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「世界を……救う?」
あまりにも唐突な言葉に魔雪は目を白黒させる。
(世界を救うって……勇者みたいにか?)
「えっと、それって俺が勇者ってこと?」
世界を救う存在と言えば、勇者である。勇者は悪の権化である魔王を倒し、世界の滅亡を防ぐ。このような物語が地球にはたくさんある。その影響からか、魔雪にとって勇者は世界を救う存在となっていた。
「ゆ、勇者?! マユちゃんって勇者なんですか!?」
それを聞いたルフィアは顔を青くしてその場に膝から崩れ落ちてしまう。
「ど、どうしたの!?」
「終わった……マユちゃんまで、勇者になってしまったら……もう、この世界は……」
「待って! どういうことか説明してよ!? 普通、勇者が世界を救うんじゃないの!?」
ルフィアの言動にあたふたしてしまう魔雪。もう、何が何だかわからなかった。
「……ちょっと昔話しましょうか」
「昔話?」
「きっと、最初から言わないとわからないでしょうから。そうですね。お茶でも飲みながら話します」
ルフィアはそう言ってお茶の準備を始めた。
「……ルフィア」
その後ろ姿を見て思わず、魔雪は彼女の名前を呼んでしまう。何故か、彼女の背中に悲しみの色が視えたのだ。
「さて、昔話と言いましたが御伽話ではありません」
「う、うん」
紅茶を飲みながら頷く。ルフィアの真剣さに驚いたのだ。
「……むかしむかし。この世界には魔王がいました。その魔王はとても悪い奴で、世界を滅ぼそうとしたのです。困り果てたこの世界の人々はどうしようかと悩みました。しかし、魔王は強くてどうすることも出来なかったのです。そこで思いついたのです。他の世界から勇者を呼び出そう、と。召喚された勇者は快くこの世界を救うことを約束してくれました。そして、長い旅を経て力を付けた勇者は魔王を打ち倒し、見事に世界を救ったのです」
(普通の勇者物語だな)
「その後に起きたのです」
「え?」
魔王を倒してハッピーエンドになってめでたしめでたしだと思っていた魔雪は思わず、声を漏らしてしまった。
「魔王を倒した勇者はどんどんおかしくなっていったのです。最初は些細な変化でした。笑わなくなったり、変なことを喋り出したり……そして、とうとう、勇者はこの世界に牙を剥いたのです」
「牙を、剥いた?」
「まず、国王を殺害し回ったのです。それから色々なことをしていました。いつしか、この世界は勇者に乗っ取られたのです」
「……」
味方だったはずの勇者が世界を乗っ取ってしまった。そんな話など聞いたことがない。驚愕のあまり、魔雪は何も言えなかった。
「それは今も変わりません。この世界は勇者に支配されています」
「待って。その世界を乗っ取った勇者ってずっと前の人なんでしょ?」
「何故か、定期的に勇者が召喚されるんですよ……そして、その勇者たちは必ずと言っていいほど凄まじい力を持っていてこちらの世界の人たちはなす術もないのです。更に、勇者たちは何かに操られるかのごとく、悪さをします」
「悪さ?」
「国王を殺して、その国を乗っ取り、国民から税を巻き上げたり……」
ルフィアはそこまで言って黙ってしまう。
「……ルフィア。勇者に何か酷いこと、されたの?」
「ッ……どうして、わかったんですか?」
「手から、血が出てるよ」
「……え?」
魔雪の指摘でやっとルフィアは自分の両手を見た。そう、彼女の両手から血が滴り落ちていたのだ。強く握り過ぎて爪が皮膚を貫き、傷が付いてしまったのである。
「大丈夫?」
ヒリヒリする両手を優しく包んだのは魔雪の小さな手だった。そして、上目使いで心配そうにルフィアを見上げる。
「ッ……」
「何かあったんでしょ? 人に話せば少しは楽になるって……聞いたことがあるから。俺でよければ話、聞くよ?」
「……い」
「え?」
「可愛いいいいいいいいいいいいい!!」
ルフィアはギュっと魔雪を抱きしめながら絶叫する。
「えええええええええ!? ちょ、落ち込んでたんじゃないの!?」
「落ち込んでたけど、マユちゃんの可愛さで吹っ飛んじゃったよおおおおおおおお!! 寝よう! もう、今日は遅いから一緒に寝ましょう!」
「え!? 何で、一緒に寝ることになるの!? って!! ローブ、脱がさないで!? や、やめっ……きゃああああああああああああああああ!?」
こうして、魔雪が異世界召喚された初日が終わったのだった。