の良い仕事だとわかったのだ。それからは脱走しようとせず、メイドとして仕事をし、たまに連れて来られる新人メイドの教育をする毎日だった。
そして、1週間前。あの幼女メイドが現れたのである。
「メイド長ったらあんなに楽しそうに勇者様とお話しして……」
「勇者様もどこか寂しそうにしていたから何だかホッとしますね」
「本当……メイド長って不思議な子よね」
「ええ、メイド長が来てから王宮が明るくなった気がします」
仕事をしながらまだ勇者の部屋で話し込んでいるであろう2人を思いながらメイドたちは嬉しそうに会話する。彼女たちにとって勇者と魔雪はすでになくてはならない存在になっていた。
しばらくメイド長マユちゃんをお楽しみください。




